説教の時間
スワップケープ
接触している対象と位置座標を入れ換えるこの魔術は分類的にはバフ系魔術に近い。この座標変換の仕組みは相手に魔力を流し込んでいるわけではない。
相手に接触するのは相手の位置座標情報を得るためである。それを魔力によって解析し、自分と変換させるというものだ。
魔力関与無効の奴にとってこのスワップケープは無効対象外であった。俺はアルジェールを撃ち込んだときにそれを確信した。
そして位置座標を交換した結果、同一座標上に質量を持った2物体が重なっていた場合どうなるのか。それは物理学上の結論と同じである。
空間では通常質量を持った2物体が重なりあうことはない。波と違い干渉などせずお互いを退け合う。そして完全に重なりあった時、どちらの物体とも爆発するという現象が起こる。
「パンッ」
空気が一杯に入った袋を潰したときのような破裂音が響く。奴の位置と俺の位置は入れ替わり、奴の腹が内側から弾けるのと同時に俺の左腕も弾ける。だがどちらが重症かは明らかだ。俺の腹に空いた穴と炸裂した腕はヒールで徐々に塞がっていく。
それに比べて空洞になったままの奴の腹。一度腕を再生して見せたが今度は訳が違う。内蔵ごと弾け飛んだ筈なのでその分の再生も必要になってくる。
もう奴にそれだけの魔力は残っていない筈だ。その証拠に奴はピクリとも動こうとしない。膝を地面に着き、首を垂れ下げて自分に空いた大穴を見つめている。
傷を完治させた俺は奴に歩み寄る。
「感謝する」
これは俺の糧となってくれたことへの感謝とこれから俺の従僕として尽くすことへの感謝でもある。
俺は死体同然の奴の鎌を引き千切る。それを手で掴んで奴の首に当てる。
「眠れ」
鎌をそのまま横に振るう。先程まで固かった表皮はあっさりと切断できた。筋肉を縮める力も残っていなかったようだ。
地面に奴の頭が転がる。枯れた花々に囲まれた奴の頭は周りの死にうまく溶け込んでいた。それでも奴の鋭い瞳だけは俺を睨み付けていた。
手応えはバベルやドラ以上だった。即戦力の確保に心踊らせながら俺は右手を翳す。
「平伏せよ」
しかし俺の呼び声に答える者は誰一人としていない。
「なんでだ…………平伏せよ」
再び試すがやはり反応はない。
「まさかっ」
俺は振り向いて転がった奴の頭を見る。しかし明らかに死んでいる。まったく生命力を感じない。
「ここまで来てなんでだよ………」
まだ何か俺の知らない呪楔の発動条件があるのかもしれない。ドラ達にあってコイツに無いもの………
「駄目だ、分からん」
今考えても無駄だ。それよりも今はここから速く出ることが最優先だ。その時、辺り一面の花畑がボロボロと崩壊していく。奴の死によって領域が崩れたのだ。
「平伏せよ」
…………………やはり反応はない。いま領域が崩れたから奴は今死んだのではという希望にすがったがこれも見当違いだったようだ。
「でもここに置いていくのは勿体ないよな。グラるか………それとも素材として持って帰るか………」
呪楔を手にいれてからグラるのは控えてきた。何故ならグラると死体が消えてしまい恐らく呪楔を結べなくなってしまうからだ。
呪楔を結ぶ時は死体に鎖が延びていくので恐らく対象の死体が必要な筈だ。そうなるとどちらかしか使うことが出来ないのだが、今の段階では呪楔で戦力拡大する方が優先的だ。
「………………持ち帰るか」
俺は素材にする方を選ぶ。見た限りあの鎌は絶対に武器として使える筈だ。それも形状的に双剣なんかが一番しっくり来そうだ。俺は零門を開いて死体を丸々放り込む。
「さて、どこに進もうか」
来た道は何となく覚えているが時間はかなり経っている。そう考えると既に全員北端に到着して俺の不在にも気付いている筈だ。
そして当然俺は遭難者として扱われている。となると俺が向かうべきは
「こっちか」
俺は南端への道を引き返すことにした。その時、ふと足下を見た俺は幾つもの足跡が残っていることに気付く。
「まさかここまで探しに来たのか………」
しかもどの跡も新しい、精々30分前くらいだ。靴裏の模様が分かる程にくっきりと残っていた。俺はその足跡を追って駆け出した。
「まてよ……………」
俺は足を止め、あることに気付く。従僕達が帰ってきたということはこの島で一番強い奴の死体がまだ残っているということ…………
「後で謝れば何とかなるか」
俺は進行方向を東へと変更させる。
「彼は何処に行ったんだ」
西園寺達は樹林を抜け、南端の緊急集合場所に到着した。しかし綾小路の姿はなかった。天断ギルドからはぐれたのだから島の西側からそのまま南下した筈だ。
その道を通ってきた私たちが見逃す筈はない。そうなると直接南下せずに迷っているか、それとも何処かに寄り道しているに違いない。
カサカサッ
その時、茂みから草木を掻き分けるような音が鳴った。誰の合図もなく全員が戦闘態勢に入る。
「皆さんごめんなさい…………」
しかし現れたのは完全に予想外の人物だった。悪魔を想定していた一団は驚きと安堵の表情を溢した。しかし約一名、般若の形相を彼に向ける。
「大丈夫か、怪我などはな」
「あれほどはぐれないようにと言いましたよね!!」
「不知火、それはまた後で」
「西園寺さんは黙っていてください!」
不知火のこんな姿は誰も見たことがなく全員が先程とは別の驚きを見せる。そんな中、橘だけがその光景を感慨深げに眺めていた。




