悪魔を閉じ込めろ!
◆(レイジ視点)
アルトさんから一通りの術式の説明を受けた俺たちは、それに必要な準備に急いで取り掛かった。
地下から出る際に、シャスティから、後で必ず真実を話すと言われた。色々隠していたことはあるが、今は協力しようとのことだ。
その顔には曇りが見えたが、すぐに決意を固めたように、険しい顔へと変わっていた。
悪魔召喚まで残り猶予は30分ほど、急いで準備しなくては、30分でもギリ何とかなると言っていたから、それを信じる他にない。
他の便利屋メンバーが出払っていなければもう少し楽だったのかもしれないが、ないものねだりしても仕方ない。普段は依頼解決には出向かないグラムさんに車を出してもらって、作戦のための配置にそれぞれが向かう。最終的な発動は俺が所長とアルトに補助してもらう。
アルトの提示した作戦はずばり、悪魔が退去するまでに強大な結界の内部に封じ込めるというものだ。
結界系の魔術は、その効力が強ければ強いほど、術者の負担が特に重くなるうえ、現存するものは術者が結界内にいなくてはならないというものだ。
今回結界の術者となるのは俺、そのため、危険は承知で悪魔と同じ空間にいる必要がある。これが危険だと、美玲は言っていたのだろう。
所長とアルトも中に入るらしいが、危険に変わりはない。そんな中で結界を維持するのだ。
美玲、陽樹、シャスティは悪魔式の補助道具を破壊する。
点の大体の位置は分かるが、魔力が集中した細かい点の位置を見ることが出来るため、美玲の魔眼が必要だという。
それを陽樹とシャスティ含め三人で破壊する。
「――よし、補助道具の破壊を確認した。よくやった二人とも」
俺達も召喚場所へと向かう。アルトが他のメンバーにかけたように、精神干渉を防ぐ魔術をかけてくれた。結界の一種で、体の外から中への魔力の流れを一部阻害するらしい。これのおかげで、一般人のように、抵抗できずに悪魔を崇め始めることは無い。
しかし、召喚の中心地、交差点に近づくと、あたりの魔力の異質さがわかる。重々しく、ドロドロとした感じがする。普段空間内に漂う魔力は純粋無垢、まっさらな感じで、どの方向性にも属さない。しかし、空間の魔力が全体的に悪魔式に影響された状況は異質だった。
「のこり時間は少ない。準備するぞ」
交差点近くに到着すると所長がそう言って、術式を構築し始める。アルトは術式と俺の連結の準備をしている。
「これは魔術的だけど、普通の魔術と違って君の魔力自体を利用する。体にだいぶ負荷がかかる」
「発動後も君が舵を取る必要があるから、意識をしっかり保ってよぉ」
「分かってます。絶対なんとかします」
覚悟なら決まっている。便利屋という居場所を守りたいという気持ち、前まではそれしか無かったが、ゼダという人間を見て、少し考えが変わっていた。
魔道は便利な力で、人々の生活を豊かにすることが出来る。しかし、そういった力のすべてが、いい方向に使われる訳ではない。俺はできる限り、悪い方向へと使われた魔道を正していきたい。大それたものじゃなくても、少しでも、良い方向へと向かえるようにしたい。
「よし、私の方は終わった。あとは頑張って一般人を避難させようかな」
「分かりましたぁ先輩。じゃあこれ持ってってください」
結界の魔道具のようだ。しかしうちで扱うのとは少し違う。
外にその結界を張り、中でも俺を中心に結界を張る二重構造、これで外への被害を食い止める。
「分かった。発動させてこよう。すぐに戻る」
そう言うと所長はまず、まず魔法を使う。
「……ふぅ、『限定解除・陽炎』」
所長が魔法を行使すると、人々の様子が変化する。何かに導かれるように、フラフラと交差点から離れていく。
みるみるうちに交差点から離れ、歩いていくのが見えた。何か幻覚のようなものを見せられているようだ。
内側の耐久力を高めるため、この結界は外から内へ入ることが可能となっている。入ってくるのを防ぐように幻覚を見せたのか。
続けて所長は結界を展開した。その規模は大きく、かなりの範囲を覆うものだった。
やはり、うちのものと違ってすりガラスのような表面ではあるが、ドーム型に駅の周辺を覆っている。
「よし、これであとは術式に集中だ。アルト、できたか?」
「とっくに準備おっけーでーす」
そして、術式と俺の魔力を接続させる。直後に痛みが体に走る。
「……!? ぅぐ……」
目眩がする、吐き気もする。そして、全身の血管が熱い……!これは魔力欠乏のサインだ。普通に暮らしていれば滅多に起こらないことだと美玲に教わっていた。俺の魔力量がすごいとの話だが、いったいどんな結界が、このスピードでその膨大らしい魔力を持っていくのか!
