第十五話 変身魔法老人エリドゥ誕生
第十五話 変身魔法老人エリドゥ誕生
天音は『一四五まる』の医務室のベッドで目を覚ます。
先ほど『修羅の庭』より帰還したエリドゥの姿を見て、失神してしまったのだ。
「気がつきまして?」
やさしい声がする。
ベッドの横にある椅子に座るのは、シタテルを若干縦に引き伸ばした長身の美の女神、銀河連合在地球大使夫人で、星陵高校外星人保健医で、今は『一四五まる』の船医をやっている、シタテルの母『ヤシン・ラハム・タキリ』だった。
「本当なら、リンクを遮断して、休んでもらいたいところだけど、もう少しこの夢に付き合っていただけますか?」
婚約発表会会場ではゴージャスなドレスを見事に着こなしていたが、今は白衣を身に着けている。
多分わざとだとは思うが、豊かな胸元を若干開き気味のシャツから覗かせているあたり、若い学生を保健室に引きずり込んで、良からぬ事をしてしまおうと、手ぐすねひいている悪徳美人保健教師にしか見えない。
「え、えりりんは?」
天音は額に手を当てて眩しすぎる照明を遮る。
「エリドゥ? 隣に寝ていますわよ。戦いは未だ続いていますが、峠は越えたようです」
優しい声でタキリは告げる。
いつも聞き慣れた『ぷー、ぷー、ぷー』という寝息なんだか鼻息なんだかわからない音がする。
天音は跳ね起き、隣のベッドを覗き込む。
巨大なベッドにうつ伏せで、のべーっと寝ているエリドゥを確認するとほっと胸を撫で下ろす。
甲板昇降口でエリドゥを見た時、そのあまりにも壮絶な姿をみて天音は失神してしまったのだ。
───わたしの見間違いだったのね、さっき船の外から帰ってきたときの、えりりんの姿。
血まみれのエリドゥは、両腕を失っていた。
さすがに見間違いだったのだろう。
そんな姿で歩けるはずはない。
「いいえ、見間違いじゃありませんよ。でもお忘れになってね。もう治りましたから。エリドゥ将軍はそう簡単に死ねないのです。誓言の悉くを果すまで休息を許されない体なのです」
寝ているエリドゥの頭をやさしく撫でながら、タキリは悲しげな表情で言う。
「誓言って?」
天音が訊く。
「そのうち、エリドゥ本人が話してくれるでしょう。天音さん。……貴方との出会いは、戦いと暴力と誓言しかなかった、将軍の長い長い人生の中で起こった奇跡。こんなにうれしい事はないのよ」
艶やかだが優しい表情を浮かべ、タキリはそう言った。
エリドゥは今までどんな人生を送ってきたのだろう?
今回のような戦いを何万年も前から続けていたのだろうか?
