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強敵

百戦錬磨の獣は傲ることも蔑むこともしない。奴は分かっているのだ、己の源を。それは力であり培ってきた経験だ。信じられるのは己のみ。だから獣は強い



奴の佇まいは王の真似事などではない、爪、牙、眼光、覇気、逆立った毛並み、奴を構成する全てが俺を威嚇する。


そして俺の身体に重度の負荷がかかる。まるで重加操術の最中にいるような感覚だ。威圧だけでこの威力。


奴は歩みを進める。先程までの奇襲とは違い正面からゆっくりと迫る威圧感は王者のそれだ。しかし俺とて怯んでいる暇はない


『グランディール』


俺は周囲の木々の成長を促す。新雪が覆い隠す地面から根が這い出て暴れだした。奴を囲い込むように絡み付こうとするが、獣はその全てを食い千切った。


その隙に俺は奴の頭上まで跳躍する。獣に対して俺は拳を叩き込む。しかし拳は奴の後頭部を捉えたにも関わらず怯む様子はない。


俺が着地する前に奴の噛み千切りが俺の左腕を狙う。


タイミング的に回避が間に合わないと踏んだ俺はこの後のヒールの隙を作るため防御を捨て、特大の一発を放つ。


『メビウス』


俺の左腕が食い千切られたその瞬間、奴を中心にして空間が捻れる。そして悪魔の禍々しい4本の腕が空間の歪みから現れ、奴の四肢を掴みあげた。


四肢を四隅に引き伸ばされた獅子が唸りをあげる。


メビウスは召喚魔術のひとつである。召喚魔術は四大魔術に属しており、悪魔であろうと何だろうと召喚する。しかし膨大な魔力を必要とするが故、悪魔を制御できるなければ暴走を起こして現界に降臨してしまう恐れがある。そのため一部の魔術師しか使えないのだ。


俺はそのうちにヒールを掛けて左腕の再生に注力する。ヒールは尋常ならざる集中力を要するため他の事に意識を向ける暇はない。


だからだろう。俺が"それ"に気がつかなかったのは。





奴の呻き声が消えたこと





そして俺の左脇腹に獣の牙の紋章が浮き上がっていたことに





あと僅かでヒールが完了するその瞬間、奴の開かれた大口が噛み締められたその瞬間、俺の左脇腹が肋骨ごと深く抉られた。それと同時に奴を捕らえていた4本の腕も霧消する。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………」


俺は今まで上げたことがないような呻き声を上げる。腕を千切られた時の痛みを遥かに超越した激痛が俺を襲った。


何が起きたか分からない。奴は捕らわれて身動き取れなかった筈だ。じゃあ何だ…………俺は血の気が引いて顔面蒼白になった面を上げる。


そこには召喚魔術を無理やり解術して、此方に迫る獅子の姿があった。


「グワァァァァァァァァァァァァ」


俺の眼前で黒い獣は吠える。奴の唾液が顔中に飛び散り、身体ごと吹き飛ばされそうになるのをなんとか耐える。だが奴の覇気に気圧されて無理やりにも死を実感させられた。


圧倒的な力の差を思い知らされる。かつて魔神に仕えた獣は主の紛者に負けるほど落ちぶれてはいなかった。


奴の眼が俺の瞳と交差したその時









【現肉体の活動再開を確認】


【【冥】の解縛を強制終了します】





突如視界にバグが掛かる。アブソルゲートのようなブロックノイズは俺の視界を埋め尽くして遂に意識が途切れる。


朧な意識の中、ぼんやりと奴が俺に背を向けて去っていくのが見えた。それは獲物を捕らえ損ねたような重い足取りだった。















「お……ん」


「おに………ん」


「お兄ちゃん!」



「…………………………はっ!」


「痛っ!」


俺はベットから飛び起きた。余りの勢いで何かに頭をぶつけてしまった。


「痛いよお兄ちゃん!」


「藍………どうしてここに」


そこには両手で頭を押さえている妹がいた。どうやら現界に戻ってきたようだ。そして恐らく戻れた原因は妹だろう。


「どうしてじゃないよ!!いくら連絡しても繋がらないからお母さんも心配してたんだよ!」


「いくら連絡してもって、半日も経ってないのに大袈裟な」


「何言ってるの、お兄ちゃんが音信不通になってから今日で3日目だよ!」


どういうことだ。3日前は普通にゲート行ったりしていただけで不在着信もなかった筈。俺はおもむろにスマホの電源をつける。


そこには妹と母からの大量の不在着信と8月9日の文字が表示されていた。


「俺3日も寝てたのか」


「そうだよ!心配だからわざわざここまで来てあげたんだよ!」


どうやら禁縛のゲートの中と此方との時間軸にはラグがあるようだ。まさか3日も寝ていたなんて信じられない。


俺は左脇腹を触って奴に抉られた傷が消えていることを確認する。どうやら助かったようだ。しかし今の俺ではあの悪魔には逆立ちしても勝てないことが分かった。


そして寝る前に机に置いておいた雪陽花も無事だ。俺はホッと肩を撫で下ろして、安堵の溜め息をついた。身体と違い精神はひどく疲弊しているのが分かる。当たり前だ、死ぬ直前まで行ったのだから


「お兄ちゃん大丈夫?疲れ溜まってんじゃないの」


「そうかもしれないな、取り敢えずもう大丈夫だ。ありがとな藍」


「はいはい、じゃあ私はこれで帰るけど、ちゃんとごはん食べるんだよ」


「了解了解」


藍が帰って静まり返る部屋の中で一人あの悪魔のことを考える。


「最後のは明らかに通常攻撃じゃなかったよな………」


あいつは確かに直前まで四肢を捕まれていた筈。にも関わらず俺が目を離した瞬間、俺の左脇腹は抉られた、しかも召喚した悪魔もろとも。


あんな攻撃をノーモーションでやる筈がない、何か俺が見ていない隙に予備動作があった筈だ。俺は奴との再戦前提で解決の糸口を探る。


そして藍がいなかったら間違いなく負けていた。今頃、呪縛の魔神の従僕になっていた筈だ。


「禁縛のゲートの解放条件は規定値に魔力順応値が達していることと睡眠状態にあることのはずだ」


俺が零門で目覚めた時、そう表示されていたのを思い出す。


「ということは今晩も………」



いや、今晩もう一度行けたとしても困るだけだ。一日で勝てるようになるとは到底思えない。あの障害物でのワープだって完全に暴いたわけではないだろう。


果たして再戦は可能なのか。それを知るのは今晩の俺だけだ。

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