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ワン!

「ふぁ……………………………」


俺は自室のベットで目を覚ます。手探りで枕元のスマホに手を伸ばし、日付と時刻を確認する。


「一週間経ってんじゃん」


画面には8月20日の文字が映し出されていた。孤島での戦闘が13日だからそれから7日間は眠っていたことになる。


喉はカラカラに渇ききっており、唾すら出てこない、俺はこの時軽い脱水症状になっていた。一週間も水分を取らなければこうなるのは当然だ、むしろ軽い脱水症状で済んでいる方がおかしい。


膝まで掛かった薄い掛け布を退けて、蛇口から出た水を直に飲む。これほど水道水を美味しいと思ったことはない。今まで自販機で水を買う奴を軽蔑していたが考えを改める必要がありそうだ。


乾きを癒した俺は、閉め切られたカーテンを開ける。外からの日差しに目を背け、軽く伸びをする。


「くぅぅ……はぁ……」


7日も寝ていたのに疲労はより一層増していた。半生半死に身を置いていたんだ、身体が休まらないのは当然か


「まずは状況を整理しないとっ…ぉっ!」



「クゥ…………ワッワッ!!」


その時、背後から突如何かに飛び付かれた。突然の事で何が置きたのか理解が追い付かず、咄嗟に窓の縁に両手を着いた。


「何だ………」


「ワッ!ワゥゥゥゥ……」


背後を見ると、一匹の犬が円らな瞳で俺を見つめていた。全身を覆い尽くす黒い体毛からは、触れずともその優しい手触りが想像できる。


尻尾を懸命に振り続けるその姿は何とも愛おしい。うっかり内に潜む獣を忘れてしまう程に。


どうやら最後に告げられた"【冥】との呪楔締結"とはこの事だったようだ。あの空間内では呪楔が使用不可だった為、てっきり仲間にするのは不可能だと思っていたが報酬の最後で告げられた時、もしかしたらと考えていた。


要するに、禁縛のゲートは解縛に成功した時点でその門の中に居た悪魔と呪楔を結べる仕組みになっているようだ。俺は目の前の犬の頭に掌を乗せ、優しく撫でる


「随分と可愛くなったな」


「クゥ……ワッ!!」


俺と同じくらいあった背丈も今は通常の犬サイズに変化していた。何故こいつだけ呪楔で呼んでいないのに勝手に出てこれたのかは分からないが、恐らくコイツの闇を経由して移動する特性が関係しているのだろう。


「おおおっ!」


犬は俺の懐に飛び込んで、ほっぺを執拗に舐め回す。うん、今までの不遜は全て水に流そう。何なら今すぐにでも餌付けしたいくらいだ。


「今日からお前の名前はクロだ」


「ワン!ワン!」


俺の言葉が通じているのか、嬉しそうに俺の回りを回り始めた。どうやら名前は気に入ってもらえたようだ。


しかし今はお前に構ってやれる時間はない。後で存分に遊んでやるから大人しく戻ってくれ。俺の意思が通じたのか、クロは俺の影に戻っていった。


「やっぱり俺の影から出入りできるのか」


どうやら窓から差し込む日光でできた陰りから出てきたようだ。なかなか使い道は多そうだが今は後回しだ。


「まずは呪楔の強化からか」


報酬の1つである呪楔の強化だがその詳細も同時に告げられていた。


「枠が150になったのは破格の褒美だな」


今までは60枠が限界だったので、実質2倍以上の戦力増加になるわけだ。そして強化内容はこれだけではない


「再呪楔とか言ってたな」


はっきりとは分からないが、報酬では"再呪楔に必要な魔力量が減少する"と言っていた。と言うことは、これを行うには魔力が必要な筈だ。そして"再"呪楔ということは2度目の締結である筈。


ここから推測するに、再呪楔とは呪楔締結済みの悪魔が死んだ場合の措置。平たく言えば従僕の復活だ。バベルが倒された場合、魔力を消費することで蘇生できるといったことだろう。


その消費魔力量の減少が今回の強化のようだ。



そして予想外だったのはクロと呪楔を結べていたこと。これから開くであろう残りの門でも同様に、解縛後には門内の悪魔と呪楔を締結できるということだ。


これは報酬抜きにしてもお釣りが返ってくるほどの褒美だな。残りの奴らがクロと同レベルかそれ以上の悪魔だった場合、俺はS級相当の悪魔を複数体手にいれることになる。


それは一国級の戦力とそう違わない。ただそれらの悪魔にタイマンで勝てればの話だが。



俺は徐に手を伸ばし零門を顕現させる。闇に触れるとある物が表示される。


「不気味だな」


今回の報酬の中で唯一全く心当たりがない。呪楔の強化やクロとの呪楔締結は薄々可能性としては考えていた。しかしこの魔道書だけは全くの未知数だ。


俺は闇の中に手を伸ばし、魔道書を掴み上げる。手に取ってみたが見た目は普通の魔道書だ。表紙には魔法陣が描かれていて、それなりの厚みがある。


俺は意を決して、魔道書を開く。1ページずつ隅々まで目を通していくが、次第にページをめぐる速さが速くなっていく。


「何だこれ」


俺は全てのページをめくり終える。中身は全て白紙だった。一応もう一度見返してみたがやはり何も書かれていない。通常魔道書は中に記された魔術の詠唱文を視認することでその魔術が会得できる。


しかし当然だが何かを会得した感覚もない。それでは全くの不良品を掴まされたのか。そんな筈はない。


あれだけの相手を倒して報酬が箸にも棒にもかからないようなガラクタである訳がない。それまでの報酬がそれなりの物だったことを考えると、この魔道書にも何かしらの使い道がある筈だ。


今後この魔道書が何かしらの役に立つことを願い、零門に仕舞った。これで報酬は全てだ。終わってみると命を懸けた甲斐は十分にあった。


俺はこの後の予定を決め、準備を始める。朝飯は軽く白米と味噌汁で済ませ、身なりを整える。一先ずスマホに表示された無数の非通知電話を見なかったことにして家を出た。何となく心当たりはあるがそんなことができる筈がない。いや、そうでないと信じたい。










「ご無沙汰してます」


俺の声は騒然たる金属音に掻き消されていく。家を出てから約一時間後、俺は時成の鍛冶屋を訪れていた。やはりこの山を上るのはかなり疲れる。しかもここに来る途中何度もクロが暴れかけた。


暴れると言っても勝手に出てこようとした程度だが、電車内で俺の影から此方を覗く悪戯な目を見た時はいよいよ終わったかと思った。


あんな人目に付くような場所で出てこられたら一発でアウトだ。瞬く間にネットに晒されて悪魔を飼うハンターとして社会から追放されかねない。


俺は禁縛のゲートに行く前にここで武器防具の製作を依頼していた。その時、二日後には完成していると言っていたので既に完成している筈だ。




俺は前回同様に切り株に腰掛けて作業が終わるのを待った。

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