分からないこと
「お兄ちゃんてば、こんな美人さんの友達がいるなら言ってよね!」
「はは、悪い悪い」
「じゃあ私はこれで帰るからね。くれぐれもこまめに連絡を入れるように!」
「はいはい」
妹の藍が扉を閉める。俺も一緒にこの場を去りたいが、生憎目の前の相手を無視することは出来そうにない。
「随分とできた妹さんですね」
「そうなんですよ、この兄にこの妹ありって感じで」
「あなたとは正反対な妹さんで」
「………」
先程から言葉の節々に嫌味が込められている気がする。いや、これは絶対に意図的に込めているに違いない。
「それよりなんで俺の家にいるんですか。というか何で俺の家知ってるんですか」
「偶々です」
「どんな偶々ですか」
「………」
若干、彼女の顔が歪む。こんな偶々があってたまるか
「この程度の情報なら私くらいになると調べられるんです」
「それ法に触れてません?」
「………触れてません」
此方を睨む眼光が更に強みを増す。後ろめたいことをしているのは向こうの筈なのに、なぜ俺がこんな視線を向けられなければならないのか。
「本題に入らせていただきます。あなた先日逃げましたよね?」
「………逃げてませ」
「逃げましたね?」
「…………何が目的ですか」
彼女の瞳は俺を疑っていた。何かしらの確信をもってこの場に来たということか
「ホトトケ村でのことも全て信じた訳ではないですが、ひとまず今日のところは勘弁してあげます。まずは先日天断ギルドと合同で参加したB級ゲートでのことです」
やはりその話からか。薄々分かってはいたが残念なことに、これに関しては言い逃れができない。何故ならゲート内での出来事は全て透道瞬が目撃しているからだ。
彼を通して既に彼女の耳にも事の全貌が届いている筈。これは尋問というよりも、俺を試しているのかもしれない。この件に関しては嘘を付くだけ無駄だ。むしろ逆効果になりかねない
「貴方が聞いた通りです」
「では、貴方がゲート内の悪魔を殲滅したことは事実なんですね」
「はい」
やはり聞いていたか。まあ透道が黙っている理由がないからな。これに関しては仕方がない。問題はこの後だ
「では先日の孤島での出来事は何だったんですか。あの猫の悪魔は逃げる直前、確かに貴方に攻撃しようとしていました。しかしその直後、あろうことか奴は尻尾を巻いて逃げ帰った。あの一瞬で貴方何をしたんですか」
これに関しては本当になにもしていない。正確には手を出していないだけで本当になにもしていないわけではない。だがそれを説明するには"アレ"を明かさないといけない。悪いがそれはできない
「俺はなにもしてません。悪魔にも何か制約があったのでしょう。例えばあの変身能力に時間制限が課せられていたりとか」
「そうですか、分かりました」
果たして彼女は俺の告白をどれくらい信じているのだろうか。その瞳を覗いてもそれを悟ることはできなかった。
かかった
彼は思いの外あっさりと白状した。正直この賭けは望み薄だった、というより失敗するだろうとさえ思っていた。しかし彼はあっさりと自白した。
以前のように呪詞を使って自白させるのは簡単だ。だがそれをすればするほど彼からの信用は得られなくなる。長い目で見ればそれはプラスとは言えない。
勿論私が彼に尋ねたことは全てデタラメ、鎌掛けだった。本当は透道くんからは何も聞き出すことが出来なかった。
しかしあの日、A級ボス並みの悪魔の乱入が発生した以上、それを討伐した者がいるのは間違いない。そしてあの編成隊ではまず不可能。A級の透道君がいたとしても正直厳しい。
だからこの話には裏があると踏んだのだ。そして又しても参加者名簿には彼の名が。これが偶然な訳がない。
「では先日の孤島での出来事は何だったんですか。あの猫の悪魔は逃げる直前、確かに貴方に攻撃しようとしていました。しかしその直後、あろうことか奴は尻尾を巻いて逃げ帰った。あの一瞬で貴方何をしたんですか」
「俺はなにもしてません。悪魔側に何か制約があっただけでしょう。例えばあの変身能力に時間制限が課せられていたりとか」
「そうですか、分かりました」
彼の言っていることも可能性としては一理ある。だがいくら制限時間があったとて、あの距離まで接近すれば一撃で殺せた筈。にも関わらずあの悪魔は一目散に去っていった。
それは奴にとって制限時間以外の弊害があったからに他ならない。あの悪魔自身の制約ではなく、彼から何か仕掛けたに違いない。そう、あの一瞬で彼が何かした筈なのだ。
そしてB級ゲートの件が明らかになったことで彼がただのE級ハンターでないことは確定した。A級ボスを単独で撃破するとなればそれはS級ハンター並の実力者ということになる。
魔術師の場合、例えそれがS級魔術師だあろうと単独撃破はまず不可能。しかし前衛の剣士であれば可能性は零ではない。
実際に黒薔薇の西園寺さんは、ほぼ単独でA級ボスを撃破した戦歴を持っている。悪魔との相性の問題もあるため一概には言えないが、彼は西園寺さんに匹敵する程の実力者なのかもしれない。
「此方から1つ聞いてもいいですか」
その時、彼から質問がとんだ。
「何故俺にこんなに構うんですか」
「え」
その内容に思わず声が漏れる。あまりの想定外な質問に取り乱してしまった。今まで一度足りとも意識したことがなかったが、いざ考えてみると自分でも分からない。
等級の詐称は特段罪に問われるようなこともない。それで得られるメリットは不明だが、少なからずそういうハンターは存在している。
では未だ私の中で燻るこの不満感はなんだ。彼の正体が判明した今、何が腑に落ちないのだ。いくら考えてもそれを言葉にすることができない。
私は何故こんなにも綾小路傑という1ハンターに固執しているのか。それが自分でも分からず、黙り込んでしまった。二人の間に静寂が訪れる。
バチッ……ジジジジジジュ
その静寂を破ったのは私でも彼でも無く、得体の知れない衝撃音だった。




