06違和感
夕方。
俺たちは目的地であるルーゼへ到着した。
町に入り、まずは今夜泊まる宿を探す。
幸い、街道沿いですぐに手頃な宿が見つかった。
部屋を取り、一階の食堂でアリスと夕食を済ませる。
そして、それぞれの部屋へ戻ることになった。
「それじゃあ、アルサトス。また明日」
「ああ。おやすみ、アリス」
「おやすみ」
アリスが隣の部屋へ入っていく。
俺も自分の部屋へ入り、扉を閉めた。
「ふぅぅぅ……」
ベッドに腰を下ろし、大きく息を吐く。
なんて密度の濃い一日だったんだ。
昨日出会ったばかりの美しい女勇者と二人きりで旅をして。
会話に困って。
敬語を突っ込まれて。
昼食では、危うくアリスに嫌われていると勘違いされるところだった。
俺にとっては、魔物との戦闘よりもよほど難易度の高い一日だった気がする。
それでも――
アリスと少し打ち解けることができた。
それは、本当に良かったと思う。
明日は今日より、もう少し普通に話せるだろうか。
そんなことを考えていた、その時だった。
「――ははっ」
「ん?」
かすかに声が聞こえた。
隣の部屋だ。
アリスの笑い声だった。
「…………?」
どうしたんだろう。
一人で思い出し笑いでもしたのだろうか。
まあ、いいか。
そう思った直後。
コンコン。
今度は部屋の扉をノックする音がした。
「はい?」
こんな時間に誰だ?
扉を開ける。
「よっ」
「…………」
そこに立っていたのは――
見慣れた顔だった。
「リザルト!」
「久しぶり」
「久しぶりじゃない! お前、どこに行ってたんだよ!」
「ザナの町を見て回ってた」
悪びれる様子もなく、リザルトが笑う。
「で、戻ってみたら、お前がいないだろ? 町長に聞いたら、もう次の町へ向かったっていうからさ」
「だから追いかけてきたのか?」
「ああ」
「だったら最初から一緒に来いよ!」
「まあまあ」
リザルトは、いつもの調子で笑っている。
こいつは。
俺が今日一日、どれだけ苦労したと思っているんだ。
するとリザルトが、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それで?」
「……なんだよ」
「あの娘とのデート、どうだった?」
「…………」
俺の頬が引きつった。
「リザルト……」
「ん?」
「お前ってやつは!」
ほんとうに、こいつは。
人の気も知らないで!
◇
俺はリザルトに、昼間の出来事を一通り話した。
アリスと二人きりで旅をしたこと。
何を話せばいいのか分からず、ひたすら緊張していたこと。
なぜか敬語になってしまい、アリスに突っ込まれたこと。
そして昼食の時、ようやく少しだけ、まともに話せるようになったこと。
「ほう」
「それで?」
「なるほどなぁ」
リザルトは時折そんな相槌を打ちながら、俺の話を聞いていた。
そして、すべてを聞き終えると、感心したように何度も頷いた。
「お前も、やればできるじゃないか!」
バン、と俺の肩を叩く。
「やればできるじゃないか、じゃない!」
思わず言い返す。
「俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ。そもそも、お前が一緒にいてくれたら――」
「まあまあ」
「何が、まあまあだ」
こいつは本当に他人事だ。
俺が呆れていると、リザルトはしばらく俺の顔を見ていた。
そして、ふっと微笑んだ。
「アルサトス」
「なんだよ」
「お前、いい友達ができたじゃないか」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、ほんのりと温かくなった。
友達。
この俺に。
リザルト以外に。
いや、待て。
アリスはあくまでパーティメンバーだ。
昨日出会ったばかりだし、友達と呼ぶには、さすがに早いだろう。
それに、向こうが俺のことを友達だと思っているかも分からない。
勝手に友達だと思い込むのも、なんだか恥ずかしい。
……でも。
友達、か。
悪くない響きだった。
◇
翌朝。
俺はいそいそと出かける支度を整えていた。
「今日はどうするんだ?」
ベッドに寝転がったまま、リザルトが尋ねてくる。
「ああ。今日はアリスと買い出しの予定だ」
「買い物デートか。いいなあ」
「ちょ、お前! デートじゃ――」
その時だった。
コンコン。
扉をノックする音がした。
「おはよう。アリスだ」
アリスの声だ。
俺は扉を開けた。
「おはよう、アルサトス。支度はできたか?」
「ああ。ちょうど終わったところだ」
「そうか。なら――」
「あ、ちょうどよかった。アリス」
「ん?」
「リザルトを紹介するよ」
「リザルト?」
「ああ。昨晩、ようやくここに来たんだ」
そう言って、俺は振り返る。
「リザルト。彼女がアリスだ」
しかし――
「…………」
そこに、リザルトはいなかった。
「あれ?」
さっきまで寝転がっていたベッドは空っぽだ。
「どうした?」
「いや……リザルトがいない」
部屋を見回す。
もちろん、どこにもいない。
いつの間に出ていったんだ?
この部屋の出入り口は、アリスが立っているこの扉だけだ。
窓も閉まっている。
「あれ……?」
俺は首を傾げた。
すると、アリスがふっと笑った。
「リザルトは、ずいぶん逃げ足の速いやつなんだな」
「あ、ああ。そうなんだ」
俺も笑って答えた。
リザルトなら、ありそうなことだ。
あいつは昔から気まぐれで、気がつけばどこかへ行ってしまう。
だから、別に珍しいことじゃない。
珍しいことじゃないのだが――。
俺はもう一度、誰もいない部屋を見回した。
……本当に、どこから出ていったんだ?




