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地球鎮守府  作者: 山内海
地獄門の変
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第四十二話 湯屋極楽湯

第四十二話 湯屋極楽湯




『カポーン』


 よく漫画のお風呂のシーンでこの擬音が使われる。

 恐らく、反響する浴室内で、桶などを置いたときに発生する音を表したものであろう。

 特に高橋留美子作品においては、ほぼ確実に、まるで、記号のように、使われている。

 この音がしたら、続くのはヒロインのサービスシーンだ。 

 読者も、一旦ページから目を離し、辺りに覗き込む人目のないことを確認する合図。


『カポーン』


 しかし、それ以外にも、この擬音が活用される事がある。


『カポーン』


 それは例えばお見合いの席。

 開け放たれた障子の向こうは日本庭園。

 縁側の近くにはつくばいと鹿威シシオドし。

 鹿威しが石なり、つくばいの端なりを叩くときの音だ。

 『カコーン』や『コーン』の場合もある。


『カポーン…、』


 残念ながら今回のカポーンは、後者のカポーンでした。

 

 20畳ほどの畳敷きの和室。

 開け放った障子の向こうは縁側で、その向こうはこじんまりとした庭になっている。

 その、庭の向こう側は低い垣根があり、その先は垣根の間近まで迫った山の斜面があり、木々が繁る。

 正面は斜面、左右は他の客部屋の庭らしく竹垣で仕切られているので、あまり景色は楽しめない。


 和室の真ん中に、優に8人は食事が出来るくらいの大きな座卓がある。

 

 座卓の上には徳利が並び、お猪口が二つ、一つは未だ使われていない。

 酒の他に、瓶のジュースが何本か、あとは、お菓子が一山積まれている。


 座卓の近くに座布団を合体させて作った寝床があり、そこに浴衣姿の四人が寝転んでいる。


 大きさは、大、中、中、小。

 『大』は身長190を越える長身のタキリ。

 豪奢な白金髪はバスタオルで巻いて頭の上でまとめている。

 記憶樹と云う、いわば仮想世界の中なので、風呂にしろ食事にしろ、本当は必要という訳ではない。

 髪を乾かすなど、意味の無いことだが、記憶樹はその領域その領域で、ある程度『ルール』が設定されている。

 『極楽湯』領域は、現実世界に近い法則でルールが定められており、腹も減れば喉も乾き、髪も濡れ、風呂に入れば素っぴんになる。

 長ーい付けまつげもドぎつい赤の口紅も洗い流してしまったタキリは、驚くほどシタテルに似ていた。

 まるで少女のような可憐な顔立ちだ。

 湯上がりの頬やうなじは、うっすら桜色に染まり、黒く長い付け睫は取れたが、その下からはプラチナ色の十分豊富な睫毛が大きな瞳に薄く影を落としている。

 若干寝乱れた浴衣からのぞく肢体は、さすがに少女とは呼べないボリュームがあり、モザイクをかけた方が良いと判断されかねない、いかがわしさがある。

 タキリは、うつ伏せで肘をつき、4コマ漫画の雑誌を読んでいる。

 時折その体制のまま、無理やり座卓まで手を伸ばし、浴衣の衿元から胸がこぼれ落ちそうなのもお構い無しで、酒のつまみの柿の種をつかむ。

 気品もなにもあったものではない。

 

 そんなタキリの横に転がっている『中』は、火星に移住したレムル人の一族ルタヴア家の御令嬢ヴリエ。


 ヴリエは座蒲団の船団から畳の海に転げ落ち、そのまま何故か満面の笑みをたたえ寝ていた。

 ほっぺたは畳に張り付いてムニッとなっている。

 多分起きたら、タタミデネーターの爆誕である。


 そもそも、肉体が寝ている状態で、アクセスしている記憶樹内で更に寝るという、幽霊が殺されるみたいなややこしいことをしているヴリエ。


 風呂上りに、タキリ、天音がそれぞれバスタオルを持ち、一斉にワッシャワッシャとやったお陰で、ヴリエの天パーが大爆発を起こし、寝転がった姿を上から見ると、体の半分は髪の毛で覆われている。


