第二十九話 酒とご飯と男と女
第二十九話 酒とご飯と男と女
「………、どうも、お騒がせしました!」
ミスマルは一同に深々と頭を下げた。
ここは、星雲寮(『寮』というか、学生居住区)の一区画を占める商店街の中にある、寿司、蕎麦、ラーメン、お好み焼き、等々雑多なメニューを『日本食』という、乱暴な括りでまとめたレストラン。
銀河連邦規格の天井の高い広い店内に、大小様々な椅子やテーブルが置いてある。
夕食時なので店内は地球人、外星人を問わず教職員や大学生で混雑している。
取り乱し、騒動を起こしたお詫びにと、今夜はミスマルの奢りで外食することになった。
地球人規格のテーブル席に、ミスマル、シタテル、浩平、天音、ヴリエが座り、エリドゥは壁際の床に座っている。
巨大なエリドゥを店内に入れるのに、他のお客に席を移動してもらったり、かなり苦労をしたが、店員もお客も皆協力的で、親切に敷物まで敷いてくれた。
「それでさ、会長…。浩平の事、どこまで本気なの?」
天音が、早々に食べ終わった味噌バターコーンラーメンのどんぶりに箸を突っ込み、コーンの捜索とサルベージ活動を行いながらミスマルに質問する。
視線はどんぶりに注がれたまま。
「あぐっ!はぁ、えーっと………、全然あれよ、大丈夫、大丈夫。一時の気の迷いというものよ。私、全然一人で生きて行けますし………、全然………、」
強制的に風呂に入れられた、にゃんこのような表情でミスマルは答える。
天音はため息をつき、サルベージ活動に専念することにしたらしい。
「アジス様、本日は、姫様や浩平さんの元に突然押し掛けた私をお許しいただき、そのうえ、食事にまでお招きいただき、ありがとうございます」
ヴリエはミスマルに深々と頭を下げる。
「今はミスマルと名乗っております、ヴリエお姉さま。今日はちょっとバタバタしてしまい、恥ずかしい所も見られてしまいました。でも、今夜一緒に食事をして、泊まっていただけるなら、どうぞ堅苦しい話し方はやめにしてくださいな。先程も言いましたが、私はもう、貴女を家族と思うことにしますから」
「そのような…、畏れ多いことでございます。大いなる記憶樹を司る旧王家の方々と、席を同じくする事だけでも身に余る光栄なのに…、『家族』とまで言っていただき…、」
「ダーカーラー、ヴリエおねぇさま、堅っ苦しいんですわ!合わせるこっちの身にもなってって言ってますの!」
「はい?!、」
「ヴリエさんってアレね、感化されるだけあって似てるんだわ副会長と、雰囲気が」
コーンをあらかたサルベージした天音が会話に参戦する。
「もっとポテンシャルを発揮しないと、これからシタテルと浩平お兄様の間に割って入るのは難しいですわ。ここで、天音お姉さまからのアドヴァイス!」
急に天音に振るミスマル。
天音はテーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顔を乗せ、何処ぞの司令官のようなスタイルでヴリエを凝視してボソリ、
「色仕掛け」
「オー!イエス、イエス!」
ピシガシグッグッと拳を交わす天音とミスマル。
「女体ソムリエ、ミスマル先生、レッツサーチ!」
「ラジャー!スカウターセットオン!」
浩平が食べていた麻婆豆腐定食の付け合わせの中華スープに付いていたレンゲを奪い、視力検査よろしく片目を隠し「ピピピピピー」と『ピ』を連呼するミスマル。
ヴリエをサーチするかと思いきや、天音に向き直り、「戦闘力は…、たったの5か…、『ゴミ』め…、フグッ!」
天音の肘鉄砲をくらい悶絶する。
「先生!サーチの結果は?」
何事もなかったかのようにミスマルに尋ねる天音。
ミスマルは脇腹を押さえながら答える。
「制服の上からでも判りますわ、レムル人では中々お目にかかれない、所謂『ボン、キュッ、ボーン』の存在感が!」
「ボンキュッボーンですか!」
「紛れもなくボンキュッボーンです、」
「ほら、ボンキュッボーン、ヴリエさん」
「なるほど、ボンキュッボーン、ヴリエさん」
