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地球鎮守府  作者: 山内海
地獄門の変
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第三十六話 下半身全裸待機

第三十六話 下半身全裸待機








「太古の昔、戦争の手段として、小天体の軌道を変えて、敵の惑星に叩き落とす戦術が多用された時期があってな………、それは夥しい数の文明が滅んでいった。ワシらビロクの民は、宇宙空間を生活の場とし、初めのうちは小惑星をけしかける仕事を請け負い、その後は、自らばら蒔いた危険天体の掃海活動を生業としておった」


「ふーん。…じゃあ、なんで今は地球の学校なんか通ってんの?」


「小惑星を落とす戦術は時代遅れになった。探知技術、軌道演算能力も向上し、連合加盟文明は危険天体の回避を、ある程度自分達で出来るようになったのだ」


「お役御免ってこと?」


「今の地球のように、自力で要撃を行うことができない文明は数多い。そういった惑星に住み着いて危険天体を駆除しておる。……、銀河の轆轤ろくろは周り、巡り、太陽系が『厳戒宙域』に入り込んでから地球時間で凡そ二万三千年。太陽系外から飛来するの危険な天体は数知れず、それらが、ただの岩塊ばかりとも限らない……」


「へー」


「しかし、ワシも年だ。もう、仕事は若い者に任せて楽隠居を決め込んでおる」


「ふーん」


「……………、お主、あまりわかっておらぬな」


「……うん? 」


「お主が成人する頃には、地球人が自分達で掃海出来るようになっておらんと…、おちおちワシは隠居も出来ないんじゃ」



 エリドゥと浩平は、焚き火を挟んで向かい合わせに座っている。


 記憶が曖昧で、経緯は思い出せないが、気が付くと浩平はそうしていた。


 揺れる焚き火の炎の光が当たっている部分だけは、短い草が生えている地面が見えているが、光は幾ばくも広がらないうちに漆黒の闇のなかに吸い込まれてしまう。

 空にも星が無い。原初から、そもそも存在したことが無かったかのように、果てのわからない暗黒があるだけ。


 黙りこくってしまえば、時々焚べられた薪のはぜる音がパチパチとするばかりの、寂しい寄合。風もなく、虫達の声もない。


 浩平は、タサリオンの岸辺でサバイバル生活をしていたムキムキ半裸の姿ではなくて、ヒョロい学生服姿に戻っている。


「ところで、ここはどこ?」


「ここは、ワシの焚き火専用の世界じゃ。以前『魔獣の森』で火事を起こした者がいて、野焼きが禁止になってしまってのう、仕方がないから、記憶樹の中に焚き火をしに来るわけじゃ。だがのう、ここでいくら狩りをして、焼いて喰ろうたとしても、実際腹が膨れるわけではないのだがな」


「………、こうやってエリドゥとゆっくり話すのも初めてだね。俺、エリドゥがこんなにおしゃべりだなんて思わなかったな」


「うむ」


「でも、確か、忘れちゃうんだよね、目が覚めると…」


「うむ」


「そうだ。会長達は?」


「シタテルは、あっちでちょっと頭を冷やしておる。ミスマルは…、ほれ、」


 エリドゥが自分のマントをヒョイと持ち上げると、脇にはミスマルがしがみついていた。


「会長…、どしたんですか?」


 エリドゥ張り付いたまま、視線だけは切実に浩平を見つめているミスマル。


「ほれ、ミスマル、そっちに移れ」


 エリドゥはミスマルをつまみ上げ浩平の膝の上に乗せる。

 ミスマルは、引き剥がされるときジタバタと抵抗したが、結局真っ赤な顔をしながらも、ちょこんと浩平の前に収まった。


「会長?」


「しかし、ミスマル。お主も男だった頃は、宇宙艦隊に入れ揚げて、勇ましいことばかり言っておったのに、今は色恋ばかりか…、変われば変わるものよの。心の有り様次第で、外見など如何様にもなる記憶樹のつかさであるお主が、ここでも女の姿をとり続けるとはのう」


