第22話 凱旋、そして栄光への第一歩
「さて、死体は海へドボン。生きてるゴミは船倉へポイ。整理整頓は基本ですね、旦那様」
「言い方! サクラちゃん、もう少しオブラートに包んで!」
月明かりの下、俺ことグラス・ド・オネスティーは、戦いの後の甲板で悲鳴を上げていた。
先ほどの激闘――というより一方的な蹂躙劇――が終わり、現在は事後処理の真っ最中である。
無残にも息絶えてしまった賊の方々は、サクラの提案により「魚の餌」として海にお帰りいただいた。南無。
そして、運悪く(あるいは運良く?)生き残った連中は、冒険者パーティー『暁』の面々によって手際よく拘束され、芋虫のように転がされている。
「お宝、お宝~♪」
ミーシャが尻尾をブンブン振りながら船内を駆け回るが、残念ながら金銀財宝の類は見つからなかった。その代わりと言ってはなんだが、船倉には捕まっていた女性たちが多数発見された。
彼女たちを解放し、ケアをするのは『暁』の女性陣と神官のエームさんの仕事だ。
「ちっ、金目の物はなしかよ。まあいい、この船ごと売っ払えばいい小遣いにはなるだろ」
タンクのイレブンさんが、賊の頭を小突きながら皮算用をしている。
「あなた、あまり乱暴に扱わないで。商品価値が下がるでしょう?」
奥さんであり副リーダーのセブンさんが、冷ややかな声で釘を刺す。
「こいつらもシルヴァーナへ連れていけば、犯罪奴隷として鉱山送りにできるわ。エーム、死なない程度に治療しておいて」
「はいはい。ったく、人使いが荒いですねぇ」
エームさんがブツブツ言いながらも、瀕死の賊にヒールをかけていく。生かして売る。この世界のドライな経済活動を目の当たりにして、俺は少しだけ遠い目になった。
「旦那様、ボサッとしてないで働いてください。このポンコツ船を曳航しますよ」
「へいへい、分かりましたよ」
サクラの指示で、俺たちは拿捕した大型帆船をシルヴァーナ港まで運ぶことになった。
当然、帆が使い物にならなくなった巨体を動かすには、俺の愛機である魔導船で引っ張るしかない。
邪魔なマストや絡まったロープを処理するため、サクラとミーシャが動く。
「えいっ! やぁっ!」
「邪魔です、切れろ」
二人は身の丈よりも大きな斧――どこから出したんだそれ――を軽々と振り回し、大木のようなマストを叩き切っていく。
ドゴォォン! バキィィン!
小柄な美少女と幼女が、巨大な構造物を破壊していく光景は、シュールを通り越して恐怖映像だ。
俺はと言えば、切断されて大量に余ったロープをかき集め、魔導船の船尾と帆船の船首を繋ぐ作業に従事していた。
もやい結びなら任せろ。元船乗りの端くれ(親父の英才教育)としての意地を見せてやる。
「よし、連結完了! いつでもいけるぞ!」
「では、サクラ、ミーシャ、戻っておいでー!」
俺が叫ぶと、二人はひらりと身を翻し、軽業師のように魔導船へと飛び移ってきた。
「『暁』の皆さんは、向こうの船の管理をお願いします! 何かあったら合図してください!」
「おうよ! 任せとけ!」
甲板から手を振るイレブンさんを確認し、サクラがスロットルを押し込む。
キィィィィン……
魔導エンジンが唸りを上げ、ロープがピンと張り詰める。
ズズズッ、と背後の巨大な帆船が動き出した。
「重っ! さすがに重いな!」
「出力係数上昇。安定しています。まだまだ飛ばせますが、どうしますか?」
サクラが涼しい顔で聞いてくる。
「やめろバカ! ロープが千切れる! それに後ろのイレブンさんたちが腰を抜かすだろ!」
「ちっ。あの方々の驚く顔が見たかったのですが」
「性格悪いなお前は!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
