第六十九話 ウテナの上で立ち話
そもそも、エレヒの、……地球に移住したレムル人の、政治形態というのが浩平にはイマイチ分からなかった。
ヤシン家に属するミスマルやシタテルが、『旧王家』などと呼ばれ敬われているかと思えば、記憶樹内の施設(極楽湯)で、連れの服装を咎められ、追い出されそうになったりしたらしいし、エレヒ内部で特別待遇という訳ではないようだ。
だが、この目の前の立派な建物は、その、王家なんだか、お飾りなんだかわからない、ヤシン家が所有しているらしい。
内裏の区画の中でも、だいぶ外れにある大きな池の中ほどに立つ、9本の巨木の柱の上に乗る板張りの台。
柱は台を貫き、そのまま本殿の柱となる。
柱の上の三角の大屋根は分厚く、更に天を目指してそびえている。
本殿のある台までは、畔から池をまたぐ、緩やかな角度の階段がまっすぐ伸びている。
その階段の長さは、おそらく百メートルを超えるだろう。
浩平はシタテルに手を引かれここまでやって来た。
最初は威勢よく浩平が手を引いていたが、エレベーターを下り内裏に降り立てば、もうそこは浩平の知らない世界。
シタテルに頼るしかない、……と、言う訳でも実は無かった。
浩平の右目があれば。
右目に意識を集中すると、パソコンのデスクトップのような画面が見えてくるのだ。
更に凝視すると、アイコンやらポインターやらが見えてきて、ポインターは自在に動かせるし、小声で「カチカチ」
と、マウスボタンを押したような音を声真似すると、クリックもできる。(後に『カチカチ』すら不要と気付く)
アイコンの中にはグー○ル先生もいらっしゃった。
目玉の中に情報端末が入っているようだ。
しかし、なんだか気持ち悪いので、浩平はこれらの機能を試してはいない。
高校入学まで、この界隈で過ごしていたらしいシタテルが、建物の名前や来歴などを嬉しそうに話すのを聞きながら、タサリオンの草原渡りを思い出し、浩平はシタテルの手を離さずに、ここまでのんびりと歩いてきた。
「あれ?天音がもう来ているよ」
珍しく浩平の方が先に見つけた。
望遠カメラの映像と、エレヒ内部の定位置カメラの何処かなのか、別の角度からの映像が別ウィンドウで現れ、ポインターが人物を指し示し、『市川天音』、『エリドゥ・アギラ』、『カムヤタテ』、『みく』と、ご丁寧に名前まで浩平の目の中に表示されている。
「まあ、便利といえば便利なんだけどね」
「え?」
浩平の独り言にシタテルは聞き返す。
「ううん、何でも」
浩平達が長く緩やかな階段を登ってゆくと、本殿の前に立つ四人が浩平を迎えた。エリドゥは首輪をつけた男の姿で、浩平と同じ学生服を着ている。
現実世界で、浩平が、地球人の姿をしたエリドゥを見るのは初めてであったが、ポインターの名前表記と、記憶樹内で見たエリドゥの変身シーンを思い出し、彼がエリドゥだとすぐにわかった。
エリドゥの学生服の詰め襟の部分は、上から首輪が嵌っており、その首輪から伸びるチェーンの先を、何故か天音が持っている。
天音は満面の笑み。
憔悴気味のエリドゥとは対象的である。
「浩平おっそーい! 主賓が来ないからここで待ってたのよ」
人間版エリドゥに後ろから抱き付き、顔の上半分をエリドゥ肩から覗かせながら天音は浩平に言う。
「見て! 浩平! えりりんがね、髪飾りをくれたのよ! ……どんぐり、ゲジゲジ、セミの抜け殻、サルノコシカケ、なんかの種………、やっと、やっと、プレゼントっぽい物を……」
天音は、伸びた髪の毛を、後ろで束ねている髪留めを浩平に見せる。クリーム色の、木の枝のような飾が付いている。
「天音、エリドゥから指輪もらってるじゃん」
「コレ、えりりんに渡される前に『一四五まる』で、タキリさんから貰ったの思い出したのよ。だからノーカン」
天音は現在装着中の金色の指輪を見せる。
「あっ、でもね、嬉しいのは嬉しいのよ、これは『いとしいしと』……」
天音は、指輪がとても気に入っているらしく、ウットリと眺めた後、指輪に口づけをする。
「かわいい髪飾り。それはえりりんの御守ですね」
天音の後ろに回り込み、飾りを眺めながらシタテルは言う。
「御守? そうなのえりりん?」
天音は肩越しにエリドゥの顔を覗き込む。
「天音よ、その飾りはな、ワシの折れた角から削り出したのだ。硬いから気をつけてな」
優しげな微笑みを浮かべ、エリドゥは天音の頭を撫でる。
天音の顔は、
『(*´ω`*)』
になっている。
「話し合いは上手くいったみたいだねエリドゥ。ありがとう」
そんな様子を見て、浩平はエリドゥにそう言った。
「なんのことだ?」
