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大戦開幕

「何だ今の………」


それは何かが弾けるような衝撃音だった。そしてその音は隣の部屋から聞こえてきた。

だがそんなことは本来ありえないのだ。


「お隣さんが何か落としたのでしょうか」


「いえ、隣室に居住者はいません」


「え」


「少し見てきます」


俺は不知火との会話を中断させる。根拠はないが何か不穏な予感を覚える。妙な胸騒ぎが止まないのだ。


「私も行きます」


立ち上がる俺に続いて彼女が腰を上げようとしたその時、彼女の背後の壁が破壊される。彼女は壁越しに振るわれた棍棒に反応できなかった。そして棍棒の軌道は不知火の頭を正確無比に捉えていた。


「後ろ!」


「え」


俺は覆い被さるように彼女を庇う。腰に掠りはしたが何とか直撃は回避する。振るわれた棍棒には歪な突起が無数にあり、軌道上の壁を貫通させていった。


次の瞬間、残りの壁が粉々に粉砕される。隣室との壁を蹴破り、悪魔が姿を現す。


「ゲートブレイクか」


どうやら俺の勘は的中していたようだ。隣室の奥にはブレイクを起こしたゲートが見えた。しかし2度もゲートブレイクに遭遇するなんて運が無さすぎる。


ゲートの出現場所は決まって魔力濃度の高い場所だと言われている。何故こんな無人の部屋にゲートが出現したんだ。しかしそれを考えるのは後だ、まずはこいつを何とかするのが最優先だ。


壁を蹴破った悪魔は2.5mある天井に頭が付いていた。巨躯を誇るその悪魔は右手に棍棒を握り、人型の容貌をしていた。


「下がれ!」


俺は幸運にも貰ってきたばかりのグリムを腰から抜き、奴の巨躯に斬りかかる。右膝に触れた刀身はぶれること無く肉を断ち、骨を粉砕した。


奴の重心が揺れ、巨躯が崩れる。奴は反射的に床に手を付くが、即刻その腕を切り飛ばす。刀身は流れるように滑らかな軌道を描き、腕から首へと駆け抜ける。


悪魔に悲鳴を上げる隙すら与えぬまま首をはねる。首を断たれた悪魔は床にぐったりと伏せ、生首の目から生気が失せる。


「あ、ありがとうございます」


振り返ると突き飛ばされた体勢のままで不知火が此方を見ていた。その瞳には僅かな動揺が見てとれた。だがそれが正常な反応だろう。幸いにも出てきた悪魔は未だ一体だけのようだ。


「時間がありません、立ってください」


「ありがとうございます」


俺は尻込む彼女に手を差しのべる。こうなった以上、悪魔が出てくる前にゲート内の悪魔を全滅させる以外に選択肢はない。


「こんな入り口にオーガがいるなんて………救援を呼びましょう。2人で攻略するのは不可能です」


オーガはオークの上位互換という位置付けの悪魔。以前アルルスカーレット戦で戦ったのがオークだ。


通常オーガは上位のB級ゲートボスとして出現することが多く、稀にA級ゲートでも出現することがある。しかしこんな序盤で出てくるような悪魔ではないため、この先何が出てくるかは完全に未知数。


不知火は床に置いたバックからスマホを取り出す。番号をいれて耳にスマホを当てたその時だった。


「がはっ…………あっ………」


手に握っていたスマホが粉砕する。それと同時に不知火が首を押さえて苦しみだした。彼女の首には何者かに絞められているような跡がくっきりと残っていた。


『アリュマージュ』


俺はゲートの中へと不死鳥を放つ。火の鳥はゲートを抜けてその姿を消した。直後、不可視の締め上げが解け、彼女が床に崩れ落ちる。咳き込みながらも何とか荒い呼吸を沈めようとする。


