第二十八話 御統乱心
第二十八話 御統乱心
「ところで、そちらにいらっしゃるのは、枝の一族ルタヴァ家のお嬢様ですね。ごきげんよう」
ミスマルはヴリエに向き直り、深々と礼をする。
「アジス様!恐れ多いことでごさいます、旧王家、ヤシン家の方と言葉を交わすなど……、」
消え入りそうな声で、ヴリエは答える。
「まあ!嘆かわしいことですわ。ここには身分や肩書きを持ち込まない……、学園の趣旨を徹底出来ていないのですもの。ルタヴァのヴリエさん……。それに私は、先日の生徒集会でお伝えした通り、今はアジスではなくて、ミスマルと申しますの」
意地悪な笑みを浮かべ、ミスマルがヴリエの周りを歩き回る。
「ところで、どういった御用向きでこちらにおいでですか?ヴリエさん」
「会長…、ヴリエさんね、浩平見てたら辛抱たまらんくなったんだって」
「まあまあ!それは、それは、妹が迷惑をお掛けしました。シタテルが未熟なばかりに、感情が伝播してしまいましたか」
ミスマルはヴリエの手を取り、然も申し訳なさそうに話している。
しかし、浩平は違和感を感じた。
何となく、意地悪く、慇懃無礼にミスマルの言葉が響いたから。
「でもね、ルタヴァのヴリエさん、その感情は貴女のものではないの。私の未熟な妹のものですのよ」
「『水面に石を投じたのは《アヌアネイネス》私です《シルルニダリエ》』………、妹はそう貴女にお伝えましたね。その、さざ波が貴女の心を揺らしてしまった。本当にごめんなさい…。ですが貴女のために言っておきます。いいえ、幹の一族ヤシン家長子として命じます。暫くはエレヒに留まりなさい!貴女の心のあり場所が判らなくなってしまう前に、浩平君から離れなさい!」
はじめは、優しく語っていたミスマルの口調は、だんだん険しくなり、最後には冷酷に審判を下す執政者のようになった。
ヴリエは両手をミスマルに掴まれ、逃げることも、視線をそらすことも出来ず、立ち尽くしている。
ミスマルはシタテルの方に向き直る。
「シタテル。ヴリエさんにも地上での生活があったのです。あなたはそれを壊してしまった…あなたが心に鍵をかけることが出来ないからです」
シタテルはミスマルのその言葉に衝撃を受け、言葉もなく立ち尽くしている。
「会長…、イラついてますね」
浩平が一言言うと、
「イラついてないもん!」
即座に半ギレ気味にミスマルは言い返した。
「いいえ、イラつきあそばしておりはり?…はべり、いまそがり…?」
天音も変な日本語で浩平に同意する。
「い!、ら!、つ!、い!、て!、」
地面を『たしたし』と踏みつけながら一つ一つの文字に力を込めてミスマルは言う。
「ないもん!」
「ヴリエさん……、ごめんなさい」
瞳に涙を溜め、シタテルはやっとそれだけを言った。
「いいえ!姫様!私こそ!申し訳ございません!」
ミスマルから解放されたヴリエは、シタテルに駆け寄り、膝をついた。
「あのー、ヴリエ先輩…、お住まいはエレヒでしょうか、」
脈絡もなく浩平は切り出す。
「?、いいえ、浩平さん。星雲女子寮に部屋を借りておりました」
膝をついたままヴリエは答える。
「あの、門限とか、あるんじゃないですか?…、それに、お引っ越しの用意とか……、」
言いにくい事ではあるが、日も暮れようとしている以上、いつまでもここ、魔獣の森で立ち話をしていると、野営をする事にもなりかねないので、浩平はなんとかこの集まりをおひらきにしようと試みた。
「部屋は今日で引き払いました。荷物は大してありませんの。もう、送ってしまいました…」
シタテルに抱き起こされ、ヴリエはうつむきながら答える。
「日没前のシャトルでエレヒに行くはずでしたが、去りがたく、残ってしまいました……、」
「!!ごめんなさい!私が引き留めたからですね」
「いいえ、姫様。姫様の優しいお言葉に、甘えてしまったのは私ですから…、」
再び寄り添い手を取り合う二人。なんだ?姉妹デュオかなんかか?
