第五十六話 女三人寄らば文殊の影
第五十六話 女三人寄らば文殊の影
天音がネットワークにアクセスし、接続した先は、『邂逅園』だった。
「ようこそお越し下さいました天音様。ささ、こちらへ。姫様方がお待ちです」
『39』と番号のふられたミール人のメイドさんに案内されて、天音は門をくぐり、書架の間をすり抜けて中庭に通された。
シタテルとヴリエが既に入場していて、庭の中央に、日傘のついた丸テーブルと、椅子を出して腰掛けている。
「ありゃ? 浩平は?」
「え? 今回はお呼びしていませんわ」
「ん? シーちゃん私にさっきメールくれたよね。ほとんど同じタイミングで、ミィちゃんから浩平にメールが着てたわよ」
天音が席につくと、『39』は礼をして奥へ下がった。
『39』は黒髪色白の15歳くらいの少女で、表情の乏しい人形のような、、と、云うか、まるっきり動く人形そのものである。
「あのあの。天音さんは、ナニユエ浩平さんのメールの事をご存じなのですか? 浩平さんと一緒に居ましたの?」
ヴリエがおずおずと天音に尋ねる。現実世界の時間は夜の11時。泊まってでもいない限り、一緒にいるには不自然な時間だ。
「一緒って云うか、家が隣なんで、筒抜けって云うか…。あたしの部屋の窓を開けると、浩平の部屋なのよ」
天音の前にお茶が出される。
「う、うらやま…、」
ヴリエは湯呑みを両手で持ってプルプルしながら、呻くように呟く。シタテルも恨みがましい目で天音を見ている。
そんな二人を胡散臭げに見ながら天音は云う。
「しっかし。本当に、心底思うんだけど…、何で浩平なの? あれのどこが、……あんなのの、どこに心の琴線に触れる部分があるの? シーちゃんは、……まあ、百歩譲って、なんかの拍子に、血迷うことも、無いこともないかもだけど……。ヴリエっちは無いわ!」
到底理解できない天音は真剣に尋ねるが、その問いかけにヴリエは、キョトンとしている。
「ヴリエっちは、あれでしょ。シーちゃんに影響されてるだけで、ホントはそんなんでもないんでしょ?」
「え?!」
ヴリエのデフォルトであるジト目が、くわっと見開かれる。
「違うも! ……ん」
「違うも」で立ち上がろうとして、椅子に足を引っ掻けたヴリエは、後ろにひっくり返った。芝生に投げ出され、あられもない格好になっている。
「ありゃ?なんかゴメン」
『39』に助け起こされたヴリエは席に戻る。
「あんまりです……」
ヴリエはしょんぼりしている。
「でもさ。ヴリエっちって、接点無かったよね。浩平と…。それこそシーちゃんが記憶樹のなんたらで影響を受けたから、とか、なんかそんな話をミィちゃんから以前聞いたから、てっきり、なんか、フェロモン的なもので引き寄せられたとか、かなーって…」
「確かに、それもあります。初めはそうだったかもしれません。姫様に感化され、浩平さんとルリトー海を渡る夢を何度となく見ました。……そう、姫様の見た夢を。星明かりに照らされた浩平さんの顏と静かな声……」
「でもさ。それってヴリエっちのじゃ、ないじゃん。どこまで行ってもシーちゃんのものだよね」
「心に灯る星一つで、私は暗がりを歩んで行ける……」
シタテルがポツリと呟く。
「その暖かさに触れることが出来たから、留まることが出来たのです。アジス様が御隠れになったあの夜に、私は一切の望みを失い、現世を去ろうとしていたのですから……」
ヴリエが言葉を継ぐ。
「??? ち、ちょっと待って! ヴリエっち…、あんた、会長のこと…、好きだったの?」
ヴリエに掴み掛からんばかりに、天音は詰め寄る。
「好きと云うか、アジス様の正室になるために、私は火星から参りましたので……。アジス様が成人されたら、ゆくゆくは……。少なくとも、お父様はそう希望されていたようです」
「ええ!? ヴリエっちってば ミィちゃんの婚約者だったの?」
「いいえ。正式では無いんです。ヤシン家の御曹司ですもの。ほかにも候補が沢山いたはずです。……でも、アジス様はお亡くなりになってしまって、再生も失敗してしまいましたので」
「……ミィちゃんが男だった頃、なんか話したの?」
天音はヴリエに顔を寄せ、尋問モードになる。
「あまり……。アジス様は同族のレムル人達とは、やはり皇族故でしょうか、一線を画していらっしゃいました」
「そういえば、ヴリえもんが生徒会室に乱入して浩平に抱きついたあの日も、会長、何だか余所余所しかったもんね。余所余所しいって云うか、若干キレ気味だった」
天音の呼び方が『ヴリエっち』から『ヴリえもん』に変化した瞬間である。
「妹として言わせていただきますが、お兄様はヴリエさんの事を聞き見知っておりましたし、憎からず思っていた筈です。 お兄様が、あのような突慳貪な態度をとるのは、 照れと緊張からですから」
「「え?」」
ヴリエと天音は、驚きの表情でシタテルを見る。
「えええ? つまり、自分自身は女になっちゃったとは言え、ちょっと気になっていたヴリえもんが、浩平にハアハアしているのが面白くないからって、キレたって事?」
「………そして、その後、自暴自棄になったお兄様の『僕が浩平キュンの嫁になる!』発言へと続くのです…」
