マンイーター
◆(レイジ視点)
便利屋での生活も始めてひと月が経った。いろんな依頼に補佐としてついてまわって、かなり仕事にも慣れてきた。
魔法は、攻撃魔法は出るようにはなったが、まだまだ威力も制御もままならない。言ってしまえば、子供がじゃれ合う水遊び程度の威力までしか出ない。
これまで魔道に一切触れてこなかった人間にしては成長が早いと美玲は言っているものの、とっとと力をつけたいから頑張って勉強をしている。
この間、魔石案件が発展する様子は少しもみられなかった。俺という存在によって何か進展があるかもと期待していたのか、所長は最近元気がない。
そんな今日は俺がメインで依頼をこなす日である。内容自体はよくある例らしい。内心不安だったが、美玲もついてくると聞きドクドクと鳴っていた鼓動が少し遅くなった。
「レイジ、今日は聞く限り魔法が必要そうだから、教えたことをしっかりと忘れずにね」
「まかせろって。それに、なんかあったら美玲が何とかするだろ?」
「私は保険なのだから、それに甘えて雑にならないこと」
「わかってるって」
美玲は相変わらずだ。そんな彼女に対して、距離が縮んだと実感していた。最初から彼女は自分を偽らずに接してくれていたようで、正直さが変わらない。さらに陽樹以外のメンバーとも会話ができるようになっていた。
便利屋の面々はそれぞれ異なるタイプの人間に見えるのに、どこか一つにまとまった印象がある。根本に見える善性というようなものが似通っている。
◆
依頼は滞りなく終わった。依頼主の家が大きな屋敷だったため、緊張したが、美玲の助けなしでなんとか依頼を終えられた。
ひとつ、依頼主がものぐさで、散らかったうちの人形の魔道具が襲いかかってきたことで少し頭を打ったことは誤算だったけど。
「いやー、何とか成功したー」
「良くやったわ。上出来ね」
依頼を一人でこなせた、ということが自信につながった。俺は空を見上げ、自分でもできることがある、成長していると、再確認した。
「俺の依頼も終わったし、どっか食い行く?」
「そうね……特に予定もないし、いいわね。私ガッツリ食べたいのだけれど」
「いいな!」
お昼前に仕事が終わったこともあり、外食することにした。便利屋の給料によって少しお金に余裕が出来たため、少し前からするようになっていた。
今日の気分は……
「ラーメンとか?」
「いいわね、明日もこの後も予定もないし、大盛のラーメン行くわよ」
「美玲ってラーメン結構いけんのか」
「月に一度は食べるわね」
「だいぶ行ってるな!」
美玲は事務所には住んでいない。食堂でご飯を食べることもあるが割と忙しいらしく、食堂よりも弁当などが多い。
さらに、事務所の備蓄などとは別に、色々な魔道具などを買う。この前も、事務所に何に使うんだか分からない物を持ってきていた複雑すぎて分からなかったが、あれが理解できるならスマホとかに苦戦しなかったんじゃ……?なんて疑問も浮かんだが、考えるのはやめた。
そして、この前事務所で話したことを思い出し、お返しをすることにした。
「じゃあ、いつもの礼もこめて俺の奢りってのはどう?」
「いいわよ、自分で払うわ。」
「いいから、俺なりの感謝と気持ちってことで」
「うーん、そうね……じゃあ遠慮なく」
まだこんなものしか返せないが、所長とかもいつかご飯に誘おう。
調べると近くに美味しそうな店がある。美玲に見せると『このお店、そういえばこの近くにあったわね……!』と、その店について色々と教えてくれた。有名なところで、一度は行ってみたかった店のひとつらしい。
「うし、行くかー」
そうして俺たちは、腹を空かせながらラーメン屋へと向かった。
◆
「お前すげーな。めっちゃ食えるじゃん」
「そうね、結構食べる量は多いと思うわ。昔からこうなのよね」
ラーメンを食べながら美玲の様子をちらちらと見てると食べ方がやたらと綺麗で、ジャンキーなものを食べているはずなのに、なんだか良いとこの店のものを食べてるように見える。しっかりと飲み込んでから話し始めることも含め、礼儀がしっかりしていることがうかがえた。
「食いきれるけど、こういうのって食った後腹がパンパンになんだよな」
「そして、しばらくはいいと思いつつまた来てしまうのよね」
「わかるわー」
そんな会話をしていると、店員の声が響いてきた。
「お客さん! ちょっと、まず列に並んでください! あぁ、ちょっとちょっと、厨房は立ち入り禁止です!」
フードを被った客と店員が揉めている。どうやら列にも並ばない挙句、厨房に押し入ろうとしているらしい。なんか腕が妙にゴツイ人だな。ボディビルダーと言われてもおかしくない。
