第十三話 天下無双エリドゥ・アギラ
第十三話 天下無双エリドゥ・アギラ
「三柱の蛇神は二手に分かれた。『シウコアトル』と『ランテマリオ』は直進し、『ヤトノカミ』は回り込むように迂回している。その迂回中の『ヤトノカミ』を火星より出陣した銀連の火星鎮守府艦隊が捕捉した。こちらに関しては、心配しなくてもいいだろう。火星鎮台の『ダイモス将軍』はワシと同郷で、火星の猛者として名を馳せている。まあ、ワシには及ばんがな」
アジスが倒れたので、エリドゥが提督を代行している。
今は、全乗組員に向けて提督代行から訓示の放送を行っている最中だ。
しかし、乗組員の半数以上は人形に戻り、いたる所で動かなくなっている。
廊下に寝転がっている人形もある。
精神の負荷が限界を超えた生徒のリンクを遮断した結果だ。
「『ランテマリオ』は1万3千年前に地球を滅ぼした大型の蛇神だ。かつては二つの顎門を持ち『双頭の蛇神』と呼ばれておった。ワシは1万3千年前の戦いで双頭のうちの一つを破壊した………」
ここでエリドゥ提督は嘆息し、目を伏せる。
「隠さずに話そう。ワシはこれまで何度となく蛇神どもと矛を交えてきた。顎門を破壊できた時もあるし、ただ追い散らした事もあった。その数々の戦いのうち過去4回、ワシは蛇神の侵入を許し、地球文明はそのたびに滅亡し、地球の生命は絶滅に近い被害をこうむった。1万3千年前の戦いの時もそうだった」
エリドゥは当時の事を思い浮かべる。
傷つき、ブリッジで片膝をつくエリドゥ。
モニターには、火を吹き上げながら落下する、一筋の流星が映る。
エリドゥは回想を中断する。
「……ワシに油断があったのだ。顎門を一つ潰した時、もう一つの頭の存在に気付かず、掃討を始めてしまった。その結果隕石は落ち。当時栄えていた地球文明は滅びた。地球人はまた原始からやり直すことになってしまった………。今回は遅れをとらん。すべての顎門を叩き潰すまで剣を振るい続ける! 全員配置に付け! 追撃戦を開始する! 蛇神の尾に噛み付くのだ!」
艦隊は速度を上げ。地球に向かう『シウコアトル』と『ランテマリオ』に肉薄する。
「地球までの距離が短い、喰らい付いたらそのままの速度で顎門まで駆け上るぞ」
『シウコアトル』と『ランテマリオ』は螺旋状に絡まりながらお互いの距離を縮める。
「どうやら『ランテマリオ』は『シウコアトル』を飲み込んで再び双頭の蛇神になるつもりらしい。奴らが睦みあっている隙に喰らいつけ!」
ペルセウス腕海戦の時と同じ、レーザーと重アンカーが飛び交う戦闘が繰り広げられる。
しかし、アジスは倒れ、疲労の激しいシタテルも命中精度が落ち、艦隊の進軍は捗らなかった。
「お頭! このままでは時間切れになりやすぜ!」
古参のビロク兵が叫ぶ。
「………、ラガシュ……。天音を頼む」
エリドゥは天音を膝から下ろすとやさしく頭を撫で、玉座を離れた。
「おまいさん! 何処行くんだい?」
優しい手のぬくもりに妙な胸騒ぎを覚え、天音が訊く。
「一仕事してくる。席を暖めておいてくれ」
ぼそりとエリドゥは言うとブリッジから出て行った。
「あんた……」
エリドゥの玉座に敷いてある、学校にいつも持ってくるエリドゥお気に入りの毛皮に顔を埋める。
いつもの匂い。
天音は毛皮を抱きしめる。
「頭をカチ割られたほうがよかったかな……」天音は呟く。
「さあて! これは、地球のヒヨッコ共には荷が重い。銀連へのアリバイ作りは終わりだ。ここからはワシ達、宇宙蛮族の仕事だぞ」
砲弾と隕石と色とりどりの光線が飛び交う『一四五まる』の船外。
エリドゥは昇降口より姿を現した。
「地球防衛機構を起動する!稟議を求むる!」
虚空に向かいエリドゥは吼える。
「地球防衛執政官エリドゥ・アギラ認証!」
『上エレヒ執政官ラフム・ナムジン認証!』
『下エレヒ執政官アンシャール・アジス棄権!』
『銀河惑星連合評議会太陽系方面代表ジェ・ヴォーダン認証!』
『銀河惑星連合賢神院採決開始します』
破壊された隕石の破片が雨霰と降り注ぎ、船体にぶつかって飛び散ってゆく。
生身の人間ならば、その欠片が一つでもかすれば体がバラバラになるだろう。