人類が原始人から文明を築いてゆくのを見守りながら。
「天音さん、話は変わりますけど……、あのね、あのね、どうなのかしら? その、エリドゥとその、夫婦になりたいって言っていたと、アンシャールから訊いたんだけど……?」
「はい。っていうか私的には『心の入籍済み』です」
天音は、あっさりと答える。
「でもね、でもね、その、あれじゃない? エリドゥってほらおっきいでしょ、いやね、体全体がよ。今後もしも、本当に夫婦になるんだったら色々不都合があるんじゃない?」
なんだか、自分で話を卑猥な方向に導いているようにも思えるが、シタテルそっくりのモジモジしゃべりをするタキリ。
「愛で乗り越えます」
天音は、あっさりと答える。
「もうすぐ月に銀河惑星連合の基地が出来て、艦隊が常駐するようになるわ。そうしたらエリドゥの任も解かれる予定なの。そうなったら、今までのような戦いにエリドゥは参加しなくていいの」
「それはなによりです。『えりりん』に、もう危ない事はさせたくありません」
「かれは宇宙戦闘種族。いまの体は生体改造を繰り返して作ったものなの。だけどこれからは肉体強化も必要ないからこの姿でなくてもいいのよ。天音さんと同じ地球人の姿をしていても……」
「わたしは見た目とかは気にしません。それに平和になっても、『えりりん』がこの大きくて強い体で誰かの役にたちたいと思う事があるかもしれない。わたしのわがままで『えりりん』の足を引っ張りたくは無いの」
「……エリドゥとあなたをめぐり合わせてくれた事を、神に感謝いたしますわ」
タキリはそういうと天音にそっと小箱を渡した。
「……これって?」
それは男子が女子にプロポーズする場面でよく登場する、指輪が入ったケースだ。
「私たちヤシン家からのプレゼントよ。開けてみて」
タキリに促され小箱を開けると、中に指輪が一つ入っていた。
「すてき……」
金色のまったく飾りの無い指輪だが、一切の傷も曇りも無く空気を震わせるような光を放っている。
「対の指輪をエリドゥもしているの」
寝ているエリドゥの指の一本を指差すタキリ。
たしかに毛むくじゃらでよく見えないが、黒い革のようなベルトに金色の菱形の鋲が等間隔で打ってある犬の首輪くらいの大きさのごつい指輪をしている。
「サイズは合っているはず。付けてみて」
タキリに促され、天音は指輪をケースから取り出し、左手の薬指にはめてみる。
なぜかタキリはベッドから離れ、ジリジリと壁際に寄っていく。
ボカン!
大きな爆発音がして、白い煙が医務室に充満する。
天音はゲホゲホと咳をしながら手を団扇にして煙をはらう。
「会長のお母様!いったい何が起こったんです?」
いつの間にかマスクを装着していたタキリが壁際から戻ってくる。
「成功ですね」
マスクを外し、ひとり満足するタキリ。
「何が?」
訳の分からない天音。
タキリはベッドを指差す。
指の指す方を見て天音は絶句する。
さっきまでエリドゥが『ぷーぷー』言って寝ていたベッドに、見知らぬ若い男性が全裸でうつ伏せで寝ていた。
どういう方法でそうなったかは判らないが、エリドゥが指につけていたはずの指輪が、そのままの大きさで、首輪として裸の男の首に付いている。
「これって、この人って……ま・さ・か。」
天音が何か言おうとしている間に、若い男は不意に飛び起きた。
「いかん! 寝てしまったか!」
男はあたりを見回す。
「タキリ! 戦闘はどうなっておる? シウコアトルはどうした?」
ベッドから飛び降りようとして躓き、転げ落ちる若い首輪男。
この男は、体の大きさの変化がわかっていないのだ。
「いかん、脳みそを気前よく撒きすぎたか。それとも手と足が縮んでしまったかのぅ」
あられもない格好で床に転がるエリドゥ。
ちなみに全裸。
「将軍。こちらの戦闘はほぼ終わりました。シウコアトルは取り逃がしましたが、今は地球から離れています。艦隊は小天体の掃討に入るところです」
両手をピラピラさせてモザイクを表現し、天音の視界からエリドゥの股間を隠しながらタキリが言う。