「ほら、みんな、暗くなります!とにかくここから離れましょう」
とうとう太陽は、木々の影に隠れてしまい、辺りは急に暗くなった。
「あー、もうさ、ヴリエ先輩、私と一緒にえりりんの小屋に泊まっていこうよ、意地悪なミスマルちゃんは、ほっぽいといてさ、ね、ついでに浩平も付けてあげるからさ」
「天音おねえさま!いつ私が意地悪しましたか?私はヴリエさんの事を思って忠告しているのよ!」
「天音さん…、えりりんの小屋は、夜になったら虫やら蛇やら入り放題ですよ…。藪蚊に刺されてカイカイになりますよ。」
「だから!このままだと森から出る前に真っ暗になるから!さあ、襟堂、みんなをつまみ上げて、とりあえず星雲寮の方にいこう」
浩平はお喋りの止まらない女性陣を追いたてて、灯りのある学生街に向かった。
「…………、」
しばらく無言でエリドゥの首筋にしがみついていたミスマルは、ため息を一つつき、観念した様子で、共にエリドゥの肩に揺られるヴリエに微笑みかけた。
「仕方ありませんわ、ヴリエさん。今日は泊まっていきなさいな。もう、貴女の事は姉かなんかだと思うことにしましたわ」
「アジス様…、」
ヴリエは目を丸くしてミスマルの方を見た。
「えりりんも今夜会長の家に泊まるの?わたしも今日帰らない。今日はもう、えりりんと離れたくない。副会長、私も泊めて」
一緒にエリドゥの肩で揺られている天音は、シタテルに言った。
「そうですねぇ、構いませんが、洋子さんに連絡しておいて下さいね」
「わーい、やったー!、って何でお母さんの名前知ってんの?」
「この前うちに泊まったときに。一応ご挨拶をと、電話しました。」
「うわー、なんなの、その、ソツのない感じ、副会長おばさんっぽいぞ!」
「…、……、」
「ありゃ、おちこんだ?ごめん!ほら!浩平!『そんなことないぞ』って言っておやりよ、」
「おお、おう、お?」
「何よ、もう!」
「浩平さんはどうされますか?」
少し赤面しながら、少し期待しつつシタテルはたずねる。
「あー、俺は帰ります。なんの用意もないし…、」
「そうですか、……、」
「どーすんの浩平!副会長とヴリエさん、ダブルションボリーゼだよ!」
「何だよションボリーゼって、そうそう毎度毎度、泊まってちゃ迷惑だろ!」
「そんなことないですけど…、」
「そうは言っても、女子ばかりだと身の置き所が無くて」
「会長いるじゃん」
「会長も、女じゃん」
「みゃーみぇー!」
「えりりんがいるじゃん!」
「いないじゃん!家に入れてないじゃん!」
「エリドゥの住んでた離れは、天井が高いから、今夜はそちらで寝ましょうか」
「やったー!えりりんとモッフモフで寝よーっと」
「お布団とかは大丈夫ですが、晩ご飯の用意が…、お買い物行かなくっちゃ」
夜の帳が降りる前に、なんとか一同は、街路灯がある学生街へと向かう小路までたどり着くことができた。
エリドゥは皆を地面に下ろす。
「じゃあ俺、バスの時間もあるし、帰ります」
そう言うと浩平は学園正門方向に歩き出そうとした。
「あんた、ほんとに帰んの?」
「浩平さん…、あの、あの、あのぉ、」
ヴリエは浩平にかける言葉を必死で探す。
「………、ちょっと顔貸せや、浩平、」
天音は浩平に駆け寄り、ヘッドロックをかける。
「フギッ、何だよ」
「察すれ、浩平。ヴリエさんは、あんた目当てなんだ。もう簡単に会えないかもしれないんだから、少しでも一緒にいたいっていう、乙女心踏みにじんな!」
「だからこそ帰るって言ってんだ。この前の会長の話聞いたんだろ!」
「いや、まあ、聞いたことは、聞いたけどね。私わかんない。ヴリエさんあそこまで頑張るんだもん、きっと会長の話以上の何かがあるんじゃないかって、思うの」
「会長の話以上の何かがあったら、益々問題だよ」
先程から珍しく無言で浩平や天音の会話を聞いていたミスマルは、意を決し、口を開く。
「……、浩平お兄さま、今夜は…、私が一緒に寝て差し上げますわ。だから泊まってってくださいませ」
「えええ?」
「………、」
浩平は驚き、ヴリエは唖然とする。
「浩平お兄さまと私のラブラブ加減を間近で見たら、ヴリエお姉さまの目も覚めると言うもの…、」
「……、会長…、本気で言ってんの?やっぱりあれは本気だったの?」
天音は以前に…、ミスマルがまだ男だった頃に聞いた一言を思い出した。
『僕も浩平くん狙いかなぁ』『かなぁ』『かなぁ』(エコー)
―――言っとった!確かに奴は言っとった!とうとう本性表した!
「ひぃぃぃー!」
天音と浩平の悲鳴がハーモニーを奏でる。
「お兄さま………、」
シタテルは不安げに兄を見つめる。
「僕が…、」
「?」
「僕が浩平キュンの嫁になる!」
感情が激し、男言葉に戻ったミスマルが夜の学生街に叫ぶ。
「僕もはじめはシタテルに託そうと思った……、でも、女の子になっちゃった今、僕自身でなんの不都合がある!浩平君の事一番わかっているのは僕なんだ!誰にも渡さん!」
ここ数週間、心に秘めていた言葉を吐き出すミスマル。
「さあ、実は浩平君のご両親には近々ヤシン家に浩平君を引き取る話をしてある!(シタテルの婿としてだけど)おいで!」
瞳を輝かせ、浩平に手を伸ばすミスマル。
ミスマルの宣言に全員ドン引きの中、エリドゥだけが心の中で冷静な突っ込みをいれる。
―――アジス……、いやミスマルよ。お前が一番シタテルに感化されとんのジャ。




