11ドラゴン
俺たちは、山岳地帯に近い町、ザナドに到着した。
魔王領へも、少しずつ近づいている。
王都周辺の町とは、明らかに雰囲気が違った。
行き交う人々の表情は険しく、街道には武装した兵士や冒険者の姿が目立つ。
魔王の存在が、少しずつ現実味を帯びてきている。
俺とアリスは、例によって町長の館を訪ねた。
だが、今回は挨拶をする間もなかった。
「勇者様!」
町長は俺たちの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
「隣町が……サウスザナドが、ドラゴンに襲われています!」
「ドラゴン?」
思わず聞き返した。
その名を聞くだけで、背筋に緊張が走る。
ドラゴン。
これまで戦ってきた魔物とは、まるで格が違う。
「被害は?」
「すでに町の一部が焼け落ちています! 兵士たちも必死に応戦しておりますが、とても……」
町長の声が震える。
俺とアリスは顔を見合わせた。
「行こう」
アリスが言った。
俺も頷く。
俺たちは馬に飛び乗り、サウスザナドへ向かった。
◇
だが、俺には一つ、不安があった。
あれ以来――
リザルトが現れていない。
ザナを出てから、もう何日になるだろう。
そして今。
ドラゴンとの戦いが迫っている。
戦闘になれば、俺は役に立たない。
これまでの戦いも、リザルトの指示があったからこそ勝てた。
今回も、アリスに頼ることになるのだろう。
彼女はたしかに強い。
あれほど正確に矢を射る弓使いを、俺は見たことがない。
だが、相手はドラゴンだ。
いくらアリスが強いとはいえ、一人でドラゴンと戦えるのだろうか。
一抹の不安が、胸をよぎった。
◇
サウスザナドが近づいてきた。
その上空を、巨大な影が旋回している。
遠くからでも、その大きさが分かる。
黒い巨体。
翼を広げるだけで、空を覆い尽くしてしまいそうだ。
「……あれがドラゴンか」
「ああ」
アリスも険しい表情で空を見上げている。
俺たちは、そのまま町へ入った。
大通りを馬で駆け抜ける。
家々が崩れ落ちている。
あちこちから煙が上がり、炎が夜空へ向かって伸びていた。
逃げ惑う人々。
消火に走る兵士たち。
その頭上を、黒い影が悠然と飛んでいる。
やがて、俺たちは町の広場へたどり着いた。
馬から飛び降りる。
その瞬間だった。
轟音。
地面が揺れた。
目の前に、巨大な何かが舞い降りる。
土煙が舞う。
その向こうから、二本の巨大な脚が現れた。
さらに上を見る。
黒い鱗。
巨大な翼。
長い首。
そして、こちらを見つめる金色の瞳。
ドラゴン。
俺たちを、自分に歯向かってくる愚かな者と認識したらしい。
ドラゴンは、ゆっくりと歩き始めた。
一歩。
また一歩。
その動きには、焦りも緊張もない。
まるで、俺たちを獲物として、狩りを楽しんでいるかのようだった。
「私が相手をする」
アリスが一歩前へ出る。
弓を構えた。
その瞬間――
ドラゴンの前足が動いた。
近くにあった木や石が、まとめて薙ぎ払われる。
「!」
俺とアリスは、とっさに飛び退いた。
木が宙を舞う。
石が地面を跳ねる。
ドラゴンは、そのまま間合いを詰めてくる。
速い。
あんな丸太のような腕にまともに殴られたら、一撃で終わる。
俺たちは左右に散った。
次の瞬間――
強烈な風圧が俺を襲った。
「うわっ!」
体が宙に浮く。
そのまま地面を転がり、近くの樹木に背中を叩きつけられた。
「ぐっ……!」
一瞬、息ができなくなる。
それでも、なんとか身体を起こす。
「アリス……!」
周囲を見回す。
いた。
だが――
アリスは、近くの木にもたれかかっていた。
片腕を押さえている。
立ち上がろうとしているが、身体に力が入らないようだ。
それでも、目だけはドラゴンを睨みつけている。
まずい。
ドラゴンが、一歩ずつアリスへ近づいていく。
俺の手が震えた。
剣を握る。
――リザルトはいない。
その事実が、頭をよぎる。
剣を構えたところで、俺に何ができる?
ドラゴンの動きなんて読めない。
避けることもできない。
まともに戦えば、殺される。
それでも――
俺は走り出していた。
アリスを助けなければならない。
たとえ、ここで俺が死ぬことになろうとも。
アリスには、指一本触れさせない。
「うおおおおおおおっ!」
剣を振り上げ、ドラゴンへ向かって駆ける。
ドラゴンがこちらを向いた。
目が合う。
その金色の瞳が、笑っているように見えた。
ドラゴンが腕を振り上げる。
俺は剣を握りしめた。
次の瞬間――
「そうこなくっちゃ。親友」
耳元で声がした。
「……リザルト?」
「右によけろ!」
反射的に身体を右へ投げ出す。
直後。
俺がいた場所を、ドラゴンの腕が薙ぎ払った。
轟音。
地面が砕ける。
「上!」
飛ぶ。
「次、下だ!」
身を伏せる。
頭上を巨大な爪が通り過ぎる。
顔を上げる。
俺の真横を、リザルトが走っていた。
「右!」
「ああ!」
「左!」
「分かった!」
懐かしい。
俺が剣なら――
リザルトは目。
俺には見えない敵の動きを、リザルトが見抜く。
七歳の頃から、ずっとそうだった。
俺たちは、二人で一人前だ。
「リザルト!」
「なんだ!」
「ありがとう!」
「こんなときに何を言い出す!」
「今、言いたくなった!」
「お前は変な奴だ!」
「それは自覚してる!」
ドラゴンとの距離が縮まる。
あと十歩。
「右!」
かわす。
あと五歩。
「リザルト!」
「なんだ!」
「ずっと一緒にいてくれ!」
リザルトが、一瞬だけ目を丸くした。
そして――
いつものように笑った。
「別にかまわない」
あと三歩。
「左だ!」
「ああ!」
ドラゴンが口を大きく開いた。
次の瞬間。
灼熱の炎が吐き出される。
「前!」
俺は炎の脇を駆け抜ける。
熱い。
髪が焦げる。
それでも止まらない。
あと一歩。
「リザルト!」
「ああ!」
「ありがとう、親友!」
「どういたしまして、親友!」
俺は大地を蹴った。
「行け、アルサトス!」
「ああ!」
全身の力を込める。
剣を突き出す。
そして――
俺の剣が、ドラゴンの胸へ深々と突き刺さった。
硬い鱗を貫き、その奥へ。
ドラゴンの巨体が、大きく揺れる。
金色の瞳が見開かれる。
そして――
ゆっくりと、その巨体が崩れ落ちた。
轟音とともに、大地が震える。
俺は剣を握ったまま、その場に立ち尽くした。
ドラゴンが動かない。
倒した。
俺たちは――
ドラゴンを倒したのだ。