天音はまじまじとエリドゥを見つめる。
背丈はおそらく天音のちょうど頭一つ上といったところ。
多分浩平よりも背が低いだろう。
髪の毛は短いハリネズミ頭。
意志の強そうな太い眉にちょっと生意気そうな目つき。
やんちゃなガキ大将といったところか。
子供の頃からスポーツばっかりしていたかのような浅黒い筋肉質の体つきをしている。
「そうか、」
エリドゥはベッドに腰を下ろし、一息ついた。
そして自分の手を不意に見た。
「おや?」
グー、パー、グー、パー。
「タキリよ、ワシが寝ている間に体に細工したな」
エリドゥはさして驚きもせず平然としている。
「ええ、いたしました。」
「余計な事を。どうせ任を解かれた後、この姿で地球で暮らせとでも言うつもりだろう。前々から言っておろうが。任が解かれたら殺してくれて構わんと。何処でもいい、わしの体は畑にでも撒いてくれ」
むすっとしてエリドゥは言う。
「おまいさん! 何てこと言うんだい」
びっくりして天音はエリドゥに詰め寄る。
「そうですよ! エリドゥ。天音さんの前で」
「天音姫よ、姫は何ゆえワシがこの地球で何万年も戦い続けているか知らぬだろう。ワシは銀河の大罪人なのじゃ。レムル人が犯した罪など、ワシが一人で起こした惨禍に比べればチリのようなものだ」
エリドゥは再び自分の掌に視線を落とす。
「ワシらの種族は奴隷だったのだ。支配者はレムル人ではない。とうの昔に戦乱の中消えていった、名前も思い出せない者たちだ。銀河に法が定まっていない戦乱の時代に、ワシらビロク人は生まれた。支配者達から教わった事といえば、戦のやり方だけだった。わしらは尖兵として、支配者が星図で指し示す場所に行き、殺戮の限りを尽くした。天音姫のような娘っこも、数限りなく手にかけた」
独白する人間版エリドゥ。
その顔には表情が無い。
「ワシは、動物と選ぶ所の無い知恵しか持ち合わせておらなんだ。まるで蟻の巣を棒でつつき潰してしまう子供のように、何個も星を根絶やしにした。タキリ姫に会い知恵を授けてもらうまではな」
銀河の悪鬼エリドゥ・アギラが、レムル人の迫害を受け、宇宙船で逃亡していた節士派の少女タキリを拾い、彼女と旅を続けているうちに、彼女により良心を教えられるという物語は今回ここでは語られない。
「ワシはその時タキリに誓ったのだ。今後は命を救うために、この体を使うと。しかし……」
エリドゥの表情が曇る。
「先ほども話しただろう。心を入れ替え皆を守ると誓ったのに、ワシが守りきれなかった命のなんと多い事か。出陣の時、ワシを英雄と信じ…、ちいさな、ちいさな手を一生懸命振ってワシを見送った子供らも……、ワシは救えんかったのじゃ!」
這い蹲り、床を掻き毟るエリドゥ。
怪力により実際に床のパネルが剥ぎ取られ、グシャグシャとエリドゥの掌に集まる。
その掌にそっと手を重ねタキリは言う。
「エリドゥ。遠い昔、私を救ってくれたあの時から私の感謝の気持ちは変わりません。あなたは私にとってずっと英雄でした。私は心から思うのです。あなたが苦悩から開放され、心安かに過ごせる日が早く来てくれますようにと」
「タキリよ。所詮ワシは銀河の悪鬼。命を奪う事しか出来ない。……わかっておる。今はまだ、ワシの仕事がここにはある。だが、それが片付いたら、どうぞ後生だ、眠らせてくれ。もう殺す事も見殺しにする事もしたくはないのじゃ……」
「………それじゃあ私に頂戴」
今まで二人のやり取りを聞いているだけだった天音が、不意にぼそりと言う。
エリドゥとタキリは天音を見る。
「えりりんの人生、私に頂戴。私必要。えりりんが必要! 私は一緒にいたいの。何万年も生きてんだからいいでしょう、百年や二百年。なら頂戴! 私、おまいさんの子供を生むの、ちびえりりん。そしたらおまいさんは、ちびえりりんが独り立ちするまで生きてなくちゃならなくなるわ。そしてね、ちびえりりんはどっかの馬の骨と結婚してあなたの孫を産むの。そしたらあなた、また見てなくちゃ。りっぱな大人になるまで。そして、そしてね。たとえ私が死んでも、ずっと、ずっと見てなくちゃならなくなるの。だって、私たちの子供やその子供たちだもん! おまいさん可愛がらないはずないもん!」