非常識にも、その甲板(タンカーだった時分には船底だった)の上を、散歩でもするようにエリドゥは歩く。
昇降口から艦首まで十数メートル。
艦首には、ちょっとしたお立ち台のようなものが設置されていて、台の上には、エリドゥの高下駄の歯の部分が丁度はまる窪みがある。
そこに下駄の歯を差込みエリドゥは両足を固定する。
『採決の結果が出ました。賛成六百七十五万三千七百五十八、条件付賛成十万九百九十二、反対百十四万三千三百五十五、棄権千八百九十五』
エリドゥは金属製の大きな手甲をはめている。こぶしを握りその手甲を胸の前でぶつかり合わせる。手甲は火花を撒き散らし忽ち光りだす。
『認証されました。地球防衛機構発動します』
「地球鎮守府所属地球防衛艦隊各艦艇に告ぐ!」
「ナノマシン展開! 地球防衛機構『須佐能乎』部分起動!」
「ぐおおおおおおおおおー!」
エリドゥは大きく咆哮する。
その口より大量の黒い煙のような物が吐き出され、『一四五まる』の船体にまるで小魚が群泳するかのようにうねりながら纏わり付く。
各艦のモニター画面には『危険!』の表示が現れる。
「一四五まるより入電。『半径五千二百キロハ、コノウデノ届ク距離。今カラ斬リマクルノデ離レテイテ下サイ』」
黒い煙は二つの大きな塊に纏まり、見えない轆轤で細長い壷に加工されてでもいるかのように、急に形を整え始める。
やがてそれはエリドゥのはめている手甲の寸分違わぬ拡大モデルになる。
宇宙を進む真っ黒な座薬『一四五まる』に突然両腕が生える。
腕といっても肘から下だけだが。
エリドゥの手甲とまったく同じ意匠の何倍もの大きさの手甲が『一四五まる』の左右に現れて『一四五まる』と併走する。
どういった技術で可能なのか判らないが、エリドゥの手甲の動きを再現する巨大な二本の腕が出現したのだ。
「太刀をもてぃ!」エリドゥが怒鳴ると、『一四五まる』の船体下部の大型ハッチが開き、大型ミサイルのような巨大な筒が現れる。
『一四五まる』の巨大な腕が、巨大な筒を引っ掴む。
するとその筒からは、ブワッと光の刀身が伸びる。
「ぐぅおおおおおおおおおおー!」
再び野獣の咆哮をあげるエリドゥ。
『ガキン!』火花を散らし鞘から抜き放った太刀で、エリドゥ自身の目の前に迫る大型バスほどの大きさの隕石を両断する。
「捨身の勇猛が今、目覚めた! 地球を守るため火達磨になってくれようぞ!!」
エリドゥが太刀を振り回すと『一四五まる』の巨大な腕もまったく同じ動きをトレースする。
「お頭ァ年なんですからあんまり無理をせんでくださいよ!」
古参のビロク兵『ラガシュ』が気遣う。
「だぁーってろいラガシュ! 地球ではなぁ、かわいい子っこ達がオネンネしてるんだ! 子供等に怖い思いをさせられん! 毛筋ほとの不安も与えられん! ……天音も、天音が大切にするもの全てもワシが守るんじゃー!」
獣のような声で絶叫するエリドゥ。
「恋の病で鬼の霍乱、年寄りの冷や水ってもんでさぁな。まあいいや、付き合いやしょう! お頭! 俺等も姐さん守るんだ!」
『エイエイオー』
気炎を吐く『一四五まる』の乗組員たち。
「我が目前に万億の敵ィィィィ、」
『一四五まる』の一閃で、大きな山脈のような小惑星が爆散する。
「我が後には屍の山ァァァァァァ!」
太刀を風車のように振り回す。
宇宙に突如として大輪の光の花が咲く。
その花冠の中に隕石が次々と吸い込まれる。
「これより先は修羅の庭!」
太刀を目にも止まらぬ速さで振り回す。
「銀河悪鬼エリドゥ・アギラ!修羅の庭をば物見遊山と洒落込もうぞォォォ!」
「ぬは、ぬは! ぬはははははははははははは―――!」
艦隊から一艦突出した『一四五まる』は、光の剣を振り回し、『ランテマリオ』の内腹を食い破りながら顎門に突進する。
軌道計算も関係無しに、剣の届く範囲の小天体を全て薙ぎ払ってゆく。
エリドゥの抜き身の太刀は、エリドゥ本人に向かってくる岩の破片を弾く。
『一四五まる』の巨大な光剣は地球に迫る隕石を打ち落としてゆく。
その、あまりの神速の剣捌きに、腕が消えたように見える。
