進展
◆(レイジ視点)
俺が目を覚まして三日、退院の許可が降りた。
美玲の言っていた通り、会議が行われることとなった。議題は特殊個体と思われるマンイーターと、通信障害、そして俺の魔法についてだ。
「退院おめでとう。レイジ君、早速だが、始めようか」
「はい」
事務所の会議室に行くと、美玲と所長がいた。
「まずは、あのマンイーターの異常性についてだが、美玲から聞いた限り、ひたすらに固い。これまでとはレベルの違う強さだった。今回の事件の依頼主からは、まだ解析は終わっていないが、変異してから時間が経っているのは確かだそうだ」
変異から時間が経っている。それは、このマンイーターがこの、人々が暮らす町中でずっと隠れ生き延びていたことを表す。
「あれは、明らかに異常だった。時間が経って成長した、と考えられそうね」
てか、ずっと気になってたことがあるんだよな。
「あの、所長1個いいですか」
「なんだい?」
「あの、今更なんですけど、この事件の依頼主って一体誰なんですか?」
「それは私も気になるわね。初めにこの話を聞いた時はぐらかされたもの」
「あー、それはね、みんなにも内緒にしていたんだが、もう隠す段階でもないかな。実は、私の元職場の同僚からでね」
そう言いつつ、所長は少しためらっているようだ。少ししてから口を開いた。
「職場っていうのはどこだったんですか? 俺が聞いても分かんないかもしんないですけど」
「あー……リエンドっていう魔道研究機関なんだけど」
「リエンド!?」
更なる疑問を発する前に美玲が机をドンと叩きつける。
「世界一の研究機関じゃない! そんなとこからなんで所長なんかの所に依頼が!? 所属していたってだけでも確かにすごいけど所長が!?」
「綾崎、落ち着いて! なんかキャラがブレてる気がするよ! てか、所長なんかって、私の扱い酷くないかい!?」
美玲が取り乱す程に有名な機関らしい。
しかし、これまで生きてきて聞いたことがない。魔道界では有名ってことかな。
「レイジは事の重大さを理解していないようね。いいわ、私が説明するから」
「リエンドは世界一と呼ばれる魔道研究機関よ。最先端の研究はもちろん、様々な企業との提携により表社会への影響力も持っているわ……魔道具などの普及による魔力の一般化に古くから反対している、いわゆる魔道秘匿派閥が強い権力を持った機関でもある」
美玲は低いトーンで話しながら、机の上にあったペットボトルをコンコンと机に叩いている。
「魔道具って否定派もいるんだな。もっと全体が研究とかしてんのかと思ってたけど」
「そうね、魔道秘匿派閥は、言ってしまえば魔法至上主義、魔道とか言っちゃってるけど、実際は魔術も下にみてるわ。魔法という天賦の才を与えられた我々が得をするためには、魔術とかいう技術の普及は邪魔! ってことね」
美玲はその体制が気に入らないらしく、ペットボトルを握りつぶした。
「魔道も一枚岩じゃないんだな」
「でも、とにかくすごいところなのよ。そんなとこにいたなんて、末端でもそこらの魔道士とは年収の桁も違うでしょうに、なんで辞めたのよ」
美玲が信じられないものを見るように疑いの目を向ける。
「魔道に関わってきた人はみんな子供の頃からリエンドの特務班だとか、異世界に関わる重要な秘密を隠してるだとかの都市伝説を知っているくらいには有名なところなのに……まさか、クビ?」
所長は少し困ったように笑うと、頬をかきながら答えた。
「クビじゃないよ。私から辞職したんだ……うーん、なんというか、方向性の違い?」
「バンドかよ」
反射でツッコんでしまったが、話す気はないということだろう。美玲もそれを察してか、これ以上深くは聞かなかった。
「とにかく、そこの古い知り合いからの依頼でね。彼女は魔石の汎用性の研究をしているんだが、綾崎が言ったような理由で立場が弱くてね。今回の事件の徹底研究に予算も通らないし、数回のマンイーター解剖で、これ以上の調査はするな、と釘を刺されてしまってね」
「警察に頼ろうにも、リエンド所属という肩書きが使えない以上、どうも真面目に取り組んでくれなかったらしく、そちらにもツテがある私に助けを求めてきたということだ」
「とりあえずマンイーターと依頼主についてはわかりました。他にもまだあるんですよね?」
今日は話すことがたくさんあると事前に聞いている。しっかり聞かなくちゃ。
「じゃあ次は通信障害についてだが……おそらく第三勢力によるものだろう」
「第三勢力?」
「ああ、おそらく、リエンドのどこかだ。どの勢力か、なんの目的があるのかは分からないが、ラーメン屋の防犯カメラに細工の形跡があった。監視目的のようだが、副次的に不定期に通信障害が発生しやすい効果があるようだと分かった」
