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地球鎮守府  作者: 山内海
地球鎮守府
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第八話 婚約発表会

第八話 婚約発表会






 急に夢の場面は変わる。


 ホテルの大宴会場のような大きな会場に、さまざまな民族衣装で着飾った外星人たちが、集まっている。


 どこをどうみても、これはパーティ会場だ。

 浩平自身はいつの間にか燕尾服姿になっている。

 そして、みんな満面の笑顔。


「キュイィィィーン!」マイクのハウリング音が響く。


「えー、遠路遥遥足をお運びの皆様、長らくおまたせいたしました。これより、地球人杉田浩平君と、レムル人のわが娘、ヤシン・キシャール・シタテルの婚約発表会を開催いたします。司会は私、銀河惑星連合在地球大使『ヤシン・ラフム・ナムジン』がまことに僭越ながら勤めさせて頂きます」


 万雷の拍手。


 一番奥のステージに据え付けられた壇上で、マイクを手にしているのは、浩平もテレビで何度か見たことのあるアジスの父、銀連の大使その人だった。


 外見はアジスをそのまま身長195センチの8頭身体型に縦に引っ張ったような姿である。


 大使の隣には大使夫人、これまたシタテルを縦に引き伸ばしたような姿のシタテルの母親『ヤシン・ラハム・タキリ』が立っていた。


「地球人と銀河惑星連合との交流が始まってから、地球時間で約半世紀。我らレムル人と地球人の統合の象徴として、地球における銀河惑星連合市民、最初の夫婦が誕生しようとしております。日本国の法律で浩平君は十八歳になるまで正式な婚姻は出来ませんが、浩平君が十八歳になる一年後には、また盛大なむめ結婚式を執り行うことをここに明言いたします!」


再び万雷の拍手。


 会場の来賓席には、ハンカチで目頭をおさえる浩平の母親の姿があった。隣にいた浩平の父は学生服姿のアジスの酌で、すでに出来上がっている。


「メデテーナァ、メデテーナァ」


父のドラ声が会場に響く。


───まあ、いいか。めでたい席らしいし。


「………というわけで、本日は地球人とレムル人が統合への最初の一歩を踏み出した記念すべき日なのです! 今日以降、この星の呼称を『レムル第四殖民惑星レムリア』から『地球』に正式に変更いたします」


 拍手。


「さて、そろそろ、この度、婚約を決めた若いカップルを紹介しましょう。両名こちらの席へ!」


 いつも間にか浩平に後ろに忍び寄っていたアジスが背中を押す。


「出番だよ! 気張ってやー!」


 浩平はヨタヨタとペンギンのような足取りでステージに登った。


 会場のステージの片側に集まっていた銀連の市民たちの間からドレス姿のシタテルが現れる。


 船に乗る夢のときに着ていた萌黄色のドレスだ。


 セーラー服姿の天音が付き添っている。


 拍手と、ヒューヒューと囃したてる口笛と、「キーッス、キーッス」という気の早い天音の野次を浴びながら、浩平とシタテルはマイクが数本立つ、芸能ニュースでおなじみの婚約会見の席そっくりの長テーブルに着席する。


 カメラマンが一斉にシャッターを切る。


「シタテルさーん、指輪を見せてくださーい!」


 外星人ジャーナリストの声に指をそろえ、手の甲を向けるこれまたお決まりのポーズで指輪を見せるシタテル。


「シタテルさん、浩平君を選んだ理由は?」


 ジャーナリストが無遠慮に聞く。


「…………………………」


 銀連の高性能マイクでも拾えないシタテルのぽそぽそしゃべり。


「不肖の妹に代って私がお話いたしましょう」


 横からアジスがしゃしゃり出てくる。


「私がシタテルより聞き出した限りでは、星陵高校の入学式のときに地球代表生徒の浩平君と外星人代表生徒のシタテルが壇上で握手したんです…。そのときに一目ぼれだったらしいです」


「握手?」


 そういえばそんなことがあったかもしれない。


「握手の後に浩平君はこう言ったそうです。『ごめんトイレ行って手洗うの忘れてたんだ、これで拭いてくれ』そういって浩平君がシタテルに渡したハンカチがこれ」


 そういってアジスはシタテルが手に握っているぼろぼろのハンカチを取り上げた。

 シタテルは「あああぁ」と間延びした悲鳴を上げる。


「最初は洗って返すつもりだったらしいけど、返す機会と勇気に恵まれず、ハンカチを握り締め悶々とする事実に一年!」

「何度も何度も教室の近くに行ったり、体育の授業でグラウンドにいる時に待ち伏せしたり。何ヶ月もそんな風にしているうちに、異性の姿をそんなに追いかけ続けたことが無かったシタテルは、カンペキなストーカーになってしまった」


