戻る平穏
◆ 2XXX年XX月XX日(死せる男視点)
なんてことだ。ここまでの俺の人生は一体なんだった。あいつのために、みんなのためにと思ってここまで頑張ってきたというのに、あんな、あんな一人のニンゲンがその全てをなかったことにしてしまうというのか。
周囲は焦げ臭く、夜だというのに明るい。さらには、熱が肌をジリジリと焼く。
俺にとってはこの熱さはなんとでもなるが、彼女はそうはいかないだろう。
急いで彼女の家へと走る。魔法によって強化された足は、瓦礫の山をたやすく越えていく。
◆
家に着いた……はずだが、これは…………
家と言えるものは既になく、瓦礫のみが残されている。
「……まだ大丈夫なはずだ!」
「絶対、絶対に……!」
必死に彼女を探す。しかしどこにもいない。
「一体どこに…………」
そこである場所を思い出す。彼女がよく遊んでいた、この町を見渡すことの出来る場所があった。
「丘の上か!」
また、走り出す。これまでは何ともなかった体がついに軋み始めたのを感じる。長く生きすぎた弊害がここで来るなんて!
「まだ、この世界は終わらせない……!」
◆
丘に着くと予想通り彼女がいた。そして、その横には……
「レイジ……」
彼がいる。彼に非はないと分かっていても、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
その姿かたちを見るだけで、自然と拳に力が入る。
彼の意識はもう絶え絶えで、今にも消え入ってしまいそうな程に細い命だった。それを見た瞬間、拳の力は抜けていった。
そうだ、彼は普通の子供だ。大人が子供を見棄てていい訳が無い。
「⬛︎⬛︎ちゃん」
「あ、オルトさん、来ちゃったんだ……もうこの町はダメだよ……ただ、レイジだけでも静かなとこにつれてきたくて……」
相変わらず子供とは思えない程の達観した、美しい瞳だ。俺の幼なじみの少女とはまた別の凄みがある。
しかし、彼女も無理をしているようで、動いていないというのに肩で息をしながらレイジの側に座っている。
外傷があるわけではない。ただ、俺には分かる。彼女の蝋燭はもう……
「……すまない」
「なんでオルトさんが謝るの? これは仕方の無いことでしょう? 私のこの心臓も、レイジのことも、私たちができることはなかったわ」
「だが、元を正せば全て俺が悪いんだ。すまない、すまない……」
無理だ、耐えられない。地面に崩れ落ちた足が言うことを聞かない。
俺があの時、全てを終わらせていれば、こうはならなかったんだ。俺のせいで、ようやく見つけたのに、またもや失ってしまう。
何十年、何百年、何千年の記憶が、薄れて消された大切な日々の記憶が霧のように脳裏でぼやけて霞む。
「……いいのよ、オルトさん、頑張ったんでしょう? 私の心臓だって分かっているわ。何年も何年も、黒い世界の時代から生きているのだものね」
「……! なぜ、それを?」
「実は、夢の中で彼女とたまにお喋りしていたのよ、私」
いたずらっぽく笑うその顔は、まさしくあの笑顔だ。
俺にとって忘れられない、あの……
「……そんなことが」
「だからいいの、彼女から言いたいことも、全部あの時に言ったって」
いや、違う。この子はあいつじゃない。
もういないんだ。もう、俺らの時代は終わったんだ。
「やっぱり敵わないな……あいつには」
いい加減俺も決心する時が来た。長く生きすぎた者の務め、そして、未来への継承の時が来たのだろう。
「俺の核を使う。レイジには日常こそ必要だ、君は既に王核を持っているから、助けることは出来ない。こんなことは言いたくないが……分かってくれ」
「とっくにわかっているわ、私も力を貸してあげる」
「すまな……ありがとう……」
覚悟は決めた。俺はやれる。
心臓に手を伸ばし、魔力核を一気に引き抜く。俺の心臓に密接なこの器官の喪失は死を意味する。
ぽっかりと空いた胸の穴は、どこか虚しく、静かに存在感を失っていく。
「…………!」
痛み、それには慣れたものだが、死の近づく凍えるような感覚は久しぶりだ。
レイジの心臓付近を魔力で作りだした刃で慎重に切り、魔力核を埋め込む。俺だけではここまでが限界だ。
「あとは私がやるわ……『——』」
彼女が小さく呪文を唱えると、レイジの胸のあたりはみるみる元の形にふさがっていく。
「これで、正式な継承と言えるかは分からないが、一時的な再生反応が起こるだろう。レイジの命はひとまず助かる」
「ええ…………あ、オルトさん、体が」
言われて自分を見てみると、体の至る所から崩壊が始まっている。ポロポロと、砂のように、削れて落ちていく。
