第21話 暴走メイドとヘタレの一撃
「あー、あー、聞こえますかー? こちらはオプティヌゾン王国、臨検船でーす。ちょっと止まりなさーい」
夜の海に俺の情けない声が拡声器を通して響き渡る。
月明かりに照らされた不審船――大型の二本マスト帆船は、俺の呼びかけに対して非常にわかりやすい反応を返してきた。
ドォォン!
火を噴く舷側砲。俺たちの魔導船の鼻先を、魔法の光弾が掠めていく。
「ひぃぃっ! 撃ってきた! いきなり撃ってきたぞ! 野蛮人かよ!」
「海賊や密輸船が素直に『はいそうですか』と止まるわけがないでしょう。旦那様の頭の中はお花畑ですか?」
サクラは涼しい顔で舵を切る。
まるで散歩中の犬のリードを引くような手軽さで、魔導船は直角に近い機動を見せ、次々と飛来する魔法弾を紙一重で回避していく。
「ちょ、揺れる!」
「横で騒がないでくれますか。掴まっていてください」
サクラの表情には焦りのかけらもない。むしろ、この展開を待っていた節がある。
彼女は華奢な指先でコンソールを操作すると、船首に備え付けられた『魔導砲』のロックを解除した。
「警告射撃を行います」
「おいおい、大丈夫かよ!? 相手は木造船だぞ? 沈めたらクレアも海の藻屑だぞ!」
「問題ありません。出力を極限まで落としてあります。狙うのは『推進力』のみです」
シュンッ!
乾いた発射音と共に、青白い光線が闇を切り裂いた。
それは吸い込まれるように敵船へ向かい――
バギィィィン!!
轟音と共に、敵船の後部マストが根元からへし折れた。
「うわぁ……」
「おや、計算通りですね」
サクラの言う「計算通り」は、ここからが本番だった。
後部マストが前方に倒れ込む。当然、帆船のマスト同士は無数のロープや索具で複雑に連結されている。
倒れた巨木は、その重量と勢いを乗せて、前方のメインマストに激突したのだ。
メキメキメキッ、ズドォォォン!!
ドミノ倒しのように、二本のマストが絡み合いながら海面へと落下していく。
今まで風を受けて船を走らせていた巨大な帆が、今度は巨大な抵抗体となって海中に没した。
急激なブレーキがかかる。
快調に飛ばしていた敵船は、海に落ちたマストという名の巨大な錨に引きずられ、つんのめるようにして停止した。
「すげぇ……一発で廃船にしやがった」
「廃船ではありません。航行不能にしただけです。これであれは逃げられませんね」
サクラがニッコリと笑う。悪魔の微笑みだ。
その光景を見て、甲板で待機していた『暁』の面々が殺気立つ。
「よ~し、やるぞ野郎ども! 先日の汚名、ここで返させてもらう!」
リーダーのイレブンさんが、盾を構えて吠えた。
全身包帯姿だが、その闘志は怪我の痛みを凌駕しているらしい。
「サクラさん、寄せてくれ!」
「御意」
サクラは魔導船を急加速させた。
停止して無防備になった敵船の横腹へ、一直線に突っ込んでいく。
「ちょ、サクラ!? スピード落とさないの!? ブレーキ! ブレーキ踏んで!」
「接舷とは、こうやるのです」
ドッガァァァァァン!!
「ぐえっ!?」
俺が甲板の手すりに顔面を強打したのと同時に、魔導船は敵船に強引に横付けされた。いや、あれは衝突事故だ。
だが、その衝撃すら計算に入れていたのか、『暁』のメンバーは揺れを利用して敵船へと飛び移っていく。
「うおおおお! 『暁』の名にかけてぇぇぇ!」
「私の魔法を封じた礼、たっぷりしてあげるわ!」
イレブンさん、セブンさん、ファミーさんたちが怒涛の勢いで乗り込んでいく。
「旦那様。私たちも行きますよ」
サクラが優雅にスカートを翻し、軽々と敵船へ跳躍した。
その背中には、なんとミーシャがおぶさっている。
「わぁっ! 高いですぅ! でもすごいです、サクラお姉ちゃん!」
「ちょ、待て! 置いてくな!」
一人取り残された俺は、揺れる船の上でしばし呆然としたが、意を決してロープに掴まった。
「くそっ、どうにでもなれ!」
俺も必死に敵船へと乗り移った。
そこは、すでに地獄絵図だった。
「どきやがれぇ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
イレブンさんの盾が敵を吹き飛ばし、ロームの剣が舞う。セブンの二丁拳銃が火を噴き、的確に敵の足を撃ち抜いていく。
さすがはAランクに手が届きそうな実力者集団だ。先日の敗北は、奇襲とクレアを守りながらというハンデがあったからだろう。万全の状態での彼らは強かった。
そして、それ以上に恐ろしいのが。
「邪魔です」
ドガッ!
「そこ、どいてください」
バキッ!