「この術式は起動でだいぶ魔力を持っていくから、正直ここで気を失うって終わりってのも考えてたんだけどぉ、やるねぇ、ガッツあるじゃん」
「大丈夫か、レイジ君! 頑張ってくれ……!」
「あと少しで時間だねぇ。先輩は全力で周りの被害を食い止めてくださいねぇ」
「分かってる、まだ体はもたせてやる!」
所長も余裕が無さそうだ。辺りの一般人は所長の魔法がなければすぐに悪魔が召喚される方へとやってきてしまうのだ。
辺りの空気が重くなる。ゼダの時とは違い、理解できない異界のもののような恐ろしさを感じる。アルトの魔術ありきでも、精神干渉のレベルが違うのがわかる。
「すごいなぁこれ」
「よし、耐えろよお前ら、気をつけてその場から離脱だ」
所長が他のメンバーに通信を送る。全員なんとか大丈夫そうだ。
「来るよ、レイジ君」
アルトさんの声でさらに気を引きしめる。絶対に何があっても意識を保つ!
そう、覚悟を再確認した時だった。
空気が震える。交差点の中央、その地面には黒い渦が淀んでいる。奴が、来る。
「あれが、悪魔……!」
渦からそれが這出てくる。
――それは、人の体をしているが、頭がない。首にある切断面からは、細く、小さな腕が無数に生えている。
異様に長いその腕の先には、指が四本しかない掌があった。異常なのは頭だけではない。本来腕のある場所には、左右に二本ずつの腕が生えていた。人のそれではあるが、普通の人間より、一本ずつ多い。足は脛から先がなく、宙に浮いていた。
そして、全身の至る所に角のようなものが生えている。
「うーん、初めて見ましたけど、存在感凄いですねぇ、先輩倒してくれてもいいですよぉ?」
「無茶言うな、集中してるんだから変な事言うな」
上位存在が顕現した。フラフラする。まだ限界ではないだろうが、魔力を持っていかれている感覚がとても強い。
結界内に留めるというだけでも負担がかかっている。
しかし、まったく動かない……そう思った矢先だった。
「『獄炎』!!!」
一瞬で何が起こったのか分からなかった。所長が魔法で何かを弾いたらしい。弾かれた先をみると、悪魔の細長い腕の先端が落ちている。見えない速度で攻撃された……!いや、周囲に無差別に攻撃を行っている!
所長がこちらに飛んでくる腕を全て焼き尽くす。しかし、見るからに辛そうで呼吸が荒い。
同時に頭にガンガンなにかが響いてくる。おそらく悪魔の精神干渉だ。あいつを讃えなくてはと、頭の片隅に思考がよぎる。
「レイジ君! 意識持ってかれてるよぉ! あれの根幹は相容れないものだ! 絶対に心を許すな!」
アルトさんが強い口調で語りかけてくる。少しずつ意識がはっきりしてきた。危ない、どこか遠いところに意識が持っていかれるようだった。
依然として悪魔と所長は攻防を続けている。しかし、悪魔の動きに変化があった。悪魔の背中からさらに多くの腕が生えてくる。そしてなにかの形を作っている……あれは、何かの陣?
「ありゃりゃ、でっかい……術式かなぁ、あれは」
魔導文字は見えないが、代わりにどこか幾何学的な模様が作られていく。不適切かもしれないが、教会のステンドグラスのような感じだ。
「まずいな、私の魔法でも防ぎきれるかどうか……」
「先輩も今のままじゃ攻撃なんてとても無理ですしねぇ」
所長が何とか合間に攻撃をしようとするも、なんとか放った炎は大量の腕に阻まれる。悪魔の術式が完成しそうだ……!
「所長……! 術式の左下の腕!」
後ろから声がした……この声は……
「美玲!」
「あの腕が術式の中心を担っているみたい! 魔力の流れがあそこを中心にしているわ!」
「分かった! ふぅ……『獄炎』」
所長の魔法が美玲の指定する腕に直撃、すると術式の発動しかかった魔力が霧散していく。
所長の口の端から血がこぼれている。
「術式が崩れる!」
美玲が叫ぶ。
その瞬間悪寒がした。悪魔がこちらを見つめている。顔などないのに、目を向けられている。まずい、呼吸が荒くなる。息が出来ない。
「こちらの存在に気づいた……! しかもレイジ君を見て、結界を維持しているのを見抜いたのか! 精神干渉を一点に集中している!」
やばい、もう頭がおかしくなる……
「レイジ! おおおおお! 見よう見まね! なんとかなれ!」
陽樹だ。その声と同時に精神的に楽になった。この感じは、アルトの術式……?