 エリドゥは焚き火越しにミスマルの顔を覗きこむ。


「それは………、わたしが変わってしまったから…、今はどうしようもなく女だから…」


 ミスマルは浩平に抱き付く。


「それとも僕は、本当はアンシャール・アジスではないから?」


「会長?一人称が………」


 浩平は困惑してミスマルを見つめる。


「私は誰?僕はもうシタテルの兄ではない。私は母上から生まれていない。僕が私である根拠はもう何処にもない……、」


 浩平が、まるで嵐の海で見つけた流木であるかのように、必死にしがみつくミスマル。


「いや……、お兄さま、助けて…、」


 浩平の腕の中でミスマルは声を殺して泣いている。

 その様子を見て、浩平は、胸が締め付けられる思いがした。


「ミスマルよ、自分が何者であるのか、言い当てることができる者は、そう多くはない」


 エリドゥは、暗闇の中ににひと度消えたかと思うや、何処からか棺桶のような大きな木箱を抱えて戻ってきた。


「善いではないか。どうせワシも宇宙を漂うただの木っ端よ。お主も年上の男に惚れたただの小娘ということで」


 そう言いながらエリドゥは、壊さずに箱を開けようと、おっかなびっくり箱の開け口を探している。


「でも、それでも……、私は選ばれないもの……、」


 先程の睦まじい浩平とシタテルの様子を思い出し、二人の未来を垣間見たミスマルは、生き続ける理由、存在する理由を見失いつつあった。


「………」


 ミスマルは長い沈黙のあとに、


「エリドゥ。私、行くわ」


 そう言うと浩平から離れ、立ち上がろうとした。


「会長、何処に…?」


「『沈黙の館』の……、父祖たちの元に……」


 エレッセアを求めた以前のシタテルと同じ様に、ミスマルもまた悲しみに捕らえられ、現実世界に留まることを諦めようとしているように浩平からは見えた。

 胸騒ぎを覚えた浩平は、ミスマルの手を握り立ち上がらせまいとする。


「あっ……」 


 ミスマルはそれだけで何も出来なくなり、されるがままに浩平の懐に引き戻されてしまう。

 

「朝焼けに紅顔ありて世に誇れど、夕焼けに白骨となりて野に朽ちぬ……、全く近頃の若者はせっかちよのう……」


 弄っていた木箱を傍らに置き、やれやれとエリドゥは腰をあげた。 


「なぁに、ミスマル。難しゅう考えることはない。浩平ならばシタテルもお主も愛してくれよう。何せ、ゆくゆくは太陽系と記憶樹の世界で名を馳せる男となろう。后や妾の十人や二十人どうということもあるまいて…。二人して一緒に嫁いでしまえば良いのじゃ」


 エリドゥは、その長い両腕を伸ばし、浩平とミスマルをそれぞれの片腕で掴みあげた。


「そーれ!始めるぞ!」


 とうとう暴悪ぼうあく外星人エリドゥが本性を表し、襲いかかってきたのか?

 エリドゥは人形で遊ぶ子供のようにムギューっと浩平とミスマルをくっつけた。



 金襴緞子の帯締めてー、

 今日は私もハルマゲドンー、

 お嫁にいらした兄様もー、

 あーかいお顔の右大臣ー、



 めでたい節回しで、適当な歌詞を歌うエリドゥ。

 歌に合せ、合体状態の浩平とミスマルを、左右に振ったり上下させたりしている。 


「フギギギ、」

「エリドゥ! やめてー!」


 悶絶する二人の事など全く頓着せず、二人を抱えて焚き火の周りを周りだすエリドゥ。


「チントンシャン、ほれ、チントンシャン、どした、」

 

 ドスン、ドスンと地響きをたてながら、くるくる回ったりヒョイと飛んだり、エリドゥは滑稽な踊りを続ける。


「プッ、」


 浩平は、なんだか可笑しくなり、堪えきれず吹き出した。


「あははははは!」


 ミスマルを抱きしめ大笑いをする浩平。


「ちょっと! なに笑ってんの! うわ! 臭っ! よだれ臭っ!」


 バカ笑いの浩平の口からよだれが飛び散り、ミスマルの鼻の下に付いたらしい。


「もうやめてよ! エ、エエ、エリドゥ! 目が回る! きゃはははは………」


 いつの間にかミスマルも笑い出し、二人でキャーキャー言いながら、エリドゥに振り回されている。


「……………、」

「ははははは、は?」


 浩平に抱き付いて笑い転げていたミスマルは、浩平の顔から笑顔が消え、何やら深刻そうな顔付きになっていることに気が付いた。

 