幾度も無茶を言わせても死ななかったというのに、こんなにもさらりと風に乗ってしまうほどに軽く消えていくなんてな。
「長く生きた体だからな、とっくにガタがきてたんだよ」
「……ありがとう、レイジを助けてくれて」
「いいんだよ、これも運命だ」
ふいに小さく咳き込む声が聞こえた。
「オ、ルト?」
レイジの意識は朦朧としているが、ひとまず成功したようだ。
時間は残されていないが、その前に言っておかねばならないことがある。
「レイジ。これからお前は必ず、奴の引き起こす事態に巻き込まれるだろうが、それまでの日常、それを大切にするんだ」
「こんな形で、さらに背負わせてしまった俺を、不甲斐ない俺を許してくれ。それと——」
軽く頭を撫で……いや、もう手がないな。
「俺みたいになるなよ」
——闇夜が戻る気配はまだなく、ここでおわる物語を語る者はもうなく、はじまる物語を知る者はまだいない。
◆(レイジ視点)
——目を覚ます。なにか大事な夢を見ていたようだが、内容は思い出せない。
この天井は前にも見た事がある。確か、マンイーターに襲われたあとに運び込まれた病院だ。意識がハッキリしてきた。しかし、違和感がある。
「目…………」
視界に異常がない。左目のあたりを触ってみる。なにも変わらない。自分の目がしっかりと付いている。貫かれたように思ったが、そうではなかったのだろうか。
それに、それだけではない何か、それを忘れているような気がする。
「目を覚ましたねぇ、よかったよかった」
急な声に驚き、振り向くと、間延びした喋り方の金髪の青年がニヤけた顔で椅子に座っている。
「……アルトさん……?」
「そぉ、アルトさん。ギリギリ防御の魔法が間に合って良かった。凝縮された魔力の衝撃で脳が揺れたっぽいねぇ」
脳震とうを起こしたってことか、なんにせよ目がついてて良かった……
「そうですか……って! それより、悪魔の被害は!」
そうだ、悪魔の消失はこの目で見た。でも、周りへの被害は一体どうなっているんだ!
「大丈夫、君への一撃が最後の力だったらしくてね、あの後すぐにいなくなったよ。みんなも特に怪我もない。一般人もリエンドが治療、記憶処理を行った」
「良かった……!」
力が抜けていく。起き上がった体がばたりとベットに倒れ込む。
「それで、ちょうどよく起きてくれたし、話がしたいんだけどぉ、いいかな?」
話?一体なにを?
そう思いながら顔を見ると、アルトさんはこれまでと違って真剣な顔をしている。
それに、心なしか少し声音が低い。
「今のうちに君の魔法……その源泉、王核について、話しておかなくちゃね。おそらく先輩はそのことを隠しているだろうし」
王……核、何か聞いたことがある気がする。胸が騒いでいる。
「実は君の魔法はボクもちょーっと監視してたんだ。先輩は多分、隠しておきたいんだろうけど、君の力だからねぇ、知っておくべきだ。あと、ウチへのスカウトも兼ねたサービス!」
「スカウト……?」
「そう、とりあえず王核について説明してもいいかな? 他の人が来たら面倒だ」
アルトさんは椅子に座ってから語り始めた。
「王核とは、始まりの七人と呼ばれる、魔道の祖……神と崇められることもある伝説上の人物の遺物だ。現在確認されているものは三つ、魔法士トリト、神人ギルシュ、結界師シルバの三人のもので、彼ら七人の魔力核のことを王核と呼ぶ」
魔力核は魔法使いの心臓的なものだ。心臓近くに位置する魔力器官で、魔力の体内循環、魔力回路の構築などを担う重要器官。それの有無が肉体の生死に関係あるわけじゃない。
けど、もちろんそれがなければ魔法は使えない。言ってしまえば魔法使いの心臓……伝説の人物の心臓って、なんかグロいな。
「君のが残りの誰のものか、確定はしないけど、君の使った触れたものを灰にする異質な魔法、それは王核に宿る力だろう。魔力量だけなら違うかもしれないけど、あの魔法はどう考えても普通じゃない」
いかにも何か知ってますって感じの人だったし、後で俺の魔法について聞いてみようとは思っていたが、こうもつらつらと正体について語られると、現実感がない。
本当に俺に王核とやらがあるとして、なぜ、俺がそんな得体の知れないものを持っているんだろう。
これまでの人生では特に変わったこともなく、魔道にも関わって来なかったはずだ。
それに、所長はなぜ隠しているのだろう。頭が混乱する。
「王核を持っていると、外部にバレたらそりゃあもう大変だからね。この話は口外しちゃだめだよ?」
……とりあえず大変になるようだし、それを避けたかったのかもしれない。あまり疑いたくもないし、今はそういうことにしておこう。