サクラだった。
素手である。武器など持っていない。ただの平手打ちやデコピン(に見える打撃)で、武装した男たちが宙を舞っている。
さらに、
「えいっ!」
ミーシャが近くにあった木樽を持ち上げ、ボウリングの球のように投げつけた。
ゴロゴロゴロ、ストライク!
屈強な男たちがピンのように弾け飛ぶ。
「やった! 当たりましたご主人様!」
「う、うん。すごいねミーシャ……」
俺は戦場の片隅、マストの残骸の影に隠れて震えていた。
俺の仕事? 邪魔にならないこと、これに尽きる。
圧倒的な戦力差に、敵の賊たちは次々と無力化されていく。制圧完了まであと少しかと思われた、その時だ。
「動くな! こいつの命はないぞ!」
船尾楼の扉が開き、薄汚い男――船長らしき人物が現れた。
その腕には、猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られた少女、クレアが抱えられている。
喉元には鋭いナイフが突きつけられていた。
「クレア!」
俺は思わず叫んでしまった。
クレアの瞳が俺を捉える。恐怖に震えているが、怪我はないようだ。
「くそっ……人質かよ」
イレブンさんが動きを止める。
さすがに人質の喉元に刃物があっては、迂闊に手が出せない。
優勢だった場が一転、膠着状態に陥る。
船長は歪んだ笑みを浮かべた。
「へっ、貴族の娘だ。殺したくはねぇが、俺たちが逃げるためなら仕方ねぇ。全員武器を捨てろ! さもなきゃこいつの喉を掻っ切るぞ!」
典型的な悪党のセリフだ。
だが、この状況では効果的すぎる。
『暁』のメンバーが悔しげに武器を下ろそうとした、その時。
サクラが、スッと視線を俺に向けた。
無言だ。だが、その目は雄弁に語っていた。
――『旦那様。貴方の腰にある飾りはなんですか?』
――『今撃たなくていつ撃つんですか? このチキン』
俺の腰にあるのは、護身用の魔導銃だ。
有効射程内。相手は俺を冒険者だとも思っていないのか、視線は強そうな『暁』やサクラに向いている。
俺は完全にノーマークだ。
だが、人を撃つ? この俺が?
手が震える。もし外したら? もしクレアに当たったら?
冷や汗が背中を伝う。
その時、俺の視界の端で、ミーシャがこちらを見ているのに気づいた。
彼女の猫のような瞳は、真っ直ぐに俺を見ていた。
信頼の眼差しだ。
『ご主人様ならできます』。そう言われている気がした。
……あーもう!
可愛い奴隷に見つめられて、ここで逃げたら男じゃないだろ!
「え~い、ままよ!」
俺はホルスターから銃を引き抜くと同時に、狙いもつけずに引き金を引いた。
ドン!
乾いた音が響く。
俺の手の中で衝撃が走る。
次の瞬間、船長の肩から血飛沫が上がった。
「ぎゃっ!?」
船長が体勢を崩し、ナイフを持つ手が緩む。
クレアを抱えたまま前のめりに倒れ込む――その隙を見逃すような連中ではなかった。
「とうっ!」
猫のようなしなやかさで飛び出したのは、ミーシャだった。
彼女は倒れ込む船長からクレアをもぎ取ると、そのまま甲板を転がって距離を取る。
「確保しました!」
「でかしたミーシャ!」
人質がいなくなれば、もう遠慮はいらない。
「よくもやってくれたな、この野郎!」
ブチ切れたイレブンさんの盾バッシュが、負傷した船長の顔面に炸裂した。
船長は悲鳴を上げる間もなく気絶。
リーダーがやられたことで、残っていた賊たちの戦意はポッキリと折れた。
「こ、降参だ!」
「助けてくれ!」
そこからは一方的な制圧劇だった。
甲板上の敵を縛り上げると、『暁』のメンバーはミーシャを連れて船内へ突入していく。
「まだ隠れているネズミがいるかもしれねぇ! 一匹残らず燻り出せ!」
「鼻が利くミーシャちゃんがいれば楽勝ね!」
ポプラの探索能力と、山猫族の野生の勘。そして物理で殴るサクラ。
狭い船内で待ち伏せしようにも、彼らの前では無意味だったようだ。
船内からは時折「ぎゃー!」とか「ごめんなさーい!」という悲鳴が聞こえてくる。
俺たちが乗り込んでから、わずか二時間。
月が中天に昇る頃には、船は完全に制圧されていた。
「ふぅ……終わったか」
俺はへたり込むように甲板の木箱に座り込んだ。
震えが止まらない手を、反対の手で押さえる。
人を撃った感触が残っている。だが、それ以上に……。
「グラス!」
拘束を解かれたクレアが、涙目で駆け寄ってきた。
「……無事でよかったよ、クレア」
俺は精一杯の強がりで、震える声でそう言った。
だが、とりあえず一つだけ言えることがある。
俺、めちゃくちゃ頑張ったよな?
誰か褒めてくれ。切実に。