 そんなことがあったのを浩平は全然知らなかった。そういわれてみれば一年生の頃、何故か視界にシタテルが納まっている事が多かったとは思ったが、まさか自分に用があるとは思っていなかった。


「そうやって浩平君を見つめ続けるうちに妹は…、妹はぁ! 倒錯の世界に入りこみぃ! ハンカチを夜な夜なクンクンペロペロ…、」


『ガン! ボクン!』


 絶好調で話していたアジスの後ろ頭を天音が思いっきり叩く。

『ガン!』は叩いた音。

『ボクン!』は頭が前に傾き、マイクに前歯がぶつかった音。


 口を押さえて涙目のアジスは天音に引きずられ退場する。シタテルは真っ赤になって黙り込んでしまった。

 ジャーナリストは面食らいながらも、「そうですかー。青春ですね!」と、判ったのか判っていないか判らないコメントでお茶を濁し、今度は浩平のほうに話を振る。


「浩平君はどうなんですか?」


「へ?」


「『へ?』じゃなくてね、国際結婚はハードルも高いじゃないですか、人種間の相違やカルチャーギャップを乗り越えてゴールインしたんだからそれなりの想いがあったんじゃないですか?」


「はぁ」


 まだスタートラインに立ったか立たないかという時なのに、ゴールの話なんかされても判りません。


 しかし、みんなは浩平が何を言うのか固唾をのんで見守っている。

 浩平は脂汗を流しながら、聴衆の上に二度三度と、視線を泳がせる。


「あのぉ、……。がんばります…」


 か細く答える浩平。


 なぜか大きな拍手が沸き起こり、スタンディングオベーションに発展する。

 なんだ、何なんだ、この丸め込まれ感は。

 感動に瞳を潤ませ、浩平を見上げるシタテル。


───まあ、いいか。めでたい席らしいし。


 二人は手を取り合い、見つめ合う。

 あとは能天気に周りの歓声に答え手を振ったりする。


「しばしまてぇい!」


 突然祝賀会場に謎の声が響く。

 テーブルの下から次々と黒ローブ姿の謎の人物達が現れる。


 総勢八人。


 この姿に浩平は見覚えがある。

『ジェ・ヴォーダン君』と同じ格好だ。


「我ら銀河惑星連合評議会査察官、我らはこの欺瞞に満ちた偽りの婚姻に異議を唱える者なり!」


 ぎこちない登場の仕方といい、芝居がかった台詞といい、余興なのかなと浩平は一瞬思ったが、司会のナムジン大使の青ざめた表情が、非常事態であることを物語っていた。


 八人は集結し、ステージを占拠する。

 それぞれが美しく飾り立てた抜き身の直剣を杖のようについている。


「銀河惑星連合に加盟している『節士派』レムル人の救援のために、艦隊を出すのも宇宙船を供出するのも異存はない。しかし、地球人はまだ正式には惑星連合へは加盟していない。惑星としての統一政府すらない。各地では紛争が起こり、飢餓も貧困も克服できていない! 階梯基準も低い者ばかりだ。このような未開の蛮族を救うために、彼らを宇宙の市民として受け入れる事は、評議会として承認しかねる! レムル人はわれら評議会を欺き、太平の銀河に悪しき血統を放とうとしている」


 8人のローブ姿の怪人のうち頭領と思われるひときわ立派な剣を捧げ持つ黒い影がしわがれた声でそう言った。


「すぐに、今の状態での地球人の加盟を求めているのではありません。ただ、いま少し時間をいただきたいのです」


 内心はどうであれ、ヤシン・ラフム・ナムジンは穏やかに言った。


「いま、地球人類は、『流星群』の脅威により滅亡の危機に瀕しております。そして、その流星群を銀河に放ったのは、他ならぬ我らレムル人でございます。地球人には関係の無い事でございます。その流星群によって地球人は過去に何度も絶滅の危機に瀕し、その度に初期文明からやり直しを余儀なくされているです。これらの事象は地球人の咎ではございません」


