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花畑に佇む者一人

茂みに出来た不自然な道を抜けるとそこには広大な花畑が広がっていた。


「こんな場所があったのか」


見た限りこんなに目につくような場所はなかった。花畑なら上から見た時に気付く筈だ。


そしてここに来るまでにゲートのような歪みなどはなかった。これらから考えられるのは1つ、ここが悪魔の作った領域内だということ。


初めて領域の存在が観測された時、ゲートとの差異が論議された。その結果、異空間という共通点を持つ2つはその成り立ちが異なっていることが判明した


まずゲートとはダンジョンと地球が魔力を媒介にして接続される自然現象だ。ダンジョン内の魔力量がゲート出現に関係してくる。


そして領域とは一個体の悪魔が形成する簡易型ゲートといったところだ。ゲートと違い、一個体の魔力量が領域形成に影響してくる。


一個体が異空間を作り出すほどの魔力を有しているという非現実的な仮説の上で成り立つ事象だが過去に一例だけ存在していた。


それは五年前アメリカのA級ゲート内で観測された。攻略隊の報告で、領域内に踏み入れると別の光景が現れ、外からは通常の景色がハリボテとして映し出されることが分かった。



そして当時の攻略隊は壊滅し、援軍に来た1人のハンターによって討伐された。



俺の視界一面に広がる赤一色の花畑。花弁を散らさないように真っ赤な絨毯の上をゆっくりと進む。そして宛もなく歩いていた俺の視界に突如映り込んだ一輪の花。


他の花と同じ品種のようだが大きさが一回りも二回りも違う。そしてその花弁に寄り添う一体の悪魔の姿があった。


「人間か」


俺と視線が交差する。そう問いかける悪魔はその射るような眼光で俺を見る。三角の頭からは人型の胴が続いている。そして両腕には犀利な鎌が生えていた。その容態はカマキリを彷彿とさせるものだった。


「…………」


返事はしない。俺は極限まで集中力を高め初動に最高出力を乗せる。感じ取ったからだ、奴から放たれる魔力と殺気は今まで戦ってきたどの相手をも軽く凌駕しているということを。


俺は大地を踏みしめ接敵する。腰から雪陽花を抜くと同時に奴の首もとへの軌道をなぞる。懐から這い上がるように近付いた俺と奴の視線が再び交わる。奴は俺の動きを全て見切っていた。


首を後ろへ仰け反らせて回避し、膝を俺の腹部目掛けて打ち込む。初撃とは逆の手で直撃を防いだ俺は身体を捻り上げ、退けた顔面に蹴りを放る。


直撃。花畑一面に凄まじい衝撃音が響く。俺は空かさず追撃を仕掛ける。身体に残る回転を利用して拳を振り抜く。


蹴りの直撃だ体勢を崩した奴だったが、衝撃に身を任せそのまま後方へと退避した。俺の拳は空を穿つ。


俺は追わずに一旦奴との距離を保つ。一戦交えて感覚的に奴の間合いを理解した。今の組み合いで奴は一度も鎌を使用していない。いや、させなかった。


中途半端に距離を空けると鎌のリーチだけ奴の土俵になる。やはり接近戦を選んだのは正解だった。


奴は間合を一瞬で詰めて鎌を横に振るう。それを滑らせるように雪陽花でいなし、もう片方の双剣を奴の脇腹へ突刺す。


「硬っ」


思わず声が出る。刺した俺の腕に鋭い衝撃が伝播した。奴の硬皮は掠り傷一つ付かず、振るった双剣が弾かれた。


「やっぱ素手だな」


初撃の感触といい、武器よりも素手の方が明らかに効いている。俺は腰に双剣を仕舞い、眼前で拳を構える。視線だけは一直線に奴を見据えている


従僕達を参戦させることも出来るがそれはしない。そもそもここに来てからまともに悪魔と戦っていなかった。最後まで任せきりならここに来た意味がなくなってしまう。


俺は腰を更に落として沈むように奴に迫る。奴には視界から俺が一瞬消えたように映った筈だ。


『アリュマージュ』


駆け抜けながらも火の鳥を奴目掛けて放つ。花を焦がしながら羽ばたく火の鳥は奴の目の前で炸裂した。


そうなるように魔力を調節したのだ。俺が狙ったのは攻撃ではなく目眩まし。奴の視界を削ぐことで選択肢を削る。


もし飛び出してくれば此方が先手を取れるし、動かなければ此方の間合に持ち込める。


『アリュマージュ』


さらに追い討ちを掛けていく。黒煙の中で更なる爆発が起き、奴に動揺を誘う。焦れば焦るほど奴の動きは単調になる。


一対一の戦闘では単純な力比べで勝敗は決まらない。あらゆる要素を駆使することで自分の土俵に相手を巻き込むことが重要だ。


黒煙から一筋の道が開かれる。奴が中から飛び出してきた。俺は瞬時に反応して奴の防御より早く拳を打ち込む。


額を捉えた拳だったが何故か奴に効いている様子はない。渾身の一撃が急所に入った筈だが怯みすら見せることなく攻守が転じる。


鎌の振り抜きが俺の胸すれすれを横切る。後ろに仰け反るように回避するが直後にもう片方の鎌が今度こそ軌道上に胸部を捉えた。


皮膚が削り取られ肋骨ごと抉られる。幸い臓器に損傷はなかったので一度距離を取ろうとした。


その時、傷口から大爆発が起きる。



「危ねぇな」



大爆発によって傷口が更に裂けて臓器まで粉々になる所だった。いや、一度はなったのかもしれない。


しかし俺の傷は現在進行形で塞がっていく。骨が組み上げられ皮膚が紡がれる。俺は常時ヒール状態を可能にしていた。


これは悪魔になった不知火が会得していた技術だ。戦闘後彼女の魔道書を読み漁り、ヒールも会得していたが常時発動という技術は一朝一夕で出来るものではなかった。


必要になる魔力量は足りていた。しかし問題は、無意識下で常に詠唱するという人間離れした集中力が必要だったこと。意識的に行っていたんじゃ間に合わない、身体が勝手に詠唱を始めるくらいでないと常時発動は厳しい。


俺はこの事に気付いてから常日頃からまずは意識的に詠唱を続けた。そして最近では就寝中も無意識にヒールが打てるまでになった。


恐らくこれがなかったら臓器の回復が間に合わず死んでいたかもしれない。しかし今の俺は治癒が爆発による破損を上回っていた。だから臓器破損時の吐血や気絶すら起きない。


しかし奴の鎌が驚異であることに変わりはない。一撃で済んだからいいものの乱打を喰らった場合、恐らく治癒は間に合わない。


「今度は此方から行くぞ」


律儀にも悪魔はそう告げる。そして宣告通り高速で迫り来る。両鎌を眼前で構え奴の間合いを作り出していた。


俺が拳を振り抜こうとした瞬間、奴の横振りが俺の髪の毛を掠めた。俺が間合いに入り込むのを拒むように回避を強要したのだ。


「ボゴッ」


直後腹部に鈍い痛みが走る。ヒールで傷は消えても痛みは消えてくれない。しゃがみ込むように回避した直後、奴の膝蹴りが俺の腹に叩き込まれた。




「……………」


痛みを噛み締めながらも久方ぶり強敵との邂逅に昂りを感じていた。

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