すると美玲が一瞬にして警戒態勢にはいる。
「ッ! 気づけなかった!」
「レイジ! 所長に連絡! 魔石案件! 場所も伝えて!」
「え、わ、わかった!」
言われたように所長に連絡しようとする。しかし、電波が繋がらない。
「連絡取れない!」
「うわぁぁぁ!」
その時だった。侵入者が店員に襲いかかり、口を大きく開け噛みつく……寸前で美玲が割って入る。
近くにあったおぼんへ瞬時に強度増加の術式を刻印、投擲して侵入者の腕から店員を守り、周りに被害が出ないよう、小さく純粋な魔力の弾丸を頭へ放つ。
怯むとすかさず、風を発生させ外へ押し出す。侵入者は勢いのまま外へ弾き出される。
「なんだあいつ、腕が!」
誰が言ったか、それは人というには異常であった。
フードが破れその姿をあらわにした侵入者はおよそ人間のものとは思えない異形の腕を有していた。不自然に膨張し、所々からなにか棘のようなものが生えている。そして肘どころではない数の節があり、腕は折れ曲がっている。
マンイーターだ。
「なんで連絡つかねぇんだよ、くそ!」
陽樹にも連絡はつかない。街中にもかかわらず圏外を指すスマートフォンに憤りを感じる。連絡を取ることすらできないのに、美玲を援護することも出来ない。
「……レイジ! 店の人たちを遠くへ! 私はこいつを近くの空き地に持って行く! なんとかして連絡すること、早く!」
美玲は持ち歩いていた日傘で、異形と交戦する。腕による振り払いと噛みつきに対し、日傘一本で対処している。その隙に店内の人々を避難させる。
「みなさん! とりあえずここから離れましょう!」
店にいた人々を連れて外へ出ると、客の一人が近くに幸運なことに魔道対策課が充実した警察署があると言うので向かう。
俺は気づかないうちに早く歩いていた。
まだ連絡はとれそうにない。こんなことすらできない自分にイライラする。
……そういえば。
俺はあることを思い出し仕事用に持ち歩いていたメモ帳のページを破ると、急いで今の状況を書きなぐった。
そしてそれを近くにいた店員に渡す。
「すいません。事情の説明頼めますか。あと、電話できるようになったらこの番号にこのメモの通りに伝えてください。レイジという名前を出してもらえれば」
「兄ちゃん! まさか戻るつもりかい! やめとけ!」
横からラーメン屋の店長が言う。眉をひそめ、俺の肩をぐっと掴んでいた。
「さっきの嬢ちゃんには助けて貰ったが、魔法だかなんだかを使えるんだろう! 見た感じ兄ちゃんはそうでも無さそうだ。大人しくしとけ!」
もっともだ。まだ攻撃魔法は上手く使えないし、戦闘どころか自衛の訓練もまだ始めていない。こんな足手まといがいては、かえって美玲の邪魔になるだろう。
でも、それでも戻らなくては。
「……すいません。ここで行かなきゃいけない気がするんです」
肩から手を払うと、全力で走り出す。
「おい! 兄ちゃん!」
愚かなことをしているのだろう。しかし、それでもただ待っているなんて出来ない。なぜか、このままでは、また後悔すると心臓の奥から叫んでいるのだ。
◆
「あーあー! 連絡しろって言われたのにな!」
馬鹿なことをしている自覚はある。戦闘能力がまるでない。ただの人、まだ魔法使いのひよこ程度の俺が、今戻ったところで何が出来るというのか。
むしろ足手まといとなるだけではないか。
そんなことは分かりきっているのだ。
だが、それでも、心臓が叫ぶ。ここで迷うなと言うのだ。
初めて美玲と会ったとき、俺をつき動かした生存本能とは別のものだ。
なにか大切なものを失ってしまうことへの不安だ。もろい記憶の中にある誰か、ぽっかりと空いたその穴はおそらく俺の根源に関わるものだ。
もう、無力なままでいたくない。
ラーメン屋の近くの道、コンクリートを蹴飛ばして角を曲がった時、あることを思い出した。
「そうだ……あいつの魔道具箱!」
美玲が店の外に出た時、手に持っていなかった!あれには結界の魔道具もある。他にも武器となる魔道具が入っているはずだ。
角を曲がったそのままの勢いで、俺はラーメン屋へと駆けていった。
◆
ラーメン屋に戻ると、カウンターの下に魔道具箱があるのを見つけた。それを持って空き地へと走る。
やがて、美玲とマンイーターが戦っているのが見えた。よく見ると、マンイーターの動きが洗練されているようだ。俺が前に出会ったものと違い、腕のなぎ払いによる攻撃の合間に、フェイクのように腕を寸止めするなど、どこか人に近いような印象だった。他よりも進化しているのか?
