04二人きり
次の目的地は、街道を北へ進んだ先にある町、ルーゼだ。順調にいけば、夕方には到着する。
俺は、北へと延びる街道を歩いていた。
季節は初夏。
街道沿いの草木は青々と茂り、吹き抜ける風にはまだ春の名残の涼しさがあった。
見渡せば、どこまでも平原が広がっている。
色とりどりの小さな花が咲き、風が吹くたびに草原が波のように揺れる。
少し離れたところには、鹿の親子らしき姿。
そして遥か彼方には、雄大な山脈が連なっていた。
実に気持ちのいい旅日和だ。
……なのだが。
俺には、この心地よい風景を堪能する余裕など、まったくなかった。
なぜなら――
俺の隣を。
弓使いの勇者、アリス=ノバンが肩を並べて歩いているからだ。
……待て待て待て待て。
どうしてこんなことになっている。
ボッチ&コミュ障のこの俺が。
美しい女性と二人きりで旅をしている。
しかも、肩を並べて。
俺は生まれてこの方、リザルト以外の誰かとこうして肩を並べて歩いたことなど、記憶する限り一度もない。
それが、突然これだ。
昨日出会ったばかりの美しい女勇者と二人旅。
……様々な段階を飛ばしすぎではないだろうか。
心臓が口から飛び出しそうだ。
恐る恐る、隣を歩くアリスを盗み見る。
金色の髪が、初夏の風になびいていた。
アリスは口元にわずかな笑みを浮かべ、正面に広がる風景を楽しみながら歩いているように見える。
綺麗だ。
……いや。
何を考えているんだ、俺は。
慌てて前を向こうとした、その時だった。
ふいにアリスがこちらを向いた。
目が合った。
「……?」
アリスが、どうした、とでも言いたげに小さく首を傾げる。
俺は慌てて目を逸らした。
ああ。
情けない。
情けないぞ、俺。
こんな時、リザルトがいてくれたら。
あいつなら適当に場を盛り上げて、俺とアリスの会話まで取り持ってくれただろう。
なぜ、こんな重要な時に限っていないんだ。
俺は今ほど、親友の不在を恨めしく思ったことはなかった。
そのまま歩く。
沈黙。
俺とアリスの足音だけが、街道に響いている。
何か話さなければ。
せっかく二人で旅をしているのだ。
何か。
何でもいい。
何か話題を――
「いい風だな」
「えっ?」
突然アリスが口を開いた。
驚いて顔を向ける。
「気持ちのいい日だと言ったんだ」
「あ、はい。そうですね」
「うん」
「…………」
「…………」
……終わった。
会話が終わった。
なんということだ。
せっかくアリスの方から話しかけてくれたというのに、わずか二往復で会話を終わらせてしまった。
俺は馬鹿なのか。
いや、馬鹿なのだろう。
横を見る勇気もなく、ただ前だけを見て歩く。
しばらくして、再びアリスが口を開いた。
「アルサトス」
「は、はい!」
「……なぜ敬語なんだ?」
「え?」
思わずアリスを見る。
彼女は少しだけ可笑しそうに笑っていた。
「昨日は普通に話していただろう?」
「そ、そうだったか?」
「ああ」
言われてみれば、そうだった気もする。
昨日は魔物との戦いの直後だった。
町長に抱きつかれたり、宴に参加させられたり、アリスから突然パーティに誘われたり。
あまりに色々なことが起こりすぎて、緊張する暇すらなかったのかもしれない。
だが今日は違う。
二人きりだ。
逃げ場がない。
「私たちは同じ勇者だ。それに、これから一緒に旅をする仲間でもある」
アリスは前を向いたまま言った。
「そんなに緊張しなくてもいい」
「……分かった」
「本当か?」
「……努力する」
アリスが吹き出した。
「ははっ。努力するものなのか、それは」
「俺にとっては、かなりの努力が必要なんだ」
「そうなのか」
「そうなんだ」
今度は。
会話が続いた。
ほんの少しだけだが。
それでも、さっきよりはずっといい。
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
再び、初夏の風が街道を吹き抜ける。
草原が揺れる。
アリスの金色の髪も、さらりと風になびいた。
「ところで、アルサトス」
「なんだ?」
「さっきから気になっていたんだが」
アリスがこちらを見る。
「お前、私のことをちらちら見ていないか?」
「…………」
心臓が止まりそうになった。
「み、見てない!」
「そうか?」
「見てない!」
「なら、いいんだが」
アリスは不思議そうな顔をしながら、再び前を向いた。
危なかった。
非常に危なかった。
魔王と戦う前に、俺はこの旅で死ぬかもしれない。
◇
昼時になった。
街道脇にちょうど大きな木を見つけたので、その木陰で昼食を取ることにした。
草の上にゴザを敷き、今朝、町で仕入れておいたパンとチーズを鞄から取り出す。
朝からずっと歩きっぱなしだ。
さすがに腹が減った。
俺はパンをひとかじりする。
うまい。
空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。
もうひとかじり。
そこで、ふと顔を上げる。
目の前では、アリスがうまそうにパンをかじっていた。
「…………」
……待て待て待て待て。
この状況はなんだ?
昨日出会ったばかりの美しい女勇者と、木陰にゴザを敷いて二人並んでランチ。
まるで、ピクニックデートではないか。
いや、もちろん違う。
これは勇者二人による魔王討伐の旅である。
断じてデートなどではない。
ないのだが。
もし、一緒に街道を歩くのがレベルAだとすると。
これは――レベルSだ。
もう、どう振る舞えばいいのか分からない。
俺はアリスの方を見ないようにしながら、黙々とパンをかじる。
ひたすら食べる。
「…………」
「…………」
また沈黙だ。
どうする。
何か話すべきなのか。
いや、食事中なのだから無理に話す必要はないのではないか。
しかし、男女二人で無言でパンを食べ続けるというのも、これはこれでどうなのだ。
そんなことを考えていると、
「アルサトス」
アリスが口を開いた。
「は、はい」
「…………」
返事をしたが、その後が続かない。
不思議に思って顔を上げる。
アリスはパンを膝の上に置き、こちらを見ていた。
どこか思いつめたような表情だった。




