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【魔導船】で始める大逆転貿易録 ~無一文から始める、最強毒舌メイドとの冒険商人ライフ~  作者: へいたれAI
第六章 お家再興の第一歩

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第20話 貧乏暇なし、臆病者に安息なし



 世の中、金である。


 夢も希望も愛も、まずは生活基盤があってこそだ。

 俺、グラス・ド・オネスティーは、カレンシーの港で積み上げられた伝票の山を前に、遠い目をしていた。


「……なぁ、サクラ。俺の計算が間違っていなければ、先月よりも支出が三割増しなんだが」


「旦那様の頭脳レベルにしては正解です。素晴らしい。猿が計算機を叩いた奇跡として学会に報告しましょうか?」


「褒め言葉に猛毒を混ぜるな」


 俺の横で涼しい顔をしているのは、絶世の美女にして毒舌家のホムンクルス、サクラだ。

 そして、その背後で山積みになった木箱を、まるで発泡スチロールのように軽々と持ち上げているのが、新入り家族のミーシャである。


「ご主人様! これ、どこに置けばいいですか? あと、お昼ご飯はまだですか?」


 猫耳をピンと立て、尻尾をブンブン振っている山猫族の少女。見た目は可憐な美少女だが、その燃費は戦車並みだった。

 彼女を拾った際、ギルドに支払った金貨10枚(約100万円)のダメージに加え、日々の食費と生活費がボディブローのように効いている。

 賃金ゼロの奴隷とはいえ、維持費がかかるのだ。しかも彼女は育ち盛りなのか、よく食べるしよく動く。服もすぐにサイズアウトしそうだ。


「……働くか」


「ですね。サボっていても金貨は空から降ってきませんから」


 俺たちは、カレンシー、シルヴェール、そして王都を結ぶ『三角貿易』を再開していた。

 オリーブオイルを運び、穀物を仕入れ、織物を売る。

 地味だ。あまりにも地味な作業の繰り返しだ。

 一攫千金? そんなもの、小心者の俺が狙うわけがない。

 以前、冒険者パーティー『暁』の面々が稼いでいる額を聞いたことがあるが、俺たちの利益なんて彼らの稼ぎに比べれば、象の前のミジンコ、ドラゴンの前のトカゲの尻尾切りだ。


「でもまぁ、ギャンブルして破産するよりはマシだろ。俺は『石橋を叩いて、安全確認してから渡らない』くらいの慎重派で行くんだ」


「それを世間では『臆病』と言います、旦那様」


「うるさいよ」


 船旅の途中、俺は手紙を書いていた。

 宛先は悪友のボブだ。

 文面はこうだ。『ようボブ、元気か? 俺は最近、猫耳の美少女奴隷を手に入れてな、いやー、毎晩大変だわ(※食事の世話が)』。


 嘘は言っていない。ニュアンスが著しく誤解を招くだけだ。

 だが、何度送っても返事が来ない。アルやチャーリーにも送ったが、梨のつぶてだ。どうやらみんな、学園の進級やら何やらで忙殺されているらしい。

 俺だけが取り残されたような寂しさを感じつつ、俺はミーシャを見た。


「あの、ご主人様……この『聖典』の解釈なんですけど、ここがよくわからなくて」


「あー……うん。ごめん、俺、神官じゃないからさっぱりわからん」


 ミーシャは元神官見習いだったらしく、暇さえあれば祈りを捧げている。その熱心さは素晴らしいが、専門的な質問をされても俺には答えられない。

 王都にいる『暁』のエームさんや、ベルモント商会のクララあたりに相談に乗ってもらいたいところだが、王都までは遠い。


 そんな、平和で貧乏で、少しだけ寂しい日々。

 それが急転直下、崩れ去ったのは、とある日の午後だった。


          ○


「グラスさん! 大変です、緊急依頼です!」


 カレンシーの商業ギルドに顔を出すと、いつもは冷静な職員が血相を変えて俺の元へ走ってきた。

 周囲がざわついている。ただ事ではない雰囲気だ。


「落ち着いてくれ。何があった? オリーブオイルの相場が大暴落でもしたか?」


「違います! クレア様が……クレア・ド・ベルモント様が攫われました!」


「は……?」


 頭が真っ白になった。

 クレアといえば、王都の有力商人ベルモント家の令嬢であり、俺のヒロイン、数少ない美人の友人だ。ボブの幼馴染もでもあったか、あの勝ち気で商才あふれる彼女が?


「中西部の村へ用事で出かけていた際、何者かに襲撃されたそうです! 護衛の冒険者たちは壊滅、唯一食らいついた『暁』の皆さんも負傷しながら追跡中とのことですが……」


「『暁』が手こずる相手だと?」


 あのイレブンやセブンたちがあっさり蹴散らされただと?

