第二十五話 ヴリエ
第二十五話 ヴリエ
「あのさぁ、天音…、いくら、なんだ、襟堂が帰って来ないからってさぁ、エレヒに入る許可って、審査とか防疫処置とか時間がかかるらしいから、待ってた方が良いんじゃないかなぁ」
浩平は言葉の地雷を踏まないように、細心の注意を払いつつ、天音をなだめる。
「………、」
天音は浩平を一瞥したが、なにも答えず視線を手元の端末の画面に戻す。
画面には、校舎屋上の発着場とエレヒを往復している、シャトルの運行時刻表が映っている。
ここは星陵高校生徒会室。
各部活の名簿の更新と活動計画のチェック。
夏の終わりに行われる『星陵祭』執行委員の選定。
生徒からの苦情、意見、提案の回答等々。
ここ数日欠席しがちな、会長をはじめとした外星人メンバーの分も、馬車馬の如く働きづめの浩平であった。
しかも、一緒に仕事の嵐に見舞われている天音は、愛してやまない生徒会参議『エリドゥ』が不在のためか、いささか情緒が不安定で、ムスッとしたまま喋らない日があったかと思えば、必要以上に浩平にペタペタくっついてくる日があったりして、浩平も、副会長のためなどという、若干不純な理由でもなければ、正直逃げ出したいところだった。
「宇宙港までは、簡易手続きで入れるらしいわ、この前『地球人学生交流プログラム』作ったとき調べたのよ」
「はあ、」
「とにかく、明日放課後予定空けといてよ」
「えっ?俺?俺も?イヤだよ、高いとこ駄目なんだ!」
「ナニ言ってんの、あたし一人で行かせる気?」
「だから、待ってろって。百歩譲って行くとしても会長か副会長でいいだろ。顔パスで奥まで行けるかもよ?」
「いや、この件に関して、あの二人はあたしにナニか隠してるわ。だっておかしいじゃない。会長とえりりんがこんなに長い期間別々でいること、今までに無かったし、何回聞いても『もうすぐだよ』しか言わないんだもん」
「うーん、」
浩平は天音との長い付き合いで、彼女が決めたことを浩平が覆すことは、ほぼ不可能であることを知っている。
あとは天音の考えがまとまり、結論が下されるのを祈りながら待つだけである。
「トントン、」
その時、生徒会室の薄っぺらな引き戸を誰かがノックした。浩平と天音は出入り口の方を同時に見る。
二人とも足音やノックの仕方などで、生徒会執行部の誰が来たかなどは大体わかるのだが、この気配は二人の知らないものだ。
「はあぃ、お入りください」
天音がよそ行きの声で答える。
「失礼します」
扉を開けておずおずと入ってきたのは、金髪にゃんこ目のレムル人の女子学生だった。
下照ではない。
天音も浩平も、この巨大な学園の全生徒に面識があるわけではないが、ミスマルやシタテルと同じレムル人となると名簿でチェックしたことがあり、この女学生も外星人名簿で見たことがあった。
浩平は名前を思い出そうとしていたら、
「私は、三年庚組のヴリエと申します」
浩平が思い出す前に自ら名乗った女学生は深々と礼をする。
ヤシン家姉妹同様にゃんこ目である。
整った顔立ちをしているが、ボリュームのありすぎる巻毛金髪のせいで、ペルシア猫みたいな印象だ。
背丈はシタテルよりやや低く、巻毛のせいか、ミスマルにやや雰囲気が似ている。
少し長めの礼から顔をあげたヴリエは浩平をじっと見据える。
頬を染め、潤んだ瞳で浩平を見つめている様は、運命の人とやっと出会えた歓喜と、その運命の人との別れを嘆く、身を切られるほどの悲しみが、ない交ぜになったような切ない表情だ。
「…、この度、エレヒでの勤務が決まりまして、………、学園を……、離れることになりました…」
消え入るような声で、ヴリエはそこまで言うと言葉を詰まらせてしまった。
ヴリエの頬を涙が伝う。
唇は震え、言葉を継ぐことが出来ないでいる。
「…、ごめんなさい。突然押し掛けてしまって。そのまま、…、去っていこうと思ったのですが……、どうしても…、浩平さんを一目みて、声を聞いてから…、と思い、ここに来てしまいました。声を聞いていたら…、たまらなくなって……、」
ヴリエは両手で顔を覆い泣き出してしまった。
床にペタンと座り込み泣き続けるヴリエ。
こんなスキャンダラスな光景を見て天音が色めき立たないはずはない、と、思いきや、天音の反応は…、
「今日はこれで3回目ね、」
「さぁ、ヴリエ先輩、こっちの椅子に掛けてください、お茶、入れますね」
浩平はなるべく平静を装い、ヴリエを立たせるために手を貸そうとした。
『クワッ!』ヴリエの双眸が肉食獣のように煌めく。
浩平がさしのべた手に、ヴリエは驚くべき早さで反応し、手、腕、肩、と、次々手繰り寄せ、レスリングの選手が自爆したかのように、最終的に四つん這いの浩平に両手両足でヴリエが下からしがみ付く格好になった。
『ガラガラガラ、』
「浩平さん!」
シタテルが生徒会室に息せききって入ってきたのは、そんな時だった。