このままでは美玲が危ないかもしれない。
「美玲!」
「……レイジ!?」
美玲が一瞬こちらに振り向く。マンイーターも俺の方を見つめているようだが、前の個体のように突進してこない。やはり、なにかが違うのか?
――それは今重要ではない。
「何番だ!?」
「六! 魔力流して寄越して!七はそのまま!」
美玲がマンイーターを日傘を広げた状態で勢いよく吹き飛ばす。
俺は六番と七番から箱状の魔道具と銃の形の魔道具を取りだし、六番には魔力を込めて美玲へと投げる。出会った時に使っていた銃の魔道具を使うということは、魔力を弾丸として放つ。
だから、魔力の比率を多めにイメージして込めた。陽樹と特訓したことでかなりスムーズにできた。
「『展開』」
美玲が異形から距離を取ったまま魔道具を発動させる。高密度の魔力でできた壁が箱を中心に形成され、空き地を埋めつくした。
俺は結界の外にはじき出されたようだ。
結界によりまわりへの影響を考える心配が減った。こいつは通常個体より硬い。美玲は魔力をひたすら一点、マンイーターを見つめ、七番から取りだした拳銃へと魔力を込める。
「喰らいなさい……!」
そして弾丸を放った。相手の胸へと放たれたその弾丸は、重い音と共にその身体に風穴をあけ、異形を倒した。
「ふぅ……」
美玲が息をついて結界を解除し、魔力で編まれた縄を使いマンイーターを拘束する。俺はそれを確認すると駆け寄った。マンイーターが後ろで倒れ止まっている。もう動かないか……
「大丈夫か!?」
「大丈夫よ! 助かったわありがとう!」
「でも言いたいことがたくさんあるわ! 遠くに行って連絡をとってと言ったでしょう! なんで……」
言いかけた時、美玲が目を見開き青ざめる。急いで振り向くと拘束されたはずの異形の腕は身体から離れ、動いている。
そして俺の胸のあたりに目掛けて飛び出した。具体的にいえば、胸の中心より左寄り、普通の心臓と共に魔法使いにとっての第二の心臓、魔力核の存在するあたりだ。
「な……! レイジ!」
美玲が咄嗟に手を伸ばす。しかし届かなかった。
風景が、目に見える映像がゆったりに感じる。美玲と出会った時と同じような感覚だ。その時、ぷつりと俺の奥底から言葉が出た。
「――――――」
自分でも何を言ったのか分からない。だが、嫌な予感というには懐かしい感覚に襲われた。
「え?」
美玲が震えた口でこぼしたその一文字、それを聞いたのは自分だ。だが、どこか現実味がない。まるで俺が俺じゃないようだ。
ガラリと空気が変わる。あたりが暑くなっていく。異形の腕が飛んでくるが、俺はそれを掴み取り、灰にした。何が起こったのか理解する間もない。もう異形は動かなかった。
「……あ? 美玲?」
美玲は呆然とその場に立ち尽くしていた。俺は気づくと普段通りに戻っている。だが、意識がぼやけて焦点が合わない。
「あなた、今」
「あれ、今俺……っあ」
ぷつりと意識の糸が切れた。
◆(美玲視点)
レイジが異質な魔法を使った。
そのまま倒れ込んでくる。明らかにおかしい。なにをしたかは分からないが、普通の魔法行使ではないことは分かる。そのオーラ、魔力が異なった。レイジは小さく何かをつぶやき、マンイーターの腕を灰にしたのだ。
「ちょっと! 大丈夫!? レイジ!?」
慌てて駆け寄ると、車のブレーキ音とドアが開く音が聞こえた。
「綾崎!」
所長だ。連絡はつけていたようだ。そして同時に警察も到着する。
「所長! レイジが何かおかしい!」
「後で詳しく。病院に連れていく。乗って!」
「天草さん!」
警察の一人が声をかける。
「アレ頼んだよ。無力化はされているようだから、いつものとこにまわしといて」
「はい。事情は後ほど伺います。それよりも彼を早く」
所長がレイジを抱き抱え車の後ろに乗せる。私も後ろに乗り込み彼を寝かせる。
「死ぬんじゃないわよ……!」




