余韻
◆余韻(レイジ視点)
慰労会兼シャスティの歓迎会も終わってしばらく、俺は風呂に入った後、少し涼みに事務所の屋上へと来ていた。
すると、所長が柵にもたれながら町を見渡していた。
「おや、レイジ君どうしたんだい?」
「ちょっと涼みにって思ったんですけど、まだ暑いですね」
「そうだね……まぁ、ほら座るといい」
所長は最近設置したばかりのベンチに腰を下ろしながら、手を招く。
「便利屋はどうだい? まだ君について分かることは少ないが、少しでも居心地がいいと思ってくれてたらうれしいんだけど」
所長は町を見ている。俺も同じ方角を見つめる。
「そうですね。すごい毎日が楽しいです。大変なこともあるけど、なによりみんなと過ごしてると、一人じゃないって思えて」
「そうか、よかった。本当に」
沈黙が続く。気まずさではない。でも、美玲と話したこと、アルトに言われたことがノイズとなる。今はただ余韻に浸りたいのに。
嫌な勘繰りをしたくない。
「……あなたは、何を隠しているんですか」
ぽろっと口からこぼれた。慌てて口をふさいだがもう遅い。
「そうだね……本当はもっと話すべきことがあるけど、まだ私からは話せないことが多い。すまないね」
所長はまだ町を見つめている。
橙色の光が影を作って、所長の顔半分を暗く隠した。
「ただ禁忌、これについては教えることはできるかな」
「禁忌とは、特定の魔道にかけられる制限、使用すればリエンドだけでなく、魔道界全てから抹殺対象となるものだ。死者蘇生、生命の創造、世界の改変とかがあるね」
「禁忌についての理論、効果などは全ての情報の伝聞を禁じられるんだが、ベルディオの悪魔式は比較的最近になって禁忌になったからまだ対応が追い付いていないのさ。そのうち大規模な記憶処理作戦でもあるかもね」
所長は冗談めかして言う。そんなアバウトでいいのか……
でも、そうか、禁忌の伝聞は禁じられるのか。
「ゼダは俺の魔法を禁忌だと言っていました」
魔法を発動させるフリをしたとき、あいつはかなり焦ったように見えた。俺の力は想像以上に危ない力なのかもしれない。
頭が追い付かない……俺は何者なんだ?
「そうだね。とりあえず、今の情報から考えると、君の魔法は人に見せてはいけない。魔道界の上の方……特にリエンドなんかに知られたら厄介なことになる。君に一体どんな過去があるかについては、これから調べるとしよう」
「今は魔法が発動しないよう、いのちだいじにってことですね」
「そういうことだ」
ゼダ以外にも、潜在的な危険はあるかもしれない。気を抜くことはできないが、だからといって気を張り詰めるわけにもいかない。
「ほかの秘密は今度教えてくださいね」
「……ああ、いつか話すときが来るだろう」
◆追うもの探るもの(アルト視点)
今日は先輩の職場での質問会があったおかげで、仕事以外の時間が多く取れたなぁ。なのに、今日に限ってあの人たちに会わなきゃいけないんだんだよねぇ。まったく、面倒くさいなぁ……
憂鬱な気持ちを押し込んで、部屋へと入る。真っ白な部屋に、シャンデリアが光り輝いている。なんでこんな内装にしたんだか。
長机を囲むようにある椅子には、数人が座っている。1、2、3……今日は空席が多いようだ。
「失礼します」
「遅いぞ、三鷹」
がっしりとした体つきの短髪中年……リエンド幹部の一人、木寺が、低い声で言う。
「すいませんねぇ、ゼダの件で色々あったもんで」
「天草の職場と協力したのだろう? 口外せぬよう、契約はしっかりとしてきたのだろうな?」
やってないわけないでしょぉ?そんな当たり前のこと、などと言ったらボクの首から先は彼によって粉微塵になってしまうだろう。だから面倒くさいけど、ちゃんと答えてあげる。
「はい、しっかりと、特務班などの情報が外部に漏れることはないですよ」
「ふん、ならいい」
ちゃんと言ってやればあの人は納得する。まだ扱いやすいし、マシな方の人だ。
「ああ、それと悪魔式に使われた点の周辺住民、ラーメン屋での騒動に巻き込まれた残りの民間人にも今日記憶処理を行っておいた。まったく、もっと事前に対処していれば、こうも記憶処理の人員を割かずにすむんだがな?」
うわぁだるぅ、うるさぁ……これでもレイジ君たちの監視とかして頑張ったのになぁ。
「いやぁすいません。まぁ一旦ゼダの計画はストップしたんですし、いいじゃないですかぁ」
「まぁまぁ、そうですよ。三鷹くんも頑張ってるんですから、そう怒ってばっかりじゃいけませんよ。それに、木寺さんは笑顔の方が素敵です」
そう言って木寺を宥めるのは近衛さん、綺麗な黒髪が特徴の品格ある女性だ。
「むぅ! そうか、そうだな。すまないな三鷹」
「いいですよぉ、ボクも事前に対処できなかったですし」
まったくこの人弱みを握られているのかってくらい近衛さんに弱いなぁ。たしかに、おっとりとして誰にでもやさしいけど、この人も裏で何考えてるか分かりやしない。
「それよりも、三鷹アルト、時の一族の長との交渉はどうなっている?」
荘厳で落ち着いた声で質問してきたのは、真っ白な髪に、長い髭をこしらえた老齢の男性だ。
彼はこのリエンドのトップ、ボクが尊敬する少ない上司のうちの一人だ。
「神無さん、その件についてですが、おそらくゼダがすでに時の一族と契約していたと思われます」
「ほう、なぜそう思う?」
声音を変えずに問いかけてくる。圧をかけられているわけではないが、少し背筋がぞっとした。
