第五十二話 冥王の初陣
第五十二話 冥王の初陣
「………」
「気付いた?浩平」
浩平は地面に敷かれた毛皮の上で上で目を覚ました。
隣にはすでに覚醒している天音が腰掛けている。
「……ここは?」
「四稜郭大手門前……ニャ」
浩平、天音、猫マル、エリドゥの四人は、森の中を通る道の端に、ピクニックのご飯時みたいに毛皮を広げて座っている。
森は浩平達の場所で終わっていた。
この先、道は、背の低い草の原っぱを突っ切り、400メートルほど進んで、幅広い堀に渡された土の橋の上を進み、えらく頑丈そうな石と鉄の門へと続いている。
門の左右、山門で言うところの、仁王像が収まっていそうな部分には、古代ローマの軍神『マルス』を彷彿とさせる、鎧の銅像が二体立っている。
「門は閉ざされておる。ワシとミスマルはNPC扱いじゃから相手をしてもらえんかった。浩平よ、行って話してこい」
「うん……、あれ? 俺、いつの間にか鎧を着てる……。これ、どしたの?」
「細かいことは気にせんで良い」
「う、うん」
浩平が門まで続く道を歩いていると、門の上で様子をうかがっていた、見張りとおぼしき鎧兵が、突然ラッパを吹きならした。
『ぶおおおー! 』
「こんにち…………、あれ? 」
『ぶおおおーっ!』
「えーっと、すいませーん」
土でできた橋の上で、浩平がオロオロしているうちに、門の上には兵士が集まり、矢狭間の向こう側には、クロスボウを構えた射手が整列した。
「あのーすいませーん!門を開けてもらえますかー?」
浩平が大声で門上の兵に呼び掛けたとき、門の上にシタテルが現れた。
古代ギリシアの神託の巫女のような白いワンピース状のゆったりとした服を着て、首から肩にかけては、黄金のネックレスを巨大化し、鎧風にさせたようなものが覆っていた。
胸の辺りには大きな緑色の宝石がはめられている。
背中には、屈めば体がすっぽりと隠れそうなほど大きい円盾を背負い、その円盾の淵を飾るように、矢羽が見えている。
背丈を越える長さの、不自然に曲がった杖を手にしている。
「あ、副会長!」
見知った顔が現れたので、安心した浩平が笑顔で手を振る。
しかし、そんな浩平に返ってきたのは、シタテルの、聞いたこともないような冷ややかで、迫力のある声だった。
「冥王の先駆けか! 我らエレッセア神族が共にある限り、人族の砦は落とさせぬ! さあ皆よ! 奮い立て! 創成の女神の生まれ変わり、シタテルはここにあるぞ!」
『うおおおおー!!』
兵士たちは閧の声をあげる。
「えーっと……、副会長?……、シタテルさん?」
いまだ事態を把握できない浩平は、とりあえず門の方へ歩くのを再開した。
「ええい! 退かぬか! では、まず守護神像が相手だ! アギョール! ウンギョール! 目覚めよ!!」
シタテルが曲がった杖を振りかざすと、それを合図に、門の左右に立っていた、身の丈は浩平の倍はあるかという銅像が動き出した。
「うんぬ!」
「おんぬ!」
変な掛け声とともに。
「あのー、シタテルさーん……」
いまだにシタテルに話しかける浩平めがけて、二体の銅像が持つ、長い柄に横向きの短剣が括り付けられたような、『戈』という武器が降り下ろされる。
「うんぬ!」
「おんぬ!」
『ガキン!』
戈の刃が、浩平に突き刺さる直前だった。
浩平の鎧の両肩が盛り上がり、そこから漆黒の巨人の腕が生えた。
腕は、銅像の戈を掴むと、瞬く間に取り上げてしまった。
「うんぬ?」
「おんぬ?」
巨大腕は、奪った戈を浩平の目の前の地面に突き立てる。
慌てた様子で、銅像はそれらを引き抜こうとする。
そんな銅像達の上空に、浩平の暗黒の両腕は振り上げられ、一回り巨大化し、なんの躊躇もなく降り下ろされる。
『グワシャ!』