 地球人に比べ、ほっそりした体形が多いレムル人だが、ヴリエもタキリ同様、かなりグラマラスである。着なれない浴衣を、無理に着せられ、簡単に着崩れを起こし、いろんな所から肌色部分が見えている。


 たが今は、そんなこと全く頓着せず、ヴリエは笑顔で寝ている。


 ヴリエの更に横に『中』と『小』は、天音とガウマァ。

 ガウマァは、8歳位の茶髪の男の子の姿で、天音にしがみついて寝ている。

邂逅園からうのていで逃げてきた4人が、極楽湯に入ろうとした時、トナカイ人間姿のガウマァが、ドレスコードに引っ掛かり、ホールのスタッフにつまみ出されそうになったので、慌てて地球人の姿に変身したのだ。

 子供用浴衣を着ていたが、浴衣を着て寝る子供が、必ず最終的になる姿、辛うじて帯で腰元に浴衣が引っ掛かっているだけで、上半身も足も全部むき出しの、エドモンド本田スタイルになってしまっている。

 天音はガウマァが引っ付いた状態で、苦しそうな顔で寝ている。多分暑苦しいのであろう、だらだらと汗を流している。


「ううーぐるじぃー、」

 

 さすがに、耐えきれなくなり、天音は目を覚ました。

 起き上がると、まだ目を覚まさないガウマァをあらためて座蒲団に寝せ、押し入れから掛け布団を引っ張り出してかけてやる。


「いいのよ、天音さん、蹴飛ばして部屋の隅にでもやっといても、」


 タキリも座り直し、ポットから急須にお湯を注ぐ。


「んー、でもね、この子えりりんの子分でしょ、ってことは私の子供ってことになるのよね、」


「ぷっ、」


 その一言を聞いて、タキリは飲んでいたほうじ茶を吹いた。


「いやね、天音さん、この子は、アホタレだから特別こんなだけど、年齢で言ったらあなたより年上よ」


「まあ、そうなんでしょうけどねぇ」


「大体エリドゥの子分なんて、老若男女何人いると思っているの?惑星国家の総人口並みですよ」


「そうなんだ…、あ、今更ながらおはようございます。今何時ですか?」


「時間はここではあまり関係ないのよ。多分体感的にはここに来てから、丸一日たったくらいに感じているはずね」


「ふーん、で、いつまでここにいるんですか?」


「そうね、さっき連絡が入ったから、もうじきエリドゥはやって来るわ。そうしたら帰りましょうか」


「…、」


 天音は廊下の方向のふすまを見る。

 誰かが近づいてくる気配があったからだ。


「やっと来たみたいね」


 タキリも気付く。


「タキリ様、エリドゥ将軍とシタテル姫がお見えになりました。お通ししてよろしいでしょうか?」


 廊下から仲居さんの声がする。


「暫しお待ちになって、」


 タキリと天音は浴衣の着崩れを素早く直し、ヴリエにも掛け布団を出してかけてやった。 


「お通ししてください」


 タキリがそう告げて少しすると、ドスドスと大きめの足音が近づいてきた。


「タキリ、入るぞ」


 いささかウワズッた天音には聞き慣れぬ男の声がした。

 ふすまを開けて始めに入ってきた男を、天音は凝視する。


「…タキリ…ほう…報告は聞いたか?」


 天音の視線を意識しつつも、男はまずタキリに声をかけるが、その間にも、天音はすたすたと男に近づく。

 