「っはぁ! 助かった、陽樹……!」
「上手くいった! アルトさんの真似だけどよかったぁ!」
こいつは身体強化など、感覚的に使う魔法も天才的に扱えるらしい。感覚だけで、魔術を魔法で再現したのか。
「所長さん! これ使ってください!」
シャスティもいるようだ。大きな砲身を持っている。
「これは……まさか私の魔法の補助装置かい?」
「はい! 熱に強い、火炎放射的なイメージで作りました」
「ありがたいね、実は結構無茶してたんだ」
悪魔との戦闘はさらに激化している。庇いきれない攻撃をアルトが片手間で最低限防いでいる。腕の残骸が飛び交う異常な光景にこれまでの価値観をひっくり返される。
「よし、『獄炎』!」
所長の魔術が広域に広がる。威力をそのままに、広範囲に対応している。青い炎が攻撃を遮断する幕となっている。熱量は失われておらず、離れていてもかなり熱い。
「あぁ、かなり楽になった! でも、やっぱりだいぶキツイな!」
「耐えてください先輩」
アルトも汗が滲んでいる。術式の接続はかなり強引だと言っていた、だいぶ神経を尖らせているようだ。
美玲や陽樹、シャスティも一緒に悪魔の攻撃を防いでいるが、その攻撃は猛威を奮っていた。無数の腕が雨のように俺たちを打つ。
だが、そんな努力も虚しく、こちらがじりじりと押されている。悪魔が退去するまで耐えられるかわからない。
俺も、俺が何とかしないと!
みんなを守らないと、失ってしまう……!
あんな悪魔がいなけりゃ、みんな助かるのに!
そう思った時、熱を感じた。胸の奥から湧き出るこの黒い衝動、今なら少し扱える気がする!
「……! レイジ、それは!」
美玲が何かに気づいたようで、攻撃を防ぎながら俺を見ると、動揺している。
俺は、その手から灰を生み出していた。マンイーターの手を崩壊させた時と同じ感覚だった。
それを悪魔の方へと波のようにけしかけた。
すると、悪魔は瞬時に行動を切りかえた。
悪魔は攻撃していた腕を全てその波からの防御にまわし、どこか必死さを感じる。
それでも灰の波は防げず、防御で触れた腕はその度に崩れ、塵のように空気に舞う。
悪魔本体はそれでも消えることがない。意味がなかったか!?
「おい! あれ!」
陽樹が叫ぶ。その指先は悪魔の方を指している。見ると、悪魔の体が崩れ始めている。
「退去時間のようね! 魔力があの場所から漏れているわ!」
「つまりあとひと踏ん張りだねぇ!」
ゴールが見えた!ここを耐えぬけば……!
悪魔の崩壊がどんどん加速する。無数の腕はその数が数える程となり、そして——
「——————」
声にならない叫びのようなものが聞こえた。そして悪魔は消失した。音もせず、ただぼろぼろと崩れていく。どこか俺の魔法のようにもみえた。
「やった……!」
声が漏れる。保っていた意識が途切れそうになった時だった。
「ッ! レイジ!」
「え?」
陽樹が一瞬、なにかに反応したようだ。声が聞こえるとほとんど同時に視界が暗転する。
何が起こったのか、たった一つの紫の光線が、俺の左目に直撃した。
悪魔だ。悪魔の攻撃魔法が俺に向かって放たれた。魔法を放った腕はそのまま崩れていった。分裂して少し退去が遅れたのか。
心臓を狙ったその一線は、俺が倒れそうになったことで、狙いが逸れたようだった。
「アルト! 防御は!」
所長が駆け寄ってくる。なにか魔法だか魔術だかを使おうとしているみたいだが、頭を抑えふらついている。
「先輩、あなたも限界でしょう!」
「目元はギリギリですけどなんとか大丈夫! ただ魔力の消耗激しい。急いで治療しないと魔力欠乏症でまずい!」
目があつい。アルトの声でみんなが動き出す。これまでと違って焦ってるみたいだな。語尾が伸びてない。
「レイジ、大丈夫か! 死ぬなよ!」
「あなたはよくやったわ! まだ学校にも行っていないのだから、ここで死ぬには早いわ!」
「レイジさん! 死んじゃったら私がかくしていたことを話せません!」
陽樹も、美玲も、シャスティも……大袈裟だな。シャスティなんか目元が揺れてる。いや、俺の視界か?
まだ、俺は死ぬ訳にはいかない。簡単に死んでは、約束が守れない。大切な、あいつとの約束だ。俺は俺の時間を過ごさないといけないんだ。
——約束?
「……まだ、俺は死なねぇよ……俺は生きなくちゃいけないんだ——」
意識はそこで途絶えた。




