第六十四話 エレヒへの旅路
宇宙ステーション『エレヒ』は、地表から約三万六千キロ離れていて、静止衛星軌道と呼ばれる円形軌道の少し上の方を周回している。
とても大きい人口天体なので、地球への影響を抑えるため、離れたところにある。
大型の宇宙船はまずエレヒに停泊し、地球への客は、小型シャトルか、不可視化した大気圏用のクルーザーに乗り換える。
天音と浩平は、ジンカン、バンジィ、サイオゥ、ガウマァ、の四人組、『麋鹿人』と呼ばれる種族の一団に、早朝、半ば拉致のような形で家から連れ出され、シャトルポートで、エレヒ行きのシャトルに放り込まれた。
大型路線バスの上に、カブトガニが覆いかぶさったような
フォルムのシャトル(正確にはカブトガニ部分がシャトルで、コンテナとして路線バスを抱えている)が飛び立つと、『島』はあっという間に小さくなる。
「浩平坊っちゃん。ご覧なせい。あすこのポツンと離れた雲は、光学偽装した、アンプラグドの監視船です。あっしらのシャトルを盗撮しにやって来たんでしょう。まあ、『タルマエ議定書』の取決めで、直接手出しはしてきませんがね。……あっちの大きい積乱雲は、銀河惑星連合の大気監視船です。あっ、ほら、光で挨拶してますぜ」
シャトルは赤道上に設定された『幹』と呼ばれる。エレヒと地表とを結ぶチューブ状の空間(実際にチューブがある訳ではなく、宇宙ゴミの除去や掃海等で、高速移動できる空間を確保している)の入り口に入る為、比較的ゆっくりと南下している。
ジンカンが、窓の外の景色をアレコレ説明してくれるが、正直話は浩平の頭に入ってこなかった。バンジィに貰った痛み止めのお陰で、右目の痛みは無くなったが、片目の視界がグニャグニャと歪み、目を開けていると気分が悪いのだ。
バスの座席には、ビロク人三人と、浩平と天音が座っている。
ビロク人の三人、ジンカン、バンジィ、ガウマァは人間タイプの義体に憑依しているので、外見的には黒スーツ姿の地球人に見える。
ジンカンは五十代くらいの白髪混じりで、板前姿の方が似合いそうな黒スーツのおっさん。
バンジィは褐色の肌に銀色の髪、黒いスーツから伸びる足は
驚くほど長く、ぴっちりしたズボンを履いている。
ガウマァもお揃いの黒服姿だが、ジャケットの袖とズボンの裾を随分と折り返している。茶髪の元ヤンの息子然としている。
「天音さん。……そろそろ『幹』への入り口ですぜ。少し揺れますんで席に座ってください」
ジンカンに促され、天音はシートに座った。
今まで高度を上げつつも、ほぼ水平飛行していたシャトルは、角度を急に変え、天に向かって直角に折れた。重力がコントロールされているのか、地面が後ろになっても、後部座席の方に転げ落ちたりはしなかった。
「浩平、大丈夫か? ほれ、おしぼり当てときな。もう目は痛まないかい? まだ眠いなら椅子を倒して寝てな。…それとも腹が空いたかい? なんか、してほしいことがあったら言うんだよ…」
「……」
「天音の姐さん。あんなに甲斐甲斐しく、しおらしいバンジィの姉貴なんてオイラ初めて見るかも……」
バンジィが浩平の横に陣取り、明らかにオーバーペースで世話を焼いている様子を、少し離れた席で天音と一緒に見ているガウマァが言った。
「あの二人、何かあったのかしらねえ」
スキャンダルを何より愛する、天音も興味津々だ。
「そろそろエレヒの発着所に着きます」
バスの車内に音声放送が流れる。カブトガニの方に乗り込んでいるサイオゥからだった。
「え? もう?」
「シャトルの通行権を最優先にしたので、高速で飛ばしましたからね」
ジンカンが何故か自慢げに言う。
シャトルの前方には星空が広がるばかりだったが、天音が目を凝らしてみると、星空に所々黒い穴が開いているのが見えた。
「全体を把握するのは難しいですが、エレヒはスイカを半分にしたみたいな形をしています。私達の目の前は、丁度スイカの断面の真ん中辺りです。背景の夜空をスクリーンで写しているので、地球側からは見えづらくなっています」
サイオゥの案内放送が流れている時、ジンカンは白手袋をポケットから取り出し両手にはめ、前の座席の背もたれに引っ掛けていた黒い帽子をかぶる。
運転手のような姿になって一番前の運転席に座ると、バスのエンジンをかけた。
「後はジンカンが、引き継ぎますのでお気を付けて。私は港の辺りで待機していますので、お帰りの先は声をかけてください」
そう言うとサイオゥは放送を切った。
「シャトルポートから「内裏」まで、高速道路を使って四十分位です。あと少しご辛抱を」
大型の宇宙船が多数停泊する宇宙港の片隅に、シャトルの発着所がある。
浩平達を乗せたシャトルは、混雑している一般の桟橋を避け、端の方の、何も係留されていない場所に滑り込んだ。
桟橋の床に接地すると、カブトガニ部分は外れ、一般桟橋の方へ飛んでいった。
残されたバス部分はそのまま進み、開いているゲートからトンネルに入り込んだ。
「エレヒってどの位の大きさなの?」
天音がガウマァに尋ねる。
「んーっと、スイカの断面が、『島』とほぼ同じ面積で、今あっしらは、スイカの半分、……つまり、卓に置いた丼の上の方から底の方へ一直線で進んでるような、、で、地球は丼の上にこう、浮いているみたいな……」
ガウマァはなんだか分かりにくいゼスチャーで一生懸命説明している。
「このバスかなりの速さで飛ばしてるわよね。この速さで四十分進むって事は…………」
天音はエレヒに来たことは何度かあったが、宇宙港までしか入ったことがなかったので、宇宙港の部分がエレヒの全てのように考えていたが、もしかしたら『デススター』並に大きいのではないかと思い直し、そんな大きなものが地球に降ってきたら、どんな災厄が起こるのかと想像して、身震いをした。
バスの走るトンネルの断面は、十六角形で、十六本の辺のうち8つが道路で、8つが窓になっている。筒の内側にへばり付くようにしてバスは走っている。
このトンネルの突き当りが、行政府や王族の邸宅が集まる『内裏』である。
「ミーちゃんシーちゃんは?」
「ヤシン家のお嬢連は、夜中のうちに参内しておりやす。あとルダヴァ家のヴリエ様も……」
「ふーん」
生返事をしながら天音は窓の外を見る。振動も反動も無いので、景色を見て判断するしかないが、バスは今、正方形の大きな板の上に載せられ、その板は、朝のワイドショー等でよく見掛けるパネルみたいに、忍者が隠れる隠し扉みたいに、バスを載せたまま90度クルリと回った。
今まで地球とエレヒとを結ぶ線があったとして、その線に沿って垂直に走っていたバスは、地球を足元にしたような水平になった。
「市街区画に入りやす。ここいらはすでに外宮になりやす。まずは浩平さんを医局へ送りやしょう」
ジンカンはそう言うと、ゲートをくぐり、薄暗いトンネルを出て大きな建物の建ち並ぶ市街へと入っていった。