 黒マント達は『シューシュー』としゃがれた音の声で何事か言い交わす。そのうち意見がまとまったのか、また頭領が話し出す。


「惑星惑星連合は銀河のほぼ全域をそのネットワークに収めるに至った。大きな社会には意見の相違も生まれる。銀河のユニゾンを乱す不協和音を評議会は望まない。悪しき種は選別されるべきなのだ」


 頭領の声が宣託のように響く。


「たしかに彼らは現在、お互いに争い領土や資源を奪い合っております。査察官の皆様はお忘れですか。我らレムル人にしても銀河に住まうほとんどの人々が、今の地球のような、無知と蒙昧と弱肉強食の掟に縛られた地獄より身を起こし、理性と協調を多数の同胞の死を生贄に捧げ手に入れたことを」


「神にでもなったかのような口ぶりだな、ヤシン・ラフム・ナムジンよ」


 怒りを表すのだろう、沸騰するやかんのような音を出しながら頭領は言う。


「査察官殿、その昔、我らは銀河惑星連合評議会と約束を交わしました。地球人を星間文明に導くと。あなた方もそれをお忘れではないはず。何故、今になってこのような詮議を受けねばならないのですか?」


「太古の約定を交わした頃より銀河の有様は変わっているのだ!」


 杖にしていた直剣を振り上げる頭領。


「査察官殿。実際には、あなた方が流星群を『ある目的』の為に操っているという話を、聞いた事もございますぞ!」


激昂してナムジンが言う。


「な、なんたる侮辱!評議会への異議は許されることではない!そもそも大逆の咎人レムル人などを大使に任命するのがおかしいのだ、ナムジン!大使の任を解き奈落に落としてくれるわ!」


 『しゅーしゅー』と言いながら査察官達は一斉に直剣をナムジンに向ける。


「しばし、剣をお納めください」


 しわがれた声がする。会場の隅からローブ姿の影がもう一体現れる。


「ジェ・ヴォーダンか。今まで何をしておったのだ」


 査察官と同じ装束のジェ・ヴォーダン君は老人のようにノロノロとローブ軍団が占拠するステージに歩み寄る。これで軍団は9人になった。


「わたしはここ数年、地球にて地球人をつぶさに観察しておりました。」


 会場の人々を見渡しながらジェ・ヴォーダン君は話し出す。


「確かに地球人は、未熟でございます。今のままでは銀河惑星連合への加盟はできますまい」


「………」


 会場の人々の中にアジスや浩平シタテルを見付けたジェ・ヴォーダン君は彼らに視線を向ける。(ローブを目深に被っているので本当に見ているかは不明だが)


「今、私は彼らを『未熟』といいました。彼らは進化の途上です。我らのような化石の生命体ではない。彼らはまだ、いかような実も結んではおりません。冬を越せぬ一年草なのか、大地に根を張る大樹になり、豊穣をもたらすのか、わからないのです」


 ジェ・ヴォーダン君は懐より自分の直剣を取り出す。ローブのすそより真っ黒な毛の塊のような手が一瞬見える。他の8人が持っている華美に装飾された剣ではない。実際に切り結ぶために鍛えられた剣だ。


「太陽系の守護は私の管轄のはず。これは私の決断でございます。剣をお納めください。それとも……」


 ジェ・ヴォーダン君は8人の査察官に向けて一歩進み出る。査察官は後ずさる。


「お、おのれ、ジェ・ヴォーダン、裏切るか! ………まあよい。冬の先触の足音が近付いておるぞ! せいぜいその苗どもを霜から守るのだな!」


 そんな捨て台詞を残し、8人の査察官は陽炎のように揺らいで消えていった。


「評議会太陽系方面守護として申し渡す…。『オノゴロ島』地域の、銀河惑星連合加入を、杉田浩平、ヤシン・キシャール・シタテルの婚姻の事実をもって認証する。『節士派』は引き続き地球人を銀河惑星連合市民として自立できるまで導くよう、改めて評議会から要請する」


 ジェ・ヴォーダン君は一礼すると会場の隅に戻っていった。会場に拍手が沸き起り、凍り付いていた会場の空気が和らぐ。


「さあ、気を取り直して、これから式典はエレヒの宇宙港の方に席を移しまして、この度、レムル星と地球の併合を記念して組織された、地球鎮守府所属地球防衛艦隊の観艦式と出陣式に移りたいと思います」


 ナムジン大使の声が響く。


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