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【魔導船】で始める大逆転貿易録 ~無一文から始める、最強毒舌メイドとの冒険商人ライフ~  作者: へいたれAI
第三章 冒険商人への道

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第9話 夢の跡、現実の重み、そして美しき鬼教官






 夢のような時間は、いつだって瞬きする間に過ぎ去るものだ。

 シルヴェールの開港祭。あの熱狂と興奮、そしてオークションでの衝撃的な価格設定に打ちのめされた後、俺たちはマリー様が用意してくれた「別邸」へと移動した。


 別邸、という言葉の響きから、俺は森の中にひっそりと佇む隠れ家的なコテージを想像していたのだが、現実は非情なまでに俺の庶民感覚を粉砕した。


 そこにあったのは、俺の実家であるオネスティー男爵邸(現在は他人の手に渡っているが)が二つ、いや三つは入りそうな、白亜の宮殿だったのだ。


「さあ、今日は遅くまで語り明かしましょう!」


 マリー様のその一言で、宴は深夜まで続いた。

 豪華な食事、極上の酒、そして気の置けない友人たちとの他愛のない会話。

 ボブが酔っ払ってオークションのエルフ美女への未練を語り、アルがそれを冷静に分析し、チャートが真面目な顔で騎士団の裏話を披露する。

 女性陣は女性陣で、何やらヒソヒソと楽しげに(時に俺たちの方を見てクスクスと)盛り上がっていた。

 あまりに楽しすぎて、俺は時の経つのも忘れ、気づけば窓の外が白み始めていた。


 ◇


 翌朝。

 俺、グラス・ド・オネスティーは、鉛のように重い瞼をこすりながら、魔導船『オネスティー号』の甲板に立っていた。


「ふわぁ……眠い」


「口元が緩んでいますよ、ご主人様。船長としての自覚をお持ちください」


 背後から、冷ややかな声が飛んでくる。

 振り返れば、朝日に輝く銀髪をなびかせ、一分の隙もないメイド服姿のサクラが立っていた。

 彼女は昨夜、俺たちがバカ騒ぎをしている間も涼しい顔で給仕をこなし、今朝は誰よりも早く起きて船の点検を済ませている。


 このホムンクルスに、睡眠という概念はあるのだろうか。


「わかってるよ。みんなを王都まで送り届けるまでは、俺が船長だ」


「それは頼もしい。では、操船は私が担当しますので、ご主人様は皆様の機嫌取り……いえ、おもてなしに専念してください。居眠りをして海に落ちても、拾う手間が惜しいですから」


