第2話 ヘタレ貴族の二重生活と、呪われた夜遊び
類は友を呼ぶ、という言葉がある。
だが、俺たちの場合は「バカはバカを見つける天才」と言い換えたほうがいいかもしれない。
王都の学園に入学して数週間。俺、グラス・ド・オネスティーの周りには、切っても切れない腐れ縁のような固定メンバーが出来上がっていた。
構成員は四名。
まずは、アルことアルバート・ステイン。辺境伯家の四男で、育ちが良く、性格も温厚。真面目で勉強もでき、困っている人を放っておけない正義感の持ち主だ。
次に、チャーリー・ド・ブラウン。法衣貴族の四男で、騎士を目指す文武両道の好青年。礼儀正しく、何をやらせてもそつなくこなす、グループのまとめ役である。
この二人はいい。問題は残りの二人だ。
ボブ・チェイス。王都の大商人の次男坊。金はあるが品がない。口を開けば女か金の話で、人生の重みというものが欠落している。
そして最後が俺、グラス。成り上がり男爵家の嫡男。特技は土下座と逃走。筋金入りのヘタレである。
「なあグラス、今日の魔法学の課題、やったか? 俺、講義中ずっとマドンナのうなじを見てたから記憶がないんだが」
「奇遇だなボブ。俺も昨夜はサクラに説教されてて、課題どころか生きる気力すら削がれていたところだ」
「……はあ。二人とも、本当にどうしようもないね」
呆れながらもノートを貸してくれるアル。
それを横で苦笑しながら見守るチャーリー。
俺とボブの「商人の息子コンビ」は、優秀な貴族の四男たちに寄生することで、なんとか学園生活をサバイブしていた。本来なら交わるはずのない身分や性格だが、不思議と波長が合ったのだ。俺たちがボケて、彼らがツッコむ。そんな心地よい共依存関係が成立していた。
◇
田舎者の俺にとって、王都は刺激の塊だった。
特に、一五歳という年齢は危険だ。親元を離れ、監視の目(サクラという名の猛毒を除く)が緩んだ解放感。そこで俺たちが覚えたのは、「酒」という大人の魔法だった。
「ういー! 飲んでるかグラスぅ! 王都の酒は最高だな!」
「おうよボブ! この琥珀色の液体こそが自由の味だ!」
週末になると、俺たちは制服を着替えて王都の繁華街へ繰り出した。
最初は洒落たカフェだったのが、次第に大衆酒場へとランクダウンし、会話の内容も偏差値とともに低下していく。
だが、酒というのは残酷だ。飲み慣れていない俺は、調子に乗って強い蒸留酒を煽り、ものの数十分で世界を回転させる魔法にかかってしまった。
「……あれ? 天井が……回って……アルの顔が三つに……」
「グラス、大丈夫かい? 顔色が土気色だよ」
「おーい、誰かバケツ! グラスが決壊するぞ!」
結局、俺はアルとチャーリーに両脇を抱えられ、荷物のように運ばれて寮へ帰還するのがお決まりのパターンとなった。
「すみません、夜分遅くに。グラスがご迷惑をおかけして」
「いえ、慣れていますから。それよりグラス、足元、段差があるよ」
寮の扉が開くと、そこには仁王立ち……ではなく、完璧な カーテシーで出迎える美女がいた。
我がオネスティー家の影の支配者、サクラである。
「お帰りなさいませ、旦那様。……および、ご友人の皆様」
その瞬間、場の空気が凍りついた――わけではない。逆だ。
初めてサクラを見たボブとチャーリーは、そのこの世のものとは思えない美貌と、洗練された所作に目を奪われ、石像のように固まってしまったのだ。
「す、すげえ……! なんだあの美人!?」
「オネスティー家のメイドなのか? 所作の一つ一つに無駄がない。王宮の侍女でもあそこまで完璧な人はいないぞ」
「はじめまして。グラス様の専属従者、サクラと申します。ふつつかな主人ですが、どうぞ仲良くしてやってくださいませ」