 背筋に冷たいものが走る。ただの山賊や盗賊の類じゃない。


「犯人はボートで海へ逃走しました! 海上での追跡および捜索の緊急依頼が、全ギルドに出されています!」


「……受ける。すぐに行くぞ!」


 俺は即断した。

 金のため? いや、もちろん報酬は欲しいが、知り合いがピンチなんだ。ヘタレな俺でも、ここで動かなきゃ男が廃る。


 俺たちは魔導船に飛び乗り、エンジンを唸らせて中西部の港町へと急行した。

 現地に着くと、そこはすでに物々しい警戒態勢が敷かれていた。

 港で俺を待っていたのは、包帯姿も痛々しい『暁』のメンバーたちだった。


「よう、グラス。来てくれたか」


 リーダーのイレブンが苦笑する。タンク役の彼が、鎧ごと思い切り斬りつけられたような跡がある。副リーダーのセブンも、自慢の銃の手入れをしながら悔しげに唇を噛んでいた。


「ひどいな……一体何があったんだ?」


「へまをしたわ。相手はプロよ」


 セブンが吐き捨てるように言った。


「ただのゴロツキじゃない。統率が取れていて、装備もいい。私たちの魔法使い(ファミー)の詠唱を封じる連携も見事だった。あれは軍隊……それも、特殊な訓練を受けた部隊の動きよ」


「軍隊……?」


「ああ。奴ら、浜辺にボートを用意してやがった。クレア嬢ちゃんを担いで、沖合に停泊していた大型帆船に乗り換えやがったんだ」


 イレブンの言葉に、俺の中でパズルのピースが組み合わさっていく。

 周到な計画。圧倒的な武力。そして逃走経路の確保。

 営利誘拐にしては手際が良すぎるし、派手すぎる。


「グラス、あんたの船なら追いつけるかもしれない。国から『臨検』の許可証は出てる。怪しい船は片っ端から止めろ」


「わかった。任せてくれ」


 俺は『暁』から得た情報を頭に叩き込み、再び海へと出た。

 目指すは沖合。そしてその先にあるのは――隣国の海域だ。


「サクラ、全速力だ! ドラクマに向かった時と同じ設定でいい!」


「御意。舌を噛まないようにご注意を。あと、ミーシャは何か掴まっておきなさい。飛びますよ」


「えっ、飛ぶんですか!?」


 ズドン!!


 もはや爆発音に近い加速音と共に、魔導船が海面を滑走する。

 Gで顔が歪みそうになりながら、俺はサクラに話しかけた。


「なぁサクラ、これって……」


「ええ。状況証拠から推測するに、十中八九、隣国の『暗部』の関与でしょうね」


 サクラは平然と舵を切りながら、恐ろしいことを口にする。


「ただの山賊が、王都の有力商人の娘を狙って、大型船まで用意できるはずがありません。国境付近のこの海域……狙いは明白です」


「政治的取引の材料、あるいは……」


「国内の内通者への脅し、ですかね。どちらにせよ、他国の正規軍が動いているとなれば、手引きをした『裏切り者』が国内にいますよ。それも、貴族クラスの大物が」


 俺は頭を抱えたくなった。

 ちょっと待ってくれ。俺はただ、地味に商売をして、たまに美味しいものを食べたいだけの一般市民だぞ?


 なんで国家間の陰謀とか、貴族の裏切りとか、そんなスケールのデカい話に首を突っ込むことになってるんだ!?


「帰りてぇ……」


「諦めてください旦那様。もう引き返せません。それに、あの子――クレア様を見捨てるつもりですか?」


「……そんなわけ、ないだろ!」


 俺は自分の頬を張った。

 ビビっている場合じゃない。相手が国の暗部だろうが何だろうが、俺たちの魔導船のスピードなら追いつけるはずだ。


 それに、海の上なら俺たちに分がある。この船は、かつて数々の修羅場をくぐり抜けてきた(主に先祖が)最強の船なのだから。


「ミーシャ、索敵を頼む! 山猫族の目は夜でも効くだろ?」


「はい! 任せてください、ご主人様! 水平線の向こうの魚が跳ねたのも見えます!」


「魚はどうでもいい! でかい船を探せ!」


 風を切り裂き、波を砕き、魔導船は突き進む。

 夕日が沈み、海が漆黒に染まり始める中、ミーシャが叫んだ。


「あそこ! 前方に船影! すごく大きいです!」


 指差す先、月明かりに照らされた不気味なシルエットが浮かび上がった。

 間違いない。あれがターゲットだ。


「よし、臨検だ! ……って言っても、素直に止まってくれる相手じゃなさそうだけどな」


「止まらなければ沈めるまでです」


「クレアが乗ってるんだぞ! 沈めちゃダメだろ!」


「冗談ですよ。半壊程度にしておきます」


「それもダメだ!」


 俺たちのコミカルな掛け合いとは裏腹に、事態は一刻を争うシリアスな局面を迎えていた。

 待ってろよ、クレア。

 今、この世界で一番運が悪くて、一番逃げ足の速い男が、助けに行ってやるからな!


 俺は震える足に力を込め、甲板の先端に仁王立ちした。

 ……あ、やっぱ怖いからちょっと後ろに下がろう。


「サクラ、接舷用意!」


「アイ・アイ・サー」


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