エリドゥは片目を瞑り浩平を睨む。
なにか、小言を言おうと口を開きかけ、思い直し、ため息を一つすると、
「……もう、ワシは完全降伏じゃ。……浩平。少し気恥ずかしいことを言うぞ。ワシはな、天音を舐めておったのじゃ。自分は賢くお前たちは子供で、ワシが守ってやっていると」
いつになく穏やかな口調で、エリドゥは話す。
「その言葉通りでは? 地球人もレムル人も、太陽系の人は、みんなのエリドゥ将軍と将軍の眷族、それから、かつては将軍の敵であった、ナノマシン兵団の庇護。『エリドゥのマント』の中で暮しているのですから」
浩平達の話を黙って聞いていたカムヤタテが口を開く。
「『核の傘』みたいに言うな。思い上がりじゃ。なんの事はない、ワシは創造主に言われるまま闘い、創造主が消えた後も、ワシにオーダーを下す者を求めて、宇宙を彷徨っていただけなのだから……。だがもう止めよう、ワシはワシの望む元に赴き、ワシの望む事をしよう……」
「………と、言う訳でコレ」
みくさんが、エリドゥと天音を繋いでいる鎖をジャラリと持ち上げる。
「現在絶讚調教中……」
「違うわ!!」
エリドゥが叫ぶ。
が、思い直し、
「いや、違わないか……。そう、ワシはもう天音の飼い犬でいいのじゃ!」
打ち拉がれてエリドゥはそう言うと、その場にしゃがみ込んでしまった。
「ヨシヨシ、お手」
みくがエリドゥの傍らで屈み、片手で頭を撫で、もう一方の手で鎖をグリングリン動かした。
「天音、エリドゥどうしたの? そしてこの人は誰?」
浩平はみくを見ながら天音に訊いた。
「えーっと、この子はね『みく』。ミール人のメイドさんで私とシーちゃんの友達よ」
天音の適当な紹介をうけ、昨日届いたばかりのニューボディーの『みく』が、深々と頭を下げる。
記憶樹の中、邂逅園で、天音に名前をもらい、天音専用メイドになった元『39』号。
青みがかった緑の髪は、納品時はツインテールだったが、今は天音の真似をしてポニーテールにしている。
メイド服は着ておらず、Tシャツにデニムパンツという、かなりラフな格好をしている。
「イシキャリ・ナーヴェの城壁の上で会ってもんねぇ。よろしくね」
みくはそう言うと、浩平と握手をした。
「天音とエリドゥ将軍が、つい先程、奥宮の病院の一室で語らい、愛を再確認している場面に私も立ち会いまして……。私、わたし……。泣いてしまいましたわ!」
みくとカムヤタテは感極まり抱き合った。
「愛の再確認って…、何、何をしたのですか?」
シタテルが気になる単語に喰い付いてくる。
「私の口からは、とても………」
目を伏せ、頬を染めるカムヤタテ。
「私達の面前であんなことするなんて……」
目を伏せ、頬を染めるヤガミ。
「いいいい、一体何を……」
完全に話に食い付いたシタテル。
「いやね二人共、話を大きくしないでよ。ちょっとチューしただけじゃない」
「「え?」」
浩平とシタテルがハモる。
「いや、天姉ぇさん! あんた、ベットに押し倒してたやん! マウントポジションからベロチューしてたやん!」
カムヤタテにしがみつき震えながら、みくは告発する。
「ふぐう!」
しゃがんでいたエリドゥは、両手で顔を覆い、その場に倒れ込む。
「え? 普通しない?」
天音の顔は、
『(´・ω・`)』
になっている。
「え? ……私、恋愛経験がないのでわかりません。カムヤタテお姉様どう?」
みくは、カムヤタテに振る。
「No Comment」
いい発音でカムヤタテは答える。
「え? でも、カムヤタテお姉様は、ヤガミお姉様とナムジン様と三人で……」
「No!Comment!!」
すっごいいい発音でカムヤタテは答える。
「まあ、立ち話もなんだから、そろそろ中に入ろう」
浩平はそう言って、みんなを引き連れて門へ向かった。
「そうだ、エリドゥ。せっかくエレヒに来たんだ、宇宙船に乗ってみたいな」
大きな神社の社のような建物の前まで歩く間、浩平はエリドゥに話題を振る、。
エリドゥは渡りに船とばかりに、話しに乗った。
「おお! 浩平! 丁度良い、『アキダリア・フューリー』を出迎えるために今夜船が出る。乗ってみるか? 新造艦だぞ!」
「でも、明日は病院に行かなくっちゃ」
「構わん構わん! 明日の夜には戻ってくる。病院は明後日にしてもらえ」
イキイキと話す浩平とエリドゥを、シタテルは心配そうに見ていた。
宇宙戦艦が発進する。
それだけで御飯が進む時代がかつてあった。
エレヒよ!
私は帰ってきた!!
次回 地球鎮守府『第七十話 「あいぜんがるど』抜錨』
「次回作の『ドリモンGO』は、地球人対応なの! 期待しててねー」




