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地球鎮守府  作者: 山内海
タサリオンの冥王
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第五十五話 交合




 暗黒がある。


 砂嵐の向こう、人間の都に暗黒がある。

 人間の立て籠る絶望の城壁。その城壁の内側に、ワシは暗黒をぶちまけたのだ。

 恐怖を遠避けようと、人間がなりふり構わず築いた、堅固なるさいと石壁の連なりは、生け贄を煮込む鍋釜のように、そこに人間を寄せ、そこに人間を集め、そこに人間を押し込め、そこに人間を押し留めた。


 逃げるに能わず。

 いくるに能わず


 既に、城壁の外側には何もない。

 先程まで、そこには、

 この絶望の都の外には、

 死が満ちていた。

 

 ワシが見守るうちに死はいたるところを通り過ぎ、今はもう何もない。


 岩と石と砂。


 人間よ、

 おのれ等にとって、他人の命とは鴻毛こうもうの如く軽いものだったのだろう?

 ワシが量ってやろう。

 罪の重さと命の重さが釣り合うのかを。

 暗黒よ、 

 罪深き者達の心臓を引き抜き、秤にかけよ。


「人を殺した罪で人を殺し、生命を奪った罪で生命を奪う。罪を定め、罰を下す。その罰もまた、罪である……」




 死の蔓延する都を望む小高い砂丘。その頂から顔を覗かせるこぼたれた石塔の土台に、犬頭人身の魔人が屹立する。

 暗黒の外衣を嵐に曝し、黄金の錫杖を片手に、もう片手にはみすぼらしい襤褸ぼろをまとった少女を抱く。


「…………また、この夢を見ているのね、インプゥ…」


 外衣に包まれた少女が魔人に声をかける。 


「……」


 犬頭。正確には黒いジャッカルの頭を項垂れ、魔人は少女を見る。


「わたしは違う。ここでインプゥに抱かれていたのは母上のはず。……インプゥ。思い出して。あなたの今の名はエリドゥなのよ」


「……あぁ。判っておる……。すまぬな、ミスマル……もう、大丈夫じゃ」


 錫杖を放り投げ頭を押さえながら、よろめくエリドゥが寄りかかったのは、今まで無かったはずの大きな扉だった。手探りでドアノブを探り当てたエリドゥは、ドアを開けてその奥の暗闇に転がり込んだ。


 エリドゥがドアを通って行き着いた場所は、万里の長城のように、上を何人もの人が並んで歩けるくらいの幅のある、大きな石組みの壁がぐるりと廻る、城塞都市だった。

 ドアを通り抜ける瞬間で、エリドゥの姿は黒狗の魔人から、いつものトナカイ人間に戻っていた。


「……ここは?」


 石の城壁を認めると、エリドゥは怪訝そうに辺りを見回した。


「エリドゥ。この城壁は、エリドゥの夢に出てくるやつじゃないよ」


 抱かれたままだった少女、ミスマルは、エリドゥの腕をよじ登り肩に腰掛けた。


「そうじゃのう…。あの都は、木々も草花も枯れ果てておったのだ、ワシが暗黒を投げ入れる遥か以前に……」


 ポツリポツリと顔を覗かせる街路樹を、城壁の上から眺めながらエリドゥは呟く。


「人払いは?」


「完了済みよ。領域も封鎖したし、エレヒから千人体制でモニターしているから、そうそう無体なことは出来ないはず」 


「そうか。……では、浩平を呼ぶことにしようか」


「ちょっと待って! 今、脱ぐから!」


 急に服を脱ぎ出すミスマルを無視し、エリドゥは目の前の石畳に向けて手をかざす。そこには光の輪が現れ、輪は天に向かって上って行く。輪の通りすぎた空間には浩平が立っていた。

