便利屋の仕事
◆便利屋の仕事(レイジ視点)
便利屋アマクサへ入ることとなった俺は、その日のうちにさっそく美玲とともに調査を始めることとなった。
河川敷の近くにある家の防衛魔術の不具合を見に行くのだ。
今回の依頼は魔石案件と別の依頼だが、この近くで俺が出くわしたマンイーターを発見したらしい。
現状手掛かりがほとんどないうえ、依頼の合間に地道に歩いて探すといったことしかできていない。しかし一応近場を優先して探したいから、優先的にその依頼を受けたとのことだ。
あのファイルもすかすかだったしな。けど、どんな仕事をするんだろうか。
「ここが依頼してきたお客様の家よ。さっきも言ったけれど、今回はドアまわりの整備を頼みたいね」
「なんでも、侵入者避けの術式が古くて今の規格と違うせいで危なくってしょうがないらしいわ」
至って普通に見える……いや、ちょっと古い感じな一軒家の前で、美玲は家の外観を注意深く観察しながら軽く俺に説明してくれた。
「……危ない?」
「まぁ、端的に言えば侵入者絶対殺すマシーンがゆるゆるの条件で発動しちゃうから危ないってこと」
魔道というものは人々の生活に深く根付いている。
魔術、機械双方が同じくらいこの国では当たり前の技術となっており、生活で使うような魔道具などは割とどこでも見かけるもので、魔道具、機械が両方あるという家は多い。
俺のいた孤児院にも魔術で動いてるストーブと、電気で動く扇風機があった。魔術のほうのストーブは電気代がない分すごい高いらしく、近くで走り回るとぶちぎれられたのを覚えている。
魔法に関してはしっかりと知られている訳ではなく、一般人には、魔術に似た何かという認識だ。
「昔の術式となると古すぎてわからない人が多いのよね。だから私たちみたいなのが調整するということね」
「魔道に属する家ってなると、専門のひとつなのに、起源に詳しいわけじゃないんだな」
「そうね、古典的なものになってしまって魔道のなかでもさらに専門化してるみたいな感じね。研究機関に所属しているような人は研究が盗まれるなんてこともそうそうないしね」
魔道の歴史について軽く触れつつ、依頼の裏の狙いを確認する。
「依頼主は防衛術式の規格が古くて誤作動を起こしたと言っていたけれど、もしかしたらマンイーターが近くまで来ていたりして、その魔力かなにかに異常に反応したのかもしれない。依頼解決の一例にもなるし、しっかり見ておくこと」
「うす」
一息に説明してから、家の前でいつまでも話しているわけにはいかないと、美玲はチャイムを押した。
◆
家の中も特に変わったところはなく、普通の人が住んでいても何もおかしくないありふれた様子だった。ただ、窓から家に入ることとなった。
「今回はどうもありがとうございます。いや、どうも300年程前の術式らしくてですね。このころどこかの術式の不具合か、まれに玄関のドアを開けると雷撃が発動してしまって困ってるんです」
改めて聞いてもなんて家だ!魔法とかを使う人の家のテンプレートなんで知ったこっちゃないが、規格が古いとか言っていたし現代でも普通の方ではないのだろう。
小太りな男の依頼主を見ると本当に困った様子で、ハンカチで汗を拭きつつ、笑顔であるのに、眉も口角も下がっているように見える。
「300年……」
めっちゃ現代的な内装してんのにそんな年が経ってんのか。
まじまじと室内を見ていると、玄関周辺を調べていた美玲が家主に問いかけた。
「つかぬ事を伺いますが、家の内装も当時から変わらないのでしょうか」
「あぁ、父の代でリフォームしたと聞いています。私が生まれる前なので五十年ほど前でしょうか」
「ではおそらくそのリフォームはお父様自身で行ったのでしょう。他の術師に依頼してはお金がかかりますからね。術式代を浮かすために自分で工事してしまう人は多いんです」
「なんと、いや、たしかに父はやりそうですね」
依頼主は納得したように口元を手で覆う。
魔法とかを使えてもお金は惜しいということか。たぶん研究費用とかで飛んでくんだろう。知らんけど。
「リフォームをご自身で行った結果、追加した何らかの術式と、建造当初からあった術式が干渉した。もしくは、術式から少しずつ魔力が漏れ出て不具合が起こった、というような要因が考えられます」
「あとひとつ、可能性はとても低いのですが、元々の術式に不備があり、何とか正常に発動していたところにリフォームでトドメを刺したということもあります。一旦調べてみなければ断言はできないですが」
「なるほど……とりあえず必要があれば存分に調べていただいて結構ですので、よろしくお願いします」
家主がそう言うと、美玲は笑顔でお辞儀しながら俺を連れて部屋を出る。
そのままやって来たのは普通の六畳間。ただ一点、なにやら『術式管理は雑にやらない』と書かれた紙が貼られた壁がある。
美玲はその紙をめくると、その下で何かに触れて操作を始める。
十秒もかからぬうちに壁がギシギシと音を立てて開き、一面に文字のようなものが並んだ壁面が露出した。
「すげ……って、なんで内装がリフォームされてるって分かったんだ?」
「あぁ、内装が古くからある家の割にあまりに現代的で外装とちぐはぐなことと、術式のまわりの魔力の流れが複雑すぎることからね。内装の拡張術式が新しいってこともあるわ。それに伴って術式が混線してる」
