溶け込む
◆(レイジ視点)
美玲の魔道の授業も終わり、事務所の外の広場に出ると、机とロウソクが置かれていた。
「うわー、今日あちーな。中じゃだめなのかよー? かつきー?」
「中だともしものときに危ないだろう?」
その横では陽樹と所長が話している。
「お! 来たな!」
「よし、じゃあレイジ君、早速だがとりあえず水を出せるかい?」
「わかりました」
言われた通りに水を生み出す。手のひらから水が溢れる。下にいかないようにとどめるのが難しく、腕が力んでぴくぴくと痙攣している。
「じゃあ次にその水の塊を手から離れた位置に固定してくれるかな」
「は、はい」
手の近くでも結構精一杯なんだが!
なんとかぎりぎり水を浮かしたままキープしていると、所長が同じように水を浮かせる。だが俺より離れた位置で維持している。
「魔力を手の延長として考えるといい」
手の延長……水はまだ放出されていない俺とリンクした状態にある。繋ぎは魔力だ。魔力の線が俺の手と水の塊をつなぎ止めている。
イメージしながら少しづつ水を離していく。魔力という線を切らないように、手と水を繋げる……すると15cmほど離れたところにとどめることが出来た。
「でき、た……!」
「お、筋がいいね。この感覚は攻撃魔法に繋がるところもあるから、覚えるといい。やめていいよ。」
「ふぅ……集中したー」
なれない感覚に全神経を張り詰めた感じだ。久しぶりにプールで泳いだ後の倦怠感のようだった。
「よし、基礎は大丈夫そうだね次は――」
「レイジ! 俺がロウソクに火をつけ続けるから、それをギリギリ消さない程度の水を保つんだ!」
「……なるほど?」
なるほどわからん。陽樹の雑な説明に固まっていると所長は先ほどから固まっていたポーズを解いた。
「私のセリフが……! まぁ、レイジ君、魔力を含んだ現象には魔力を含んだ現象、つまり魔法には魔法が対抗出来ることは知っているね」
「あー、魔法とかで起こした現象は完全に変換しただけだと魔法とか、魔力には干渉できない。でしたっけ」
昨日美玲に見せてもらっていた魔道の初学者のための教科書に説明が書いてあったのを思い出した。
「そう。魔法も魔術も、魔力から火や水、魔力物質などに変換することができるけど、完全に変換されると魔力の特性が消えて、魔力を帯びたものへの効果が無くなってしまう」
「そのうえ魔力を帯びた現象には魔力を帯びた現象のみでしか干渉できない。だから、発動した際に魔力の特性を残すために、魔力をそのまま残すことが必要になる場面があるんだね」
魔力から十割水に変換したもの、つまり純粋な水では、魔力を少しでも含んだままの火を消すことは不可能であるということか。
「この練習で重要なのは陽樹が出した魔力の割合に合わせて、水の中の魔力の割合を操作することだ。本来もっと時間を経てからやることなんだが、君は覚えがいいと美玲のお墨付きでね。とりあえずやってみようってことだ」
「じゃあやるか! いくぜ!」
ロウソクに火が点く。見た目だけでは判断がつかないが、ぼやけた煙のような魔力の存在を感じる。なんとなくでロウソクの火に水を被せる。
「ッ! 火がまるでびくともしない!」
「魔力が全然こもってねえな。なんかこう、グワーッ! て感じでやるんだよ」
こいつの説明はまるで分からない。感覚派ってやつか。
「そうだねー……あぁ、水に魔力という絵の具を垂らす感じって言ったら分かりやすいかな」
所長がもしもの時用に持ってきたバケツを見ながら魔力を液体のように流し込む。たしかに絵の具だ。水全体にぶわっと広がり、溶けて、薄まり、混ざり合う。そんなイメージ。
見た通りイメージすると、火の勢いがだいぶ弱まった。
「おお! そうそう! やるな!」
「できたみたいだね」
「火に込められた魔力がどんくらいかは、ちょっとずつ調整してやっと分かるくらいなんですけど」