天音とミスマルは、両手に割り箸を一本づつ持ち、幅広く上に掲げ、下に下げるほどに幅を狭め、さらに下げつつ幅を広げる動作を『ボンキュッボーン』と言う度に行う。
「シタテルは、普段お肉をあまり食べないにしては健闘している方です。少年達が夢に見がちなヒロイン体型ですね、日頃の節制と、ボンキュッボーン界の至宝、元祖肉食系レムル人女子、我が母上タキリの血を受け継ぐだけはありますわ」
「フムフム、その辺りは私めも先日お風呂をご一緒して確認済みです」
「しかぁーし!そんなヒロイン体型に憧れる、夢見がちな青少年達も、現実のこのヴリエさんのボンキュッボーンの存在感を目の当たりにしたのであれば、一気に大人の階段を駆け上がざるを得ない事態に追い込むことが可能であると、思う次第であります!」
赤面し、俯いている浩平、シタテル、ヴリエを置き去りにして、盛り上るミスマルと天音。
「さあさあ、ヴリエ選手、そのすてきなプロポーションの創成と維持。やはり秘訣は食生活でしょうか?」
天音は浩平のレンゲをミスマルから奪い、今度はマイクのようにヴリエに向ける。(よいこのみんなは、外食の席でやっちゃだめだよ)
「………、乳製品の摂取ですね。乳を飲むと…、乳が出っぱります」
ヴリエの予想外の回答にレンゲを取り落としそうになる天音。
「そうよ!ヴリエ先輩!あんたやればできる子だわ!」
天音は、ヴリエの頭をイイコイイコする。
「ヴリエ先輩、なんか、すいません」
浩平はヴリエに頭を下げる。
「本当に、すいません」
シタテルも頭を下げる。
「アジス様…、エレヒや学園でお目にかかった時と大分様子が違いますね」
そう言ってヴリエは微笑む。
「どうもねぇ、女になってからは、ホルモンのバランスがおかしいのか、やっぱり私自身もシタテルの発情に影響されたのたか、ムラムラが止まらなくてねぇ、正直、本当に浩平お兄さまを襲いかねないのよ。天音お姉さまでも全然いいし」
悪びれもせずにミスマルは言う。
「『全然いいし』じゃないわよ!こんなのの家に泊まって、貞操の危機かしら。男性ホルモンが多く残りすぎなのよ。発散したら?」
「そうね、天音お姉さま、発散しますわ」
ミスマルは席を立ち、両手を頭の後ろで組み、そのポーズのままグリングリンと、でんでん太鼓のように体を右左に回転させる。
「男性ホルモン…、」
ミスマルは正面を向き、
「発散中!」
と言い上を向く。
「………、」
「…………。」
「そんなんで出来るの?」
天音がたずねる。
「出来たら苦労はありませんわ…、」
急に恥ずかしくなったのか、頬を赤らめつつミスマルは着席する。
浩平達が、こんな感じでレストランで騒いでいるちょうど同じ時に、ミスマルやシタテルの母タキリも、同じ商店街の飲み屋を占拠していた。
大学もある学園の学生街なので、お酒を出す店も少なからずある。
特に人の往来が多い、寮と学園を結ぶ大きな通りから、枝のように延びる路地沿いには、学生達が語らう比較的健全な店から、一度入ると、お家に帰ることが出来るのか、心許なくなりそうな店まで様々な飲み屋が軒を連ねる。
それら、先に行くほど怪しくなる裏路地の一番奥に、もう、営業していると言っても、お客を招いているといっても、誰も信じてくれない、廃墟のような店がある。
その名も『朝日楼』
地球鎮守府所属、地球防衛艦隊、宇宙海兵隊、『空間騎士団』副長、『羅賀守 晃♂』とその配下の最古参空間騎士団隊員4名、『バンジィ♀』『ガウマァ♂』『サイオゥ♂』『ジンカン♂』
今は、訳あって地球人形の義体を、宇宙ステーション『エレヒ』に投錨中の、突撃巡宙挺『一四五まる』から遠隔操作している。
特殊なタンクに身を沈め、身体の感覚を遮断し、義体からの信号を受けることにより、あたかも、その場にいるかのように振る舞うことができるのだ。
銀河惑星連合在地球大使夫人、『多紀理』はそんな、ゴロツキどもを従えて、貸切り状態で酒を喰らっている。
タキリは生身である。
「ラガシュ!なんで飲まないのさ」
ヒールのかかとでラガシュの高そうな革靴をグリグリしながら、タキリは毒の息を吐く龍のように管を巻く。