「すいません………貴方のスマホで救助要請を」


「悪いがさっき庇った時に奴の棍棒がスマホに掠った」


あの時、ポケットの中で砕ける音がしたので間違いないだろう。


「奴等はもうそこまで出て来てます。行くしかありません、援護頼みますよ」


「………分かりました」


退路を断たれた俺達はその禍々しいゲートへと足を踏み入れる。俺の家を半壊させたツケはしっかりと払ってもらう。


「これは…………」


皮膚が焼けるような熱風が顔一面に吹き付ける。一歩踏み入れただけで汗が滝のように流れ出した。だが不知火から漏れ出た言葉はそんな些細なことを指していた訳ではない。


どうやら俺達は奴等の狩り場へと招かれたようだ。見渡す限り一面に広がる悪夢。俺達を囲い込むように無数のオーガが此方を睨み付けていた。不細工な面に余裕の笑みを浮かべ、ニタニタと汚い歯が見え隠れする。その数は裕に百を越えていた。


そして一際異彩を放つ悪魔が五体、その体躯は通常のオーガを軽く凌駕しており、頭からは2本の角が突出している。更に五体それぞれの身体の色味が、赤、青、黄色、緑、黒と異なっていた。


何処と無くオーガと類似しているがこんな特殊個体は見たことがない。俺が見たことがないだけかもしれないが、この中で唯一張り合いの有りそうな相手だ。


そしてその中でも圧倒的な存在感を誇る悪魔が一体。中央の玉座に片肘を付いてふんぞり返り、その身体は紅蓮に染まっている。奴から放たれる桁違いの威圧感は完全にこの場を掌握していた。


その時、突如一体のオーガが暴れ猪の如く肉薄する。その目は狂ったように血走り、焦点が定まり切っていなかった。肉を貪る獣のように涎を撒き散らしながら迫り来る。


「オイ」


しゃがれた重苦しい声が地を這う。たった一言、されどその一言はこの場の主が誰かを分からせるには充分すぎる程の畏怖を植え付けた。


場の全てが凍りつく。不知火の顔からみるみる内に血の気が引いていく。だがそれは俺達だけではなかった。オーガ達の唸りでさざめいていた空気が一瞬にして静まり返った。ある一体を除いて


「誰ガ始メテイイト言ッタ」


迫り来るオーガは完全に我を失っていた。だが主の忠告を無視したことに変わりはない。そしてそれは一瞬だった。此方へ迫るオーガが内側から爆ぜる。


血飛沫と肉片を撒き散らしながら一瞬の内に粉々の残骸へと化す。その所業は明らかに魔術によるものだった。


「ヨク聞ケ人間、コレカラ始マルノハ一方的ナ惨殺ダ。間違ッテモ逃ゲヨウナドトハ思ウナ、興ガ削ガレル」


目障りな小バエが消えたことで標的が俺達へと移る。これは命を懸けた殺し合いなどではなく単なる娯楽。命を懸けているのは此方だけのようだ。


「綾小路さん、今すぐここを出てください。私が時間を稼ぎます。その間に誰でもいいので援助要請をお願いしてください」


その時、不知火が声をあげた。自分がここを耐え凌ぐ間に、俺に援助要請をしてこいと言う。だがそれを承諾することはできない


「それはできません。この数の悪魔に魔術師1人が勝てる訳がない。勝つどころか耐え凌ぐことも厳しい筈です」


「行きなさい!それ以外に選択肢はないんです!二人残ればどちらも死ぬだけです!」


彼女の言葉尻は次第に強くなっていく。しかし言葉では強気な姿勢を見せているが、彼女自身も既に気付いている筈だ


彼女の腕は小刻みに振るえていた。この数の悪魔に太刀打ちできないことは彼女が一番理解していた。それでも俺を生かす選択を取ろうとしている。


「お姉さんの死を無駄にするんですか。貴方はここで死んでいいような人間ではない。2人なら問題ありません」


「貴方は何も分かっ」


「黙れ、やるぞ」


少々口調が強くなってしまったが事は急を要する。口論している余裕はない。こうなった以上、奴等の手を借りるしかない。追求は免れないだろうがなるようになるだろう。









「仕事だ、起きろ」












所詮は烏合の衆、腕試しには丁度いいだろう。

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