第三十九話 神の息吹き
第三十九話 神の息吹き
エリドゥは、背後からダイモスが放った暗黒の槍に貫かれた。
真横からだと、そう見えたのかも知れない。
「危険です! お近づきになりますな!」
数分前、エリドゥが部屋に入った後、ダリオスはそう言って、浩平達が続いて入るのを遮った。
しかし、エリドゥの言問いの後、激しい闘いが始まると、呆然と立ち尽くすダリオスの隙を突き、三人はチョロチョロと部屋に入り込んだ。
「「あっ! 危のうこざいます!」」
二人のミール人メイド『4392』と『4399』も慌てて続き、
「はっ! いけませんお嬢様がた!」
我に返ったダリオスが、最後に入る。
大きな指揮室は、雛壇状になっている。
それは、映画館のホールと酷似していた。
下の方には大きなスクリーンが、映画館とは違い何枚も多重に広げられている。
浩平達は映画館ホールの中程にあるような、トンネルの出口みたいなところから指揮室に入った。
横を向くと、丁度メイド姿のエリドゥが、背後から刺し貫かれているように見えたのだ。
「「キャアアアアァー!!!」」
ミスマルとシタテルは悲鳴を上げる。
確かに横からみると『女装エリドゥ弑す』みたいな絵だ。
エリドゥも苦痛に歪んだ顔をし、
「………、おのれ、ぬかったわ…、」などと呟いている。
しかし、エリドゥの姿を正面からみていた上段、下段のビロク兵からは、驚きと感嘆と若干の失笑の声が漏れる。
エリドゥは両国の国技館で相撲の観戦をした外国人が、ふざけて四股を踏む真似をしているようなポーズをとっている。片足を高く挙げ、両手は腰に当てている。
腰に両手をあてることによって、腕と脇腹で形作られた『輪』が二つ。
少女にあるまじき大股開きで出来た股間の空間。
ダイモスが放った暗黒の槍三本はそこを通っていた。
しかし、完璧に避けたように見えたが、メイド服のスカートには大穴が開いてしまった。
「くっ……、希望に心踊らせ、これから太陽系で働こうとやって来る娘御の仕事着に傷を負わせるとは…、」
エリドゥは心底悔しげに舌打ちをする。
「ほざけ!」
暗黒の槍の先端に鎌のような刃が何個も生える。
それを引き、足と腕か胴を刈り取ろうとの目論見だ。
「ワシにナノマシンを嗾けるとは、アホウが!!」
エリドゥは、脇と股を閉じて暗黒を挟み、フィギュアスケーターよろしく高速回転を始めた。
綿飴の機械に割り箸を突っ込み、綿飴を巻き取るように、エリドゥにダイモスの暗黒が纏わり付く。
槍のように延びた触手が巻き取られ、それに繋がるダイモス本体を覆う黒い部分も吸い取られてゆく。
「ぬががっ!」
かなりの分量の暗黒物質を巻き上げられたダイモスは、残る触手を刃に変え、エリドゥに引寄せられている自分の三本の触手を自ら断ち切った。
ダイモスを覆う暗黒のおおよそ半分が、エリドゥに奪われた。
エリドゥは回転を止めた。
「支配権を移した。ナノマシンは借りるぞ」
エリドゥの体を包む暗黒は色と形を変え、エリドゥの姿はバッファロー○ンの体と角の生えたトイプードルの頭、大きく広がるヘラジカの角…、つまりはいつものエリドゥの姿になった。残念ながら戦鎧までは再現できず、越中ふんどし姿であるが。
ダイモスも、纏う暗黒の様相を変化させ、エリドゥよりは幾分ズングリとしたトナカイ人間の姿になった。
「それがアジスのタンクか…、」
床に胡座をかき、座り込むダイモスを気にせず、エリドゥは今までダイモスの暗黒が覆って隠されていたタンクを乗せた移動式のベッドに近寄る。
「兄者、後生じゃ……、」
ダイモスは床に突っ伏し、泣き崩れた。
