第四十話 訣別の秋
第四十話 訣別の秋
「エリドゥ。その囮に使った子供の体、僕のクローンなんだってね。ダイモスがいたくご執心のようだったけど」
スクリーンには、めまぐるしく文字が踊る。
コンパネに突き刺さった本に手を置き、黒髪のタケミナカタはエリドゥの方に振り返る。
「それって、ひどい話だよね」
激昂しているわけではない。
タケミナカタは少し寂しげに、ただ、そう言った。
少しずつ角や髪の形が歪み、タケミナカタは、その姿を維持できなくなってきた。
「サヨウナラ、エリドゥ。もう、僕らは決定的に相容れなくなってしまったみたいだね。それでもエリドゥ。今でも僕は君が好きだよ……」
暗黒物質はすべて床に滴り落ち、ただの白衣のマネキンのようになった義体は、コンソールに突っ伏す。
「…まあ…サヨウナラって言っても、僕はとうの昔に死んでいるのだけど…、ね」
アジスの死体を覆っていたナノマシンも結束が溶けて、黒い液体になった。
「『記憶樹に縛られた魂を解放する…』タケミナカタとの訣別の秋、あやつはそう言って『カレノ』の舵を銀河中心部へ向けた。太陽系を抜けた時点で、銀河連合の追っ手がかかり、石炭袋を背にしながら轟沈したらしい。シタテルが生まれる前の話じゃ。結局、あやつの狙いは、記憶樹に対するテロ行為だったのかのう。ならば、何故あの時『カレノ』を銀河中心部へ向け、何故、捕らわれ、どうやって、誰により解放され、ネクロノミコンに潜み地球まで運ばれてきたのだ?」
ナノマシンをダイモスに返し、メイド姿に戻ったエリドゥはデッキブラシで何となく床をごしごしやりながら呟く。
「今やレムルの記憶樹も銀河連合の統合ネットワーク『ユニゾン』に繋がっております。おそらくタケミナカタ様の標的は、その精神プールシステムすべてだったのかと」
奪われていた義体を取り戻したダリオスが、ネクロノミコンのページをめくりながら言う。
「ネクロノミコンのデータは無事でした。……。タケミナカタ様の目的のことを考えると不思議な話ですが…」
「死なないくせに命の大切さを語るな、記憶を弄ぶくせに愛の大切さを語るな、」
「?」
「昔、あやつがそう言って、ナムジンに食って掛かっておったのを思い出したのじゃ。その魔道書には記憶樹を根腐れさせる毒が仕込まれておったのかもしれない。その毒とはタケミナカタ自身じゃ」
エリドゥは、まだダイモスを慰めているミスマルと、ミスマルに寄り添う浩平とシタテルを眺める。
「…宇宙の戦はともかく、記憶樹の中はナムジンの領分じゃ…。後は任せるとしよう。さて、帰るかの」
「しかし、記憶樹を経由されて帰るのですから十分お気をつけて下さい。データの量から計算するに、タケミナカタ様の他に何人か記憶樹に入り込んだようです」
「記憶樹の中であるならば、ナムジンが昼寝でもしていない限り大丈夫だろう」
「そうですか」
「ダイモスは地球に連れて行く。が、ビロクの若いのは置いて行く。ダイモスがしでかしたことは、到底許されることではない。裁きを受けることになろう。ダイモスの後釜は『フォボス』が良いかな」
「そうしていただくと有難い。提督代行を拝命しましたが、私は学者畑の出ですし、今でもやはり、タケミナカタ様の事を悪くはとれないですから」
「フォボス!こちらに来い」
エリドゥはビロク兵に呼び掛ける。
「はいっ!」
ダイモスほどではないが、大きな体をしたビロク兵が、エリドゥの元にやって来る。
「エリドゥ将軍、先程は、……、責は副官の私が負います、」
フォボスは斧の刃を自分に向けて、罰を受ける事に不服がないことを示す。
「ん? ワシはお前達に、稽古をつけに来ただけだぞ。それよりフォボスよ、今から火星に帰るまでは、お前が船の指揮を執れ。それから、船員と言えど鉞の訓練は怠るな。特に集団戦闘の訓練を積ませよ。先の戦でお前達が『ヤトノカミ』を打ち漏らしたのも、個人の力量ではなく、陣立の不味さよ。臨機応変工夫せよ」
「??」
「……、人をぶん殴る時も、隕石をぶん殴る時も、よく考えろ、と言っておるのだ! 以上!! 持ち場にもどれ!」
「はい!」
「よし。では、帰るとしよう。ダリオス。エレヒと火星鎮守府に一報を入れてくれ。ここまで迎えの船を寄越して、ダイモスと……、アジスの死体を送り出してくれ。ワシらは憑依を解き、先に帰る」
「エリドゥ将軍、事はエレヒにとどまらず、太陽系全体、銀河連合にまで及びます。こんな時、査察官の『ジェ・ヴォーダン』様は何処へ…、」
「いないものは仕方があるまい、何やらかけひきが、いろいろあるそうな。今は太陽系を離れておる」