あの火のどれくらいの割合が魔力であるのか。まだそれをすぐに知覚はできない。
「まぁ、これも慣れさ。やってるうちに感覚が染み付いていくよ」
そんなこんなで、魔力の割合が少しずつ増える火と、それに対等な(消えないためにちょっと少ない)量の魔力を込めた水を保つ練習は、魔力三割程度を含むところまでできるようになった。
「美玲も言っていたと思うけど、これは攻撃魔法の方にも繋がるから、定期的に陽樹と練習するといいよ」
「分かりました。じゃあ、改めてよろしく陽樹」
「うし! 俺の基礎練にもなるから何時でもウェルカム! だぜ!」
◆
魔法の実践訓練を終わらせた後、美玲の言っていた通り、所長に魔道学校について聞いてみた。
「魔道学校に行ってみたい?」
「はい。でも、俺孤児院から出てきてるし、金もないし、難しいかなって思ってたんですけど、美玲が所長に聞いてみろって」
その言葉を聞くと所長はみるみる笑顔になって俺の手をがしっと掴む。
「なるほど! そうかそうか! 昨日の今日来たばかりなのに興味持ってくれたかぁ。嬉しいよ!」
こんな来たばかりの新人が、魔道を学びたいと言ったところで、関係も浅いやつがなにを言っているんだと、普通は怪しむんじゃないだろうか。
だが便利屋の彼らは、どこかおかしい。善人すぎる。見知らぬ人に仕事と部屋を分け与え、その後の面倒までみるなんて、お人好しすぎる。
そんな便利屋に求められた。それだけで、俺は少し自分の価値を信じることができた。
「私は実は学校のお偉いさんにツテがあってね。君を編入させることはちょちょいのちょいなのさ」
「本当……ですか? 書類とか、お金は?」
「ああ。書類もなんとかしよう。学びたい者が学べるようにすることが我々大人の責務だからね」
恩が積み重なる。自分はここに何を返してあげられるのだろう。胸が暖かく、ぎゅっと締め付けられる。
「お金に関してだが、覚えも良さそうだし、おそらく君は特別生になれる。そうすれば学費免除だ。もしもの場合は私のポケットマネーを出してあげよう」
「いや、そこまでしてもらう訳には……」
駄目だそこまで迷惑をかけてはいけない。これじゃ孤児院にいた頃となんら変わりない。
所長はそんな俺の目を見る。
「いいんだよ。少年。言ってしまえばこれは私の趣味だ。趣味にどう金を使おうと自分の勝手だろう?」
「それに、魔法の才能を持て余すことの方が、うちとしても損失になっちゃうしね」
頼って、いいのか。
「……! ありがとう、ございます!」
人生で初めて学びたいと思えることができた。それを支えてくれる優しい人もいる。彼らに恩を返したい。この場所を守りたい。
俺は強く、所長の手を握り返した。
◆
俺が借りた部屋は事務所の別の階にある。なんでも、全フロア借りているらしい。そのおかげで、共有の食堂などのスペースがある。食堂ではいかにもプロの料理人な風貌をした男が、料理を作っている。聞く限り事務所のメンバーは多くないが、食にこだわる彼の要望でキッチンも完備されたと美玲は言っていた。
「何を食う? 新人」
「じゃあ、カレーで」
「了解」
オーダーを聞くと早速料理に取り掛かるようだ。魔法か魔術か、ある程度の時間を短縮しているのか、恐ろしい早さでカレーができ上がる。さらにはメニューが多い。
「これって、全部一人で作ってるんですか? えーっと」
「グラムだ。どう呼んでもらっても構わない。お前さんはレイジだったか」
「はい! グラムさん」
「そうか。質問の答えだが、その通りだ。俺一人で作っている。ほら、出来たぞ」
相当な腕前のようで、一人で和洋中並ぶメニューを作っている。この事務所の謎は増えるばかりだ。
「とりあえず食え。冷めるぞ」
「はい! いただきます!」
やばいめっちゃ美味い!
