09同じ
木の上に避難していた旅人たちが、おそるおそる地面へ降りてきた。
そして、辺りに転がるアーマーベアの死体を避けながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「ありがとうございました! 本当に、ありがとうございました!」
女性がアリスにしがみついた。
隣の男も、何度も頭を下げている。
「勇者様が来てくださらなかったら、私たちは……」
「ああ。もう大丈夫だ」
アリスは女性の肩を抱き、優しく背中を叩いた。
「怖い思いをしたな」
「はい……はい……」
泣きじゃくる女性を慰めるアリス。
その姿を、俺は少し離れたところから見ていた。
「…………」
先ほどの戦いが、頭から離れない。
アリスは一人で戦っていた。
いや。
俺には、そうは見えなかった。
誰かの声を聞き。
誰かに返事をして。
誰かと呼吸を合わせるように矢を放っていた。
「アリス」
「ん?」
「今のは……?」
「…………」
アリスの表情が変わった。
しばらく俺を見つめる。
そして――。
「アルサトス」
「ああ」
「話しておきたいことがある」
◇
その日の夜。
俺の部屋。
「…………」
俺はベッドの上に座っていた。
そして、その隣にはアリスがいる。
昨日までの俺なら。
美しい女勇者と二人きり。
しかも夜。
しかも俺の部屋。
しかもベッドの上。
胸が高鳴りすぎて、どうにかなっていたに違いない。
だが――。
今の俺の心は、不思議なほど静かだった。
リザルトが現れなかったこと。
そして、今日のアリスの戦い。
頭の中が混乱していた。
隣に座るアリスを見る。
アリスはしばらく黙っていた。
何から話すべきか、考えているようだった。
やがて。
「この話をするのは、君で三人目だ」
「三人目?」
「ああ」
アリスは膝へ視線を落とした。
「以前、二人に話したことがある」
「…………」
「二人とも、話を聞き終えたあと――私を『化け物』と呼んだ」
「化け物……」
「ああ」
アリスは小さく笑った。
だが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「それ以来、誰にも話していない」
「…………」
「だが、君には話しておかなければならないと思った」
アリスが顔を上げた。
まっすぐに俺を見る。
「たとえ、君にも化け物と呼ばれたとしても」
「そんなこと――」
「最後まで聞いてくれ」
「…………」
「ああ」
俺は頷いた。
アリスが静かに息を吸う。
「先日、話しただろう。私には親友がいると」
「ルーシー」
「ああ。ルーシーだ」
白いワンピースがよく似合う、愛らしい娘。
「ルーシーとは、物心がつく前からずっと一緒だった」
「そんなに昔から?」
「ああ。だから幼い頃の私は、ルーシーがそばにいることを当たり前だと思っていた」
アリスは少し遠くを見るような目をした。
「だが、三歳か四歳の頃だったかな。あることに気づいた」
「あること?」
「誰も、ルーシーに話しかけないんだ。食事の席にも、ルーシーの椅子はない」
「…………」
「母に聞いたよ。『どうしてルーシーのご飯はないの?』って」
「それで?」
「『ルーシーって誰?』と聞き返された」
「…………」
「そこで初めて気づいた。ルーシーは、私にしか見えていないんだって」
アリスは少し笑った。
「でも幼い私は、こう考えた。きっと、みんなにも自分にしか見えない誰かがいるんだって」
「なるほど……」
「だから友達に聞いたんだ。『あなたのルーシーは、なんて言ってるの?』って」
「…………」
「でも、みんな同じだった」
『そんな子、いないよ』
『誰と話してるの?』
『アリス、変なの』
「それからは、ルーシーのことを誰にも話さなくなった」
「…………」
「私が弓を始めてからは、ルーシーは戦いでも助けてくれるようになった」
「戦いでも?」
「ああ」
アリスは弓を引くような仕草をした。
「敵の動き。風の変化。矢を放つべき瞬間。私が気づかないことを、ルーシーは教えてくれた」
「…………」
「ルーシーの言う通りに矢を放てば、当たった」
俺の胸がざわついた。
「だから、私は強くなった。いつしか王国一の弓使いなんて呼ばれるようになり、勇者にも選ばれた」
アリスが微笑む。
「だが、私一人の力じゃない」
そして、自分の隣を見る。
「ルーシーがいてくれたからだ」
「…………」
喉が渇く。
「じゃあ……」
「ん?」
「ルーシーは……今も?」
「ああ」
アリスは俺とは反対側――誰も座っていないベッドの上へ顔を向けた。
「今も、私の隣に座っている」
「…………!」
俺もその場所を見る。
誰もいない。
シーツがあるだけだ。
だが、アリスは確かにそこを見ている。
誰かと目を合わせるように。
「ルーシー」
アリスが呼びかけた。
「…………」
俺には何も聞こえない。
だが、アリスは小さく頷いた。
そして、俺を見る。
「ルーシーが、よろしく、と言っている」
「…………」
何を言えばいいのか、分からなかった。
アリスはそんな俺をしばらく見つめていた。
そして、静かに言った。
「アルサトス」
「…………」
「君と初めて会って、話をした時――私は気づいたんだ」
「…………」
アリスは、まっすぐに俺を見つめた。
「君は、私と同じだって」