恥も外聞もなく、子供のように。
「もう、オイラから奪わんでくれ…、坊を…返して…、」
ベットのタンクの窓から中を一瞥し、目を逸らせたエリドゥは静かに言う。
「ダイモス……、これは亡骸じゃ……、弔ってやろう」
「いいや! 違う! まだ、生きておる! オイラは話をしたんじゃ…、」
「生きてはおらん。ダイモス。レムル人はな、頭や足や手を失ってしまったら死ぬのじゃ。ワシらと違ってのう……、」
聞き分けのない子を諭すように、静かにエリドゥは言う。
「だけど…、確かに……、」
ノロノロとダイモスは立ち上がり、恐る恐るベッドに近付き、エリドゥの隣でタンクの窓を覗き込む。
「ひいぃぃー! 坊!! 坊が!」
まるで初めて目にしたかのように、ダイモスは悲鳴を上げる。四つん這いで部屋の隅まで行き、頭を覆い踞る。
「そんなバカな! 微弱でしたが生命反応は確かにあったのです。ダイモス提督との会話も、記録されています」
ダリオスが狼狽えて声を上げる。
「いや…、しかしな、ダリオス……。こんな状態で生きとる訳がなかろうて、」
エリドゥはベッドのタンクを持ち上げようとする。
「嫌じゃー!連れていかないでくれー!」
部屋の端で泣いていたダイモスはタンクを盗られまいと駆け寄る。浩平とシタテルの横を走り抜け、その突然の動きに驚き、二人は尻餅を付く。
「ダイモスのおじちゃん。僕だよ、アジスだよ」
エリドゥの足にしがみつきタンクに手を伸ばそうとしているダイモスをミスマルはそっと抱き締める。
「こんな姿だから判らなくなっちゃったの?」
ミスマルはエリドゥを見て一つうなずく。
それを合図にエリドゥはタンクの蓋を開ける。
タンクの中の薬液が零れ床を濡らす。
中には首と両腕が千切れ、片足も膝から下がない、小さな子供の学生服姿の胴体が横たわっていた。
『4392』と『4399』は慌ててシタテルの目を覆う。
「…ほら、おじちゃん。見てごらん。…おじちゃんにもらった学生服着てるでしょ。僕の体は炎で焼かれて冷気で砕かれてしまったけどね、おじちゃんの学生服は僕の胴体は守ってくれたんだね…、」
震える手で、ミスマルは自分の死体をそっと撫でる。
ミスマルの両の頬を大粒の涙がつたう。
「………、ありがとうね、おじちゃん。そして、ゴメンね…、せっかく火星から助けに来てくれたのに、僕は死んじゃったね…、」
「おおおお、おおおおおー! おおおおお、」
ダイモスはその場に踞り、再び啼泣する。泣きながら、這いつくばり、床に広がったタンクの薬液をかき集める。
「まさか…、そんな…、確かに声が…………、」
赤髪のダリオスは、アジスの死体を見て絶句する。
「………、ん?」
開かれたタンクとアジスの死体を、食い入る様にダリオスは見つめていたが、アジスの死体の下、タンクの下半分に流れきれない澱のような物が溜まっているのに気が付いた。
アジスの死体から流れ出た血溜りのようであったが、黒々としていて、それは先程までダイモスが纏っていた暗黒を思わせた。
「これは?ナノマシン流動体では……、」
ダリオスはエリドゥからタンクを受け取り、近くの机に置く。
手を伸ばし、触れて確認しようとするダリオス。
「さあ、お前達、火星に帰る用意をせい!」
エリドゥは立ち尽くす船員達に指示し、持ち場につかせようとした。その、エリドゥの注意がタンクから逸れた一瞬だった。
「ヒィィ!!!」
突然ダリオスの手元の辺りで閃光が炸裂し、タンクを覗き込んでいたダリオスの頭に乗っかったダリオスの本体が、砲弾のように吹っ飛んだ。
