雌雄決す時
今の俺は完全に魔力が底をつき、魔術が使えない。そればかりか最期の望みだったリベリオンも使えない。魔操術であるが故に魔力を必要とするのだ。
リベリオンでは敵からの魔力を受け流す際に必ず魔力がいる。だが魔操双術である『死季』だけは他の魔操術とは仕組みが微妙に異なっている。
魔操双術『死季』では攻撃時の衝撃を雪陽花に蓄積する段階で魔力の関与がある。平たく言えばゲージを貯めるのには魔力が必要だが貯めた衝撃を解放する段階では魔力を必要としないのだ。
現段階で雪陽花の刀身は赤みがかっている。これは第2段階の"春"まで溜まりきった合図だ。魔力回復にはかなりの時間が必要でそれを戦闘中にヒールと並行して行うのは不可能。要するにこれが俺に残された最期の希望なのだ。『死季』当てないことには勝利はない。
対して奴もこの暗黒空間を形成するのに膨大な魔力を消費した筈。身体が白くなったのも魔力が抜けきった証だ。そうなると恐らく奴にも魔力は残っていない。
俺はいつもの構えで雪陽花を握る。素手でやるよりは双剣のほうがリーチがある。しかし奴は闇を掻い潜って、いつでも俺の懐に現れることが出来る。リーチを意識しすぎるのは却って良くないかもしれない。
その時、純白の獅子が闇に姿を眩ます。地面に抜けるというよりも闇に飲まれたという方が適当だ。やはりこの空間は奴の領域内と見て間違いないだろう。
俺は目を閉じて視覚を遮断する。目蓋を開いていても真っ暗で何も見えないが、暗闇を"見ている"感覚が残ってしまう。俺は意識を研ぎ澄まし、次の一挙に全神経を捧げる。
その時だった、背後より雄叫びと共に獅子がその荒々しい鉤爪を凪ぐ。黙って奇襲すればいいものを奴はわざわざ出所を告げる。
俺は身体を旋回させ、その勢いで俺に降りかかる奴の前腕を蹴り挙げる。引っ掻きの軌道をそらし、右手の片剣を頬に差し込む。
刃は獅子の頬を貫通した。その手を手前に引いて傷口を開こうとするが闇が邪魔をする。奴の姿を飲み込み、刺さった剣だけが地面に音を立てて落ちた。
このフィールドでは奴に不可能は無いと言っても過言ではない。奴がヒットアンドアウェイを取ったら俺に勝ち目はないのだ。
残り時間は約6分
勝ち筋は1つ。俺は次の一撃に賭ける。奴の出現場所は恐らく俺の背後から。外せば終わりだが狙いを絞り混まない限り、どうしても先手を取るのは難しい。
「………………」
それは唐突に訪れた。触覚は空気の波を感じ取り、血生臭い獣の匂いが鼻腔に媚びり付く。この一瞬だけは呼吸すらも忘れ、集中は明鏡止水の境地に達する。
そんな俺を嘲笑うかのように俺の頭上より獅子は現れた。今までは影を使って瞬間的な移動を可能にしていた為、現れるのは必ず足元からという認識を刷り込まれていた。
頭上という完璧な死角から奴が牙を剥く。
「こんなとこで死ねるかぁぁぁぁ」
俺の生存本能が死を目の前にして唸りをあげる。完全な死角からの攻撃に俺の左腕が反射的に反応した。間一髪で奴の噛みつきを左腕で受ける。牙が肉に食い込み、鋭い痛みが走る。しかし左腕を犠牲にしながらも舞台は整った。
『死季 春』
右腕は奴の首を真下から貫く。直後、深紅に染まった刀身から魔力が一気に放出され、闇の中に一輪の花が咲き誇る。戦火の花火は暗闇を照らす灯火であり、一筋の光明でもあった。
この瞬間、奴は反射的に闇に隠れようと動いただろう。今までも一撃を貰ったらすぐに撤退して、直ちに奇襲を仕掛けるといった戦術を多用していた。
この闇との同化という特性を持っている以上、奴がそう動くのは必然だった。それは奴の身体に深く染み付いた癖であり、それが突如遮られた時、奴の動きは僅かに停止した。
それは一瞬にも満たない、刹那の間だった。しかしそんな隙とは到底言えないような一瞬の空白を俺は見逃さない。
差し込んだままの右手の片剣を真横に振り抜く。奴の筋肉が剣の軌道を押し返そうとするが力ずくで断ち切る。
骨の粗い感触が剣を握る掌に伝わってくる。直後に切断というより粉砕という表現に近い手応えが返ってきた。
奴の首が飛び、身体とは別の軌道を描きながら地に墜ちる。直前まで俺に牙を剥き、獰猛かつ残忍な獣だった奴の面影は既に無くなっていた。
奴は呼吸をしていない。当たり前だ、首を切り落とされたのだから。辺り1面を飲み込んでいた闇が掠れ始め、頭上から光が差し込む。奴の作り出した領域が決壊し始めたのだ。足場にシャリシャリとした雪の感触が戻り、元の雪原に戻る。
「ふぁっ!」
俺は突如正気を取り戻す。極度の集中によって呼吸を忘れていた。俺の肺に久方振りの酸素が送り込まれ、噎せ返ってしまう。
咄嗟に右手で押さえるがその手には未だ雪陽花が握られていた。拳を開こうとするが俺の右手は頑なに開かない。
俺の意思とは関係なく、握りしめる手は小刻みに震え、力が籠る。未だこの手には奴の首をはねた時の感触が残っていた。
「勝ったんだ」
死闘の幕引きを噛み締めながら、今自分が生きていることに心の底から安堵した。
【生命反応の消失を確認】
【【冥】の解縛に成功しました】
【直ちに閉門を開始します】
その時、俺の元に解縛成功の通達が届く。次第に身体にノイズが掛かり始め、バグる視界の中で、俺は奴の亡骸を見る。
獣は人間に淘汰される。それはいつの時代でも同じ、歴史は繰り返すものだ。俺は獅子から番犬の姿に変わり果てた悪魔を見つめ、唯一の心残りを口にする。
「呪楔が使えたらな」
ここに来る前に呪楔が使えないことを伝えられた。直接対決でS級に勝った程だ、呪楔が結べていたら即戦力だったんだが。
それでもこれからあるだろう報酬タイムにはそれに見合うだけの何かが待っている筈だ。
この瞬間、雪原から俺の存在は消えた。
俺が意識を取り戻したのは4つの門の前だった。しかし目の前の門だけは施錠が解かれ、手で触れてみても以前のような文言は浮き上がらない。
しかし、それとは異なる文言が表示された。
【【冥】の解縛を確認】
【呪縛の魔神の魔力と本肉体との再適合を開始します】
【肉体の魔力器量の限界値を検出】
【呪縛の悪魔の魔力量60%が適合】
【呪楔の強化を開始します】
【呪楔上限が150に増えました】
【再呪楔に必要な魔力量が減少しました】
【呪縛の魔神の解析を開始】
【魔術書を獲得しました】
【【冥】と呪楔を締結します】
【完了しました】




