第二十七話 首輪全裸男
第二十七話 首輪全裸男
「浩平さん!――――!?」
シタテルは、扉を開けてすぐ、くんずほぐれつしている浩平とヴリエを目の当たりにし、固まってしまった。
「うわちゃー、」
大袈裟にオーマイガーポーズで遺憾の意を表す天音。
しかし、満面の笑顔でワクワク感がはち切れんばかりではあるが。
「ふ、ふ、副会長!違うんだ!これは、その、ものの弾みで…、」
浩平は、浮気場面におけるNGワードの模範解答のようなことを口走る。
搾乳されているホルスタインの形態模写でもしているかのようなポーズで。
「ひっ、姫様!申し訳ございません!」
シタテルが来たことに気付いたヴリエは、慌てて浩平から離れて平伏する。
ヴリエの肩は震えていた。シタテルはその肩にそっと手を置き、
「浩平さん。わかっています。少し驚いただけです。シンゴリアン・ルタヴァ・ヴリエ、アヌアネイネス・シルルニダリエ。」
浩平には理解の出来ない、名前なのか、短い歌なのか、銀河公語ではない言葉のようなもので、シタテルはヴリエに語りかける。
「姫様!」
ヴリエはシタテルにすがり付き泣き出してしまった。
ヴリエを抱き締めながらシタテルは浩平と天音の方に向き直る。
「お騒がせしました」
ヴリエの頭を優しく撫でながらシタテルは言う。
「なぁんだ、つまんない。泥沼の争奪戦が始まるのかと思ったのに」
「副会長、今日は学校に来ないと言ってなかったっけ?」
「予定より早く連絡挺が着きまして、あ!そうそう!天音さん浩平さん!えりりんが……、」
ガラガラ!トタタタタタタ―――、
下照が言い終わるより先に、天音は生徒会室を飛び出し駆け出した。
「おい!天音!廊下走るな!」
そう言って浩平も後を追おうとしたが、シタテルと走り去ろうとする天音を見比べてキョロついている。
「わたしも後から参ります。天音さんについていてあげてください、えりりんは魔獣の森の小屋に戻っているはずです」
下照は二人を見送った。
魔獣の森の奥地。
天音以外の地球人はほとんど足を踏み入れない原始林を踏み分けて、浩平と天音はエリドゥが暮らす小屋を目指す。
倒木に突っかかり、足に切り傷を沢山作りながら、普段はエリドゥだけしか使わない獣道を進んで行くと、不意に丸くそこだけ木々が生えていない広場に出る。
広場はこんもりと小高い丘になっている。丘の頂上には、丸太を豪快に積み上げて作られた、小屋と呼ぶにはいささか大きすぎるログハウスが建っている。
ログハウスの傍らには、畑があり、さらにその横に、この広場に一本だけ残された大きな栃ノ木がある。
栃ノ木とログハウスには、ロープが渡してあり、浩平と天音が小屋に着いたときには、そのロープにミスマルがヒイヒイいいながら大きな毛皮を引っ掻けようと悪戦苦闘している最中だった。
「会長!」
浩平が声をかける。
「あら!いらっしゃい、早かったわね」
汗をふきふきミスマルは答える。
「え、えりりんは?!」
走り通しで来たため、肩で息をする天音が、喘ぎながらきく。
「いますわよ。さっき、おやつを食べて寝ちゃいましたけど」
天音は小屋の入り口に駆けていく。
「寝かしといてあげなよ、可哀想だろ」
浩平が声をかけたが、天音は聞いていなかった。
「おまいさん……」
天音は小屋のドアをそっと開ける。
エリドゥは大きなベッドにうつ伏せでぷーぷー寝ていた。
その姿を確認した天音は安堵のため息をついた。
「どうだ天音?襟堂いたか?」浩平も顔を突っ込む。
「あー、いたいた。ぷーぷー寝てるわ。どうする天音。起こすか…って、お前なに泣いてんだよ」
エリドゥを見つめたまま天音は大粒の涙をこぼし声も立てずに泣いていた。
「だってぇ、えりりんが、えりりんが、生きていたんだもん。」
「?」
「よかったよー、あーーーーーーあああーーー、」
エリドゥのベッドに駆け寄り、寝ているエリドゥの首筋に飛びつく天音。大きな泣き声でエリドゥが目を覚ます。
「りゃりゃれ…」
エリドゥは手を伸ばし天音の頭を撫でる。
「えへへへへへ、」
涙で顔をクシャクシャにしながらヘラヘラ笑う天音。
「浩平お兄様……。二人っきりにさせてあげましょう」
ミスマルがそっと浩平の袖を引く。
