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オルトレイジ  作者: 立木ヌエ
第一章【魔道のある日常】
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踏み入れる

◆(レイジ視点)



 俺が美玲に連れられて来たのは、俺たちのいる都会とも田舎とも取れない中間のこの街において、無類の大きさを誇る巨大ビル……の横にひっそりとたたずむ雑多ビルのワンフロアだった。

 

 人通りのある道のはずだが、なんというか近寄り難く少し薄暗く、ビル風がまるでビルそのものが威圧を放っているようだった。


 だが、事務所内は割と綺麗で整っていた。ただ、見えるところに人がいない。


「——春先に孤児院を抜け出して死にかけていた……中々にハードな人生ね」


 美玲がほんの少し前を歩きながら言い淀む。


「そうか……そうだな。最近は辛かったな。持ってきたもんほとんど使い果たしちまったし、とにかく暑いし」


 俺は移動中に軽い身のうえを話していた。

 といっても、親のことを覚えてないことや、孤児院を抜け出してきたことくらいしか話していない。


 俺が言いたくなくて言葉に詰まっているのを見抜いたのか、美玲は孤児院から抜け出した詳しい理由について聞くことはなかった。

 

「こっちよ。私の上司も含めて話をすることになるから」


 そう言って、応接間に案内される。

 応接間と言うだけあり、綺麗に整ったソファやテーブルがある。テーブルの上には空っぽの茶菓子入れが置いてあった。空っぽじゃん。いや別に求めてるわけじゃないけど。


「お、どうした綾崎? 客連れてきたか?」


 後ろから声がした。人の気配がないと思っていたが、後ろから入ってきたようだ。見てみると若く見えるが、やけに大人びた男だった。センターで分けた黒髪と後ろで束ねた髪が特徴だ。

 おそらく、彼が美玲の上司だろう。


 彼は俺を見てにこやかに笑顔を浮かべると一礼すると、すたすたと俺から見て奥側のソファへと歩いていった。


「魔(・)石(・)案(・)件(・)の重要参考人よ……さっき連絡したでしょう? スマホで」


 キョトンと首を傾げる美玲。男はそれを見ると額に手を置いて上を向いた。


「あー綾崎、まさかまた送信ボタン押さなかったな」


 なんだって?現代の若い(おそらく自分と同じくらい)の女子が、スマホを上手く扱えない?驚愕の表情を隠しきれずにいると、美玲の顔がみるみる赤くなっていく。


「べ、別にまぁ?そういう日もあるもの。何もおかしくないわね。ただ、連絡が行かなかっただけだもの。特段困ることでは無いわ」

「いや、困ってんだけど、お客さんが来たってのに、今茶菓子も何もかも切れてるよ」


 男は俺にソファへと座るよう手で促したあと、両手をばっと広げて茶菓子入れを指した。

 美玲は腰に手を当て堂々と仁王立ちしている。


 俺は少し気まずかったが、とりあえず座ることにした。


「いいでしょ! 茶菓子くらい! 明日にしなさい!」

「は、はぁ? 待て待て! ここはやべえとこだって逃げちまうだろ!」


 漫才のような二人を交互に見つつ、ここはこの雰囲気が普通なのだと感じる。気楽で、誰かの機嫌を伺う必要のない、そんな場所は久々だった。

 孤児院も悪いとこじゃなかったけど、少し違うんだよな……


 やがて落ち着いたのか、男は机を挟んだ俺の対面に座り、美玲は机の傍に立った。


「えっとー、話をするとだけ言われて着いてきたんですけど」

「そうか、すまないね」


 男は頭をかくように笑っていたが、次第に口角が下がる。その目はパチパチと瞬かれていた。


「…………ん? 他には何も聞いてないのかい? 大まかなこととか何も綾崎に説明してもらってない?」


 道中も特に話は聞かなかったんだよな……


「はい」

「…………ちょっと忘れてただけよ。彼が妙な魔力をしていたから気を取られたというのもあるわね」


 俺が答えると美玲は目を逸らし早口で言った。妙な魔力がなんなのかはわからないが、こいつは少し抜けたところがあると確信した。


「妙な魔力ね。まぁいい、それじゃあ私が一から説明するとしよう」

「まず、私は天草勝己(あまくさかつき)という。この『魔道専門便利屋アマクサ』の所長だ」

「俺はレイジです。苗字はありません……あの魔道専門便利屋って一体……」


 ただの便利屋ってだけでも正直何をするのか分からない。

 そこに魔道専門とついたらさっぱりだ。


「そうだね、本題の前にそこから説明しようか。レイジ君は魔法や魔術についてはどれくらい知っているのかな?」


「まあ、一般的なとこまでなら多分」

「魔法は才能で魔術は技術……でしたっけ」


 自分の知るところはこのくらいだ。


「そうだね。詳しく言えば、魔道は魔法と魔術の総称」

「この星や生物に宿る魔力、それを別のエネルギーや物質に変換するものだね」


 よく聞く話だ。魔力は星の生命力で、この星のどこかで生み出されて循環しているという話を前に聞いたことがある。

 あとは遥か昔には魔法は無かったとかなんとか……


「魔法と魔術、名前が違うということは、その違いも明確なものだ。綾崎」


 天草所長が美玲に何か合図をした。

 すると美玲がペンを取りだし紙にささっと文字の羅列を書いた。


「魔法は人の体内の魔力器官と呼ばれる臓器のようなものが絶対条件、つまり先天的才能」


 所長のその言葉に続いて、美玲が手のひらを上に向ける。

 すると、手のひらから赤い炎が現れ、めらめらと熱を発した。


「すげぇ! あんま見た事なかったけど、手からまんま出てるみてぇ!」

「新鮮な反応で楽しいね。もう一方は比較的見たことがあるかもね。魔術は魔力器官がなくとも、術式さえあれば発動できる後天的技術だ」


 またもや美玲が動く。先程文字列を書いた紙を机に置くと、その一部分をなぞった。


 その瞬間、美玲が手のひらから出したような炎が紙の上に出現した。

 そのまま炎は紙を燃やし尽くすと、美玲が手のひらから水を生み出して消火した。


 こっちは美玲から炎が出る訳じゃない……何となく違いが分かった気がする。


「こんな感じで魔道が溢れる現代。それに関する悩みは数しれない」

「――ここは魔道専門の便利屋。魔道に関することなら結構いろいろやるのさ。時には戦ったりもする」

「なるほど……」


 そのいろいろの1つがあの化け物を捕まえることだったのか?あんなの、これまでの人生で一度も見たことないけど、こういう人が沢山いるのか?


