第三十五話 再び邂逅園
第三十五話 再び邂逅園
『邂逅園』
以前は、ナムジンの書いた下手くそな看板が掲げられていた、タサリオン国最果ての大きな門だった。
そこから先は、他の領域へと繋がるゲートがあるだけで何もなかったはずなのだが、シタテルが度々訪れ、手を加えているようで、今では門の向こうに、赤い煉瓦で建てられた大きな洋館が建っていた。
門自体もお寺の山門のような立派な作りになっており、洋館をグルリと囲む高い壁もある。
タキリ、天音、ヴリエの三人は邂逅園の前で目覚め、とりあえず屋敷に入った。
屋敷に入ると、入口もそこそこに、ずらりと書架のある大きな部屋に行き着いた。
「すごい本ね……、みんなあの子の蔵書かしら……、」
天井近くまである本棚に圧倒されながらタキリは呟く。
「さすが姫様…」
ヴリエも同意する。
「ウパニシャッド」に「バガヴァッド・ギーター」「不二一元論」「最高神とその様態」…、バラモン教の経典。
「はじめての説法」「耕作者」「病篤きヴァッカリ」「兇賊の帰依」……、原始仏典。
「維摩経」「宝積経」「廻諍論」「二十詩篇の唯識論」「唯識二十論」「論語」「孟子」「老子」「荘子」ヘロドトスの「歴史」トゥキュディデスの「戦史」プラトンの「リュシス」「ゴルギアス」「ソクラテスの弁明」……、洋の東西を問わず地球人の古典的な本の名前が並ぶ。
タキリとヴリエは感心しながら奥に進む。
二人が奥に進み離れたのを確認し、天音は書架から一冊の本を抜き出す。
「社会再組織に必要な科学的作業のプラン」と書名にはある。
パラパラとページをめくる天音。
「副会長の蔵書?………うわちゃー、バレなきゃいいけどねぇ……、」
天音はそう呟いてそっと本を戻した。
「ドンドンドン、」
天音がタキリ達について行こうと一歩を踏み出したところ、今入ってきたばかりの、入口ドアをノックする音が聞こえた。
「どなた?」
天音がドアを開けると、そこにはエリドゥをそのまま小さくしたような直立歩行のトナカイが立っていた。
「あら、あなた、チビエリリン……、」
言い終わらないうちにトナカイ人間は天音に抱きついた。
「姐さーん! お会いしたかったっスよ! オイラ、ガウマァっス。覚えてますか?」
「覚えてるわよ、あんた一四五まるで、私の周りチョロついていた子ね」
天音は記憶樹にアクセスしたことで、隕石迎撃戦の記憶が復活していた。
天音は一番小さくて、背丈も天音とどっこいのガウマァを(名前は今知ったが)覚えていた。
「わー! 嬉しいなぁ!」
ガウマァは鼻先を天音の顔にくっつけてゴロゴロと喉を鳴らす。
「あんた何しに来たの? ってか、なんで私たちここにいるの? ………、そもそも、そう言えば確か、夕食帰りにタキリ先生に変な技を食らったような……」
飼い犬に顔を舐められている飼い主のような格好でガウマァをジャレつかせ、必死に今に至るまでの事を思い出そうとしている天音。
「エリドゥおやびんは、今夜ちょっと人と会う約束がありまして…、シタテル姫さんと浩平さんもご一緒することになったんスよ」
「へー。……? なんで私は仲間外れなのよ」
「まあまあ、姐さん。それでね、折角姫様がたのお家に遊びに来ていただいたのに、それじゃあ可哀想ってんで、記憶樹の中で、おやびんの帰りを待っていただこうかとね」
「ふーん……」
胡散臭げにガウマァを見る天音。
「ここじゃ時間は関係ないっスからね、どうですか、あっしと一つ相撲でもやりますか!」
「なんであんたと相撲しなくちゃいけないのよ!」
「八卦用意……、」
蹲踞の姿勢から片手を地面につくガウマァ。
すると地面は丸く光出し、光の太極図が現れる。
更に8人の光輝く太った男達と4人の光の親方が現れる。
丸い光の土俵の周り四方向に親方が座り、子丑寅卯…12の方角の空いた部分に、光る力士が立っている。
「え? え! え!?」
「のこったぁ!」
『ドゲシ!!』
オロオロしている天音の背後、屋敷の中から、タキリがスタスタとすごい早さでやって来て、無減速のまま、しゃがんでいるガウマァの顔にヤクザキックを喰らわす。
ガウマァは仰向けにひっくり返る。
光の力士と光の親方は、いい感じに昇天チックな消え方をした。
「ガウマァ、いい加減におし! 恥をかかせるんじゃないよ!」
「タキリ先生……、」
唖然とする天音。
「ごめんなさいねぇ、天音さん。この子、相撲に託つけて、抱き付いていイヤラシイ事するつもりよ」
「えぇー……」
心底幻滅した表情でガウマァを見る天音。
「タキリの姐さん! ひどいっス、心外っス、お、も、て、な、し! 裏表なし!」
頬っぺたッぽい所を押さえつつ、ガウマァが起き上がる。
「良いことガウマァ。しばらく地上にいるつもりなら覚えておきなさい」
タキリはガウマァを助け起こし、埃を払ってやる。
そして、ガウマァの両肩をしっかりと掴みこう告げた。
「最近の女子高生に相撲はあんまり人気がないわ!」
「ええっ!? ナニユエ!? 裸だよ! 男が裸だよ!」
ガウマァは心底驚いた顔をする。
「タキリ様! 天音さん! 空を!」
遅れて屋敷の外に出てきたヴリエが、空を指差し驚きの声を上げる。
辺りの景色は急速に夕焼けのように赤みを増してくる。
『ンゴゴゴゴゴゴ……、』
「空からえりりんの手が降ってくる…」
「おやびん、半端ねぇっス…」
「あら、いやだ、エリドゥ将軍ったら『星壊し』やっちゃっみたいねぇ」
「………」
呆然と空を見上げる4人。
紅蓮の掌はなおも落ち続ける。世界はますます赤く輝き、地響きが起こる。
「サイオゥ! 全員を『エデン』に転送して!」
空に向かってタキリは叫ぶ。
天音は突然、空中に放り出されたように天地の感覚を失った。
耳障りな金属音が響きわたる。
「さあ、天音さん、こっちよ!」
タキリは天音を抱き寄せる。
「うえ!?」
急に天音はなにも見えなくなり、気を失った。




