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【魔導船】で始める大逆転貿易録 ~無一文から始める、最強毒舌メイドとの冒険商人ライフ~  作者: へいたれAI
第一章 王都の学園と親友

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第3話 嫉妬の炎と、突然のサヨナラ




「女の嫉妬は怖い」と、世の男性諸氏は口を揃えて言う。


 だが、あえて言わせてもらおう。

 男の嫉妬の方が、よっぽど陰湿で、粘着質で、たちが悪いと。


 王都の学園に入学して数ヶ月。俺、グラス・ド・オネスティーの学園生活は、ある意味で充実し、ある意味で地獄の様相を呈していた。

 原因は明白だ。

 俺の周りにいる人間関係である。

 公爵令嬢のマリー、大商会の令嬢クレア、そして聖女候補のエリッサ。

 学園の三大美女と日常的に茶を飲み、談笑(俺の場合は主にいじられているだけだが)している男など、俺たち四人組くらいのものだ。


 アルは辺境伯の子息で成績優秀。

 チャーリーは法衣貴族で文武両道。

 ボブは大商人の息子で金払いがいい。

 彼らはスペックが高いので、男子生徒たちも簡単には手出しできない。


 では、嫉妬の矛先はどこへ向かうか?

 そう、金も権力も武力もなく、ただヘタレなだけの「成り上がり男爵」――俺である。


「おい、オネスティー。ちょっと面貸せや」


 昼休み。

 校舎裏に呼び出されるのは、もはや日課となっていた。

 待ち受けているのは、決まって目が血走った男子生徒たちだ。


「この手紙をマリアンヌ様に渡せ。いいか、絶対に俺が書いたとバレないように、でも俺の魅力が伝わるように渡せ」


「クレア様の好きな花を聞き出せ。あと、今付き合っている男がいるかも調査しろ」


「エリッサちゃんが最近ハマっているお菓子は何だ! 答えろ!」


 彼らは俺を恋のキューピッドか、あるいは使い走りのパシリと勘違いしているらしい。

 俺は「嘘をつくと舌を抜かれる」というオネスティー家の家訓(嘘だ、今作った)に従い、彼らの要望にできるだけ誠実に応えることにしている。

 しかし、その結果がこれだ。


「はあ……グラス君。また変な手紙を持ってきたの? 

『君の瞳は宝石、僕の心は泥団子』って……ポエムのセンスが壊滅的ね。捨てておいて」


「私が好きなのは『金の花(硬貨)』よ。あと、好きな男のタイプは『私の邪魔をしない人』。そう伝えておいてちょうだい」


 マリーとクレアには呆れられ、ゴミを見るような目で見られる。

 そして寮に帰れば、サクラからのお説教タイムだ。


「お坊ちゃま。あなたは郵便配達員になるために学園へ来たのですか? 他人の恋路を応援する暇があったら、ご自身の春を呼び込む努力をなさい。一生冬のままで凍え死ぬおつもりですか?」


