信用と不安
◆遠い夢
焼け落ちた世界は現実感がなく、目を覚ましたというのに、夢を見ているようだった。
「起きたか坊主」
「なに……が、夢……?」
「あー、わりぃが、これは現実だ。ここはかつて町だっただけの焼け野原で、お前さんは俺が見つけることのできた唯一の生存者だ」
サングラスをかけた無精髭の男が言う。
「唯一? なにを言って、だって、俺はあいつと……あれ、なんだっけ俺は何をして? あ、え、何も思い出せない」
少年は頭を抱え、うずくまる。息が荒く、手で顔を覆い隠している。
「……まさか記憶喪失か、なんて運のない」
「なんの罪もないのになぁ、かわいそうに……いや、お前さんのその王核が原因って考えると、お前さんがこの大災害を引き起こしたと言えるのかもなぁ」
少年は男がなにをいっているのかわからない。王核?意味不明な言葉を吐くこの男は一体誰なのだろう。俺がこの街をこうしたのか?そんな思考の時間は男の接近を許してしまい。もう少年の目の前に迫っていた。
「いや、やっぱりそれも違うな。すまんなぁ坊主、意地悪言って、こりゃああのバカのせいだな。いくらなんでもただの坊主には過ぎた代物だ」
「だから俺みたいなのが回収せにゃならん」
そう言って男は少年の心臓めがけ腕を伸ばす。何をするか理解できないが、これが自分の生命を脅かす行為だということは分かった。
その瞬間少年の意識が途絶えた。
「……かわいそうになぁ……ってなにっ!」
確かに意識は途絶えたはずだ。しかし、体は動いている。少年が何かを小さくつぶやくのを見ると、男は後ろに飛び退いた。冷や汗が額から湧き出てくる。
「おいおい……マジかよ。そこまで肩入れしてたのか奴は」
驚愕の表情を浮かべながらも魔法を練り上げる。相手が子供とはいっても「王核持ち」だ。油断したら殺される。男は周囲の空間を固定し、念入りに、周りの空気を自分の作り出したものに置き換える。
真っ向な魔法戦をしだしたら確実に負ける。だが、魔法戦というものは単なる魔法のぶつかり合いで勝敗が決まるものではない。魔法を放つ術者は所詮人間なのだ。
「流石に、酸素がなきゃぁ生きてられねぇだろ」
男は空間から酸素をなくしていく。自分は術式を刻印しておいた酸素マスクを付ける。男は勝つためならなんでもやるとはいえ、戦いを楽しみたくもあった。王核持ちと戦えるなんて、運が良すぎる。これが仕事じゃなければと、少し残念そうにため息をつく。
「これでくたばってくれぇ、頼む」
酸素が無くなっていき、少年は倒れた。本当にやれたのか、数十秒待っても少年は動く気配がない。さすがに大丈夫だろうと、男は少年に歩き出す。
「あぁー、よかった面倒事にならなくて」
「んじゃ、回収回収」
倒れた少年に近づき、再び心臓を抉り取ろうとする。その瞬間、腕を掴まれる。男の右腕のひじから先が灰になっていく。
「なっ」
男は慌てて離れようとしたが、既に遅かった。体がボロボロと崩れていく。まだ崩れていない場所を切り落とすも、灰化は止まらない。
「…………くそが、なんでったってあのバカは」
「こりゃ業が深すぎるっての」
男は崩れていく、タバコに火をつけることも叶わない。
「ツケがまわってきちまったなぁ、こりゃ。こんな案件で体失っちまうなんて」
「……坊主」
返事は無い。
「いいか、聞いてなくてもよく聞けよ。お前がこの先その力をまた使うことになっても、乱用だけはするなよ」
「なんてったって禁忌だからなぁ、それはお前の存在を蝕む」
やはり返事は無い。男は、ガキにアドバイスなんざ柄でもねぇ、と笑った。
◆(レイジ視点)
目を覚ます。状況がわからない。辺りを見渡すと、どうやらここが病院らしいことが分かる。
「なんか夢を見たような……」
腕を組んで考えるも、赤い何か、その程度しか思い出すことが出来なかった。
するとドアが開き、看護師と目が合う。
「あ、えと、ども」