 これまでのニュースやらなんやらの記憶を掘り起こしていると、所長がうすいファイルを取りだした。

 中を見るとさっき見た化け物の資料のようだ。発見場所や身元と思われる人の写真などが事細かに書いてある。


「まぁとにかく、ここはそんな仕事をしているんだが、今追っている事件があってね。君の見た化け物、あれを作り出している者を探しているんだ」

「あれを作り出した……?」


 空気が重くなった。

 所長の声は小さく低く、しかし確かに俺の頭に浸透するようで、これまでの緩い雰囲気とは別物だった。


「そう、あれは人が作り出した怪物、魔石によって変貌した人間。通称マンイーター、ここでは今その黒幕を探しているんだ」

「それで、説明や質問ばかりで悪いけど、もう少し聞きたいことがある。魔石については知っているかい?」

「天然で既に魔力を有する石……ですよね」


 魔石、その名の通り魔力を天然で含んでいる石。


 発生原因は不明であり、古くから存在することだけが確認されている。石自体が魔法を有していたり、火や水といった魔力の方向性をふくんでいたりと、ものによって効果が変わる。


 まさに魔法の石だ。昔テレビで魔石を用いた実験をする教育番組を見た気がする。


「そう、天然の魔道具とも呼ばれている未だに謎の多い物質だ。そして、今回の事件ではあるタイプの魔石が関わっている」

「それは、通称進化の魔石と呼ばれている」

「進化、ですか……」


 所長がファイルをめくるように指を指す。指定のページを見るといろいろなことが書いてある。


 そこには写真が貼られており、まさしく俺が見たものと似た化け物の写る写真がいくつかあった。


「これらの異形——マンイーターの元は魔法適性のない人だ。そして、その心臓に『進化の魔石』と呼ばれる魔石が埋め込まれていた。しかも人為的にね」


「で、このマンイーターを作り出している奴を何とかして欲しいという依頼がきたわけさ……マンイーター化してしまっている被害者は放置も出来ない上に危険……元に戻す方法もないから、ほとんどが命を奪うことになってしまうけどね」


 命を……美玲は最後に拘束してたみたいだったけど、もとは殺すつもりで戦ってたのか。美玲の方を見ると、窓の外を見つめている。

 一通り説明し終えると、所長は頬杖をつく。


「でも、調査が全然進んでないんだよね。君が遭遇したマンイーターも私たちが見つけた中の5体目、発生場所や被害者の関連性も、なーんにもわからない」

「あんな趣味悪いものを作るやつ、とっとと捕まえたいけどね」


 その目には赤い炎が見えるようで、それと同時に口元からは行き場をなくした小さなため息が静かに漏れている。

 美玲もまた目を瞑っているが、少し手に力が入っているのが見えた。


「そうね、同感よ。依頼どうこう関係なく、許せないもの」


 美玲はそう言うと俺に目を向け、品定めするように瞳の奥まで覗き込んでくる。


「それで本題なのだけれどレイジ、あなたの魔法……一体何をしたの? それに、マンイーターの食いつきが異常だったわ。心当たりはないかしら?」

「魔法って、触ったら崩れたやつ、か? えっと……わかんねぇ」

「……まさか、無意識……? あなた、何者なの?」


 俺はおかしな魔法の力を持っているのか。どうして、なんで俺が?そういえば、俺は孤児院に来るより昔のことを覚えていないし……まさか俺が何者なのか……それと何か関係が?


 少し、息が詰まる。


 遠い昔、俺には親などいなかったと言い聞かせたのを思い出した。あの時抱いた不安感と同じだ。


 混乱している俺を美玲が目をじっと見つめてくるが、わからないものはわからない。所長と美玲を交互に見ていると、所長は窓の外を見つめ、少し上を向いた。


 そして、こちらを向き、急に立ち上がる。


「よし、わかった! それじゃあレイジ君、君には便利屋に入ってもらう!」

「え?」


 俺がここに入る?


「魔石案件に関係あるかもしれないということもあるが、君にはどうやら秘密がありそうだ。どうだい? 自分について知りたくはないかい?」


 そう聞いた時、自分の過去を思い出す。

 やはり、覚えているのは孤児院に入ってから後のことのみだ。それまでの全て、親の顔すら記憶には無い。

 幼い記憶などそんなものかと諦めていた自分という存在の手がかり、それが舞い降りてきた。


 俺が孤児院を飛び出した意味が、ひとつ見つかったのかもしれない。


「……知りたいです。俺は、いったいなにをすればいいんですか!」

「よし、やる気十分だね! まずは綾崎について行って、ウチの依頼をしてみることだ! 君の素性についての情報もどこかにあるかもしれない!」

「はい!」


 その様子を静かに見ていた美玲だったが、ため息をつくと所長を見つめている。


「まあ、そういう人よね」

「とりあえず落ち着きなさい」


 美玲は俺と所長の頭をトンと軽く叩くと、少し笑った。

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