第五十八話 イシキャリナーヴェ攻略戦 開始前
「この世の事象とは、すべて神のような超常の者の計らいにて、起こるのだろうか? それとも、筋書きのない舞台に、計らずも立ってしまった演者たちの即興劇なのであろうか……?」
「……なにを小賢しいことを言っておるナムジンよ」
城塞都市イシキャリナーヴェの壁上。夕闇が差し迫り、石組みと矢狭間の影が長く伸び、石畳の半分を覆っている。
ミスマルに抱かれ横たわる浩平は、まるで死せる兵士のようだった。今、正に、その魂魄が抜け出して、戦天女により、ヴァルハラへと旅立とうとしている、その場面のような佇まいである。
それを見下ろしているのは、悪魔の巨人エリドゥ・アギラ。この城壁を突破するために、目前の兵士を打ち倒した張本人であるかのように、ミスマルと浩平に対峙する。
そんなエリドゥの背後に黒い霞が集まり、大きな扉のようなものが現れる。
扉を通りやって来たのは、つい先程まで、エレヒの司令室で、事の顛末をモニターしていたナムジンとヤガミとカムヤタテ。それから、シタテル、天音、ヴリエ、みく。
娘達は、タケミナカタ捕縛を決行する際、被害が及ばぬように遠ざけられていたが、天音が「みく」とヤガミを通じ、ナムジンに説明を求めていた調度その時に、タケミナカタが改悛し、浩平の中で眠りについたので、ナムジンは娘達を伴って現れたのだ。
「浩平!」
「浩平さん!」
「浩平さん!」
天音、シタテル、ヴリエは浩平に駆け寄る。
「ミィちゃん! 浩平、大丈夫なの?」
天音が浩平を抱いているミスマルに詰め寄る。
「ん? 天音、やっぱり会えたじゃないか」
浩平が唐突に目を開き、起き上がった。
「あ! 服が!」
浩平の鎧は、エリドゥにほとんど引き剥がされてしまい、一部残った黒い霞が、体にこびりついているだけだった。
「お兄ちゃん……ですの?」
ミスマルは恐る恐る浩平に尋ねる。
「うわ! 会長! 服! 服着てください!」
ミスマルの全裸姿を見た浩平は、慌てて飛び退く。
「浩平さん!」
飛び退いた先にいたシタテルは、浩平を立たせ、傷がないか回りを一周し確認した後、グワシッと抱きついた。
「えりりん! お父様! お兄様! 浩平さんに何をしたの?! 浩平さんに……」
シタテルは、浩平を他の人達から遠ざけるように後に庇い、両手を広げる。
「シタテル。すまなんだ。……すべてはダイモスの所へ浩平を連れていったワシが悪いのじゃ」
エリドゥは、ミスマルに自らの懐から取り出した黒いマントを着せながら言った。
「いや。記憶樹に入ったダミーの追跡に気をとられ、『激おこ☆プンプン丸』内部のネットワークに隠れていたタケミナカタを、発見できなかったのは私だ」
ナムジンは、シタテルと浩平の方に一歩踏み出し、そう言ったが、シタテルと浩平は後ずさる。
「俺、どうかしたんですか?」
浩平は誰となく尋ねる。
「浩平君。覚えていないのかね?」
ナムジンは浩平に聞き返す。
「はあ、」
「……」
ナムジンは浩平の顔を暫く凝視する。
「浩平君。すぐにエレヒの私の元へ来てくれまいか。つまりは肉体を伴っている君に合いたいということだ。天音さんにも。君たちのご家族には私から知らせを入れよう。朝になったら迎えを送るから。エリドゥ。……頼む」
ナムジンは浩平に向かって頭を下げ、後ろの黒いドアに消えていった。
付き従っている二人の侍女、ヤガミとカムヤタテも従う。去る直前に、ヤガミはみくと天音に向かってこう言った。
「おめでとう!39ちゃん。名前を貰ったのね……。天音さん。この子の事よろしくお願いしますね。この子の本体はエレヒあります。どうか迎えに来てくださいね」