『一四五まる』の進むところ、破壊と暴力の嵐が吹き荒れる。
「ランテマリオの顎門が顔を出しました!」
レムル星人の巨大戦艦がほぼ原型をとどめている。
中の人間はとうの昔に死に絶えているはずだが、未だに動力は生きているらしく、猛烈な艦砲射撃を受け、『一四五まる』は光の中で悶絶する。
『グオン』『グオン』と至近距離で炸裂する光球。
エネルギーと隕石の奔流の中、『一四五まる』の船外は沸騰し、カメラが追っていたエリドゥの姿は掻き消える。
カメラが破壊されたらしい。
「おまいさん!」
天音は悲鳴を上げる。
「えりりん! 返事をして!」
『一四五まる』の艦橋で、通信兵からマイクを奪い取り、エリドゥを呼ぶ天音。
「………その呼び方は部下の前ではせん……約束……だ…ろうに」
エリドゥの声が返ってくる。
しかし、その声の合間に聞こえる呼吸音にはいやな雑音が混じっている。
喉に血が溢れているのに無理矢理しゃべっているようだ。
「えりりん!」
「大丈夫じゃ天音。今から大技を出す。見ておれ! ラガシュ! 寄せろ! ぶった切るぞ!」
「お頭…、こいつ…『ランテマリオ』の砲撃は、尋常じゃありませんぜ! 防護障壁無しじゃ危険です!」
「構わん! 寄れ!」
カメラが壊れたのでブリッジにエリドゥの映像は流れていない。
エリドゥはすでに体中に破片を喰らっていた。
大きな角は片方が根元から折れ、もう一方も四分の一は無くなっている。
片目も失っていた。
それでも剣風は全く衰えず、肉片や骨片が飛び散るのも構わず剣を振るい続けている。
「ぐふっ、ぐううううううー!」
内臓をやられているらしい。
血なのか、吐瀉物なのか、はたまた自分の臓物なのか判らないものが喉の奥からこみ上げてくる。
エリドゥはとうとう太刀に寄りかかり片膝をつく。
その間も容赦なく破片が襲いかかりエリドゥの体に命中するたびに、血しぶきと肉片が爆ぜる。
『一四五まる』が『ランテマリオ』の『顎門』肉迫すると、エリドゥはノロノロと立ち上がった。
エリドゥはしばし瞑目し静かにたたずむ、その後剣を大上段に構えランテマリオの顎門を睨み据える。
「プラズマ示現流……オニヤンマの構え」
『一四五まる』は砲撃を掻い潜り顎門の目前にぴたりと寄せる。
懐に入り攻撃が一瞬止む。
「にゃーーーーーーーーー!」
『袁叫』ならぬ『猫叫』を張り上げるエリドゥ。
『一四五まる』の光の剣は猛烈な勢いで伸びて、振り下ろされる。
ランテマリオの顎門は一撃で両断された。
大爆発をおこす顎門。
隕石交じりの爆風と巨大戦艦の残骸が荒れ狂う宇宙空間。
コントロールを失った小天体は慣性の働くまま宇宙に四散する。
「ランテマリオの顎門の破壊を確認しました! 小惑星群は崩壊してゆきます」
『一四五まる』のブリッジに歓声が上がる。
しかし掃討戦に移ろうと進路を向けようとするが、『一四五まる』の光の剣は消えていた。
エリドゥの生体モニターからの送信も途絶えている。
「お頭、生きてますか!お頭!」
エリドゥは副官ラガシュの呼びかけにも応じない。
「えりりん!」
たまらず天音は走り出す。
ブリッジを抜けて甲板へ向かう。
「姐さん! 行っちゃなんねえ! 甲板は隕石と飛び交う残骸で地獄絵図だ!」
ラガシュが止めるのも聞かず、甲板に上がる昇降口のハッチを開け放つ。
宇宙の風が吹いていた。
生身の場合はこの時点で即死だが、義体の天音も、宇宙戦闘種族のラガシュも、活動できる。
隕石は未だに次々と船体にぶつかり、その度に火花を散らす。
細かい石の塊が弾丸よりも高速で飛び交っている。
こんなところにエリドゥは何分間も立っていたのだ。無事なはずはない。
心臓を悪魔に握られたように天音は不安で凍りつく。
そのとき、
カツン、
カツンと、
高下駄で鉄板の上を歩いている音がする。
エリドゥが帰ってきたのだ!
天音が甲板に飛び出そうとする所を後ろからラガシュに掴まれた。
「姐さん! 行っちゃなんねえ! ここで待っていましょう!」
必死に止めるラガシュ。
そうこうするうちにエリドゥは昇降口まで戻ってきた。
しかし、その姿を見た天音は悲鳴を上げ失神した。