赤い襟飾りがドギツイ、黒のドレス姿のタキリ。
肌が透き通るほど白く、直毛の髪は、金というより白金に近い。
悪の秘密結社の女総統と云ったところか。
色見的にはうめぼしのはみ出したオニギリだ。
「うへぇ、すいやせん。この義体カチコミ用で、食べ物が喉を通らないんです」
タキリにベットリくっつかれ、ラガシュは目を白黒させている。
カウンターで焼酎を呷るタキリの相手をラガシュに任せ、残りの4人はテーブル席で新聞や雑誌を読んでいる。
紅一点のバンジィは、メンズのファッション誌を眺めながら、目の前のチンピラにしか見えない男達を、なんとかしようと思案中だ。
「姉貴イ、姉貴イ、バンジィの姉貴イ、なんでタキリの姐様はあんなにお冠なんでヤンスか?」
四人組の中でも一番小さく、12、3歳に見え、スーツ姿も全然様になっていないガウマァが、バンジィに尋ねる。
「味噌っ滓のあんたは知らないでいいよ」
バンジィは取り合ってくれない。
ガウマァは「ねーねー、」と言いながら、サイオゥのスーツを引っ張ったが、インテリや○ざの風貌で経済新聞を読んでいたサイオゥは一睨みしただけで、視線を新聞に戻す。
「あのな、ガウマァ、どうもタキリの姐さん、ナムジンの旦那と大喧嘩したらしくてな」
四人のなかでは一番年嵩に見えるジンカンが答える。
「それっていつもの事でヤンしょ?」
ガウマァは、ラガシュの肩を抱きながら酒を呷るタキリの方を見ながら言った。
「いやー、今回は、と言うか、今回も、と言うか、ナムジンの旦那がやらかしてしまってな」
「姐さんが俺たちと、隕石撃ち落としに行ってるその最中に、ミール人の女中さんを15人も新たにヤシン家に雇い入れ、しかも、ずっと前から女中をやってた古参のミール人二人に『名付け』をして、身請けしちまったらしい」
「名付け?」
「ミール人ってのはね、みんな見て呉れが一緒じゃないか」
「ありゃ、出向く星によって、規格を統一して、均質な奉仕ができるように、わざとそうするんだそうだ」
「へー、じゃあ、あの黒髪の娘さんの姿は地球仕様ってこと?」
「そうなんだろうよ」
「まあ、そんなおんなじ面の量産型も、奉公が雇い主に認められ、振られている数字以外の名前を授かると、所属している『銀河奉仕団』から、雇い主が身請けする事になるんだよ」
「身請けをするときに、銀河奉仕団から選別として特別カスタム義体が送られて、ある程度デザインをリクエスト出来るんだけと、ナムジンの旦那ときたら、何を血迷ったのか若い頃のタキリ姐さんに似せた義体をリクエストしくさって」
「え…?」
「妻が宇宙から一戦終えて、夫のところに帰ったら、夫が若い娘二人にお茶と茶菓子を出させてるんだぜ。しかも自分の若い時ソックリの。サイコな絵面だよ」
「しかも、本人全然悪いと思ってないの。『いつも君と居たくてねー』とか言っちゃってるのよ」
「ナムジンの旦那、KYスキル………、半端ないっスね」
「ガウマァ、お前もああはなるんじゃないよ」
「タキリの姐さん、ナムジンの旦那に三行半を叩き付けて出てきちまったが、これからどうするかね?」
「まあ、三行半を叩き付けるのは、毎度のことだから良いとして、護衛のあたいらは、当面どこに寝泊まりすりゃいいの?」
「ここさ」
今まで経済新聞を読んでいて会話に参加していなかったサイオゥが答える。
「へっ? ここ?」
バンジィが辺りを見回す。
「先程大家から譲り受けた。ちょっと掃除してホストクラブにせよというのが、姐さんからの指令だ」
眼鏡をクイクイッとさせながらサイオゥが言う。
「ホスト…、クラブ?」
「先日、日本の防衛省のお偉い方々に、歌舞伎町に連れていかれて、気に入ったそうな」
「じゃ、わたしはアジス、じゃなかったミスマルの家に行くから、あんたたちは開店の用意をしておきなさい」
ドレスの上にコートを羽織りながらタキリは言う。
「タキリの姐さん!また隕石きたらどうしますかい?」
ジンカンがタキリにきく。
「すぐに義体のコンタクトを切って、船を出していいよ。義体は拾っとくから」
タキリはそう言ってドアを閉めた。