ヤガミはそう言うと、ウィンクをして扉を抜けて去っていった。ヤガミが去った後に扉は霞みように消えてしまった。
「浩平、大丈夫?」
天音は浩平の顔を覗き込む。
「 うん。なんともないよ。むしろ清々しい感じ」
浩平は起き上がって自分の胸にて当てる。その手から光の膜が広がり、浩平を包む。光が消えると浩平は学生服姿になっていた。
「えりりん。何があったの? 浩平さんに何をしたの?」
シタテルはエリドゥを捕まえて問いただす。
「……タケミナカタ。お主とミスマルの兄が死して、その霊魂が記憶樹内の何処かに隠れ潜んでいる……。と、その辺りまでは聞いておったであろう?」
エリドゥはマントを外し、石畳に広げた。皆はその上に座る。みくは扉を出し、一旦そこから退出するとワゴンにティーセットを乗せて再出現した。
「どこを探しても見つからんはずじゃ。タケミナカタは浩平の中に潜んでおったのじゃから。それに気付いたのはつい先程、ゲームの中で浩平がタケミナカタの技を使ったからじゃ」
浩平が座ると、右にシタテル、左にヴリエ、前にミスマルが座る。天音は浩平ともエリドゥとも距離をおき一人で座る。
「ワシとミスマルは、浩平からタケミナカタを引き離すため、ここで、罠を張った。しかし、タケミナカタと浩平は既に魂までもが結び付いてしまい、分つことができなんだ……。そしてタケミナカタは浩平の中で眠りについた。浩平に吸収されてしまったのじゃ」
「…そ…それって、どういう事なんですの?」
恐る恐るヴリエが聞く。
「…わからんのじゃ。じゃからナムジンとタキリで徹底的に調べる事になった」
天音は毛皮の敷物の隅で考え事をしている。
「頭の中に、時々声が聞こえてたんだ。話し方から、ナムジン大使かと思ってた。……でも、それが本当に頭の中に別の人がいたり、何かの通信手段で、他人がしゃべっているのか、それともただの自問自答なのか、そのうち判らなくなってきて……」
浩平は紅茶を配っているみくを不思議そうに眺めながらそう言った。
「浩平はいいの? 突然連れ回されて頭の中に変なのが入り込んで……。あたしは後悔している。……あんたを生徒会に誘ったことまで遡って後悔している……。あたしのせいであんたが変わってしまったとしたら、あたしは……。あたし達は……、外星人と出会わない方が良かったのかなって……」
その天音の呟きで、ミスマル、シタテル、ヴリエは絶句し、三人は静かに泣き出してしまった。
「天音…」
浩平は天音を見詰める。
「人と人が出会って、言葉や思いを交わす。例えば、既に死んでしまった偉大な人の話を聞く。その話に感銘を受けて、その人のように生きようとする。そんなことはなにも特別じゃないんじゃないかな。彼が何をしたかったのか。彼が何を悔やんでいたかを俺は聞いた。そして、その上で俺がどうしようかって云うのは、それは俺の中の問題だよ。相手が誰かとか、自主的とか、強制されてとかは、どうでもいいんだ。人は変わって良いんだ。いや、変わり続けないとダメなんだ」
「……浩平?」
「とにかく俺は平気だよ。天音。心配してくれてありがとう。だけど、この事で会長やエリドゥ達を疑うようなことはしないでほしい。今の俺には、おぼろ気ながら判るんだ。天音からは心配と疑いの、……何で云うか、気? オーラ? 赤黒色の蛇のような、煙のようなものが出ているんだ。会長や副会長やヴリエさんエリドゥは、甘んじてそれを受け止めている。……だけどそのせいで、みんなの心は悲しみの感情で満たされている……。そして、それでも尚、俺や天音に親愛の感情を送り続けている。その『心』が俺達を包み、災いから遠ざけようとしているんだ」