サクラは鈴を転がすような美声で挨拶し、聖母のような微笑みを浮かべた。
違う。騙されるな、お前たち。
その笑顔は、「後でたっぷりかわいがってあげますね」という処刑宣告だ。俺には見える。彼女の背後に、ドス黒いオーラが渦巻いているのが。
「グ、グラス……お前、こんな美人に世話されてるのか? 裏切り者! 羨ましすぎて爆発しろ!」
「オネスティー家、侮りがたし……」
友人たちが帰った後、玄関の扉が閉まると同時に、室内の温度が氷点下まで下がった。
サクラの表情から「対外用」の感情が抜け落ち、能面のような冷徹さが顔を出す。
「……で? お酒に飲まれて友人に担がれて帰宅とは。オネスティー家の家訓『三方よし』を実践されたおつもりですか? 酒屋よし、友人は迷惑、世間は失笑。素晴らしいですね」
「うっ……面目ない……」
「次からは水でも飲んでなさい。アルコール消毒が必要なのは、その性根の方ですよ」
冷たい言葉と共に渡されたのは、酔い覚ましの特製ドリンク(激マズ)だった。
文句を言いつつも介抱してくれるあたり、彼女なりの優しさ……なのだろうか。いや、単に俺が死ぬと管理する対象がいなくなって困るだけだろう。
◇
そんなサクラの毒舌と特製ドリンクのおかげか、あるいは慣れか。
次第に俺も酒に強くなり、千鳥足にならずに店を出られるようになってきた。
そうなると、悪友ボブが黙っていない。
「へへっ、グラス。酒が飲めるようになったら、次は『男の楽園』だろ?」
ボブがニヤリと笑い、俺の肩を組む。
真面目なアルとチャーリーは「貴族の品位に関わる」「僕は遠慮しておくよ」と早々に寮へ帰ってしまったが、品位などという高級な概念を持ち合わせていない俺たちは、王都の裏通りへと足を踏み入れた。
通称「悪所」。
妖艶な赤いランタンが揺れ、甘い香水の匂いが漂う、大人の遊園地だ。
露出度の高いドレスを纏ったお姉様方が、通り過ぎる男たちに甘い声をかけている。
「おいグラス、ビビるなよ。ここは男を磨く場所だぜ」
「ビ、ビビってねーし! 武者震いだし!」
ボブは手慣れた様子で店に入り、好みの女性を指名して奥へと消えていく。さすがは王都の商人の息子、すでに卒業済みらしい。
取り残された俺は、店のマダムに背中を押され、一室へと通された。
「あら、可愛い子。初めて? お姉さんが優しくしてあげるわよ?」
部屋に入ると、豊満な肢体のお姉様が、獲物を狙う肉食獣のような目で見つめてきた。
普通の思春期男子なら、ここで理性のタガが外れ、野獣と化す場面だろう。
だが、俺には無理だ。
なぜなら、俺には強力すぎる「呪い」がかかっているからだ。
――脳裏にフラッシュバックする、幼き日の記憶。
まだ俺が鼻水を垂らしていた頃、サクラは絵本を読み聞かせるような優しい口調で、とんでもないトラウマを植え付けた。
『いいですか坊ちゃま。世の中には「悪所」と呼ばれる場所があります。そこで素性の知れぬ女性と最後まで致すと、恐ろしい病気をもらいます』
『びょうき?』
『はい。ナニが紫色に腫れ上がり、腐り落ちて、二度と使い物にならなくなります。ポロリと。もげます。物理的に』
『も、もげるの!?』
『ええ、もげます。オネスティー家の歴史がそこで途絶えるのです』
その時のサクラの真顔が、今この瞬間も俺の脳内で警鐘を鳴らしている。「もげるぞ」「腐るぞ」「ポロリだぞ」と。
その結果、俺の悪所遊びは、あまりにも健全で情けないものとなった。
「あ、あの! お姉さんの出身はどこですか!?」
「え? 南の島国だけど……」
「そうですか! 南の島といえば貿易が盛んですよね! 最近の物流のトレンドとかどうですか!? あ、そこ触るのはダメです! も、もげるから!」
際どい会話と、せいぜい膝枕や軽いお触り程度。
