第13話 冒険者ギルドと謎の職業『タンク』
ガンガンガン、と頭の中でドワーフが鍛冶仕事をしているような音がする。
二日酔いだ。それも、とびきり質の悪いやつだ。
昨晩、ボライソー船長に「恩送りの酒宴」という名目で拉致された俺、グラス・ド・オネスティーは、朝日が昇ってもなお、その豪腕から解放されていなかった。
「ガハハハ! どうした坊ちゃん! シャキッとしねぇか、シャキッと!」
「船長……声のボリュームを、あと五段階くらい下げてくれませんか……脳が揺れる……」
「情けねぇなぁ! 海男なら二日酔いは海風で治すもんだ!」
「俺、海男じゃなくて商人なんですけど……」
俺の抗議など潮風に舞う塵ほどの意味もなさない。
首根っこを掴まれたまま引きずり回され、気づけば俺たちはカレンシーの冒険者ギルドの前に立っていた。
商人ギルドが洗練された社交場だとすれば、冒険者ギルドは野獣の檻だ。朝だというのに、昨晩の喧騒の残り香というか、酒と汗と脂の匂いが混じり合った独特の空気が漂っている。
俺が普段入り浸っている商人ギルドの、あのマーガレットさんの残り香が漂う清楚な空間とは雲泥の差だ。帰りたい。切実に。
「ほら、入るぞ!」
「あ、ちょっと、心の準備が!」
ボライソー船長は巨大な戦艦のごとくギルドの扉を蹴破る勢いで押し開け、俺を店内へと放り込んだ。
ギルド内は、朝の依頼受注ラッシュがひと段落したところのようで、荒くれ者たちがまばらにたむろしている。彼らの視線が一斉にこちらへ――いや、ボライソー船長に向けられた。
「おう、ボライソーの旦那じゃねぇか!」
「朝から元気だなぁ!」
「ガハハ! おうよ! 今日はお前らに紹介したいのがいてな!」
船長は顔が広い。広すぎる。
俺は船長の巨大な背中に隠れるようにして、縮こまっていた。こういう荒っぽい雰囲気は、どうも苦手だ。
船長はズカズカと奥へ進み、喫茶スペースにある大きな円卓の前で足を止めた。
そこには、周囲の冒険者たちとは一線を画す、只者ではないオーラを放つ集団が座っていた。
「待たせたな! 約束通り連れてきたぞ!」
「やあ、ボライソー船長。早かったですね」
答えたのは、全身を分厚い金属鎧で固めた巨漢だった。
座っているのに、俺が立っているのと目線が変わらない。岩だ。人間というより、意思を持った城壁だ。
その隣には、知的で涼やかな目をした女性戦士、見るからに怪しげなローブを纏った魔法使い、鋭い眼光の剣士、身軽そうなシーフ、そして穏やかな微笑みを浮かべる僧侶が控えている。
典型的な、そして教科書に出てきそうなほどバランスの取れた冒険者パーティーだ。
「グラスよ、こいつらがこの街一番と評判の高いAランク冒険者パーティー『暁』の皆さんだ」
「は、はあ……初めまして、グラスです」
「冒険に出るんだって?」
「少し前に親父が海で……」
「敵討ちにでも行く気か?」
城壁のような男――リーダーらしき人物が、低い声で尋ねてきた。
俺は慌てて首を横に振った。
「いえ、そういう物騒な目的じゃありません。ただ、親父が何を目指していたのか、本当のところを知りたいだけでして」
「ふむ。真実の探求か。悪くない」
「それで、冒険か。なら、ちょうどよかった。これから色々と冒険するなら『暁』さんの依頼を受けてみてはどうかね」
「『暁』……? すみません、俺、冒険者業界には疎くて……」
俺が正直に言うと、ボライソー船長がバシッと背中を叩いた。
「ほら、約束通りに来たから紹介する。こちらがAランク冒険者パーティー『暁』のリーダー、イレブンさんだ。パーティーランクは先にも言ったがAランクで、個人的にもランクAの凄腕タンクだ」
「タンク? それはなんですか? 水を溜めるアレですか?」
俺の素っ頓狂な質問に、周囲の空気が一瞬凍りついた。
やってしまったか? 無知は罪か?