「なるほど」
家に到着するまでの間に魔力について軽く説明を受けたため、その通りに魔力を見ようとしてみる。目元に少し流してもらった魔力を頼りに感覚を掴む。一度体が魔力を認識すれば見るのは簡単だった。
しかし、見えたはいいものの普通の状態が分からない。ぼんやりと紫色の糸のようなものが複雑に絡み合っているような気もするが、それがどの程度おかしくなっているのかはまだ分からなかった。
こう、視界にフィルターがかかってるみたいで、これまでの世界の見え方と違うのに慣れない。
「まだ慣れなくて当然よ。私みたいに魔眼を持っている訳でもないのだし」
「魔眼?」
美玲は家の壁の内部、術式がまとまっているらしい場所を見ながら答えた。
「そう、魔眼っていうのは……そうね、魔法が宿った目の事よ。私も流れの魔眼というものを持っているの」
「へーなんか珍しそうだな」
「……そうね。あまり持っている人は多くないわ」
美玲は少し遅れて返答すると、作業に集中するように術式に目を凝らし始める。
「罠の術式に不備はない。古いだけか。玄関の時点で拡張を刻んである。ああ、ここが干渉しあってる。2つが重ならないように組み換えれば良さそう」
「……ただ、特に魔石案件とは関係なさそうね……」
美玲は術式を見ながら小さくつぶやいている。
やがてこっちに振り向いた。
「よし、魔道具箱から三番とって」
「わかった」
美玲が持ってきた箱の中を開き、言われたとおりに三番と書かれた中蓋を開ける。すると中からピンセットのようなものがでてきた。てかピンセットだろこれ。
美玲はそれを受け取りながら、術式を切り取り貼り付けるためのものだと説明する。単純だが、器用さが求められるらしい。
ざっと概要を説明しながら美玲は玄関周辺の術式を整頓した。複数の術式を互いに干渉しないように移動させる。ケーブルの整頓みたいだ。
術式のある空間を元の状態に戻すと、美玲は一息ついて、依頼主へと報告する。
「術式の干渉がないように流れを整頓しました。これで不具合はなくなるはずです。術式自体を新しくしたい場合は、前もって説明した通りに、専門家に依頼してください」
「いやぁ、ありがとうございます。術式自体はこのままにしようと思います。最近の世は魔の者同士の争いも少ないし、これだけあれば大丈夫でしょう」
よほど困っていたらしく、先程までとは笑顔の輝き具合が違う。相変わらず汗を拭いており、そこに光が反射しているようだった。
「では、失礼します」
「失礼します」
◆
家を出てしばらくして美玲が横から顔を覗き込んできた。
「魔石案件の手掛かりはなかったけれど、依頼を見て、どう? なんとなくわかったかしら」
「まぁ何となく雰囲気は分かった、と思う。今回は魔法使わなかったけど、使う時もあるんだよな?」
「そうね。今回使わなかっただけで使う依頼が少ない訳じゃないわ」
道具の使い方もこれから少しずつ教えてくれると聞くと、少し足が軽くなる。
「てか、魔道具で解決できる依頼って家の人が道具使えばいいんじゃないの?」
「それはそうかもしれないけど、普通の家が専門的な道具をいつでも対応できるように買っておくかしら。学校の火災報知機の点検するあの棒みたいなやつとか」
「たしかに」
「あと高い」
しっくりくる答えが返ってきた。俺は上を向いてなるほどとつぶやく。
「今日でなんか、ありとあらゆることがひっくり返ったわ。まじでありがとう美玲」
「礼ならこれからの働きとスポドリと菓子パンにしてね」
「了解」
こうして初めて見る便利屋の依頼は、美玲によってスムーズに解決した。
◇いーと、いーと、いーと
深夜、とある路地裏。出歩く人がほとんどない時間帯の不気味な路地裏にいる人間なんて、酔っ払いか不審者である。今回の場合は後者に当てはまる。
顔を覆い隠したフード、すらっとした体格、腕は不自然に膨張し、所々からなにか棘のようなものが生えており、大量の節がある人ならざる異形。およそ普通の人間からかけ離れたそれは、何かを貪り食らう。もはや原型を留めないその肉塊が、元はどんな生物だったかを知ることはもう出来ない。
「んー? 誰かそこにいんのかー?」
不幸な人間がここに一人、今日に限って普段は行かない飲み会なんかに参加してしまったばかりに、この時間にここを通りかかってしまった。
異形の腕を持つなにかは、声を気にする素振りも見せずに肉塊を貪る。
「おい! 聞いてんのかってーの! 大丈夫か!? お前も酔っ払いかぁ!?」
なお貪る。一心不乱に、他の何も気にとめない。貪り、貪り、貪って、肉塊がなくなる。お腹が空いているようだから、食べ物と見れば、歯止めは効かないだろう。
「おい……本当にだいじょ――」
男が目を凝らしてしまえば、もう男の世界は二つになる。真っ二つに割れた体はもう、生命の維持を放棄せざるを得ない。
何が起きたか、それを理解することはもうできない。
「…………」
また、それは貪り始める。
男が帰ってこない、連絡すら取れないことを不審に思った家族は翌日警察に通報する。しかし、路地裏に不自然に残された荷物以外の足取りは掴めない。男は帰らぬ者となった。




