鬼
「……………」
まさにそこは地獄だった。阿鼻叫喚、地獄絵図、この光景をどう形容してもし切れない程に。誰がこの光景を予測できただろうか。
私は目の前の惨劇を俯瞰的な目で見つめる。私の目に映ったのは悪魔が言った通りの一方的な惨殺だった。
腰を抜かした私は地面にしゃがみこむ。その時、頭上から何かが降ってきた。
落下の衝撃でその緑色の物体は縦に潰れ、私の顔に血飛沫が吹き付ける。血生臭い悪臭が鼻に媚びり付く。
邪鬼の頭だった
この地に降り立った瞬間、私は死を覚悟した。通常のA級ゲートでもこれ程の悪魔を相手にすることは殆どない。
そして極め付けが邪鬼の存在だった。奴等はゴブリンの最上位個体、オーガの上位個体の悪魔である。
A級ボスとして出現することが多く、天断ギルドの編成隊で戦っても苦戦するような相手。そして一般的に邪鬼は言葉を発するほど知能を有していない
しかし、緑色の邪鬼は言葉を発していた。5体とも会話が可能だと仮定すると、あの邪鬼達は知能を獲得した変異型ということになる。
総力で言えば先の孤島の悪魔達と同等かそれ以上の相手ということになる。ハンター2人ではどうやっても勝ち目はない。
しかし、私の決死の覚悟虚しく彼はこの場から立ち去らなかった。2人で戦えば勝てると、そう言ったのだ。そしていざ蓋を開けてみれば力の差は歴然、最早彼一人、いや"彼等"の力で悪魔達を捩じ伏せていた。
そして私はそれをただ見ていることしかできなかった
「ようやく半分ってとこか」
戦闘開始から約10分、ようやくオーガの半数が片付いた。あれだけいた群衆もようやく底が見え始めた。オーガ達は想定以上に柔く、一体のオーガに3体程度の亡霊で実力は五分といったところだ。
そして現在進行形で感じるこの魔力が急激に磨り減っていくような感覚。実際に肌で感じることで再呪楔の有用性とその対価の重みを知ることができた。
従僕がある程度倒された段階で再呪楔を行うと、従僕が復活した。そして同時に俺の魔力がごっそりと減少したのだ。
再呪楔は戦力が増せば増す程その効果を発揮するが、対価である魔力消費も増えていく。あれだけあった魔力量も既に半分を切っていた。
不知火は何故か戦闘開始直後から地べたに座ったまま援助してくれないが、まあ問題ないだろう。返ってヘイトを集められでもしたら面倒だ。
「おい、いつまで座ってんだお前」
俺は正面で頬杖を着いたまま傍観を決め組む悪魔へと問いかける。玉座に腰掛ける赤鬼は他のオーガとは見た目も纏う覇気も一線を画していた。
その脇で佇む鬼達は奴の護衛といったところか。赤鬼は何かの背骨をそのまま棍棒のように握り、緑鬼は先端が異様に膨張した鎚矛を肩に担いでいる。青鬼と黄鬼は両刃斧を、黒鬼は棘鉄球が鎖で繋がれたモーニングスターを武装していた。
そして俺の問いかけに答えたのは赤鬼ではなかった。鎚を携えた巨体が宙を舞う。緑鬼が振り下ろした鎚矛は俺の目の前の地面を陥没させ、亀裂が伝染していく。
最小限の動きで直撃を回避した俺は自分から仕掛けること無く、次の一撃を誘う。その時がコイツの最後になるだろう。
「小賢シイ」
緑鬼が即座に追撃を仕掛ける
『フルジャッジメント』
醜い悪魔へと、高慢な愚者へと裁きが下される。俺のかざした手より魔術が発動される。この魔術の効果は至ってシンプル、それは弱者への報いであり、自然の摂理。強き者が弱き者を淘汰する事は当然であり、その決断を下すのは何時だって強者なのだ。弱者は死に方すら選べない。
双方の魔力量の差、それがこの魔術の効果に直結する。魔力量の差分に比例して相手へのダメージが膨れ上がる。俺とコイツの間にある実力差は如何程か
審判が下され、片方に軍配が上がった。此方へ加速していた緑鬼の四肢が炸裂する。受け身を取ること無く地面を転げ回り、奴の頭が俺の靴先に触れる。
幸いにもまだ息があるようだ。俺はその事に安堵し、頭から生えている角を持ち上げる。死を悟った奴の表情は何時見ても面白い。こういう奴ほど死に対して恐れ戦いてくれる。その腐りきった瞳が俺は堪らなく好きなんだ。
「死ねると思うなよ」