猛烈な勢いで火花が飛び散り、土の橋には二体の銅像が、釘のように打ち込まれ、完全にめり込んでしまった。
「どぅん……ぬ…」
「もん……ぬ……」
像は土のなかでなにかブツブツ言っていたが、そのうち光とともに天に召されていった。
特大の魔力結晶が二つ、地面に残される。
「一撃……、か……」
シタテルは絞り出すように呻いた。
「え? ……? いや、俺はなんにも……」
「ええい! 次は私が相手だ!」
シタテルは自分のもつ杖を力を込めて撓ませる。
弓なりの杖の上と下の先端が、レーザービームのような光の線で結ばれ、杖は文字通り弓になった。
盾を縁取る羽飾りのような矢を一本引き抜くと、
「きぇぇーい!」
裂帛の気合とともに天に向かって射放った。
シタテルはすかさず片手念仏で瞑目し、よく通る声で歌を読む。
『君我由久 道乃奈我弖乎 久里多多祢 也伎保呂煩散牟 安米能火毛我母!!! 』
上空の矢が、突然発火し、一本が二本、二本が四本と、倍々に増えていった。
天に上る勢いが止まり、降下に転ずる頃には、空は炎の矢で半ば埋め尽くされた。
「ひいぃ!」
浩平は、驚き、その場にへたり込む。
『やれやれ……、』
誰かの呆れたような呟きが浩平の頭中に響く。
「小惑星迎撃システム『天網恢恢疎にして漏らさず 』発動、」
浩平の声ではない。別人の声がする。
浩平の体から暗黒が溢れ出す。
肩から生えていた暗黒の腕が、何本もの紐のような細い腕に枝分かれして、空に向かって伸びてゆく。
すでに万を越える数に分裂した炎の矢を、黒い手が次々と上空で掴む。
手は一瞬で縮み、掴んだ矢を、田植えでもしているかのように規則正しく地面に突き立てる。
『ずびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび』
機械がカーペットを織るように、地面に火のついた矢がみっしりと並んでいく。
シタテルと砦の兵達は、言葉を失い、呆然と見守ることしかできなかった。
「冥王だ……」
「冥王が自ら、この砦を覆しに来たのだ!!暗黒を伴い人の世を終わらせるために!!」
「ひぃぃーー!!」
砦の中で狼狽えた兵達が騒ぎだした。
「…なんか、俺、悪者みたいな感じになってるのかな?」
矢は、一本残らず地面に植えられた。
薄の原のようなその場所に、浩平は一人立っていた。
暗黒が体全体を覆った禍々しい姿で。
「お!地面がグラグラする」
銅像を打ち込まれ、更に無数の矢を突き立てられた土橋は、とうとう耐えきれず堀に落ち崩れてしまった。
浩平も橋と一緒に落ちていったが、体を覆う暗黒が再び形を変え、八本の蜘蛛の脚の先に掌が付いたような物が生えてきた。
浩平は、その暗黒の腕を使って飛んだ。
いや、飛ぶとは呼べないような不吉な動作で、空に上っていった。
上方に闇の脚を伸ばし、何もないはずの空中の一点を脚の先端の掌で掴み、それを頼りに体を引き上げ、その間に別の脚が次々と更に上の空中を掴む。
蜘蛛がガラスを上ってゆくような気色の悪い動きで、浩平は門上のシタテルと同じ高さまで駆け登った。
「う……うう……、」
辛うじて踏み留まってはいるが、恐怖のあまり、シタテルは震え、立ち竦んでいる。
「副会長、さあ、こっちへ」
浩平は、自分の手を伸ばそうとしたのだが、纏う暗黒が、意を汲んで先走り、暗黒の腕がシタテルへと伸びて行き、ひっ捕まえると浩平の元へ引き寄せた。
「きゃあああああー!」
シタテルは悲鳴を一つ上げると気を失ってしまった。
浩平を空まで運んだ暗黒の蜘蛛脚は、今度は公園の雲梯でもするかのように、空中の一点を次々と掴みながら、横方向に高速移動をして、森へ戻っていった。
砦の兵達は、恐怖のあまり、海へ向かって雪崩をうって逃げ出した。