第三勢力による事件の複雑化は、美玲も今知ったらしく、何かを考えるように両手の指先を合わせて机の上へと目線が固定されている。
「これに関しては、私も予想外だ。慎重になる必要はあるが、調査をやめる訳にも行かない。くれぐれも気をつけてくれ」
所長はそう言って、なにやら青い宝石のようなものがついたリング型の魔道具を渡してきた。すげーきれいだ。
「これは?」
「これは魔石による簡易的な結界のようなものだ。さっき話した依頼主の試作品なんだが、便利屋のメンバーに配っている。綾崎やほかのメンバーにはすでに配ってある」
美玲の方へ向くと、美玲は髪留めを見せてくれる。髪色と同じ翡翠の宝石が装飾されていた。
「デザインは私が監修したわ。魔道具としての性能もかなり高いわよ」
「すげぇ……ありがとうございます。所長! 美玲!」
「いいんだよ。前々から便利屋のシンボルが欲しかったんだ。小さくうちのシンボルが入ってるからね」
「そうね、そこで統一感があるのは、割といいと思うわ」
リングをじっと見つめ、手で感触を何度も確かめた。このリングに便利屋にいてもいいと、言われたようだった。
「保険としてはこれくらいしか出来ないが、喜んでくれたのは嬉しいね」
「じゃあ、最後にレイジ君、君の魔法についてだ」
所長は俺の目を見つめる。その目どこか嘘と本当の境目のような、曖昧などこかをみているようだった。
「君の魔法についてだが……正直に言えば、ほとんどわからん!」
「前と今回の魔法発動からトリガーとして考えられるものはある」
「——命の危機、恐らくこれを感じた時だ」
俺が魔法を発動させたのは1度目、美玲と出会った日、マンイーターに襲われ死を覚悟した時だった。2度目、思わぬかたちでマンイーターの腕により死を感じた瞬間だった。
「そして、綾崎の聞いた言葉、これは古代魔法による呪文の可能性はある。呪文というのは、現代ではほとんど廃れているからね」
「だが、死の危機で発動、古代魔法である、と仮定してもおかしい所がある。君の魔法はね、触れたものを灰にしているが、それは魔力をなにかに変換し、それにより作用するという魔法の過程を飛ばしているんだ」
過程を飛ばす?
俺が腕を組んで意味を考えていると、美玲が咳払いした。
「そうね、簡単に説明しましょうか。普通、ものが灰になるまでの過程を考えましょうか。タバコにライターで火をつけると、どんどん火のついた先から灰になって燃えていく。これが普通。あなたの魔法はタバコに火を付けず、ただ触るだけでボロボロとタバコが灰になる」
「つまり、ライターもなく、火をつけることも無く、タバコを燃やしたということね」
俺は普通では無い。それだけが事実として自分に残っている。これがどういった意味を持つのか分からない以上、どうにも先が見えない。
俺について知ることが、何か取り返しのつかないことにつながるんじゃ……
「で、君の今後の方針だが、現在分かっているトリガーが命の危機だと推測できるから、生きること最優先ってことかな。魔道の練習とかは、まぁ大丈夫だろう」
「そんなざっくりでいいんですか?」
「まぁ、全く危険性がないとも言いきれないけれど、元リエンドのスーパーエリートである所長が言うなら大丈夫なんじゃないかしら」
「なんか言い方にトゲがないかな!?」
俺の存在に関しての不安を拭いきれはしなかったが、2人の軽快なやり取りに思わず笑みがこぼれた。
そんななかひとつの疑問が浮かぶ。
「そういえば他にこの件を追っている人は便利屋にいないんですか?」
「あー、あとは陽樹だね。あいつの戦闘センスと情報収集能力はずば抜けていてね。今日も調査で出払っているんだよ」
陽樹の知らない面を知り、普段の明るい様子とのギャップで風邪を引きそうになる。
……あいつもすげーやつで、しかも頑張っているんだ。
「俺も、強くなりたいです。あの魔法なしでも戦えるくらい!」
「君ならそう言うんじゃないかと思っていたよ。じゃあよろしく頼むよ、レイジ君!」
気合を入れていかなければ、そう思った矢先だった。会議室のドアが勢いよく開く。
「ああ! 遅れてごめんなさい! シャスティ・テリム! 魔石案件協力のため来ました! よろしくお願いします!」
勢いよく入ってきたのは銀髪ボブにくりくりとした紺色の瞳の女子だ。元気いっぱいだが、彼女も便利メンバーなのだろうかと美玲を見ると、眉を寄せている。
「ん……? あ……やべ、そういや今日来るって言ってたっけ……」
所長が小さく呟く。
「所長? もしかしなくてもあなた……」
美玲は所長を見て腕を組む。
「……あれ? 私何か間違えましたか?」
所長の目が泳ぐ。
「あっと、ごめん、忘れてた」
成人男性がてへぺろってすんな。
その女子はその一部始終を見ると、一瞬固まり——
「嘘でしょー!?」
——叫んだ。その銀色の声は事務所内に響き渡った。




