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ただの猫にゃ

時は黒薔薇が砂漠地帯に踏み入る前に遡る。


その時天断ギルドの一団はキキとの戦闘を終えて、更に孤島の北端に進行していた。


「代表、少し良いですか」


「何ですか」


俺の呼び掛けに不知火が答える


「トイレ行って来ていいですか」


彼女は顔をしかめた。しかし生理現象である限り仕方の無いことだ。そんな顔をされる覚えはない。まあ、嘘であることは確かなのだが


「分かりました。では男性の方を1人付き添わせます」


彼女の発言に今度は俺が顔をしかめる。危険だからなのだろうが、まるで俺の心を読んで先回りでもしたかのような対策。意地でも俺を1人にしてくれないみたいだ。俺はここで決死の博打に出る。


「………大の方なので1人にしてください」


彼女のしかめ面が更に歪む。まるで汚物をみるような瞳で俺を見つめる。他の男性ハンターからは慈悲深い眼差しを感じるが、女性ハンターからは一様に軽蔑の眼差しを向けられている。


「分かりました、どうぞ」


テッテレー

野糞野郎の称号を得ました。威厳と尊厳を失い、もう失うものが無くなりました。


脳内にそんな残酷な称号獲得通知が流れた気がした。



俺は1人になるために大事な何かを失ってしまったかもしれない。だがコイツらとつるむのはこれで最後になるだろう。野糞野郎でも何でも言えばいいさ


俺は一団の列から外れ、茂みの中に身を隠す。彼等からある程度離れたところで辺りを見渡し、人の目が無いことを確認する。


「ここらでいいか」


ここまでして離脱したのにはそれなりの理由がある。この孤島行きが決まった時点で考えていた計画。


俺の従僕達にも加勢してもらうことだ。200の軍勢に47人で挑むなんてのは現実的ではない。俺の従僕は今や1番隊とはいかなくとも、五大ギルドの2番隊程度の実力はある。


そうなれば47の軍勢に60の勢力が加わることになり、等級含めて考えると1番隊が1つ増える程度にはなるだろう。


特にバベルとドラはA級でも上位の実力を持っている筈だ。彼等はこの精鋭部隊の中でも即戦力になるだろう。


「仕事だ」


俺は右腕を振り上げる。一瞬で地面から従僕が出現し俺に頭を垂れる。


「この森の中で一番強い悪魔を狙え。人間に危害は加えるな」


「オオ……セ…ノ…ママニ」


「行け」


俺の指示で亡者達が一斉に駆け出す。彼等は一様に東方面に駆け出した。どうやらこの森の主は婆娑羅か黒薔薇の方角に居たようだ。


俺達のいる西側は安置だったのか。まあ、確かに未だにキキの群れ以外に遭遇した悪魔はいない。


俺は来た道を戻り、天断に合流した。


「戻りました」


「……………」


不知火が帰ってきた俺を足先からなめ回すように見る。糞は何で拭いたんだという無言の圧を感じながらも、聞かれた場合は草で拭いたとでも言っておこう。


「では進みますよ」


俺達は再び北端を目指し進み出す。それから1時間ほど進み、もうすぐ北端に到着しようとしていた時、ソイツは現れた。


「にゃ」


樹林を進む中、団員の1人が茂みの中に一匹の猫を発見する。しかもその猫は悪魔の姿をしていない。本当にただの猫、しかし只の動物がこの孤島で生き残れる筈はない。


「代表見てください!猫がいました!」


それを1人のハンターが何の疑いもなく両手で持ち上げた。


「待って!一度おろ」


不知火がそれを見て注意しようとしたその時、猫が豹変する。


脇腹を持ち上げられ、実に猫らしい潤んだ瞳を向けていた猫が突如消えた。いや、消えたように見えただけだ。


その凄まじい速さを目で追えたのはこの場に2人しか居なかった。その猫は一瞬でハンターの腕からすり抜けて、彼の背後を取った。


その姿はスラッとした人型の猫に変身して、瞳孔が縦細くなっていた。口角は目頭まで裂け、無数の歯が並ぶ。


「動くにゃ」


人の言語を話す猫は自分を掴んでいたハンターの首に鋭い爪を当てる。


「動けばこいつを殺すにゃ」


悪魔からの脅しに誰1人動くことが出来ない。喋れる悪魔というだけで珍しい存在なのに、更にハンターを脅してくるほどの知能と身体能力を持っている。


そんな中、不知火が動作ゼロで無詠唱を始めた。その所業は超人の域に達しており、誰1人として気が付くことはない、筈だった。


「そこのおんにゃ、動くなと言った筈にゃ」


「いぎっ」


猫がハンターの首に当てていた爪を少しだけ貫通させた。忠告を破った見せしめのようにそれ程の深さではないが人質が苦悶の表情を浮かべる。


奴は不知火の体内の魔力循環の変化を捉え、彼女が詠唱を始めたことを感知したのだ。


「狙いは何」


不知火が問いかける。人質の奪取が最優先である今の状況では奴の目論みに乗るしかない。裏をかいて、もしも再び奴に気付かれたら2度目はないだろう


「にゃにゃっ、そんなものは無いにゃ…………まあ強いて言えば」


そう言うと奴はにんまりと笑う。


「こうすることにゃ」


「やめっ」


奴は人質に当てていた爪を横に引く。奴の言う通りにしていた筈だったのに人質の首はかっ切られた。


それを見ていたハンター達の驚きと後悔が入り交じった表情をみて、悪魔は快感を覚えていた。その猫はまるで快楽殺人鬼のようなサイコパスな思考を持っていた。


首を切られたハンターが地面に倒れる。傷は深いがヒールはまだ間に合う。天断の前衛部隊が一斉に飛び掛かる。


「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ、にゃおーん」


奴は向かってくるハンターの間を別次元の速さで駆け抜ける。そして横を過ぎる時に全員に爪を深く食い込ませた。


『ヒール』


その隙に不知火が人質にヒールをかけようする。しかし奴はガーディアンの間をすり抜けて既に彼女の背後に回り込んでいた。


「させないにゃ」


不知火の背中から腹部にかけて奴の爪が貫通する。奴はにんまりと笑い腕を抜こうとしたがその瞬間、不知火の身体が液状に変化して地面に崩れた。


「あまいんじゃないか、にゃ」


奴の背後でそう口にした不知火は猫の背中に手を押し当てていた。猫は自分がはめられたことに気付くが既に遅い。


口調を真似られ、罠にはめられたことで奴の表情がみるみる曇っていく。眉間にシワが寄り、鋭い歯が剥き出しになる。


その間に重傷者にはヒールが掛けられていた。幸い死亡者はいないようだ。生殺与奪の権利を握られて、先程と立場が逆転した。


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