「先生! 305号室の患者さんが目を覚ましました!」
俺が三日間もの間眠っていたことを知ったのは、この後すぐだった。
◆信用と不安(美玲視点)
病院へ来てすぐに、レイジは魔道部門の方へと連れていかれた。ここでも所長の顔の広さが役に立っている。腕利きの医者が容態を確認している。正直この人については未だに分からないことだらけだけれど、とりあえず頼りになる。
すると話に行っていた所長が戻ってきた。
「とりあえず大丈夫だそうだ。今は意識を失っているだけらしい」
避難したお客さんの一人が事務所に連絡をくれたらしい。そしてたまたま近くで用事があった所長が急いで駆けつけたそうだ。
「そう……よかった……」
異常事態だった。拘束したと油断した。大失態だ。
「たまたまこっちにいたから良かったよ。綾崎もよく無事でいてくれた」
そう言って優しく笑うと、一転して真面目な表情に移り変わる。
「で、綾崎、なにがあった」
事の一部始終を話すと、所長は考えるように顎に手を置く。
「直前まで感知できない通常よりも妙に硬いマンイーター、通信障害に、レイジ君の異常な魔法……なんだか、事態が動き出したような気もするね」
「とりあえず今考えても仕方ない。今日はもう帰りなさい。送っていこう」
「……はい」
◆
あの日から二日所長が気をつかって休みにしてくれた。まだ休んでいろと言われたものの、気持ちを切り替えていかなければと、無理やり仕事をいれてもらった。
今日は補佐として、依頼に向かった。少しパフォーマンスが悪かったけれど、思ったよりやれそうだ。
依頼が終わったのは昼過ぎで、なにか食べようかとあたりの飲食店を検索したが、今日もお見舞いに行っておこうと考え、フルーツなどを買いに行く。今日含め三日間お見舞いに行っているが、レイジは目を覚ます気配がない。
「今日は何買っていこうかしら……」
レイジがあんなことになってしまったのは自分のせいだろう。あの時、油断せずに無力化したことを確認していれば、その前にもっと早くマンイーターに気づいていれば、いや、そもそも私が魔道の世界に彼を引き込んでいなければ……
いけない、ここ最近は私らしくもないマイナス思考が多い。ここまで参ってしまうなんて、私はまだまだ心が弱いのだろうか。こんなことでは、目標には到底届かない。
ふと、電話がなる。スマホの扱いもレイジによって生活に支障がない程度まで成長していた。
そういえば、レイジにも陽樹にもスマホについて笑われたけれど、買ったばかりだったのだからしょうがないだろう。
その時はイラッときたこともあったが、ちょっと前の出来事なのに懐かしく感じる。
……いけない、電話に出なくては。
「もしもし?」
「もしもし!? 美玲!? レイジが起きたぞ!!!」
「……ぇ」
陽樹からの電話を受け、思考するより先に体が動いた。
◆
その後の私は今までにない程の急ぎようだった。買い物を放って一目散に病室へ向かった。病室に着いた頃には目を覚ましたレイジと陽樹、所長が話をしていた。
「美玲……ごめん、心配かけたよな、多分」
「……ぁ」
身体中から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。良かった。私のせいでこんな世界に、私が、魔法が使えるからと連れてきてしまったせいで、死んでしまうのではないかと、医者の言う大丈夫を疑っていた訳ではない。
ただ、この事態に引きずり込んでしまったのは間違いなく私なのだ。
でも、生きていてくれた。それどころか開口一番に謝ってくる程のお人好し。このひと月で私にとって大切なこの場所を、仲間として彼も大切に思ってくれているのかもしれない。そう思うと、安心してしまったのだ。
それはそれとして、しっかりしなくては、言いたいことだってある。改めて立ち上がる。
「良かった、生きてて」
「あぁ」