浩平は天音とエリドゥを残して小屋を出る。
「二週間会わないくらいでこの騒ぎようって」
あきれて浩平は言う。
「一日千秋という言葉もありますし、時間の長さの感じ方は人それぞれですわ、浩平お兄様」
「天音、この先、襟堂無しで生きて行けないな」
「それはとても素敵な事ですわね、お兄様」
ミスマルはちょっぴり羨ましそうにしている。
十分くらいで天音とエリドゥは小屋から出てきた。まだ天音はメソメソしている。外で待っている間に、シタテルとヴリエが合流した。
「小屋の中がすごい事になっていますわ!掃除しましょう」
小屋を覗いたシタテルがそういって腕まくりをする。
先々週の嵐の夜に豪快に雨漏りをしたのに、そのあと閉め切ったいたせいで、小屋の中はカビ臭い。
まず小屋の窓を全て開け放つ。
みんなで手分けをして小屋の中の衣服や毛皮を全部出してそれを干す。
箒で床を掃き、テーブルや家具は雑巾がけをする。
小屋の中にはベッドとテーブル以外、ほとんど家具は無い。
掃除は三十分くらいで簡単に終わった。
その間エリドゥは草っ原に転がって豆パンを食べていた。
「今日からしばらく晴れるそうだしこのまま干しときましょう」
そう言ってエリドゥを連れて宿舎に向かおうとした時、エリドゥが天音の袖を引っ張った。
「なあに、おまいさん?」
天音がエリドゥを見上げる。
「りゃりゃれ、きょれ、りゃれりゅ」
たどたどしくエリドゥはそう言った。
「え?何くれるの、おまいさん」
天音は正確に聞き取った。エリドゥは『あまね、これ、あげる』と言った。
エリドゥは天音に小箱を渡す。
「……これって……」
どうみてもそれは指輪が入ったケースだ。
「もっ、もっ、もっ、もしかして結婚指輪?おまいさん!わたしにくれるのかい?」
天音の顔が輝く。
「………」
エリドゥは黙り込んでしまった。
「エリドゥの代わりに言うけどね、これは、日頃お世話になっている天音に、エリドゥからの感謝の印なんだって」
「なに悠長な事言ってんだい!水臭い!わたしの心はおまいさんが売約済みだよ!」
満面の笑顔で天音はそう言うとエリドゥによじ登り首筋に顔を埋めた。
「さーて、ではさっそく装着させて貰いますかね。うお!きれいな金の指輪!大丈夫?貴重そうだよおまいさん!あれ?これまたきれいなプラチナのチェーンが付いていますねー。ほんとに大丈夫?おまいさん、」
うきうきしながら小箱を開け指輪を取り出す天音を、シタテルとミスマルはあわてて止める。
「わー!だめだめ!まだ嵌めちゃ駄目ー!」
「へ?」
突然の予想外の禁止命令にきょとんとする天音。
「そういう大事なものはね、天音さん。おいそれと、簡単に嵌めちゃ駄目なのよ!『ここ一番』ってときにね、二人っきりでいる時に嵌めてみてはどうかしら?」
おろおろしながらシタテルは言う。
しかし横から見ていた浩平が、
「こういう指輪ってさ、他の人にアプローチされないように先回りして断るためにつけるものだよね。『私はもう売約済みよ』って。襟堂はもう指輪してるよ。これって一応ペアの指輪じゃないの?」
浩平はエリドゥの指に光る見慣れない指輪を指差す。
「浩平お兄様…余計な事を!悪気はないでしょうに…、お兄様のその案外鋭い観察眼と空気の読めなさ加減が今日は恨めしいですわ…、」
ミスマルは歯噛みをしつつそう言った。
「おまいさん……、ペアリングとは燃えるぜ!そういうことならなおさら今付けないと女が廃る!いざっ装着!」
「だから駄目ー!!!」
悲鳴に近い声でヤシン家姉妹は再び天音を制止する。
「んもー!なによ!会長、副会長!」
ギリギリで制止がきいた。
胸を撫で下ろすミスマル。
エリドゥは天音を地面に下ろすと、チェーンつきの指輪を天音の手から取り上げ改めてそっとチェーンを首からかけてやる。
「おまいさん、ありがとう」
頬を赤らめる天音。
「天音お姉様、お姉様が指輪を着けるべき時が来たらエリドゥが嵌めてくれますわ。それまでは首から下げていてくださいまし」
「うん、」
ミスマルの説得に今度は素直に頷く天音。
「心配だなぁ。こっそりジェ・ヴォーダン君に監視を頼もうか………」
学校で、街中で、忽然と全裸首輪男が出現する様を想像して、ミスマルは戦慄した。