浩平の顔を皆は驚きの表情で見詰める。浩平の片目はエメラルド色の黒目と縦長の瞳孔をもつものに変化いていたのだ。
「浩平、その目は……、その目は龍眼と云うのだ……」
エリドゥがそう告げても、浩平は笑顔を浮かべるばかりだった。
数日後。
同じ城壁の上に、黒いマントを羽織りワイングラスを持つ骸骨魔人が立っていた。
城壁の上から東の方向を見遣っている。
その目下には光る稲穂のような槍の群れと、煌めく鎧や盾の群れが見える。
「おお! 寄せ手は500を越すか! 盛況よのう」
骸骨魔人は満足げに頷き、視線を西方の城塞都市の壁内に向けられる。
「しかし、守り手となると……」
攻め手の女神の軍勢は、星陵高校の地球人生徒のプレーヤーと、外星人生徒の使魔のコンビ。
守り手の冥王軍は、主にエレヒ在住のボランティアが担当している。
しかし、本日『ドリモン』のエレヒ大会が行われているせいで、エレヒのボランティアはそっちに参加してしまい、守り手は集まらなかった。
「この日を選んで来るとは。攻め手には知恵者がいたようだ。頼もしいことよ」
骸骨魔人はカラカラと、乾いた笑い声をあげる。
「でも、マサさーん。これじゃあすぐに終わってしまうね」
骸骨魔人の後に控えていた、大きな盾を持つスケルトン兵が、容姿に似合わぬ可愛らしい声でそう言った。
「過去五回、総攻撃を退けたのだ。ここが陥落したらβ版から正式版に移行することになっている。ここはあくまでも通過点だ、いつまでも立ちはだかっていては、話が先に進まんだろう」
「しかし店長、これでは何とも、しまり無い幕切れとなりはしないですか?」
もう一人後に控えていた、剣と盾を逆に持つスケルトン兵が言った。
「まあ、やるだけの事はやってやる。…お前たちまで駆り出して悪かったな。昼間はコークを売りまくって大変だったのに」
骸骨魔人は二人のスケルトン兵に労いの言葉をかける。
「さて、後5分位かな、攻城戦の開始まで…」
骸骨魔人はグラスのワインを飲み干し、(骨の隙間からダダ漏れだが)グラスを石畳に放り投げた。パリンと割れたグラスはすぐに消えてしまった。
「あっ、ゲートだよ」
ホネホネ三人組の背後にゲートが現れる。
「なんとも禍々しいゲートだな」
人骨のレリーフが縁を飾る、大型のゲートから、トゲトゲだらけの黒鉄で造られたフルプレートで全身を覆った戦士と、トイプードルの頭にヘラジカの角を持つ巨人が現れた。
「おお! エリドゥ様! ようこそおいでになりました」
骸骨魔人は深々と礼をする。
「して、隣のお方は?」
黒い戦士はチラリとエリドゥの方を見た後、骸骨魔人に向き直り、
「我が名は杉田浩平、タサリオンの冥王と呼ばれし者…」
ポーズを決めて浩平は言い放つ。
「おおお! 冥王様でしたか! 直接見えた事がなく……、無作法をお許しください!」
「う、うおっほん! 忠実なる臣下よ、今までの防衛戦、見事であった。私はこの戦い加わることは出来ないが、せめて労いの言葉をと思って…」
「もったいない! 我が戦い、しかと御照覧あれ! イシキャリナーヴェの門前に屍の山を築いてみせましょうぞ!」
ホネホネ三人組は一斉にカタカタとホネを鳴らす。
「しかし、この陣容では余りに不憫……」
浩平は城門の上からイシキャリナーヴェの大手門前の広場を見下ろす。
「うーん、あそこかな……。『悪の波動』、『致死の瘴気』」
冥王浩平は立て続けに二つの魔法を放った。