「あーあ、ここで開けちゃうんだもんな、調子狂うよ」
本体を失ったダリオスの義体が仰向けにパタリと倒れる。
アジスはその向こうに立っていた。
それをアジスと呼んで良いのかは判らないが、頭と膝から下には暗黒が纏わり付き、両腕は千切れたままの学生服の子供が立っていた。
「生憎、両腕を再生させるにはナノマシンが足りなかったね。レムル式の挨拶ができずに申し訳ない」
そう言って、ペコリと礼をする。
「おぬし…、タケミナカタか…、」
エリドゥの一言で、辺りは静まり返る。
「久しぶり、エリドゥ。……、ところで、まだそんな格好してんの? 確かアンプラグドとの戦争って終わったよね」
「うむ、」
「銀河連合評議会もいい加減だね。君みたいな怪獣を野放しにしといて。僕なんか、拷問の末挽き肉みたいにされて、再生できないように、精神牢獄って言う、何ていうか、記憶樹のロマンとファンタジーが足りない感じの所にブチ込まれてね、皮肉なものさ、記憶樹いらない派の僕がだよ! あははははは!」
暗黒の頭部は話をしているうちに形を変え、ウェーブのかかった豪奢な金髪の美しい青年の顔になる。
レムル人の証であるこめかみの後ろから生える角が、ぐるぐるぐると三巻きしている。
「あっ」
ミスマルがなにか言おうとしたがエリドゥはそれを手で制した。
「タケミナカタ様!」
床をにゅるにゅるとタコのダリオスが歩く。
「もしかしてダリオス王かい?、いいの?そんな風にウロウロしちゃって。あの、お気に入りの蛸壺に入ってないと乾いちゃうんじゃないの?」
「最近は、保湿クリームのいいのが開発されましてな、」
「ふーん」
「ところで、タケミナカタ様…、」
「ゴメンねダリオス。もうあまり時間がないんだ。しかしマズったな。ダリオス王の前で『これ』を出すことになるとは。エリドゥも、ゴメン。イロイロ話があると思うけど、また今度ね…、」
───僕が記憶樹を破壊し尽くす前ならば記憶樹の中で会えるかもね。
「ダリオス! これなぁーんだ?」
妖怪タケミナカタの髪の毛がワサワサと逆立ち、触手のように蠢く。
髪の毛の塊の中から一冊の辞書のようなものが出てきた。
「ネクロノミコン!!」
ダリオスは悲鳴のような声を上げる。
「『忌まわしき狩人』に奪われた九頭龍の宝! なぜあなたが!?」
「ダリオス、あとで返すから、も少し貸してね❤」
タケミナカタはそう言ってウインクする。
「何をするつもりだったか知らぬが、お前が帰ってきた以上、捕らえて連れ帰り、子細吟味するしかあるまい! 逃れることは出来ぬぞ!」
そう言ってエリドゥはタケミナカタに掴みかかる。
エリドゥに取り押さえられる直前に、タケミナカタの髪の毛の触手はネクロノミコンを放り投げる。
放り投げたネクロノミコンを受け取ったのは先程までダリオスが操作していた義体。今は黒髪でこめかみの後ろから三重巻きの角が生えている。義体は、指揮室の全員がタケミナカタの異常な出現と語りに目を奪われている隙に、いつの間にかオペレータ席に座り、何やらコンソールを操作している。
片手で本をキャッチすると、黒いタケミナカタはニヤリと笑った。
「連れ帰ってもいいけど、そっちの『囮』は、立ってるのと声を出すので精一杯だよ」
一連のプログラムを素早く入力した黒いタケミナカタは両手でネクロノミコンを掲げる。
「神の息吹き!!」
そう叫び、ふっ、っとネクロノミコンに息を吹き掛ける。
「アンド、インストール!!」
コンソールの片隅にある窪みに、ネクロノミコンを突き立てる。
「!! 回線を切れぃ!!」
エリドゥは絶叫する。