食べ始めてひと口、いや、匂いの時点で分かっていた。これだけで店を出せるレベルだ。これも三食分は無料で食べていいらしい。
所長太っ腹すぎる!
「レイジ! お前も休み明けから学校くんのか!?」
カレーを食べていると、陽樹が大声を出してやってきた。
「うるせぇぞ陽樹! 今日は何食べんだ!」
「醤油ラーメン! ここ座るぜ! それよりもレイジ本当なんか!?」
「うん、所長が何とかしてくれるらしいから、行ってみようかなって」
それを聞くと陽樹はパーッと明るい笑顔になる。どこか所長に似ている。
「うおぉぉぉぉ! マジか! 同級生少ねぇからマジ嬉しいわ!」
椅子に座ったというのにまたすぐに勢い良く立ち上がる。
こんな身元もわかんないやつが同級生になるかもってだけでこんな喜ぶのか……
なんというか、底抜けに明るくていいやつだ。
「わかんねぇ事あったら聞けよ!」
「わかった。ありがとな」
「おうよ!」
最初は変なやつの印象が強かったが、自然と友達と呼べる存在になった気がする。こんなにも早くそう感じるようになったのは、彼自身の人柄からだろう。
「かつきには、俺も世話になってるからな。あいつは信用できるぜ」
「そういや、どういう関係なんだ? 呼びすてだし」
最初からすごいフランクな印象を受ける。例えるなら親戚の兄ちゃんとの間的な。
「あぁ、それな! 実はかつきは俺の叔父なんだよ」
「え、ガチ?」
想像していた通りだった。
「うちは一応魔道に通じた家だったんだけど、親が俺に継がせたくないって言っててな。俺が魔道学校行きたい! ってなった時に猛反対されてたのを、かつきが、『まかせろ。俺が何とかする』って言って説得してくれたんだ。この仕事を手伝わせてみてから考えたらどうかってな。あとさ、かつきって実は結構エリートだったらしいぜ」
色々合点がいった。あの人はやっぱり根っからの善人だった……
——そんなこんなで会話が進んでいた。
「――マジで? 所長って案外ピュアなのか」
「そうそう! でさー、前に綺麗な女の人がいたんだけど、そん時かつきがさぁ……」
この後も食事しながら会話を楽しんだ。結構気が合う。これからうまくやっていける、そんな予感に自然と笑っていた。
◆
「ごちそうさまでしたぁ。おいしかったぁ」
「そうですか! またいらっしゃってください」
「食べたくなったら来ますねぇ」
あるラーメン屋から出てきたのは金色の髪、ふわふわとした天然パーマ、間延びした喋り方が特徴の緩い青年だ。
店から出ると、その赤い目は周囲を見渡し、目標のものを見つける。
「よし、あったあった。ここもジャックしておかないとねぇ」
「にしても、奴はどこにいるんだろうねぇ」
青年はカメラになにやら細工を施すと、スマホを取りだし操作する。
「……あ、もしもしー? あーうん、そろそろ便利屋に……うん? そんな事言わないでよぉ。仕事なんだから」
「えー、そうは言ってもねぇ、バレちゃまずいでしょぉ?」
「え、時間がかかる? 一ヶ月? うそでしょぉ」
しばらく青年は人気のない路地で話し込んでいたが、やがて通話を切り歩き出す。
「あー、予定が狂ったなぁ」
「てかさぁ、ほんとあの種の人たちって面倒の種でしかないなぁ。ジェームズさんですら変人だし、普通の人はいないのかなぁ?」
青年は独り言を零しながらボロボロのアパートに到着すると、部屋……ではなく、倉庫の方へと入っていった。