広場に集まっていた寄せ手達は、最初の一撃で吹き飛び、その空いた空間は、二つ目の魔法で黒い毒ガスのような靄が立ち込める、暗黒空間に変貌した。
「おお! すばらしい舞台ですな!」
骸骨魔人は感嘆の声をあげる。
「それから……右に『メギドの丘』左に『カルバリ山』」
冥王はさらに二つの魔法を発動する。
暗黒空間の中程に、頭蓋骨の山と、頭蓋骨以外の人骨の山とが、地面から隆起し、高々と盛り上がった。
「さらに……。出でよ!『冥土のメイド』」
冥王の呼び掛けに応じ、顔色が真っ白な、9人のミール人メイドが現れる。
「我らヤシン家メイド衆、義により助太刀いたします」
冥土のメイドは一斉に礼をする。
「おおお! 忝ない! 忝ない!」
骸骨魔人は拝むような仕草をする。
「ちょっと、ソクラッティン……。杉田浩平さんって言ったら、シタテル姫のお婿さんじゃないの?」
相坂の後ろで、二人のスケルトンがひそひそ話をしている。
「さすが、シタテル姫の婿様ともなると、迫力が違いますな」
二人は相坂に睨まれて口をつぐむ。
ここで、今まで黙っていたエリドゥが口を開く。
「この世界はゲームを模しておる。なので、子供たちもゲームのように気軽に挑んでくるだろう。工夫をし、作戦を練り、お主を攻略しようと、躍起になってな」
そこまで聞いた骸骨魔人は「クククク、」含み笑いを漏らす。
「記憶樹の中、星々の大海、これから地球の子供達が赴く先は、『心』や『想い』の強さが、肝要となる。相坂よ、地球の先達として、子供達に立ちはだかるのじゃ! ゲームのステータスなどぶち壊すのじゃ!」
「心得ましてございます!」
魔人は抜刀し、剣を捧げる。
「冥王の名代として、『デスロード』相坂よ、其方を『大悪尉』に任ずる! 悪とはなんぞ?!」
「悪とは…、『悪』とは世の理を越える力!私を倒す者の中から、『悪』の権化第二のエリドゥアギラが現れるやも……」
「あははははは!」
冥王が高笑いをする。
「エリドゥアギラとは、一人の少女を救うため惑星国家と戦い、ひとつの星を救うため銀河の半分と戦い、銀河を救うため別宇宙の軍勢と戦った男だそ! その剣は人を切らず、迫り来る隕石を砕く剣ぞ! 理不尽に理不尽を重ね、さらに理不尽の戦いをのたうち回り、戦い続ける悪鬼の中の悪鬼ぞ! それを越えると言うのか! 地球人の欲には際限がない! あはははははは!」
今まで何となく演技として悪の総帥風に喋っていた浩平は、突然別人格になったように笑いだした
「別にお主でも構わないのだそ、エリドゥアギラを越える者は。門前の子供達が攻めあぐねるのであれは構わない、お主が冥王の名代を名乗るがよい」
「ふっ、ふはははははは!!!」
相坂は笑いながら城壁から門前の暗黒空間に飛び降りる。
「ふふふ、地球人からあのような者達が出てこようとは……」
門前の光景を眺めながら、冥王は呟く。
「お主は、答えを焦りすぎたのだ、タケミナカタよ……」
エリドゥは冥王と並び立ち、懐から角笛を取り出すと、辺り響もす大音声で吹き鳴らした。
『どぶぉおおおおーーーー!!!!!』
「ひいいぃー! な、なんだ?!」
「敵ボスが降ってきたぞ!!」
黒い霞の中に屹立する二つの骸骨の山。
その間に具現した死が現れる。
暗黒空間に入りあぐねていたプレーヤー達は、一斉に身構える。
「性懲りもなく、よくぞ集まった小わっぱども! 冥王東方攻略軍イシキャリナーヴェ都督! 大悪尉魔人相坂! この都手に入れたくば、性根を据えてかかってこい!」
城門から出できた骨騎士二体を左右に置き、冥土のメイドをそれぞれの骨山に控えさせ、魔人相坂は仁王立ちをする。
「さあ! 宴の始まりだ!!」