仁王立ち。
両の腕をガッキと組み、
エリドゥを真正面に見つめる瞳から、
大粒の涙の流れるままに、
天音は早口でまくし立てる。
「別に人を殺すのが好きなわけじゃないんでしょう? わざと見殺しにしたわけじゃないんでしょう? じゃあ、無罪。私が決める! ほかの人がどう思うかは知らない。興味ない!」
「天音姫……」
エリドゥは天音の早口攻撃に圧倒され、二の句が継げない。
「さあ! おまいさん。おまいさんがそんなに死にたがってんなら早いほうがいい。その姿なら都合がいいから、早速子供を作りましょう! 見事孕んでやろうじゃないの! 今すぐ股座をおっ立てなさい!」
制服のスカートをたくし上げ、エリドゥに詰め寄る天音。
「ば、ば、ばかもん! なんちゅう事を言うんじゃ、はしたない! ……ええい、足を隠せ! 太もも見せるな!」
真っ赤になって逃げてゆくエリドゥ。
「うふふふふふ、あははははは! 天音さん! さすがに、義体じゃ子作りは無理よ…」
タキリは天音の言葉を目を丸くして聞いていたが、不意に笑い出した。
「なんじゃ! タキリ! 笑っとらんで助けい! 天音を止めろぉ、そして、そしてワシになにかはく物をくれぇー!」
今頃恥ずかしくなってきたらしいエリドゥは逃げ惑うが、医務室の壁際に追い詰められる。
「カバディ、カバディ、カバディー!」
にじり寄る天音。
「すまぬぅ、天音ぇ。許してくれぇ、後生だぁ…」
「もう、死にたいとか言わないと誓いなさい……」
両手壁ドンで、エリドゥを逃がさないように追い詰める天音。
「…………」
エリドゥは眉を寄せそっぽを向き口をつぐむ。
「あら、なに? その反抗的な態度は」
顔をつんと持ち上げ、ギロッとエリドゥを睨みすえた天音は、自分の制服のスカートの中に手を突っ込む。
その手はおそらく下着を掴んでいる。
義体なので実際に穿いているかは不明であるが。
天音はエリドゥの弱点を新たに発見したのだ。
スカートの裾を少しずつ上げてゆく。
「子作り三年、餓鬼八人……」
意味不明の呪言を吐きつつエリドゥに迫る天音。
「ひぃぃぃぃぃぃー!」
悲鳴を上げるエリドゥ。
「もう一度言います。もう、死にたいとか言わないと誓いなさい……」
「………はい…」
ついにエリドゥは観念した。
「天音さん……。何て言うか、あなたいろんな意味ですごすぎるわ……」
心底感心したタキリが言う。
「さあ、じゃあこれで手打ちって事でよござんすね」
パンパンと手を叩く天音。
「ああ、わかった、わかった。ワシの負けじゃ。もう自暴自棄はやめにする。天音を見ていたらアホらしくなってきたわい。さあ十分ワシは休んだ。まだ仕事が残っておる。タキリやワシの姿を戻してくれ。これではさすがに示しがつかんわい」
天音は不意に指輪を外す。ボカン!再び大きな爆発音がして白い煙が医務室に充満する。
今度は至近距離で不意打ちをくらいタキリが『きゃあ』とかわいい悲鳴をあげる。
「ちょっと! 一言、言ってからやってくださいましな!」
ゲホゲホとむせながらタキリは言う。
「さっきの仕返しですよ」
天音はいたずらっぽく言う。
煙が晴れてくる。
エリドゥは元の毛むくじゃらビースト姿に戻った。
「この指輪は、エリドゥと一緒に暮らすのに、必要となるはず。あなたが持っていてください。使い方を忘れないでね」
「はい」
タキリはさらに、きれいな白金の鎖を天音に贈った。
「普段はその鎖に通して首から下げていると良いでしょう。あまり頻繁に使わないでくださいね。『ここ一番』の時に使ってください」
「ここ一番ですね」
天音は得心がいき頷いた。
エリドゥは自分の着物を探してウロウロしている。
毛むくじゃらでも服がないと恥ずかしいらしい。