「努力はしてる! でも、俺には高嶺の花すぎて……」


「花は登って摘むものです。下から眺めて涎を垂らしているのは、ナメクジだけですよ」


 サクラの言葉は鋭利な刃物だ。俺のメンタルは千切りキャベツのように刻まれていく。


 ◇


 そんなパシリ生活ならまだ平和だったかもしれない。

 問題は、俺たちを「面白く思わない」連中だ。

 特に、選民思想に凝り固まった上流階級のボンボンたちである。


 その筆頭が、入学初日に俺をボコったアルセニック・ド・アコニチン伯爵令息だ。

 彼は取り巻きのリード(腰巾着A)とメルクリオ(腰巾着B)を引き連れ、事あるごとに俺に絡んでくる。


「おい、そこの成り上がり! 貴様の歩いた後は空気が汚れるんだよ!」


「平民上がりが貴族の学園に通うなど、王国の恥だ!」


 アルやチャーリーがいれば「やめないか」の一言で散る彼らだが、俺が一人の時は容赦がない。

 だが、俺もただ殴られるだけのサンドバッグから進化した。

 王都の夜遊びで鍛えた「逃げ足」と、サクラから伝授された「土下座フェイント」を駆使し、彼らの攻撃をのらりくらりと躱す術を身に着けたのだ。


「待てコラァ! ちょこまかと逃げ回るな!」


「戦略的撤退です! 失礼しまーす!」


 学園の入り組んだ回廊を、俺はネズミのように疾走する。

 しかし、いかんせん運動神経は平凡以下。

 逃げ回るうちに、階段を踏み外して捻挫したり、柱に激突して青あざを作ったりするのは日常茶飯事だ。


「痛ってぇ……またやっちまった……」


 保健室代わりのベンチでうずくまっていると、天から光が降り注ぐ。


「グラス君! また怪我をして……じっとしててね、すぐに治しますから」


 特待生のエリッサちゃんが現れ、聖女のような慈愛に満ちた表情で回復魔法をかけてくれるのだ。

 温かな光が患部を包み、痛みが引いていく。それは至福の時間だ。


 だが、その光景がまた、新たな火種を生む。


「見ろよ、あの野郎……!」


「わざと怪我をして、エリッサちゃんに触ってもらってやがる!」


「汚い! さすが商人の息子、やり口が汚い!」


 茂みの陰から、アルセニックたちがハンカチを噛み締めながら見ているのだ。

 違う、これは事故だ! 不可抗力だ!

 しかし、そんな言い訳が通用するはずもない。

 俺へのヘイト値は、回復魔法の光量に比例して上昇していく一方だった。


 そんな様子を、校舎の窓から優雅に見下ろしている人物がいた。

 サクラだ。

 彼女は時折、俺を追い回す連中が通りかかると、わざとハンカチを落としたり、意味深な視線を送ったりして、彼らの興奮を煽っている節がある。


「ふふっ。走れ走れ。止まればただのクズですが、走ればリサイクル可能なゴミくらいにはなれますよ」


 絶対に楽しんでいる。

 あいつは俺の学園生活を、コメディ映画か何かだと思っているに違いない。


 ◇


 そんなドタバタ劇も、夏が過ぎる頃には日常の一部となっていた。

 俺は相変わらずヘタレで、友人たちは相変わらず優秀で、サクラは相変わらずドSだった。


 悪所通いも板につき、夜の街のお姉様方とは「いいカモ」としての信頼関係も築けていた。


 だが、楽しい時間は唐突に終わりを告げる。

 それは、秋風が吹き始めたある日の夕方のことだった。

 寮の俺の部屋に、一通の手紙が届いた。

 宛名は俺ではなく、サクラ。

 差出人は、故郷カレンシーにあるオネスティー商会の番頭からだった。


「……お坊ちゃま。座ってお聞きください」


 いつもなら「正座して聞きなさい」と言うサクラが、妙に静かな声で言った。

 嫌な予感がした。

 背筋に冷たいものが走る。


「ご実家の商会から、緊急の連絡です。……旦那様、オネスティー男爵夫妻を乗せた船団が、南方海域で遭難しました」


「え……?」


 思考が停止する。

 遭難? 

 あの親父が? 

 あのお袋が?


 親父はしぶとい男だ。

「海に落ちても鮫を説得して戻ってくる」と言われるほどの商魂の塊だ。

 そんな簡単に死ぬわけがない。


「安否は不明です。ですが、問題はそれだけではありません」


 サクラは淡々と、しかし残酷な事実を告げた。


「船団には、商会の全財産とも言える積荷が載せられていました。その喪失により、オネスティー商会は巨額の負債を抱えました。そして……隣国のライバル商会がその負債を即座に買い取り、商会の経営権を奪取。事実上の倒産です」