 エリドゥはやっとのこと、二人を下ろした。


「どうしたの? お兄さま?」


 若干前屈みの浩平の顔をミスマルは覗きこむ。

 浩平はポツリと、


「あの、なんと言うか、その、………、トイレに行きたいんだけど……」


「なに? 糞か? 小便か?」


 エリドゥのストレートな質問に突っ込む余裕もなく、


「小さい方です……」

 

 消え入りそうな声で浩平は答える。


「おーい、サイオゥ!」


 エリドゥが空に呼び掛ける。


「「へい」」


 空にサイオゥの声が響く。


「浩平が小便がしたいそうだ。時間はあるか?」


「「そろそろ転送の用意が出来ますぜ。再度入り直す時間はありやせん」」


「では仕方がない。バンジィ、処理してやれ」


「え?」


「プッ! くすくすくすー!」


 青い顔をした浩平の横で、ミスマルは笑いを噛み殺している。 


「わっ、なんだ?! 股間が、モゾモゾする!」


「すまぬのう浩平、義体用の施設ならば、老廃物転送装置が使えるのだが、今回はミスマルの家だから、自力で排泄してもらわねばならん。せめて紅一点のバンジィにやってもらうからのう」


「えっ? えっ? ええっ?!」


 股間を押さえてうずくまる浩平。


「「さて、花瓶かなんかあるかい?」」

「「地球人の場合はどうなんだろう? どうやって促せば……、」」

「「ちょっとジンカン、それ脱がせて、」」

「「肛門から指を突っ込んで、そんでもって、直腸から膀胱を押してみるのはどうだろう」」

「「縁側に抱えて…、パカッとやって下半身全裸待機…、」」


「おい! 通信を切り忘れているぞ!」


 エリドゥが言い終わるか終わらぬかのうちに、


「「大将、問題が、浩平さんの股間がやんごとなき形態に変形しております! このままでは下履きが○○に引っ掛かって、これ以上下に行きません!」」


 バンジィの緊張した声が響く。


『ギュー!』


 青い顔をした浩平は、急に両の頬を手で掴み、力の限り捻りあげた。


「「脳波に変化が! 覚醒しそうです!」」

「「まずいぞ! 強制睡眠続行処置を!」」


 浩平の両手は見えない力で真っ直ぐにされる。


「ミスマル、助けて…、」


 浩平は喘ぐような声でミスマルに助けを求める。


「ミスマル? 今ミスマル言うた?」


 名前で呼ばれたところに食いつくミスマル。


「嬉しい!」


 喜びを爆発させ、何故か魔改造セーラー服まで爆散したミスマルが、下着姿で浩平に抱き付く。


「お兄さま、駄目よ、落ち着いて。急に目を覚ましたら混乱してしまうわ」


 屈んでいる浩平の頭を両手で抱きしめ、自分の胸元に押し付ける。


「「大将!! 浩平さんのやんごとなきレベル上昇!! もはやカッチンカッチンです!」」


「「しょうがないな、いいか、こう、手で一端横の方に逃がしておいてだな…、」」


「「わっ! 馬鹿! 窓から「こんにちわ」しちゃったぞ!」」

「「あっホントだ、こんにちわ浩平さん」」

「「はい、こんにちはバンジィさん」」

「「遊ぶな! ちょうどいいじゃねぇか、ストロー突っ込もうぜ」」


 恥辱にうち震え、浩平は男泣きした。


「私のこの体でも反応してくれるのね、お兄さま大好き!」


 ミスマルはご満悦。


「一体、いつになったらダイモスの所へ行けるんじゃ…、」


 エリドゥは嘆息した。


 

 


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