03仲間
「よし、戻るか?」
俺がそう言うと、リザルトは倒れたボストカゲをじっと見つめたまま動かなかった。
真紅の鱗に手を触れたり、目の周りを観察したりしている。
「どうした?」
「いや、このボスは興味深い」
リザルトはしゃがみ込み、鱗の隙間を覗き込む。
「ちょっと調べたい。先に戻っていてくれ」
相変わらずだ。
こいつの気まぐれはいつものことだ。
「……わかった」
そう答え、俺は馬に跨った。
リザルトは返事もせず、すでにボストカゲの調査に夢中になっている。
俺は苦笑しながら手綱を引いた。
◇
城門へ近づくと、城壁の上から歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「戻ってきたぞ!」
「開門!」
重い音を立てて城門が開く。
俺は兵士たちに迎えられながら街の中へ入った。
すると人垣をかき分けるように、一人の男が駆け寄ってくる。
町長のザザンだった。
「勇者様!」
次の瞬間。
ぎゅうっと抱きつかれた。
「ありがとうございました! 本当にありがとうございました!」
「うっ……」
苦しい。
息ができない。
「あなたはこの街の恩人です!」
「ちょ、町長……」
どうにか離れてほしい。
だが興奮しているのか、町長はまったく離れる気配がない。
困っていると、周囲の兵士たちから笑いが漏れた。
その時だった。
「勇者アルサトス」
凛とした声が響く。
人々が自然と道を開ける。
そこを歩いてきたのはアリスだった。
金色の髪が松明の光を受けて輝いている。
先ほどまで監視台で弓を射続けていた女勇者だ。
「見事だった」
そう言って、アリスは静かに右手を差し出した。
俺は町長に抱きつかれたまま、その手を握り返す。
「いや……アリス。君の弓もすごかったよ」
そう言って、彼女に視線を向けた。
そして――
はっとした。
いつの間にか日は落ちていた。
松明の明かりが揺れている。
その柔らかな光に照らされたアリスの微笑は、息を呑むほど美しかった。
透き通るような白い肌。
長い睫毛。
金色の髪。
まるで絵本に出てくる天使のようだった。
思わず見入ってしまう。
「……?」
アリスが不思議そうに首を傾げた。
その仕草に我に返る。
「い、いや……なんでもない」
慌てて目を逸らす。
心臓が妙にうるさい。
どうしたんだ、俺は。
そんな俺の様子を見て、アリスは小さく笑った。
その笑顔を見て、俺の心臓はさらに大きく跳ねた。
◇
夜、魔物討伐のささやかな宴が開かれた。
広場には松明が焚かれ、炎が揺れるたびに人々の影が踊る。
俺とアリスは並んで上座に座らされ、その周囲を町長、兵長、兵士たちが取り囲むようにして祝宴が続いていた。
歓声と笑い声、酒の匂い、焼かれた肉の香ばしさ。
賑やかなはずの空間なのに、俺の意識はどこか遠くにあった。
いや、正確には――目の前に集中していなかった。
ちらりとアリスを見る。
炎に照らされた彼女の横顔は、やはりどこか現実味がないほど整っている。
見ていることに気づかれたのか、アリスがふとこちらを向いた。
目が合う。
「……?」
俺は慌てて視線を逸らした。
心臓が無駄に騒がしい。
何か話さなければ。
そう思いながら、頭の中を探る。
「アリスは……一人で旅をしているのか?」
ようやく出てきた言葉は、それだった。
アリスは少しだけ考えるように視線を上げる。
「ああ。まあ、その通りだ。一人で旅をしている」
「その……パーティは組まないのか? 君なら、その、引手あまただろう?」
自分でも少しぎこちない言い方をした自覚はあった。
だがアリスは気にした様子もなく、ふっと笑った。
「まあ、ちょくちょく誘われているが、全部断っている」
松明の光が揺れる。
「……一人が性に合っているんだ」
「そうか」
なぜか、その言葉に少しだけ安心した自分がいた。
アリスは視線をこちらに戻す。
「アルサトスは見たところ単独行動のようだが、君も一人なのか?」
「いや。友人と二人旅だ。リザルトという。いつも俺に指示をくれる頼れる奴なんだ」
「ほう」
アリスの目がわずかに輝いた。
興味を引かれたような表情だ。
「その友人は、今どこに?」
「まだ戻ってきていない。いつもそうなんだ。ふらりと一人でどこかへ行ってしまう」
「ほう」
アリスはもう一度そう繰り返し、今度はじっと俺の顔を見つめた。
その視線がやけに真っ直ぐで、落ち着かない。
俺は心臓が跳ねるのを抑えきれず、視線を逸らした。
そのときだった。
「これは提案なのだが」
アリスが静かに言う。
松明の炎が彼女の横顔を揺らす。
「私とパーティを組まないか?」
◇
翌日、俺とアリスはザナの町を発った。
町長や兵長、そして街の人々が並んで見送ってくれる。
「勇者様ー!」
「また来てください!」
そんな声に、アリスは笑顔で手を振って応えていた。
その横顔を見ながら、俺はふと昨晩のことを思い出す。
――アリスの言葉。
「私とパーティを組まないか?」
その瞬間、俺は条件反射のように答えていた。
「はい!」
今思い返しても、信じられないほど速かった。
恥ずかしい。
だが、それ以上に――嬉しかった。
こんなことが本当にあるのだろうか。
その夜、宿に戻ってからも、俺はなかなか寝付けなかった。
胸の奥が落ち着かないまま、ただ天井を見つめていた。
そして夜更け。
扉が開く音がして、リザルトがひょっこり帰ってきた。
俺はそのまま、今日あった出来事をすべて話した。
リザルトは腕を組みながら、興味なさそうに聞いていたが――
「それは、よかったな。勇者ふたりだと旅も順調に進むだろう」
と、淡々と言った。
さらに続ける。
「それに、そんな美人さんと旅できるなんて、とんでもない幸福だぞ?」
「いや……そうなんだが」
俺は言葉に詰まる。
「なぜ、ずっとソロだったアリスが、急に俺なんかとパーティを組んでくれたのか……それが不思議で」
リザルトは少し間を置いてから、さらりと言った。
「そりゃあ、お前に惚れたってことだろ」
「え、そうなの? そうなのか?」
思わず身を乗り出す。
するとリザルトは、肩をすくめて笑った。
「はは、そんなわけないだろ」
「お前なあ!」
俺は思わず声を上げる。
そんな他愛もないやり取りのうちに、意識はゆっくりと沈んでいった。
◇
翌朝。
目を覚ますと、リザルトの姿はもうなかった。
いつものことだ。
俺は一人でアリスと合流し、町の外へ向かう。
出発前、町長にリザルトのことを伝えておく。
「もしリザルトという男が訪ねてきたら、俺たちは次の町へ向かったと伝えてくれ」
町長は力強くうなずいた。
「承知いたしました、勇者様!」
そうして俺とアリスは、次の目的地へと歩き出した。