だが、イレブンさんは怒るどころか、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「ハハハ、水を溜めるわけじゃない。まあ、似たようなものだがな」
「似たようなものなんですか?」
「タンクというのはな、パーティーの安全を確保するために、敵からの攻撃を一身に引き受ける『盾役』のことだ。敵のヘイト――殺意や敵意だな――を俺が集め、その隙に仲間が攻撃する。要するに、俺が殴られている間に、あいつらが殴る。そういう役割だ」
俺は絶句した。
なんてマゾヒスティックな職業なんだ。
自分から進んで殴られに行くなんて、正気の沙汰とは思えない。
「そ、それは……大変なお仕事ですね。痛くないんですか?」
「痛いに決まっているだろう。だが、俺が痛みを我慢すれば、愛する妻や仲間たちは無傷で済む。これぞ男の生き様よ」
「あなた……またそんな恰好いいこと言って。あとでヒール代かさむのよ」
隣にいた女性戦士――イレブンさんの奥さんで副リーダーのセブンさんが、呆れたように、しかし愛おしげに言った。
なるほど、この巨漢がイレブンで、奥さんがセブン。数字繋がりか。何か深い意味があるのかもしれないが、突っ込むと長くなりそうなのでやめておく。
続いて、ボライソー船長が俺を紹介してくれた。
「イレブンさん、こちらが前に話した、今売り出し中のカッパーランクの交易商人であるグラスだ。あのオネスティー商会の御子息になる」
「え? オネスティー商会の……これは何と言いますか……」
イレブンさんの表情が曇った。
やはり、親父の失踪や、商会のゴタゴタは有名らしい。
セブンさんがなにか言いにくそうにしているが、イレブンさんは男らしくというか何も考えていないというか一言「だからか、先程の冒険理由は」とだけ。
直ぐに、セブンさんからどつかれていたが、俺は見ていない。
俺は居心地の悪さを感じながらも、できるだけ胸を張るように努めた。今の俺は、カッパーランクの商人なのだから。
「セブンさん、気にしないでください。私がボライソー船長から紹介にあずかりました、つい先日カッパーランクに昇格しましたグラスと言います。父や商会のことは、私の中で折り合いをつけておりますので」
「ほう……若いのにしっかりしているな。噂とは違うようだ」
「噂?」
「いや、なんでもない。こちらこそ、よろしく頼む」
噂の内容が非常に気になるが、多分「王都で遊び呆けていた放蕩息子」とかだろう。否定できないのが辛いところだ。
一通りの自己紹介が終わり、俺たちは喫茶スペースの席に着いた。
まだ午前中だというのに、冒険者ギルドは朝の喧騒が終わり、少しずつ落ち着いてきている。だが、俺の心臓は落ち着くどころか早鐘を打っていた。
なぜなら、背後に気配を感じるからだ。
振り返らなくてもわかる。絶対零度の視線。
サクラだ。
いつの間にか、俺の背後に音もなく立っている。まるで守護霊か、あるいは呪いの人形のように。
彼女は一言も発しないが、「下手な商談をしたら海に沈めますよ」という無言の圧力を背中から感じる。
「さて、本題に入ろうか」
イレブンさんが地図をテーブルに広げた。
指差されたのは、カレンシーからずっと南、海を越えた先にある場所だ。
「我々『暁』は、この島国アルクディア国の中にある、さらに小さな無人島にある迷宮に挑戦したいと思っている」
「迷宮、ですか」
「ああ。王都近くや、このカレンシー周辺にも迷宮はある。だが、最近は冒険者が入り浸っていて、めぼしい宝具は見つかりにくい。そこで、便は悪いが未開拓で、宝具が期待できる迷宮を求めて外国へ目を向けたわけだ」
「なるほど。夢がありますね」
「だが、問題があってな。この島には、定期船が出ていないんだ」
イレブンさんの説明によると、その島はアルクディア本国からも離れており、漁村すらない絶海の孤島らしい。
普通に行こうとすれば、一旦アルクディアに入国し、そこから船をチャーターしなければならない。
