六感
膝蹴りをもらった俺は即座に距離を取るために退避しようする。しかしそれに合わせて奴が鎌を乱舞させる。そんな一呼吸もおかせてくれない混戦が続く中で奴が見せた一瞬の隙。
がら空きになった脇腹に思い切りアッパーを振り抜く。腰の入った一撃は奴の硬皮を砕いて内側へと衝撃を響かす。
よろける身体に更なる追撃を仕掛ける。
『ロストチェイン』
握り拳に重度の負荷が絡み付く。ロストチェインはバフ系魔術で、攻撃の連続数によってその効果の程が変わってくる。
一撃目は威力が二分の一倍になり、負荷は二倍になる。そして二撃目は共に一倍。そしてそこから先、威力は0.5倍ずつ上乗せされ、負荷は0.5倍ずつ減少していく仕組みになっている。
バフ系魔術の最高峰と言われ、一時期ハンターの間で注目されていたがある時からめっきり話題にならなくなった。
それはある欠陥が見つかったからだ。バフ系魔術の最高峰であるが故に扱える者は手練れの魔術師に限る。そして魔術師の使う連続攻撃はバリエーションが少なく、効果を十分に発揮できなかったのだ。更にこの魔術は自分意外に付与することが不可能な部類に属する。
この二重の縛りが『ロストチェイン』という魔術の秘めたる能力を封じたのだ。そして数十年の時を経て俺の手に渡ったこの魔術はようやく真価を発揮する。
拳との相性は抜群。打ち込む度に負荷が消えていき、威力が跳ねる。奴に避ける隙すら与えずに一撃一撃を正確無比に叩き込んでいく。
既に8発目を叩き込んで威力は4倍にまで跳ね上がっていた。最早奴に反撃を繰り出す隙はない。衝撃で仰け反る間に次の一撃を叩き込んでいる。
9発目を胸部に正面から打ち込んだ時、奴の硬皮が粉々に砕け散った。亀裂は全身へと伝播していき、無機質だった奴の身体が生まれ変わる。
鎧を脱ぎ捨てた奴は身体を純白に包み、光すらも透過させる。この局面に来て形態変化を隠していたようだ。
俺は構わず10発目を打ち込む。しかし奴は俺の拳を掌で受け止めた。その純白には傷一つ付かず拳に纏わせていた魔力が霧散する。
続けて11連12連撃と打ち込むが奴はそれを軽々と受け止める。そして同様に魔力が散らされた。俺は一度後退して距離を取る。
『アリュマージュ』
両手で二羽の火の鳥を奴目掛けて放つ。メラメラと燃え盛る不死鳥だったが奴の純白に触れた瞬間、爆発せずに散り散りに消える。
「厄介だな」
尽く散らされる俺の攻撃は全て魔力を伴うものだった。魔力を纏わせた拳に魔術、その全てが霧散するように威力をなくした。
恐らく奴は変身によって魔力媒介の攻撃を受けなくなっている。そして何より拳に魔力を籠められないのが痛い。これでは俺の素の筋力で捩じ伏せなければならない。雪陽花も魔力関与がなければ只の石器だ。
そして恐らく防御時も魔力は散らされる筈だ。そうなると必然的に肉体での直接的な防御になる。対する奴は魔力マシマシの鎌。今の俺は最早紙装甲と言えるだろう。
残された最善手は短期戦だ、それも一撃で終わらせられれば尚良し。俺は腰を落とし地を踏みしめる。此方から動くのは悪手だ。アドバンテージが彼方にある以上、此方から隙を見せるわけにはいかない。確実にカウンターで仕留める必要がある。
その時、視界に捉え続けていた筈の奴の姿が突如消える。その速さを先程までとは桁違いのものだった。カウンターを決めるには対処可能な状態であえて後手に回る必要がある。
しかし俺は今奴の姿を見失い、対処不可の状態で後手に回っている。これでは回避しようにも攻撃の出所が特定できないため必ず一瞬のラグが生じてしまう。