話を終えると、アルトさんは普段通りのゆるい雰囲気へと戻った。
「で、スカウトっていうのはぁ……」
「結構です」
「え? うそぉ、即答? 話だけでもきかなーい?」
「話はいいですけど、俺の居場所は便利屋です、そこは変わりません」
リエンドの特務班……そこに勧誘しようとしているのだろう。正直に言ってやだ。明らかに怪しいし、便利屋の方がいい。
「そっかー、じゃあいいやぁ、人員補充したかったけどぉ」
「ただ、俺の体について、話してくれてありがとうございます」
アルトさんは感謝されると思っていなかったのか、目を見開いている。しかし、すぐにいつもの顔にもどった。
「いいよ、知っておくべきだって言ったでしょ? ボク自身、自分について分からないことだらけの時期があったからね、同じようなもののよしみさ」
そう言うと、アルトさんは立ち上がる。
そして首をこきこきと鳴らすと背筋を伸ばし、病室のドアを見た。
「んじゃあ、そろそろ先輩達も来るだろうし、ボクはこれで。後でまた会うだろうけど、ボクが来ていたことは内緒ね」
「あと、先輩は良い人だけど、信用しすぎるなよぉ? あの人はあれで案外隠し事が多いからねぇ」
アルトさんは窓を開け、飛び出して行った。すぐに外を見たが、その姿はもうどこにもなかった。
その瞬間ドアが開いた。
「……! レイジ君! 良かった……!」
所長は俺の様子を見てすぐに普段の様子に戻った。それと、今回は美玲に叱られなかった。互いにできることをやりきったからだろうか、なんにせよ、この前のように負い目を感じている様子もないから安心した。
陽樹は変わらずハイテンションだった。お土産とか言ってお菓子類を大量に買い込んできたらしい、嬉しいが、お見舞いとしてはどうなのか。
そして……
「……良かったです。何ともなさそうで……」
シャスティがどうかと言えば、一番重症に見える。特務班の基地に案内するときから、ずっとどこか曇った表情だ。後で話すと言っていた真実……具体的にはゼダの王女発言に関係あるのだろうが、なんとも痛々しい。
「気にすんなよ、シャスティ。……それよりも所長、なんでずっと俺が攻撃されたんですか?」
悪魔の異常な食らいつき、その理由が知りたい。
所長の見解が。
「おそらく、魔力量だな。魔力量の多いものから無差別に攻撃するのだろう。伝承の一つにはそう記されているものもある」
「君が綾崎と出会った頃のマンイーターの食らいつきもそれが要因かもしれない」
悪魔だのなんだの言ってはいるが、イメージとは程遠く、どちらも人に悪影響を及ぼすため、邪悪な存在に思える。災害の一種のようだ。
マンイーターに関しては、所長はこう言っているが、アルトさんから聞いた王核という単語が引っかかる。そちらに関係があるような……
「それはそれとして、今回の事件は一旦解決ということになった。ゼダならば、魔石による人間のマンイーター化も可能であることが分かったし、そのゼダに関しても、依代の人形を壊したことでしばらく現界出来ないはずだからね」
「……黒幕を捕まえない限り、マンイーターの被害者などには説明できないけど、致し方ない」
所長が拳を強く握るのが見えた。
そうだ、マンイーターには元になった人間がいる。一旦と言っている通り完全な解決ではない以上、適当なことは言えないのか。
ゼダが好奇心なんかで人々をあの化け物に変えていたのかと考えると、怒りが湧いてきた。
「ということで、便利屋のみんなで慰労会を行おうと思う!」
重い空気を切替えるみたいに所長が手を叩いた。
「君の体に異常はないらしい。今日は大事をとって入院してもらうが、信頼できる医者から明日以降退院しても構わないとの許可も得た! 前より成長したんじゃないか!」
元気よく言っているが、どこか声が掠れて、顔色が悪いようにも見える。魔法を酷使したからだろうか。
人の心配をする顔色かとも思ったが、俺も大概危なかったから口には出さない。
でも、ラーメン屋のマンイーターに襲われた時は三日寝てたんだっけ……そう考えると一日寝てない時点で成長とも言えるか。あの異質な魔法を使った訳じゃないから比較できるとも言えないが。
「そうね、今回は無茶した訳でもない……ことも無いけれど、作戦のうちだったもの。よくやったと思うわ」
正直美玲にはもっと怒られると思っていたが、素直に褒められて少し照れくさい。
「まぁ今日は安静にな! 明日は事務所で質問攻めの会兼無事に事件解決しておめでとうの会だあ!」
陽樹は病院内でうるさい。すかさず美玲にげんこつを食らっている。
でも、このワチャワチャ感がいいんだよな…………。