「最後の一言、必要!?」


 サクラに操船を任せられるのはありがたい。

 寝不足の俺が舵を握れば、運河の壁に激突して『貴族の友人を乗せたまま爆沈』という新聞の一面を飾りかねないからだ。

 だが、だからといって客室で高いびきをかくわけにはいかない。


 万が一、俺が寝ている間にサクラが何か(主に俺の尊厳に関わること)をしでかさないとも限らないのだ。

 俺の安全保障は、俺自身の覚醒にかかっている。

 やがて、マリー様たち一行が乗船してきた。


「おはよう、グラス君。昨日は楽しかったわね」


「おはようございます、マリー様。お楽しみいただけたなら光栄です」


 俺は精一杯の爽やかスマイル(自分比)で迎えた。

 船は滑るようにシルヴェールの港を出て、王都へと続く大運河に入る。

 この運河は、多くの商船や客船が行き交うため、厳格な制限速度が設けられている。魔導船の全力が出せないのはもどかしいが、それでもやはり速い。

 風を受けて走る帆船とは違い、魔力駆動による一定の推進力があるため、風待ちや潮の流れに左右されにくいのだ。


「あら……もうあんなところまで?」


 デッキでお茶を飲んでいたマリー様が、驚いたように岸辺の景色を指差した。


「うちの家で使っている快速船でも、ここまではもっと時間がかかるわ。一時間は早いのじゃないかしら」


「ええ、この船の自慢は小回りとスピードですから」


 俺が胸を張ると、マリー様は興味深そうに船体を撫でた。


「ふうん……便利ね。グラス君、あなた、いいものを持っているじゃない」


 その瞳が「欲しい」と言っていないか少し不安になったが、さすがに公爵家が一個人の船を取り上げるような真似はしない……と信じたい。


 結局、通常なら半日はかかる道のりを、わずか三時間で走破し、俺たちは王都セルフィニシュの港に到着した。


 ◇


「ありがとう、グラス! また飲もうぜ!」


「商売、頑張れよ!」


 友人たちを見送り、俺は再び「孤独な商人」へと戻った。

 いや、正確には孤独ではない。毒舌な相棒がいる。


「さて、感傷に浸っている暇はありませんよ、旦那様。時は金なり。すぐに次の仕事です」


 サクラが容赦なく現実を突きつけてくる。

 俺たちは王都のギルドへ向かい、とんぼ返りでシルヴェールへ運ぶ荷物を探した。

 幸い、前回好評だった高級ワインの輸送依頼がまた出ていた。


「よし、ワインの輸送を受託しよう。これなら勝手がわかっているし、確実だ」


 手続きを済ませ、俺たちは倉庫へ向かう。

 まだ昼前だというのに、王都の喧騒は凄まじい。

 荷馬車が行き交い、怒号と笑い声が飛び交う。


 そんな日常の風景を眺めながら、俺の頭の片隅には、昨日のオークションの光景がこびりついていた。


「……それにしても、高かったなぁ」


 俺はぽつりと呟いた。


「何がです?」


「昨日のエルフだよ。あの落札価格……今の俺の全財産どころか、親父たちが失った大型帆船二艘分より高かったんじゃないか?」


 思い出すだけでめまいがするような金額だった。

 たった一人の奴隷に、城が建つような金が動く。


「一体、誰が買うんだよあんなの。王族か? それとも裏社会のドンか?」


「需要と供給のバランスですね。希少性こそが価値です」


 サクラは淡々と答える。


「それに、『誰が買うのか』と問われれば、答えは簡単です。旦那様のようなヘタレが大金を、それこそ一生に二度とないような幸運で得た時くらいでしょうか」


「……なんだよそれ。俺が金持ちになったら買うってこと?」


「いいえ。旦那様のような甲斐性のない男性は、奴隷契約という強制力でもなければ、女性に相手にされないでしょうから。金で愛を買うしかない、という皮肉です」


「ぐはっ……!!」


 サクラの言葉が、物理的な衝撃を伴って胸に突き刺さる。

 毒が強すぎる。解毒剤が必要だ。


「ち、違うもんね! 俺だってそのうち、運命の出会いが……」


「あるといいですね。来世あたりで」


 完敗だ。

 言い返す言葉もない。

 俺は話題を変えることにした。


「……まあ、エルフの美女は高嶺の花だとしてもさ。本当に欲しいのは、実用的な奴隷なんだよ」


 今の俺に必要なのは、目の保養ではなく、労働力だ。

 荷運びをしてくれる屈強な男手や、船の操縦を交代してくれる船乗り。そういった専門職の奴隷がいれば、商売の規模を一気に拡大できる。


「昨日出てた熊人族とか、元船乗りの奴隷とか……あいつらなら、まだ手が届くんじゃないか?」


 俺が淡い期待を口にすると、サクラは懐から手帳を取り出し、パラパラとめくった。


「昨日の落札データを確認しましたが……結論から言えば、無理ですね」


「即答!?」


「戦闘や重労働に特化した奴隷は、冒険者パーティや土木ギルド、あるいは軍部が高値で買い占めます。旦那様の現在の資金力では、足首一本買えるかどうか」


「足首だけあってもホラーなだけだよ!」


 世知辛い。

 あまりにも世知辛い世の中だ。

 結局、俺には「自分の体」という資本しかないのだ。


「はぁ……やるか」


 俺はため息をつき、ギルドで借りた荷車を押して、ワイン倉庫へと入った。

 そこには、ずらりと並んだ樽、樽、樽。

 クーリーを雇う金はあるが、今回は利益を最大化するために、自分で運ぶことにしたのだ。

 昨日の豪遊で散財した分も取り戻さなければならない。


「よっ、と……!」


 俺は歯を食いしばり、樽を荷車に乗せる。

 重い。腰に来る。

 ふと横を見ると、サクラが優雅に日傘を差して立っていた。


「…………」


 俺はジト目で彼女を見る。

 サクラはホムンクルスだ。

 その身体能力は人間を遥かに凌駕する。

 以前、暴れ牛の角を片手で掴んで止めたのを俺は見ている。


 この樽など、彼女にとっては小指で持てるレベルのはずだ。


「……あのさ、サクラちゃん?」


「何でしょう、ご主人様。応援ならしておりますよ? フレー、フレー」


 棒読みだ。

 心の欠片もこもっていない。


「手伝ってくれるという選択肢は?」


「ありません」


 キッパリと言い切られた。


「私はご主人様の『従者』であり、設定上は『可憐な美少女メイド』です。このような粗野な力仕事をして、筋肉がついたらどう責任を取ってくれるのですか?」


「お前、筋肉つかないだろ! 造り物なんだから!」


「気分の問題です。それに、主人が汗水垂らして働く姿を見るのは、教育的観点からも非常に有意義です」


「ドSか! お前絶対楽しんでるだろ!」


 抗議は却下された。

 俺は泣きながら樽を運び、荷車を押し、船へと積み込んだ。

 汗だくになりながら最後の一個を積み終えた時、俺はまた一つ、大人の階段を上った気がした。(主に腰痛的な意味で)