しかし、迷宮があるだけの無人島へ行きたがる船乗りなど現地にはおらず、高ランク冒険者であっても船の手配は難航するとのことだった。
「私が連れて行ってもよろしいのでしょうか……あ、いや、大丈夫ですかと言い直したほうが……」
「ん? 何を心配している?」
「いえ、その、国が管理していない島へ勝手に上陸して、勝手に迷宮に入るというのは……その、密入国的なアレになるのではと」
俺がオブラートに包んで「犯罪では?」と聞くと、ボライソー船長がガハハと笑った。
「心配性だな、坊ちゃんは! それは問題ない。その迷宮のある島も、迷宮そのものも、国どころか誰も管理していない『空白地帯』なんだ。すべてが自己責任になっている」
「自己責任……」
「そう。ここからだけではなく、他の国からも一攫千金を狙って挑戦する冒険者は後を絶たない。だが、決まった航路を使う大型船では、そんな危険な場所には近づけないし、小回りが利かない」
そこでボライソー船長は、ニヤリと俺を見た。
「そこで、お前の出番だ。小型だが外洋に出ることができ、しかも魔導機関で小回りが利くお前の魔導船は、まさにうってつけだ。どうだ、悪い話じゃねぇだろう?」
なるほど、話は見えてきた。
要するに、普通の商船や客船では行けないような辺鄙で危険な場所へ、タクシー代わりに俺の船を使いたいということだ。
確かに、俺の魔導船なら浅瀬も怖くないし、万が一魔物が出ても、帆船よりはるかに速く逃げることができる。
チラリと背後のサクラを見る。
彼女は無表情のまま、わずかに顎を引いた。
『GO』のサインだ。
そして、テーブルの下で指を三本立てている。
『報酬は相場の三割増しでふっかけろ』という意味か、それとも『三秒以内に決めろ』という意味か。前者であることを祈ろう。
「……条件はわかりました。報酬も、ご提示いただいた金額であれば魅力的です」
俺は提示された金額(サクラの目算通り、かなりの額だった)を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。これなら、王都での散財分を一気に回収できるかもしれない。
「ですが、依頼は受けたいと思いますが、すぐには無理です。今、魔導船は整備中でして……あと数日は動かせそうにありません」
「整備か。どのくらいかかる?」
「念入りにやりたいので、十日ほど見ていただければ」
嘘ではない。サクラが「カビが生えそうだから浄化する」と言ってきかないのだ。それに、初めての本格的な外洋冒険だ。準備はいくらしてもしすぎることはない。
イレブンさんは、副リーダーのセブンさんと顔を見合わせた。
セブンさんが小さく頷く。
「十日か。問題ない。我々も遠征の準備を整える必要があるからな。ちょうどいい期間だ」
「それならお受けしましょう」
「よし! 決まりだな!」
ボライソー船長がテーブルを叩いて立ち上がった。
「なら、正式に商業ギルドに依頼を出しておくから、十日後にここで待ち合わせだ!」
「はい、承知しました」
こうして、俺は初めての「冒険者らしい依頼」を受けることになった。
王都からドラクマまでの輸送は、あくまで安全な運河の旅だった。
だが今回は違う。
外洋。
無人島。
未開の迷宮。
そして何より、Aランク冒険者パーティーとの道中だ。
俺は握手を交わしながら、イレブンさんの腕の太さに改めて戦慄していた。
この腕で敵の攻撃を受け止める「タンク」。
世の中には、俺の知らない世界がまだまだ広がっているらしい。
「あの、イレブンさん」
「なんだ?」
「そのタンクって職業、やっぱりドMじゃないと務まらないんですか?」
「……グラス、お前、いい度胸してるな」
イレブンさんの笑顔が引きつり、セブンさんが吹き出し、ボライソー船長が腹を抱えて笑った。
背後でサクラが「馬鹿な主人の教育が行き届かず申し訳ありません」と深々と頭を下げている気配がした。
十日後の出航に向け、俺の(主にサクラへの言い訳と土下座の)準備が始まったのである。