コイツにはこの先も従僕として報いてもらいたいところだ。俺は奴の頭を一振りではね飛ばす。首は後方へと吹き飛び、全てを切り落とされた胴体が冷えきった地面に堕ちる。残りは4体、しかし俺が顔をあげると護衛の鬼達の姿がなかった。
「ソノ首ヨコセ」
仲間の一体が殺られたことで総攻撃を仕掛けてきた。俺を挟み込むように青と黄色が両脇から斧を振るい、真上から黒鬼が棘鉄球を振り下ろす。
俺は腰を仰け反らせ、斧の軌道ギリギリまで沈む。鼻先を刃先がかすり、数ミリの切り傷が刻まれる。
両側からの凪払いをかわし、視線が上を向く。そこには鉄の塊が一面に広がっていた。素手で受けても棘が刺さる。俺は後ろに手をついてバク転する形で棘鉄球を回避する。
起き上がると同時に腰からグリムを抜く。顔を上げたと同時に青鬼の斧が俺の首もとを抉るように迫る。
俺は斧の刃先にグリムの刃先を沿わせるように斧の軌道を若干ずらす。金属同士が擦れ合い、真っ赤な火花が散る。
そのまま青鬼の背後に回ろうと身を捻るが、黄鬼が横槍ならぬ、横斧を入れる。俺は追撃を諦め、黄鬼と対峙する。奴が繰り出したのはハエの止まるような横の大振り。
その粗末さに一瞬様々な勘繰りを張り巡らせたが一周回って冷静に敵の実力を分析する。
「寝ぼけてんのか」
腰目掛けて振るわれた斧を跳躍してかわす。しかし身体全体は上に移動させず、足だけを上に畳み込むように回避した。
そのまま奴の斧を足場に、二段階で跳躍する。高さは充分、俺は奴の頭に両の双剣を刺し込み、奴の頭を引き寄せる。
その勢いを利用して思い切り右膝を振り抜いた。奴の面が陥没するのを感じながらも2発3発と同じ場所に繰り返し膝蹴りを打ち込む。
「首ィィィ」
「馬鹿の一つ覚えだな」
その時、黒鬼が瀕死の黄鬼に構わず棘鉄球を投擲する。俺は即座に双剣を抜き、黄鬼の巨躯に隠れるように即興の盾として利用する。
奴等は完全なフィジカルタイプ、早速グリムの弱点が露出することになったわけだ。記念すべき初陣を勝利で飾る予定だったが、今回ばかりは運がなかった。俺はグリムを腰に仕舞い、拳での戦闘に備える。
一直線に落下する鉄球は容赦なく黄鬼の頭を粉砕させた。的を外した鉄球は軌道を変えることなく地面に直撃する。
俺は空かさず伸びきった鎖を捕まえて鉄球ごと黒鬼を引き寄せる。奴は空中で突然引っ張られたことで体勢を保てず、無抵抗に落下してきた。
俺はその不細工な面にエルボーを打ち込む。肘は眉間に直撃し、奴の頭だけが後ろに仰け反る。間髪入れず畳み込んだ肘を伸ばし、その勢いのまま裏拳を打ち込む。
裏拳は奴の下顎を正確無比に捉え、衝撃音と共に骨を砕いた。黒鬼が膝から崩れ落ちるのを確認して、背後より迫り来る尋常ならざる殺気と相対する。
初撃でスルーした青鬼が鬼気迫る表情で両刃斧を乱舞させる。乱雑な軌道を冷静に一つずつ回避し、奴が斧を横凪した瞬間、斧目掛けてアッパーを打ち込む。
俺の拳は斧を粉々に粉砕させた。斧の刃先ではなく、面を打ち抜いたことで斧の欠点を突き、此方の被害も最小限に押さえた。
武器を破壊されても尚、その巨腕を俺目掛けて振り下ろす。脳天から振り下ろされる拳を両手で掴みあげる。正確には両手で奴の腕に右回りの捻りを加えることで力のモーメントを強制的に散らした。
腕を内側に捻られたことで奴の上半身も自然と捻れる。そのまま膝を突き、額を地面に擦り付けるようにもがき始めた。これは何も魔力による力ではない。肉体の構造上、腕の可動域というものには限度がある。
そこを突いただけ、いわゆる武術の一つだ。しかしそこに魔力的要素を加えるとこの間接技は更に凶悪さを増す。
俺は捻る手に徐々に魔力を籠めていく。段々と奴の腕がミシミシと軋み始める。
バゴッ
痛々しい音と共に奴の肩が盛り上がる。どうやら骨が外れたようだ。奴の悶絶を無視して更に魔力を籠める。ブチブチと筋肉が割け始め、内出血により腕が変色し始める。
次第に意識が途切れ、青鬼の悲鳴が止む。壊れた玩具に興味が失せた俺は何とか繋がっていた腕を思い切り引きちぎる。
「もうダメか」
しかし奴から反応はない。俺は足でうなじを踏みつけて頚椎をへし折る。これで護衛は全滅。
「終わったぞ」
それでも尚、奴が玉座から動くことはなかった