 ゲームの時と同じ鎧姿である。後ろ向きに現れたので、エリドゥ達にはまだ気付いていない。


「…………?」


 辺りを見回す浩平。


「うえっへん」


 エリドゥは一つ大きな咳払いをする。

 浩平は、浩平らしからぬ敏捷さで振り向き、身構える。

 浩平の両肩から、黒い煙のようなものが立ち昇る。


「!……エリドゥ! ビックリしたな!」


 エリドゥは腕を組み、浩平を凝視している。

 エリドゥの足元では、ミスマルがぼろ布の上に全裸で正座している。


「立てばモザイク! 座ればセーフ!(ギリ) 歩く姿は都条例! 正調! 全裸待機! お兄ちゃんのために、わたくし既に一肌脱いでおります!」


 真っ直ぐな瞳で浩平を見詰め、口上を述べた後、三つ指をつき礼をするミスマル。


「さあ、お兄ちゃん! 約束通りお兄ちゃん好みの格好で待ってたよ! 褒めて! 愛でて! もてあそんでー!」


 礼から直ったミスマルは、突然立ち上がり、あらゆる光学的エフェクトを駆使し、各自治体の条例に抵触しないように、細心の注意を払いつつ浩平に飛び付こうとする。


「ひぃぃぃぃー!」


 浩平は悲鳴を上げながら、マタドールのようにヒラリと身をかわす。


「わったったったっー!」


 抱き付く対象を見失ったミスマルは、城壁の上の石畳をよたよたと数歩すすみ、べしゃっと転んだ。


「ひ! ひどい! 私の愛を受け入れてくれないって云うの?」


 石畳に突っ伏し、浩平を見上げながらミスマル糾弾する。


「そこに、恥じらう心無くば、乙女の素肌も、絵や像の如く、美しいと思いこそすれ、情念は沸かんものよ…。開けっ広げの性分が裏目に出たの。ミスマル」


「…………?」


 真顔でそんなことを云うエリドゥを、浩平は驚きの目で見詰める。


 ミスマルは隙をついて浩平に背後から抱き付く。


「エリドゥ!」


 ミスマルが叫ぶと、エリドゥは腕の先から黒い触手のようなものを伸ばし浩平を捕捉する。


「さて、そろそろ姿を現したらどうだ? プロセヌティーナ! タケミナカタを引き抜くのじゃ!」


 エリドゥが黒い触手を引くと、浩平の体から分裂するように、黒い塊が浩平の鎧ごと剥がされてゆく。塊は浩平の体から剥がされまいと抵抗するよう戻ろうとする。


『申し訳ございません! エリドゥ様! 造反者が出ました! サグメ! サグメ! 戻りなさい!』


 浩平の体に残る黒塊の一部が刃物のように閃き、エリドゥが引く触手を断ち切る。エリドゥは尻餅をつく。


「くくく、もうばれたか。まあ、気付いているとは思ってたけど、案外早く仕掛けたね。そんなにこの子が大事かい?」


 浩平は笑う。いつもの浩平とは違い、賢そうな顔で。


「タケミナカタ! 浩平を離せ!」


 浩平のこめかみの後ろから、角が生えてくる。羊のようなその角は、三巻きして上に延びる。


「いやいやいや! 無理なんだってエリドゥ」


「???」


「情けない話さ。苦し紛れに潜り込んだ彼の肉体には、罠が張られていたんだ。僕の侵入を予見した者がいたようだ」


 賢い浩平は寂しそうな笑顔を見せる。なにかを諦めたような顔で。


「もう手遅れさ。僕と浩平君を分つことは出来ないよ。魂の同化が始まっているんだ。そして、僕の望みも潰えた。……まあ、今にして思えば、どうでも良い事だったかもしれないなぁ」


「タケミナカタお兄様……」


 後ろから抱き付いていたミスマルは、驚きのあまり拘束を緩めてしまう。


「アジス、……ミスマル。僕の分身よ。エリドゥにおどされたって勘違いしないでおくれ、僕はお前をおびやかしたりはしないよ。僕の人生を生き直しておくれ。愛しい、妹達よ……」


「お、お兄様……」


「サグメ。ありがとう。君は最後まで僕と共にあった。僕が死んだ、あの時も……。もういいよ、お戻りサグメ」


 浩平が手をかざすと、黒い塊がエリドゥに向けて放たれる。

 矢のように飛んでいった黒塊は、エリドゥの目の前で反転し、浩平の胸に命中した。


「サグメ……」


 浩平は胸を押さえよろめく。


『サグメ・ニムロッド配下のナノマシン兵団の奉公を解きます。タケミナカタ様にたすけなさい』


 どこからかプロセヌティーナの声がする。


「プロセヌティーナ、お主、謀りおったな……」エリドゥが呟く。


「エリドゥ。この前はひどいこと言ってごめん。…浩平君と数日間過ごしているうちに、思い直すことにしたよ。やっぱりいとおしいんだ。限りある命を生きる人が……」


 浩平は急によろめいた。


「……プロセヌティーナとサグメの力を借りて、……話しているけれど、……もうそろそろ限界かな? 眠いんだ。自我を保つことが難しくて……。お休み……」


 ミスマルに支えられて倒れることは免れたが、浩平は膝から崩れ落ち気を失った。角も、胸にへばりついていた黒塊も溶け、浩平の体に吸い込まれていった。


「僕はもうタケミナカタではない。……僕の事は『浩平デラックス』とでも呼んで(草)、、、」 


 それがタケミナカタの最後のことばだった。






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