毒舌全開のサクラだが、その操船技術は神業だ。
波の抵抗を最小限に抑え、ロープのテンションを一定に保ちながら、夜の海を滑るように進んでいく。
俺たちは交代で仮眠を取りながら――と言ってもサクラは不眠不休のホムンクルスなので、実質俺とミーシャが寝ていただけだが――夜を明かした。
翌朝。
朝日が水平線を照らす頃、前方に懐かしい港町のシルエットが浮かび上がった。
公爵領の港都、シルヴァーナだ。
「着いた……! 長かったような、短かったような」
「作戦時間は半日もかかっていませんよ。帰りの曳航で倍かかりましたが」
サクラが淡々と突っ込む。
シルヴァーナの港に入ると、案の定というか何というか、大騒ぎになった。
それもそうだ。全長二十メートルにも満たない小型の魔導船が、マストのへし折れたボロボロの大型帆船をズルズルと引っ張って帰ってきたのだから。
しかもその帆船には、行方不明になっていたベルモント商会のお嬢様と、捕まっていた女性たちが乗っているのだ。
「おい見ろ! あれはオネスティーの魔導船じゃないか!?」
「後ろの船はなんだ!? 海賊船か!?」
「人が乗ってるぞ! おい、衛兵を呼べ!」
港はたちまち黒山の人だかりとなった。
俺たちが桟橋に船を寄せ、ロープを解いている間に、騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけてくる。
そして、人垣を割って現れた懐かしい顔ぶれに、俺は思わず安堵の息を吐いた。
「クレア! クレアなの!?」
「マリー!?」
帆船から降り立ったクレアめがけて、栗色の髪をなびかせた少女が飛びついた。
シルヴェール公爵家の三女、マリアンヌ・ド・シルヴェール――通称マリーだ。
彼女は公爵令嬢としての体裁も忘れたように、ボロボロの服を着たクレアを強く抱きしめた。
「よかった……! 本当によかった……! もう会えないかと思った……!」
「ごめんね、マリー。心配かけて……うっ、うぅ……」
気丈に振る舞っていたクレアも、親友の温もりに触れてついに決壊したようだ。二人の少女は手を取り合い、涙を流して再会を喜んでいる。
尊い。ただただ尊い光景だ。
その少し後ろで、やれやれといった表情ながらも、温かい眼差しで見守っている青年がいた。
金髪碧眼のイケメン騎士、チャーリー・ド・ブラウンだ。
「よう、グラス。派手にやったみたいだな」
「チャーリー! 来てたのか」
「ああ。マリー様が居ても立っても居られないってうるさくてな。……ありがとうな、グラス。お前がいてくれて助かった」
チャーリーが俺の肩をポンと叩く。その力強さに、俺もまた肩の荷が下りた気がした。
感動の再会も束の間、すぐに現実がやってくる。
シルヴァーナを治める公爵家の事務官たちと、騎士団長クラスの重鎮たちが慌ただしく現れたのだ。
彼らはマリーに何事か耳打ちすると、厳しい表情でこちらに向き直った。
「グラス・ド・オネスティー殿とお見受けする! 急な依頼で申し訳ないが、貴公の魔導船で王都まで走ってもらいたい!」
「えっ、王都ですか? 今から?」
「左様! 救出したクレア嬢、並びにマリアンヌ様、そして捕縛した賊の首領を至急王都へ護送する必要がある! 陸路では襲撃の恐れもあり、また時間がかかりすぎる!」
どうやら、今回の事件は単なる誘拐騒ぎでは収まらないらしい。
俺が返答に窮していると、横からサクラがスッと前に出た。
「承知いたしました。当船は即時出航可能です。規定の運賃に特別急行料金、並びにVIP護衛費を上乗せさせていただきますが、よろしいですね?」
「サ、サクラさん!? 俺の許可は!?」
「構わん! 公爵家の名において支払いは保証する! 直ちに出発を!」
「商談成立です。旦那様、出しますよ」
休む暇もねぇ!