「それと、ごめんなさい。今回のことは私の不注意が原因だもの」
そう言うと、彼は何を言っているのか分からないと言うように顔をしかめた。
「謝るのは俺の方だよ。ごめん、言われたこと守れなかった」
「でも、私が」
「いや、俺が」
「はい! ストップ! 俺らがいるの忘れてるのかっての! なぁかつき!」
陽樹が割って入ると、所長も続けた。
「とりあえず、どちらが悪いとかは無い。二人ともその場でできることを頑張った結果だ。強いて言うなら、レイジ君は自分の命をもう少し大事にするべきかもね? 美玲は分かっているだろうけど、確認不足、注意すれば防げたことかもしれない」
わかっていることだが、改めて言われると自分の不甲斐なさを痛感する。
「はい、ごめんなさい」
そう言って、レイジは唇を噛み、俯いた。
「その通りです」
私も、反論できることも、する気もなく、肯定しかできない。
「反省しているならよろしい! 体に異常はないようだから、数日すれば退院できるようなので、それまでは安静にすること」
「早く退院しろよ!」
「陽樹、無茶言わない」
そうして、二人が出ていく。
「……まぁ、とりあえず椅子、座るか?」
「……えぇ」
少し気まずい。謝ることは出来たけれど、正直言っていない事がまだある。どう切り出したものか。
「あの……」
「なんだ?」
「まだ、言いたいことがあるのだけれど」
「遠慮なく言ってくれ」
ここで言わなきゃどこで言う。これだけは伝えておかなければ。息を深く吸う。
「じゃあ……さっきも所長が言っていたように、自分の命を大切にして」
「まだ攻撃も防御もままならないのに、あんな危ないところに戻ってくるなんて正気なの……!」
あの時の怒りをぶつけた。確かに魔道具を持ってきて貰えたことで、戦闘の決め手を得ることは出来た。
しかし、マンイーターが私に注意を向けている間は、被害は出なかった。もう少し耐えていれば、所長も到着していた。結果論になってしまうが、あそこで戻って来たことが許せない。
「そう……だな、ごめん。どうしても役に立ちたかった。あのまま美玲だけに任せてしまうのは、違うと思ったんだ。その時に戦えなくてもやれることがないかって、少しでも自分に意味が欲しかった」
「美玲が強いのは見たらなんとなく分かった、けど、やっぱり心配だったんだよ」
私が医者に感じていたものと近いかもしれない。信用していても不安が消えることは無いのだ。
「そうね、うん、私も改めてごめんなさい。不注意なんて、事前にどうにでも出来たミスよ」
「……よし、じゃあ今回の事はこれで一旦チャラ……ってどうすかね?」
「いいわ、チャラってことで」
息がしやすい。外の空気は暑いというのにすがすがしいもののようだ。
「今回で魔石案件がかなり動いた。退院したらすぐに会議に入るわ」
「……わかった」
彼の特異性は極めて高い。一体彼の背景に何があるのか、それも知らなくてはならないだろう……。
◆(天草視点)
暗くなった所長室、天草は病院で手に入れた新情報に頭を抱えていた。
「王核、ね……」
レイジ君にある特異性、ものを灰にする魔法、この話を聞いた時点で少しあたりはついていた。病院での検査時に念入りに調べた結果、私のできる全力でようやく一端を掴めた。
通常の魔法使いには、心臓近くに、魔力核と呼ばれる魔力の心臓と呼べる器官が存在する。魔力の循環、体内回路の構築機能を持った魔力核は、魔法使いにとっての命同然の代物である。
王核は、始まりの七人の魔力核とされる遺物である。三つを除き所在は不明であったが、四つ目がこんなところにあると知っては、魔道界が騒ぎ出すだろう。
「……今はマンイーターだ。異常個体が現れた以上、事件がこれまでよりも動いているのは確実だ」
ここで、そんなビッグニュースを暴露する訳にはいかない。私には私の目的がある。そのためなら、例えどんなことだってしてみせよう。




