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勇者二人 ~親友よ。お前は、だれだ?~  作者: しばたろう


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8/12

08一人じゃない

 北門を出て、街道を進むこと半刻。


 俺たちは、問題の場所へたどり着いた。


「……いた」


 街道の一角を、熊の魔物が占拠していた。


 アーマーベア。


 大人の男よりもはるかに大きな体躯を持ち、鎧のように硬い毛皮で全身を覆われた魔物だ。


 数にして十匹強。


 町長から聞いていた通りだ。


 だが――。


「旅人がいる」


 アリスが言った。


「ああ」


 街道脇に一本の大木がある。


 アーマーベアたちは、その木を取り囲んでいた。


 そして木の上には、男女が二人。


 旅人だろう。


 枝にしがみつき、怯えた顔で下を見ている。


 一匹のアーマーベアが前足を幹にかけた。


 巨体が木を揺らす。


「ひっ!」


 女性の悲鳴が聞こえた。


 別の一匹が幹に体当たりする。


 ドンッ!


 大木が大きく揺れた。


 木の上の二人が必死に枝へしがみつく。


 その様子を見て、アーマーベアたちが低い唸り声を上げた。


「…………」


 腹の底から、怒りが湧いてきた。


 こいつら。


 あの二人を嬲り殺しにするつもりか。


 俺は剣を抜いた。


 隣では、アリスもすでに弓を構えている。


 その時。


「グルルルル……」


 一匹のアーマーベアが、こちらを向いた。


 続いて二匹。


 三匹。


 やがて、すべてのアーマーベアが俺たちを見た。


 奴らの興味が、木の上の旅人から俺たちへ移る。


「グオオオオッ!」


 一匹が咆哮した。


 それを合図にしたかのように、アーマーベアたちがこちらへ向かってくる。


 のそり。


 のそり。


 巨体を揺らしながら、ゆっくりと。


 間合いを計っている。


 こちらが少しでも隙を見せれば、一気に駆けてくるつもりだ。


 俺は剣を構えた。


 そして――待った。


 さあ。


 今だ。


 俺は心の中で叫ぶ。


 このタイミングだ。


 いつもなら。


 どんな時だって。


『右だ、アルサトス!』


 そんな声とともに、あいつが駆けつけてくる。


 リザルトが。


 俺の親友が。


 俺の目となって、敵の動きを教えてくれる。


 だから。


 さあ。


 早く。


「…………」


 声が聞こえない。


「…………?」


 俺は横を見た。


 いない。


 後ろを振り返る。


 どこにも、あいつの姿はない。


「リザルト……?」


 小さく名前を呼んだ。


 返事はない。


「…………」


 こんなこと。


 初めてだ。


 戦いが始まろうとしているのに。


 俺が剣を抜いているのに。


 リザルトが来ない。


「グルルルル……」


 アーマーベアたちが近づいてくる。


 なのに。


 俺には、奴らがどう動くのか分からない。


 どの一匹を見ればいい。


 どこから攻撃が来る。


 いつ踏み込めばいい。


 何も。


 何も分からない。


「…………っ」


 汗が噴き出した。


 剣を握る手が震える。


 足まで震え始める。


 怖い。


 俺は――。


 リザルトがいなければ。


 俺一人では。


 あんな魔物に勝てっこない。


「アルサトス」


「……え?」


 顔を上げる。


 アリスが俺を見ていた。


「無理をしなくていい」

「あいつらは、私一人で倒す」


 アリスはそう言うと、一本の矢を取り出した。


 そして弓につがえる。


「アルサトスは、そこで見ていてくれ」


「…………」


 アリスは前を向いた。


 その横顔に、恐怖はない。


「グオオオオッ!」


 一匹のアーマーベアが駆け出した。


 速い。


 巨体からは想像もできない速度で、一気に距離を詰めてくる。


 アリスが弓を引き絞る。


 そして――。


「……左?」


 アリスが小さく呟いた。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ。


 視線を自分の左側へ向ける。


 そこには誰もいない。


「分かった」


 誰に言った?


 そう思った直後。


 弦が鳴った。


 放たれた矢が一直線に飛ぶ。


 ドスッ!


「グオッ!?」


 矢はアーマーベアの左目を貫いた。


 巨体が勢いのまま地面を転がる。


「すごい……」


 だが、残りのアーマーベアが一斉に駆け出した。


 十匹近い巨体が、地面を揺らしながら押し寄せてくる。


 アリスは動かない。


 次の矢をつがえる。


「…………」


 まただ。


 何かを聞いている。


 そんなふうに見えた。


「三匹目?」


 アリスが呟く。


 そして、わずかに笑った。


「ああ。私もそう思う」


「…………?」


 矢が放たれる。


 一匹目の脇を抜け、その後ろを走っていたアーマーベアの眉間へ突き刺さった。


「グオオッ!」


 倒れる。


 アリスはすぐに次の矢をつがえた。


 速い。


 一本。


 二本。


 三本。


 矢が次々と放たれる。


 そのたびにアーマーベアが倒れていく。


 目。


 喉。


 口の中。


 硬い毛皮に覆われていない、わずかな急所だけを正確に射抜いている。


 だが――。


「…………」


 俺は、別のものを見ていた。


 アリスの動きだ。


 矢を放つ直前。


 時折、彼女はほんの少しだけ顔を横へ向ける。


 頷く。


 何かを呟く。


 まるで――。


 誰かと話しているように。


「アリス……?」


 その時だった。


 アリスのすぐ隣で。


 白い何かが、ふわりと揺れたような気がした。


「……え?」


 瞬きをする。


 そこにはアリスしかいない。


 見間違いか?


「次は?」


 アリスが問いかける。


 誰もいない場所へ。


 一瞬の間。


 そして――。


「分かった」


 弓を引く。


 放つ。


 また一匹、倒れる。


「…………」


 俺は言葉を失っていた。


 アリスは一人で戦っている。


 そのはずなのに。


 そう見えない。


 まるで誰かの声を聞き。


 誰かに導かれ。


 誰かと呼吸を合わせているような――。


 そんな戦い方だった。


 最後の一匹が、雄叫びを上げながらアリスへ飛びかかる。


 アリスは逃げない。


 矢を一本、弓につがえた。


 そして。


 ふっと笑った。


「私も、そこだと思った」


 弦が鳴る。


 矢が飛ぶ。


 アーマーベアが大きく口を開いた、その瞬間。


 矢はその口内へ吸い込まれるように飛び込み――。


 巨体が、地面へ叩きつけられた。


 静寂が訪れた。


「…………」


 俺は剣を握ったまま、その場に立ち尽くしていた。


 十匹を超えるアーマーベア。


 それをアリスは、たった一人で倒してしまった。


 いや。


 違う。


 なぜだろう。


 俺にはどうしても――。


 アリスが一人で戦っていたようには、見えなかった。

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