 倒産。


 その二文字が意味することは、貴族社会において一つしかない。


「爵位の維持条件である資産を失ったため、男爵位は剥奪。……つまり、旦那様。あなたは今日からただの『グラス君』です」


 あまりの急展開に、俺は笑うしかなかった。

 成り上がり貴族が、一夜にして無一文の平民へ逆戻り。

 ジェットコースターも裸足で逃げ出す急降下だ。


 ◇


 翌日、俺は退学届を提出し、荷物をまとめた。

 親友たちに事情を話すと、反応は様々だった。


「そんなのあんまりだ! 遭難しただけで、家も爵位も取り上げるなんて!」


 アルは激昂し、机を叩いて怒ってくれた。本当にいい奴だ。

 だが、これはオプティヌゾン王国の貴族法で定められた厳格なルールだ。

 金のない新興貴族に価値はない。


「仕方ないさ、アル。元々、海の上で稼いだ金で買った爵位だ。海に返したと思えばいい」


 俺は努めて明るく言った。

 チャーリーは沈痛な面持ちで、ボブは……何やら考え込むような顔をしていた。

 王都を去る日。

 俺とサクラは、カレンシーへ向かう運河船の乗り場にいた。


 見送りに来てくれたのは、アルとボブだ。

 マリーたちは泣き出しそうだからと、寮で見送ってくれた。


「グラス、絶対にまた会おうな! 僕が家を継いだら、必ず君を雇うから!」


「ああ、期待してるよアル。好待遇で頼むな」


 アルと硬い握手を交わす。

 そしてボブ。彼は俺の肩をポンと叩き、商人らしい鋭い目で囁いた。


「なあグラス。お前の親父さん、そんなヘマする人じゃないだろ?」


「……まあな。悪運だけは強い人だった」


「貿易船一隻や二隻の遭難で、老舗の商会が即座に潰れるか? しかも、ライバル商会が負債を肩代わりするタイミングが良すぎる。……キナ臭いぜ」


 ボブの言葉に、俺はハッとした。

 言われてみればそうだ。親父は常にリスクヘッジを欠かさない男だった。

 全財産を一つの船団に乗せるなんて、あの守銭奴がするはずがない。


 裏がある。

 誰かが、オネスティー家を陥れたのか?


「ありがとう、ボブ。……帰ったら、調べてみるよ」


「おう。何か分かったら連絡しろ。俺の家のルートを使って協力してやる」


 ボブはニカっと笑い、いつもの軽い調子で手を振った。

 ドラが鳴る。

 俺とサクラを乗せた船が、ゆっくりと岸を離れていく。


 煌びやかな王都。

 楽しかった学園生活。

 美人の同級生たち。

 すべてが遠ざかっていく。


「さて、お坊ちゃま。いえ、今日からお坊ちゃまはオネスティー家の主になりますので、御主人様とお呼びしましょう」


 甲板で風に吹かれながら、サクラが涼しい顔で言った。


「御主人様、無一文、家なし、職なし。見事なまでの転落人生ですね。これぞ『三方よし』ならぬ『三方損』」


「うるさいな……これからどうするんだよ、サクラ。お前も自由の身だぞ?」


「何を仰いますか。私はオネスティー商会のものではなく、先々代様により新たな命をいただいたもので、オネスティー家の家宝です。商会がなくなっても、あなたがいる限り、私はあなたの従者ですよ」


 サクラは初めて、毒のない、本当に綺麗な笑顔を見せた。

 ……いや、待て。


「それに、あなたがお家を再興して次代に私を引き継ぐまで、逃がすつもりはありませんから。地獄の底まで付き合って、骨まで絞り取って差し上げます」


「やっぱりそっちかよ!」


 俺のツッコミが、川風に吸い込まれていく。

 こうして、俺の短い学園生活は幕を閉じた。

 だが、これは終わりではない。


 ヘタレな元貴族と、毒舌ホムンクルスの、再起をかけた冒険の始まりだった。


「待ってろよ、故郷! そして、俺の家を潰した黒幕!」


 俺は王都に向かって拳を突き上げた。

 ……その直後、船が揺れて派手に転び、サクラに「ダサい」と踏まれたのは、言うまでもない。




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