「なぜ、契約したかまではわかっていませんが、ゼダが明らかに便利屋の先を読んだ行動をしています。生贄を空き地に移動させるために便利屋の一人に魔術を忍ばせたようですが、彼らがラーメン屋に行くということ、そのあと空き地まで生贄を誘導することはあまりに運頼みで、それまでの慎重すぎる動きからは考えられません。不確定要素が多すぎます」
色々な不明点について、便利屋の彼らはあまりに多くのことがあったせいで忘れていたようだった。
レイジ君にマンイーターを引き寄せる魔術を刻印したとして、彼らの行動を先読みしたような計画、それはどう立てたのか。
先輩がそのあたりを知っているか確かめたかったのだが、こちらから質問するのは怪しすぎる。なんなら逆にボクが情報を持ってかれるかもしれない。
「ゼダは未来視を借りた、ということだな」
神無さんは、ボクの考えには肯定的らしい。
「はい、ボクはそう考えています。そのうえ、時の一族は我々の提示したどの条件でも契約に応じなかったため、ゼダが何か制約のようなものを付け加えたのかもしれません」
時の一族は魔道のどこの組織にもつかない一族……善悪関係なく契約を結べば力を貸すが、提示した報酬などによって1つの契約のみに絞ることは十分あり得る。困ったことに、ゼダと彼らが組んでいた場合だいぶこちらが不利になる。
「まだ、確信できる証拠が見つかった訳ではないので、引き続き調べていきます」
「ひとまず悪魔式を潰せたことはでかい。人形もあらかた無効化したことで、しばらく奴も動きを制限されるはずだ。今のうちに時の一族については解決してくれると助かる」
「承知致しました。神無さん」
レイジ君の王核については……先輩の目的が分からない以上どっちにつくか決められないし、内緒にしちゃおう。そうしよう。
「では、失礼します」
重圧で息苦しい部屋を後にする。今日はなんかもう、書類仕事とかしなくていいや。シャスティちゃんもいなくなっちゃって、レイジ君のスカウトも失敗しちゃったし、特務班は人手不足のままだ。
「……やっぱ、三人ってねぇ……」
「界域者相手じゃ少ないよぉ」
いくら裏の組織とはいえ、もっと人手が欲しいものだ。そんなことを考えながら、家に帰って寝た。
◇黄昏時(天草視点)
事務所の屋上、夕焼けも見えるその場所は案外心地よく、考え事をするにはうってつけのお気に入りの場所でもあった。
そんな場所でぼーっと町を眺めていた。
波乱続きだった魔石事件、悪魔による被害を防ぎ、人形を破壊したことでゼダもしばらく現界することはないだろう。
「……あー、ダメだダメだ」
タバコを吸おうと胸ポケットへ手を伸ばしたが、あの子との約束を思い出してすぐにしまった。
事件はひとまず解決したとはいえ、様々な問題も浮き彫りになっている。
レイジ君の王核について、ゼダの口ぶりから禁忌であることは確実、他の王核が具体的にどんな力を持っているか詳細が分からない以上、まだ確定は出来ないが、やはりオルト……彼のものだろう。
シャスティさんについてもそうだ。ひとまず便利屋で保護することに成功したが、なぜ継承権がないのかは疑問だ。
「あー……そもそも、俺の絞り込んだ犯人だってあんまし意味なかったからなー」
召喚魔術を扱える人間、そこに限って調べた結果、犯人としてかなり有力な人物が見つかったのだが……依頼主がゼダと判明する前、裏を取りに行くとなんと、全くの無関係が判明した。
今回の事件解決はみんなの活躍によるところが大きい。
便利屋所長として、ここまで大きな事件のほとんどを子供たちに任せるしかなかった自分が嫌になる。
「そうだ、金森……」
かつての後輩金森みなせ、アルトがシャスティを便利屋に潜り込ませる際、彼女に協力してもらい弟子としての嘘の身分を設定していたのだ。
わざとかは知らないが、シャスティ・テリムという戸籍を作っておかなかったのは、金森なりのヒントのようなものだろうか。
シャスティ君について今度話がある、とメッセージを送っておく。彼女は頼まれごとに弱い。
そのためアルトに協力したのだろうが、元上司の職場にスパイのような者を送り込む手助け、それをしたのだから軽く小言くらい言わせて欲しい。
あと、単純に最近会っていないから話したい。
景色を眺め考えていると、ザラメのように甘くとろけるような声が響いてきた。
『あら、また考え事をしてるようね?』
「そうだな、また悩みが増えてしまったよ」
『ふふ、でも楽しそうよ?』
「うそ、そんな風に見えるかい?」
左手の薬指、すでに何の後も残っていないその指を無意識に触っている。頭の中では幻聴が響いている。
また、戻れなくなる。
やめなくては。そう思いながらも、口は閉じない。
「なんだか、久しぶりだな」
『ええ、もっと呼んでくれてもいいのよ?』
「バカを言うな」
心地いい幻聴、しかしもう潮時だ。日が落ちる、家に帰ろう。
今日の事務所の鍵当番を引き受けたことを思い出し、屋内へ続くドアへと向かおうとすると、ドアから黒い頭が見えた。
『もう終わり?』
「……ああ、終わりだ。もう寝ていてくれ」
幻聴は止んだ。もう昔の俺ではない。
私は便利屋の所長、天草勝己だ。
私の日常へと戻ろう。
「——おや、レイジ君どうしたんだい?」
日はすっかり落ちきった。
◇
魔石案件の裏にあったベルディオの悪魔式による悪魔召喚……事件はひとまず収束した。しかしこれは、より大きな事件の序章にすぎない。
その中心にレイジ、そして便利屋がいることは、まだ誰も知らない。