「母上、ダイモスとタケミナカタ様については私からお話しします」


 あとから入ってきたミスマルがタキリに駆け寄り、抱き付く。


「……、そうね、あなたから聞かせてもらいますね」


 タキリは膝をつきミスマルを抱き締める。

 その横では、天音が見知らぬ男、変身したエリドゥの目の前に立っていた。

 天音はエリドゥの顔から目を離さない。

 続いて入ってきた浩平とシタテルも挨拶もそこそこ、成り行きを見守る。


「……、えりりんね、」


 視線を離すことなく天音は言う。


「う、うむ。そうだが…、」


 一四五ひよこ丸で詰め寄られた記憶が甦ったのか、やや気圧され気味なエリドゥが答える。


 天音は、ほぼ同じ高さのエリドゥの顔を見ながら、エリドゥの着流しの両の衿を手で掴むと、首の横からピッと張り、胸から腹まで下に引き、衿元を正した。


「うん! よし! 思い出した! えりりん! えりりん!」


 そう言うとぽんぽんとエリドゥの肩を叩き、


「愛してる。座ってよし!」


 と言った。


 エリドゥは赤面しながら座卓の空いているところにちょこんと座った。

 お座りを言い付けられた犬のように。

 思わず『ぷっ、』っと吹き出したミスマルを睨み付けて。


「浩平さん。あなたに記憶の一部をお返ししたので、もうご存じたとは思いますが、先程は大変失礼いたしました。あらためてごあいさつさせていただきます。アジス、シタテルの母タキリでございます」


 ミスマルを横に立たせ、浩平と天音に向き直ったタキリは正座をしたまま深々と頭を下げた。

 

 浩平も慌てて座りお辞儀をする。


「エリドゥ、浩平さん。まずは一風呂浴びていらっしゃいな。話しはその後で」


「う、うむ、そうしようかの、浩平、行くか」

「あっ、うん、」


 エリドゥはお猪口で一杯、何か液体を飲むと、慌ただしく立ち上がった。


「ミスマル、シタテル、私たちも入りますか」


「はい、お母様」


 タキリも立ち上がる。


「天音さんはどうします」


「んー、ヴリエっちと待ってる」


 天音はそう答え、座卓に座り直した。


「あー、オヤビン、おアザーっす。空からおててが降ってましたよ?」


 突然ガウマァがひょっこり起きて、訳のわからないことを口走る。


「この子は?」


 浩平はエリドゥにたずねる。


「こやつはガウマァという。宇宙のアホじゃ。気にせんでいい、」


「宇宙のアホ……、」


 エリドゥのなげやりな紹介を受け、浩平はガウマァを呆然と見下ろす。


「天駆ける鉄砲玉こと、空間騎士団突撃兵長ガウマァたぁ、おいらのことでヤンス!」


 半裸で座ったまま見栄を切るガウマァ。


「…、風呂いくか? ガウマァ」


 見栄をスルーしてエリドゥは言う。


「風呂ならさっき入りやした! タキリの姐さん、天音の姐さん、ヴリエの姐さんと!」


 立ち上がり腕を組みふんぞり返ってガウマァは言う。


「あ、天音と…、入ったと、言うのか…、」


 エリドゥの双眸そうぼうが赤く輝く。

 遠くから、微かに『ンゴゴゴゴゴ…、』と音がする。


「エリドゥ、落ち着いて! ここでアレはやってはいけないわ!」


 慌ててタキリがエリドゥに飛び付く。


「……、?」


 ガウマァはキョトンとしている。


「天音と、風呂に…、入ったと…、言うのか…」


 エリドゥの髪が逆立ち、手から陽炎が立ち上る。


「えりりん、良いのよ。私が良いと言うんだから、良いでしょ? おまいさんも居たなら一緒に入ったわよ。でも、居ないんだもん。半月も私をほったらかして、やっと帰ってきたと思ったら、また、どこか行っちゃうし…、」


 天音がそう言うと、『ンゴゴ』と陽炎は途端に消え失せ、エリドゥはしょんぼりしてしまった。


「う、うむ、」


「いいわ、じゃあ今から入りましょう。いつもの姿じゃないけどこの際いいわよ、洗ったげる」


 天音は立ち上がりタオルの用意を始める。


「……、天音さん、残念ながらここに混浴は無いのよ」


「え? そうなの? レムル人って割とオープンなのにね、」


 残念そうに天音は言う。


 天音とガウマァ、寝たままのヴリエを残し、エリドゥと浩平、タキリとミスマルとシタテルの五人は、男女に分かれて浴場に向かった。

 

 小一時間ほどしてホカホカになって戻って来た五人が、座卓に座り直す頃にはヴリエも目をさましていた。

 


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