俺は心の中で絶叫しながら、再び魔導船の舵を握ることになった。
クレア、マリー、チャーリー、それに公爵家の事務官や騎士団長、さらには証人として『暁』の代表者数名を乗せ、魔導船は運河を爆走した。
爆走と表現しているが、実は運河の制限速度いっぱいで、しかも操船は俺だ。
運河内の操船は俺の担当として、完全に定着している。
王都セルフィニシュの商業ギルド専用波止場に到着した時には、既に日は傾きかけていた。
波止場には、王宮から派遣された近衛騎士たちがずらりと整列し、物々しい雰囲気を醸し出している。
すでに早馬か魔法通信で連絡が入っていたのだろう。
「ご苦労であった。身柄はこちらで預かる」
マリーたち一行と、捕縛された賊の首領が騎士たちに引き渡されていく。
俺はそのままギルド内に入り、今回の緊急依頼の完了報告を済ませた。
対応してくれたのは、キャサリーさんだ。王都の受付嬢で、カレンシーにいるマーガレットさんに瓜二つの美人である。
「お疲れ様でした、グラス様。今回の件につきましては、しばらく王都で待機していただくことになります」
「えっ、帰れないんですか?」
「はい。国王陛下より直々のお呼び出しがあるかと」
「こ、国王陛下ぁぁ!?」
俺の素っ頓狂な声がギルド内に響いた。
それから数日間、俺たちはギルドが手配した高級宿屋に缶詰状態となった。
サクラとミーシャは王都観光に行きたがったが、いつ呼び出しがあるか分からないので我慢してもらうしかない。
そして三日後。
ついにその時は来た。
王宮の謁見の間。
煌びやかな装飾、居並ぶ貴族たち、そして玉座に座る国王陛下。
俺の胃はキリキリと痛み、立っているのがやっとだった。隣にいるサクラが涼しい顔をしているのが憎らしい。
俺は全くの初めてではないが、こんな場面で、しかも親父が居ない状態での陛下との謁見はさすがに胃に来るものが有る。
「面を上げよ」
重厚な声が響く。
今回の論功行賞の場であった。
まず、冒険者パーティー『暁』の面々。彼らは今回の男爵令嬢救出劇と、賊の帆船を壊滅させた武功を称えられ、陛下の推薦状付きで『Sランク冒険者』への昇格が言い渡された。
イレブンさんが男泣きし、セブンさんが誇らしげに胸を張る。
そして、俺の番だ。
「グラス・ド・オネスティー。そちの機転と魔導船の力により、我が国の貴族令嬢が救われ、また隣国からの卑劣な策謀が未然に防がれた」
どうやら、あの賊の船には隣国アグリ公国が関与していた証拠が山ほど積まれていたらしい。
人攫いだけでなく、我が国に対する工作活動の一端を担っていたのだ。
俺たちが船ごと拿捕したおかげで、動かぬ証拠が手に入ったというわけだ。
「よって、シルヴァーナ公爵家、並びにベルモント男爵家からの連名による推薦を受け、そちに『ナイト(騎士爵)』の称号を授けるものとする」
「は……ははーっ!!」
俺は平伏しながら、震える声で応えた。
ナイト。
一代限りの、貴族としては最低ランクの爵位。
だが、それでも貴族だ。
没落したオネスティー家にとって、これは復興への小さくとも確かな第一歩なのだ。
謁見が終わり、控え室に戻った瞬間、俺はへなへなと座り込んだ。
「おめでとうございます、旦那様。いえ、これからは『卿』とお呼びするべきでしょうか?」
サクラが、いつもの皮肉っぽい口調ではなく、どこか優しい声で言った。
見上げると、彼女の瞳が潤んでいるのが見えた。
「サクラ……」
「まったく、貴方のようなヘタレが叙爵されるなんて、世も末ですね」
「うるさいな。……ありがとう、サクラ。お前のおかげだよ」
俺は立ち上がり、サクラを抱きしめた。
彼女は一瞬身を硬くしたが、すぐに華奢な腕を俺の背中に回し、しがみついてきた。
「うぅ……よかったですぅ……! 本当に、よかったですぅ……!」
いつもは鉄壁の毒舌メイドが、俺の胸で子供のように泣いている。
俺も、もらい泣きしてしまった。
正直、ちょっと恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しかった。
後日談となるが、正式な授爵の儀式にはまだ時間がかかるらしい。
だが、今回の功績は計り知れない。
隣国の策謀を暴いたことで、外交カードを一枚手に入れた王国の利益は莫大だ。
そして、気になる情報も入ってきた。
行方不明になっている俺の親父――オネスティー男爵の遭難についても、どうやらこの隣国の策謀が絡んでいるらしいのだ。
詳しいことはまだ闇の中だが、親父が生きている可能性、あるいは真実に近づく手がかりを、俺は確かに掴んだ。
「親父……待っててくれよ」
オネスティー家の復興、そして親父の謎。
解決すべき問題は山積みだ。
俺は拳を握りしめる。
守りたい友人の笑顔、頼れる仲間たち、そして毒舌だけど最高に可愛い相棒。
これらがある限り、俺は前に進める気がする。
俺の、いや俺たちの本当の冒険は、ここから始まるのだから。
「旦那様、いつまで黄昏れているんですか? さっさと祝賀会の準備をしてください。マリー様やクレア様がお待ちですよ」
「へいへい、ただいま!」
ヘタレ貴族グラス・ド・オネスティー卿の明日は、どっちだ!