そして奴はその隙を見逃してくれるほど優しくはない。
残されたのは六感だけ。視覚に聴覚、それと触覚と味覚に嗅覚。花の香りの微細な変化や空気の流れが奴の動きを教えてくれる。
そして最後に勘だ。勘というのは一見単純な確率的問題であると思われがちだがそうではない。あらゆる経験や知見、己の想像力を基に最適解を導き出すという、己が持ち得る全ての集大成である。
世の中には運も実力の内ということわざが存在している。これも運は降ってくるものではなく、己の経験や洞察力を駆使して勝ち取るものという意味だ。
風の音を聞き、視野を広げる。微細な空調の変化に意識を集中させるが何も感じない。
刹那、俺の脳内を突如駆け巡った痺れが俺に告げる。考えるより先に身体が反射した。
上半身を捻らせ、そのうねりを腰まで降ろす。
蓄積された捻れは後ろ回し蹴りと共に放出される。
衝撃で真っ赤な花々が宙に舞い散る。
背後から迫っていた奴の顎を下から蹴り上げた。
「ボゴンッ」
奴の三角の頭がへこむ。蹴り上げで地面から足が離れ、奴の軌道が直角に曲がる。俺の直感は奴の動きを的中させ強烈な一撃を叩き込んだ。
この好機は逃せない。俺は怯む奴の腹部に裏拳を打ち込む。縦に伸びきった肉体に力を籠めることは難しい。俺の拳は純白に亀裂をいれた。先程と違って確実に効いている。奴が花を散らしながら後方へと吹き飛ぶ。俺は休む暇を与えずに顔面へと拳を振り下ろす。奴はそれを寸前で避け、俺の拳は地面を穿つ。
「あぁっ………」
その時、視界が点滅し始める。そして闇と光を行き来している内に吐き気が込み上げてきた。そして耳からは不快な金切り音が響く。
奴は殴りをかわした時、頭部より伸びる触角から超音波を放っていた。2本の触覚から魔力の波を作り出し、波の干渉によって此方の脳内に魔力を流し込んできたのだ。
俺の脳が奴の魔力を異物と判断した結果、目眩や吐き気を引き起こしていたのだ。
「くがぁっ…………あっ………」
それでも俺は両目を見開いて視界を取り戻す。目から血が吹き出し、完全に充血している。血管が浮き彫りになりながらも奴の姿を確と捉えた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
震え出す両手に魔力を流し込み、俺を蝕む奴の魔力を飲み込んでいく。触覚を両手で掴み上げ奴と目線を合わせる。
「ブチッ」
根本から奴の触覚を引き抜いてそのまま奴の顔面に膝を打ち込む。後ろに仰け反る奴の頭を掴み、2連続の膝を叩き込む。
衝撃で後頭部を地面に打ち付けた奴は上から迫り来る俺を見て咄嗟に両鎌を眼前で構えて防御の体勢をとった。
それを見て俺は攻め手を変更させる。振り下ろす拳の威力を真横に流して防御の腕を掴んで引き剥がす。
そのまま腕を組み上げ、足を奴の首に絡ませる。見よう見真似の寝技が完全に決まる。ガッチリと締め上げた奴の右腕が悲鳴を上げる。
そこから更に奴の腕を左回りに捻り上げる。最早声すら上げれず歯軋りの音が漏れる。俺は一気に力を籠めて奴の腕を180°回転させた。
「ッ……………」
心の叫びも虚しく、奴の右腕がもげる。そして断面から緑色の液体が吹き出し、俺にかかる。
「ブジョッ」
その時、断面から飛沫とは別の物体が飛び出してきた。
「…………くそが」
俺は思わずそう口にする。せっかくもいだ腕が一瞬にして再生したのだ。新たな右腕にはネバネバの液体が纏わりついていた。
だが再生には膨大な魔力を有する筈だ。奴の動悸からも疲労が見て取れる。次の一撃がこの勝負の分れ目であることは一目瞭然であった。