キリッとした表情でシタテルがそう言うと、天音は神の啓示をうけた預言者であるかのように、なにかを悟った表情をした。
「つまり、ミィちゃんの浩平狂いは、ヴリえもんへの当て付けみたいなもので、本気ではない!」
後ろで聞き耳をたてていた『39』は、頃合いを見計らって、三人の安楽椅子女子探偵達に、新しい紅茶を出した。
「謎は解けましたね!」と祝福の言葉と共に。
三人は頷く。ただし、ヴリエは何となく同調しているが、よく判っていないようだ。
「……はっ! でもでも、はじまりはどうであれ、今の浩平さんへの想いは、本気です。信じてください!」
何となく、ミスマルとカップリングされそうな流れを警戒して、ヴリエは訴える。
「女の子同士だからって、怖じ気付くほど、お兄様は卑小な方ではありません! 私、応援します!自分の心に正直になって!」
などと、シタテルは、強引に話をまとめようとしている。
「まあ、ヴリえもんの想いはどうであれ、会長の方は間違いなしだね!」
後日、天音が自信満々で、この茶話会で導きだした推理をミスマルに披露したところ、『んなわけないじゃん』と一蹴されてしまったのだが。
「所で何で呼ばれたの? あたし」
今更ながら天音が問う。
「え? ええーっと、あ! えりりんとお兄様に、サーバー使っていいから、天音さんとおしゃべりでもしたらって、勧められて……ご迷惑でしたでしょうか?」
「ふーん」
シタテルの言葉に天音は思案する。
「どうかしまして?」
ヴリエが首をかしげる。
「あたしたちを省いて、何かやっているな。男ども……」
ミスマルも男に勘定して天音が呟く。
「ちょっと39さん。えりりんの居場所は?」
天音の質問に『39』は、まるで空中に何か書いてあって、それを読んでいるかのように、視線を宙に泳がせた後、「地球サーバー、共用、レクリエーション、エレッセアRPG、タサリオン、イシキャリナーヴェ」と答えた。
「そこに行きたい。いかせて39さん」
天音はそう頼んだのだが、『39』は首を振った。
「現在封鎖されています。入場するためには、ナムジン様の許可が必要です」
「封鎖ですって。穏やかじゃないわね。えりりんに連絡はできる?」
『39』は首を振った。
「……」天音は思案する。
「みくちゃん。知恵を貸して」
天音は『39』の手を取り、瞳を見つめてそう言った。
その時、天音の髪の毛がワサワサと動き出し、急に伸びたかと思うと、途中からブツリと切れて、一本一本がまるで細い蛇であるかのように動き出し、宙を舞い始めた。
「天音様。その、『みく』と云うのは、私の名前ですか?」
表情の乏しい『39』は、乏しいながらも、何かしらの期待を込めて天音に問う。
「!! いけません! 天音さん!」
シタテルが慌てて声をあげるが、天音は、
「そうよ。あたしが名付けた! あなたは『みく』!」
そう言った。
「ななな! 何でそんなこと言っちゃうんですか!」
ヴリエがオロオロしながら云う。
「へ? 何の事? 別にいいじゃないの!ヴリエっちだってヴリえもんなんだし」
などと、訳のわからないことを言っている天音の目の前に立つ少女自動人形は、突然発光しだす。
『銀河賢神院コノハナサクヤ認証いたしました。ミール人。太陽系番号「39」番。命名「みく」』
どこからか聞きなれない女性の声がして、そのように宣言する。
天音の髪が分離した黒い糸蛇達は、光輝くみくの回りを高速で旋回する。
『さあ、思い描いてください。あなたはみくにどのような姿を望みますか?』
先程と同じ女性の声がして、天音に問いかける。
「ミクって云ったらアレかしらね。でもまんまは色々問題があるし……」
などと首をかしげていると、
『シンキングタイムしゅーりょー』
と早々に打ち切られてしまった。
黒い渦は黒煙となり、完全にみくを覆い尽くす。
『ちーん』
たいして間を置かず、黒煙は逆再生のように天音の頭に吸い込まれ消えていった。
煙が晴れて現れたのは、青みがかった緑色の髪のツインテールの、、メイドだった。
「改めまして。、こんばんわー、『みく』と申します。現在はヤシン家でご奉公させていただいていますが……」
そう言って、みくはチラリとシタテルを見る。
「……仕方ありません。お父様に話して、地球へ転属のご許可をいただきましょう」
頭を抱えるようにして、シタテルはそう言った。
「?? 何なの? さっきから。なんでみくちゃんは変身したの? あたし、なんかやっちゃった?」
「ミール人に名前をつけると、名付けた人専属のメイドさんになってしまうの……。本当は、色々条件があるし、記憶樹内の契約が現実世界でも効力があるのか判らないけど……。『39』さんは古くから、ヤシン家で働いていただいていた方だし……。クラスチェンジするだけの経験値が貯まっていたのですね」
「天音様! よろしくお願いします」
みくはペコリと礼をする。
「まず、その、硬っ苦しいのをやめなさい。あたしの事は天音で良いわ」
「んじゃ、天音! あたしの先輩、『ヤガミ』お姉さまに聞いてみるね! ヤガミお姉さまは、ナムジン様の秘書兼愛人だから」
「うお! 馴れ馴れしくて頼もしい! そして生々しい! 何でも良いから、やっちゃいな!」
親指立てでゴーサインを出す天音。