指揮室でダリオスと別れ、メイド6人連なって、もと来た廊下を義体調整室へと帰っていった。
「………、ワシが悪かった。ミスマル、シタテル、浩平、すまん。おぬしらを連れて来るべきでは無かったな」
義体調整室に入るなり、三人の前で土下座を始めるエリドゥを、三人は慌てて止める。
「ううん、エリドゥ、かえって良かったわ。私、ミスマルとして生きて行く決心がついたもの」
ミスマルは晴れ晴れと笑う。
「…すまぬミスマル……」
「会長、ごめん…俺、あんまり役に立たなかった。会長が大変なときに……、」
浩平の言葉をミスマルは遮る。
「お兄ちゃんが一緒だからここにも来れたし、自分のアレを見てもなんとか大丈夫だったんだよ」
「会長…、」
「シタテルもありがとう」
「お兄様…、」
「ささ、接続するので、あちらのベッドに腰かけてください」
『4392』と『4399』に促され、三人はベッドに座った。
「ところでエリドゥ様…。後半スカートの大穴から、おパンツが丸見えでしたね☆♥!」
ベッドに座るエリドゥの義体のメイド服を脱がせながら、『4392』は体を調べている。
「ああ、この体をこの後使う者に謝っておいてくれ。ギリギリではあったが、下帯は守り抜いた」
エリドゥも、自分の指の数を数えたりして、義体に欠損がないか確認している。
「素敵すぎます! エリドゥ様! 私たちと同じ性能の義体のはずなのに、あのダイモス提督と戦うなんて!」
「そうです! エリドゥ様! 蝶のように舞、蝶のように刺していました!」
「いや…、クルクル回っていただけだが……、」
「それに、それに…、」
『4399』は頬を赤らめる。
「『疫病』などと仰っていたので、てっきり私たちのことお嫌いかと思っておりましたのに…、」
ここで、『4392』エリドゥの声色を真似て(同じ規格の体なので、別に改めて真似る必要も無いのだけれど)
「くっ……、希望に心踊らせ、これから太陽系で働こうとやって来る娘御の仕事着に傷を負わせるとは…、」
「「きゃー!!!」」
『4392』と『4399』は同時に斜めジャンプをして空中でドッキングして、互いの手のひらを握り、真下に落下するという、かなり高度な感動のしかたをした。
「エリドゥ様のそのお言葉だけで、私は200年は稼働できますわ!」
「私もです! 愛が燃えます! 私のボイラーに焼け棒杭がブチ込まれましたわ!!」
「ワシは別におぬしたちを嫌っとりはせん。だがな、ワシはおぬし達ミール人とは、昔イロイロあったのじゃ」
「イロイロ?」
「…、今にして思えば、おぬし達、と言うより、おぬし達が仕えた者達の方と、かの。まあ、昔の事だ」
「地球に伺った折には お聞かせくださいね☆」
「……………、」
「エリドゥって本当によく喋るよね。何で学校だとみゃーみゃーしか言わないの?」
浩平は『4392』や『4399』とおしゃべりをしているエリドゥを見ながらシタテルに質問をする。
「え? 学校でもあんな感じですよ、」
「へ?」
「ビロク人の言葉は難しいですから、聞き分け辛いですけど、」
「学校でよく言うよね、『浩平ショボ!』って」
ミスマルが会話に加わる。
「ええ?」
浩平はショックを受ける。
───でも、『浩平』はビロク語でも『こうへい』じゃないのかな?
「さあ、シタテル様も接続しますね」
エリドゥはうつ伏せで背中にコードやチューブがたくさん刺さったまま寝ている。
白目を向いて失神しているところを見ると、すでに記憶樹に転送されたらしい。
「帰りはどうなるの?」
手持ち無沙汰の浩平はミスマルに話し掛ける。
「エデンで天音お姉さまやヴリエお姉さまと落ち合って、お疲れ会…、かな?」
「もう、何年も学校行ってない気がする…、」
やっと、義体の操作にもなれてきたらしい浩平は、ベッド腰掛けて足をプラプラさせている。
「死体が地球に帰ったら、私は僕のお葬式をしようかな」
「………、そんな返答に困ること言われても……、」
「あ! みてみて! シタテルが上半身ひん剥かれてエロす!」
ミスマルは、コードを接続するため服を脱いだシタテルを指差しながら言った。
思わず指の指す方向に目をやった浩平は、手を組んで胸を隠すシタテル(義体)を見て慌てて視線を逸らせた。
「うっ、見ない! チラ見をしないゲルマン魂…、」
「残念だねぇ。義体の裸じゃなくて、本物のもっとすごいヤツも見たのに…、記憶消されちゃったし」
「?」
「私のだったら良いわよ、義体も本物も、慎まやかですけどね。ほーら記憶の上書きしなさい。ま、これもお父様の検閲に引っ掛かって消えるんだけどね」