 ◇


 荷積みを終えれば、すぐに出航だ。

 王都の港は、昼過ぎになってさらに混雑していた。

 無数の商船、漁船、渡し船がひしめき合い、水面が見えないほどだ。


 ここから船を出すのは、至難の業だ。


「よし、出航だ。……サクラ、頼めるか?」


 俺は期待を込めて振り返る。

 だが、サクラはデッキチェアに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた。


「お断りします」


「なぜだ! さっきまでは操船してくれたじゃないか!」


「お客様(マリー様たち)を乗せている時は、安全が最優先でしたから。ですが、今はただの貨物輸送です。船長であるご主人様が操船技術を磨く、絶好の機会ではありませんか」


「いや、ぶつかる! 絶対ぶつかるって!」


「大丈夫です。船殻は強化魔法でコーティングされていますから、多少擦っても沈みはしません。相手の船は沈むかもしれませんが」


「それが一番まずいんだよ! 賠償金で破産するわ!」


 結局、俺が舵を握ることになった。

 心臓が早鐘を打つ。

 右からは巨大なガレオン船が迫り、左からは素早いゴンドラが横切る。


「ひぃぃっ! ちょ、ちょっと待って! そこ通るの!?」


 俺は悲鳴を上げながら舵を切る。

 魔導船は俺の意思に反応してキビキビと動くが、俺の判断速度が追いつかない。

 ガリッ!


「ああっ! 今の音! 今の音は何!?」


「流木ですね。セーフです」


 サクラが紅茶のカップを持ったまま、冷静に実況する。


「右舷、前方より漁船接近。回避行動を」


「わかってる! でも潮の流れが……!」


「面舵(おもかじ)一杯。魔力出力、左舷スラスターに二十パーセント」


 本当に危ない瞬間になると、サクラから的確すぎる指示が飛んでくる。

 俺はその指示に従って必死にレバーを操作する。

 すると、オネスティー号はまるでダンスを踊るように、船と船の隙間をすり抜けていくのだ。


「……はぁ、はぁ。抜けた……?」


 港を出て、広い川幅のエリアに出た頃には、俺は精神的に疲労困憊していた。

 振り返れば、サクラが「やれやれ」といった顔で立っている。


「見ていられませんね。最後のアプローチ、あそこで減速しなければ、もっとスムーズに抜けられたものを」


「結果オーライだろ……」


 俺はへたり込む。

 わかっている。

 彼女はできるのだ。

 操船も、荷運びも、計算も、交渉も。俺よりも遥かに高レベルで。

 それでも彼女は、「可憐なメイド」というスタンスを崩さない。


 それは単なる意地悪なのか、それとも俺を「自立」させるためのスパルタ教育なのか。


 ……たぶん、七割くらいは意地悪だろうな。


 王都を背に、船は川を下る。

 風が心地よい。

 俺は甲板に大の字になって、流れる雲を見上げた。

 今はこうして、王都とシルヴェール、カレンシーを行き来するルーチンワークで食いつないでいる。


 資金も少しづつだが溜まってきたし、生活に困ることはない。

 だが、これでいいのか?

 親父の商会を取り戻す。家を再興する。

 その夢を叶えるには、このままでは何年かかるかわからない。

 百年? 

 二百年? 

 俺の寿命が尽きる方が先だ。


 あのオークションで見た、目の眩むような金額。あれが「本物の商売」の世界だ。

 俺のような個人商人がそこへたどり着くには、今の安定を捨てて、何か大きな賭けに出なければならないのではないか。


「……冒険、か」


 口に出してみると、その言葉は甘美で、同時に恐ろしい響きを持っていた。

 未開の海域、未知の交易品、ダンジョンからの遺物。


 ハイリスク・ハイリターン。

 今の俺に、その覚悟があるだろうか。


「旦那様。独り言がシリアスになっていますよ。似合いません」


 サクラが覗き込んでくる。

 その瞳は、何かを見透かすように深い色をしていた。


「……うるさいな。ちょっと将来設計をしてただけだよ」


「そうですか。では、その将来設計の中に、『今日の夕食の献立』も入れておいてくださいね。私は魚料理が希望です」


「はいはい、わーってますよ」


 俺は苦笑して体を起こした。

 今はまだ、このルーチンワークをこなそう。

 だが、いつか必ず、この優秀すぎる従者をあっと言わせるような「大商い」をやってやる。


 そう心に誓い、俺はカレンシーへと向かう舵を強く握り直した。

 船首が波を切り裂き、白い飛沫を上げる。

 俺の「自立」への航海は、まだ始まったばかりだ。





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