最後の一線など、断崖絶壁に見えて飛び込めない。
結局、俺は制限時間いっぱいまで、お姉様と故郷の話や、サクラの愚痴を聞いてもらうという「おしゃべりタイム」を過ごすことになった。
「あんた、面白い子だねぇ。またおいでよ、話くらい聞いてあげるからさ」
「うう、ありがとうお姉さん……」
店を出ると、スッキリした顔のボブが待っていた。
「おう、どうだったグラス? 大人になれたか?」
「……ああ、いろんな意味でな。世の中、金で買えない勇気もあるって学んだよ」
こうして俺は、王都の女性たちに「ウブで金払いのいいマスコット」として認知され、生温かい目で見守られることになったのである。
◇
そんなふしだらな夜の生活とは対照的に、昼の学園生活は目が眩むほど煌びやかだった。
学園のオープンテラス。そこは選ばれし者たちの社交場だ。
俺たち四人のテーブルには、なぜか学園の三大美女が同席している。
一人は、公爵令嬢のマリーことマリアンヌ様。燃えるような赤い髪に、勝気な瞳。チャーリーの幼馴染であり、学園のマドンナ筆頭だ。
もう一人は、クレア。王都の大商会、ベルモント家の令嬢。ボブの幼馴染で、明るく活発な美少女。
そして三人目は、入学式で俺が(ボコられながら)助けた特待生、エリッサちゃん。最近、彼女の使う回復魔法が「光魔法」の特性を帯びていることが判明し、聖女候補として注目を集めている癒し系だ。
この布陣は、周囲の男子生徒からすれば処刑対象レベルの羨望案件だった。
「ねえグラス君。またボブと変なお店に行ってるんですって?」
優雅に紅茶を飲みながら、マリー様が爆弾を投下した。
ブッ! と俺は紅茶を吹き出しそうになる。
なぜバレている!? 女のネットワーク、恐るべし。いや、サクラか? サクラが情報をリークしているのか!?
「ええっ!? グラス、お前そんな不潔なことしてるのかよ!」
「ちょ、クレア! 声がでかい! あくまで社会勉強だ、社会勉強!」
「社会勉強で首筋にキスマーク……はついてないけど、移り香をつけて帰ってくるのかしら? 不潔だわー」
クレアがジト目で俺とボブを見る。ボブは「男の勲章だ」と開き直っているが、俺は縮こまるしかない。
そんな中、エリッサちゃんだけは聖母のような慈悲深い瞳で俺を見ていた。
「でも、グラス君は優しいですから。きっと、事情があって働いている女性たちの相談に乗ってあげているんですよね?」
「え……?」
「だってグラス君、女性に対してすごく奥手……いえ、慎重ですもの。そんな乱暴なこと、するはずありません」
エリッサちゃん……!
その通りだ。俺は相談に乗っていただけだ(金は払ったが)。
彼女の純粋な信頼が、俺の薄汚れた心に突き刺さる。そして同時に、周囲の「あのヘタレが」という視線も突き刺さる。
マリー、クレア、エリッサ。
三者三様の美貌を持つ彼女たちと、こうして同じテーブルを囲んでいること自体が奇跡だ。
だが、俺は知っている。
マリーとクレアは、幼馴染であるチャーリーやボブと強固な絆で結ばれている。そこに俺が入る隙間など、アリの這い出る隙間ほどもない。
そしてエリッサちゃんは、これから聖女として覚醒し、さらに高貴な存在になっていくだろう。
邪な感情がないと言えば嘘になる。
だが、夜の街で「もげる呪い」に怯え、昼の学園で「高嶺の花」に囲まれて冷や汗をかく。
この絶妙なバランス(というか現状維持)こそが、ヘタレな俺に許された最大の幸福なのかもしれない。
「はあ……今日も平和だなあ」
俺の呟きに、隣のアルが苦笑する。
平和? いや、これは嵐の前の静けさだ。
寮に帰れば、今日の夜遊びと昼のお茶会、その両方の報告を聞いたサクラからの、長時間にわたる「反省会」が待っているのだから




